第44話 虎の尾を踏む


「ガウル、エターニア。相手を捉えるわよ」


 そんな言葉と同時に、違う魔術を展開した。

 正直あまり得意ではない、というか制御できるか分からない魔法の使い方。


「捉えるって、この状況でどうやって……あつっ!?」


「皆無事か!? アリスの声が聞こえたが、その後どうな……った?」


 二人の声を聴きながら、此方は術を行使した。

 コレは本来、“まだ実戦で使うな”とエルフ先生に止められていた魔力の使い方。

 つまり、特訓の成果により得た能力。

 “保険”とも呼べる工程を除外し、ただ現象だけを出現させる魔術。

 私にとっては、苦手とも呼べる火の属性。

 それを最大限使いながら、周囲の温度を一気に上げた。


「魔術、それは技術。でもこれは……もっと直接的。“祈り”に近いのかもしれないわね、詠唱さえ必要ない。ただ、“願いを言葉にすれば良い”だけなんだから」


 片腕に負傷したアリスを抱き止め、もう片手に持った杖を上空に掲げながら。

 私の願いを、言葉として紡いだ。

 魔力を放出し、言葉に“意味”を乗せながら。


「水分が邪魔、排除、駆除。霧も結局水、なら蒸発してしまえば良い。熱、直接的な炎は必要無い。この一帯を包み込み、温度を上げる。熱、乾燥、気温の上昇。そして何より……相手の魔法に負けない術式と魔力量」


 呟きながら杖を向けてみれば、徐々に晴れていく霧。

 上手く行った様だ、相手も困惑した表情を浮かべながら此方を睨んでいる。

 だがしかし、それが“確認”出来た。

 つまり相手が用意したフィールドは既に存在しない。

 未だに霧を発生させようとしているのか、彼女の周囲には白い靄が噴出するが……結局は数秒もしない内に霧散していく。

 無駄だ、全てが。

 ソレが分からない筈はないだろうに。

 彼女はそれしか知らないのか、必死で術式を行使しようとしていた。


「ガウル、エターニア! “叩き潰して”! 速攻でこの試合を終わらせるわ!」


 指示を出してみれば、二人は忙しく動き始めるが。

 流石に環境が一気に変わり過ぎた影響か、動きが遅い。

 それもその筈。

 私だって急すぎる気温の上昇で気分が悪いし、必要以上に温度が上がり過ぎてクラクラする。

 そしてこの魔術とも呼べない術を使った後は……反動が凄いのだ。

 簡単に言うと、ゴッソリ魔力を持っていかれる。

 普段使っている魔法よりずっと効率的に魔力を使っている筈なのに、大きな効果を求めた分必要な量が単純に増えるという訳だ。

 私程度の魔力量でも、これほどの結果が生み出せるだけでも凄いのだが……失敗でもすれば簡単に命の危険を伴う。

 これではまるで、悪魔との契約みたいじゃないか。

 そんな風に思った事もあったが、結局魔術は“そう言う所”から始まった技術なのだろう。

 だからこそ、今の魔術はこれだけ安全になった。

 その意味を理解するのに、私は随分と時間を要したが。


「この程度で、私が諦めると?」


 再び彼女が“貫通魔法”を放てば、私達の前に立ったガウルが全て受ける。

 やはり防御魔法を突き抜けているらしく、被弾した場所の鎧には傷やへこみが見受けられた。

 しかし彼は、ニッと口元を吊り上げ。


「どうした、こんなものか?」


「……なんですって?」


 武器を構えた彼は、表情一つ変えずに相手に向かって煽り文句を放ってみせた。


「戦士とは、その身に攻撃を受けても易々と引き下がる存在ではない。手足が千切れようと、仲間を守る為に戦う存在こそ戦士。だと言うのに……貴様は、この程度の攻撃で俺を突破しようとしていたのか? 笑止、暗殺者の攻撃とはこの程度か?」


「出来れば大人しくして居て欲しいのですが。間違いでも貴方を殺してしまっては、流石に不味い立場にありますので」


「心配は不要だ。お前の攻撃程度では、俺は沈まん。あぁ、そうか。貴様は戦士を相手にする時も平時ばかりを狙っていたのだろう? なら、自信過剰なのも頷ける」


 そう言ってからガウルはバッグから盾を取り出し、彼女に向かって走りだした。

 その際、相手は舌打ちを溢しながら距離を取ろうと後ろへ跳躍するが。


「ウチのリーダーが開戦直後に言っていましたが、本当に芸がないのですわね? フロスト。出来る事は霧で目隠しと貫通魔法だけなのかしら? この程度なら、本当に暗殺経験は無さそうですわね」


 逃げようとした先に、エターニアが魔弾を連射して退路を奪っていく。

 二人共凄いというか、根性と技術が半端じゃない。

 気温を上げ過ぎて立っていられないくらいクラクラするのに、二人は涼しげな表情を浮かべながら戦っている。

 エターニアが獲物を追い詰め、ガウルが真っすぐ突っ込んで行くという単純な戦法。

 しかしながらこの二人は、実力が伴いそれだけで完成していると言っても良い。


「チッ! 止まらない……」


 相手は隠れる事も逃げる事も出来ず、最後の抵抗とばかりに魔法を連射してくるが。

 盾を構えたガウルが止まる事は無く、しかも途中でアリスの残した“大樹”を手にしてから。


「どぉらぁぁぁ!」


 思い切り、相手に向かって叩きつけた。

 大剣の作り出す空気の壁と防壁に守られながらも、相手は顔を歪めて吹っ飛んで行った。

 そして、場外まで叩き出したのを確認してから。


「ご自慢の暗殺術もこの程度か、話にならん」


「ふんっ、その程度では私達には勝てませんわ、主にも良く伝えておく事ですわね」


 二人揃って、随分と格好の良い言葉を並べるのであった。

 その瞬間会場からは歓声が沸き、誰もが私達の勝利を褒め称えた。

 今回も無事、対戦を乗り越えられた。

 そう思えれば良かったのだが。


「アリス! アリス!? 不味い、意識が無い! すぐ病室に運ぶわ!」


「くそっ……魔術による治療が出来ないとなると、かなり厄介だぞ!」


「出血は無いんですわよね!? 内部で出血などの状況になってない事を祈りましょう……衛生班! すぐに来て下さいまし!」


 問題だった暗殺者より、ウチのアタッカーの方で忙しくなってしまった。

 回復魔法は使えないし、ポーションの類の魔力が関わっている薬品も駄目。

 つまり、ヤバイ場合は原始的な薬品と手術によって治療する他無い。

 今時そんな奴居ないって。

 大怪我をした時なんかは教会に駆け込んで、高位の神官に治療してもらうのが普通なのに。

 この子だけは、魔術による治療を受け付けないのだ。


「たく、本当にもう! 無事で居なさいよね!?」


 ガウルに担がれたアリスは、これまで見た事もない程真っ白い顔色を浮かべていた。


 ※※※


「ふむ、大事には至っていない様だ」


 病室にアリスを運び込めば、すぐさま現れたエルフ先生がそんな事を言いだした。

 いや、何処がですかと言いたい所なのだが。

 彼はおもむろに治癒魔法を使い始め。


「先生!? アリスに魔法は――」


「騒ぐな、ミリア。コイツの症状など百も承知だ。だからこそ、私が治癒を施しているんだ。間違っても別の者に任せるなよ?」


 その後も魔法は行使され、いつ中毒症状が起こるのかとヒヤヒヤしていた訳だが。

 コレといって問題は起こらず、アリスの呼吸は徐々に緩やかになっていった。


「先生、これは……」


「まだ魔法と魔素中毒者への理解が足りん様だな。簡単に言うのなら、“バランス”を崩さぬ様にして手を加えてやれば良い。コイツの体に影響が出ない範囲で微調整しつつ、本人の魔導回路に合わせて徐々に魔法を付与すれば治療も可能だ」


 いや、何それ。

 そんな事出来るの?

 つまり今先生にはアリスの魔力量から、発作が起こるであろう限界ラインまで把握してるって事?

 しかも魔導回路に合わせてってなんだ、そんなもの高位の鑑定でもしない限り普通見えないでしょうに。

 だってそれは当人が使える魔力の通り道であり、外部に露出している訳ではない。

 思い切り“概念”に近いとされているモノなのだから。


「まぁ何はともあれ良くやったな、お前達。貫通魔法を使って来る相手に対し、勝利するとは思わなかった」


「アレは反則とかにはならないんですか……お陰でこっちはアリスが負傷、ガウルの鎧もかなりのダメージなんですけど」


「あんなモノでも、立派な魔法だ。戦場でそんな戯言が通じると思っているのか? そもそもミリア、お前が使った最後の術。アレは失敗していれば間違いなく死者が出る。貴様、考え無しに温度を上げたな? 全員干からびて死ぬぞ。禁止ルールを設けるなら、危険度からして貴様こそ反則になるが」


「大変申し訳ありませんでした……」


 旗色が悪くなって来た為、大人しく両手を上げて降参してみれば。

 ガウルとエターニアの二人は、訳が分からないとばかりに首を傾げている。

 エルフ先生から特別授業を受けている事とか、話してないしね。

 最後に使った、一気に周囲の気温を上げた魔術とか疑問に持たれてもおかしくはないだろう。

 というか結構上手く使えたと思っていたけど、アレでも結構ギリギリだったのか。

 全員干物にならなくて良かった……。


「とにかく、猫娘は私の方で診ておく。貴様等はもう休め、今日はもう試合はないのだろう? よく水を飲んでおくように、脱水症状を起こしかかっているぞ」


 という事で、病室から放り出されてしまう私達。

 両者からは説明しろと言わんばかりの瞳を向けられ、思わずため息が零れてしまうのであった。

 まぁ、今はアリスが大丈夫そうだって事で良しとしよう。

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