第43話 霧と雪


「両パーティ準備は良いかぁ!? これより、試合を開始するぅ!」


 やけに元気の良いモリモリマッチョの先生が片手を上げれば、会場がワッと盛り上がるのを感じた。

 今回の相手はエターニアが注意を促し、ミリアも凄く渋い顔をしていた相手。

 学生服を着ているから、普通の生徒……というか先輩にしか見えないけど。

 それでも、一人だけ眼つきが違う。

 まるで獲物を狩る前の獣みたいに、私達の事を観察している人が居た。

 多分、あの人だ。

 フロストっていう名前の、要注意人物。

 この試合に対して、何も期待していない。

 何の価値も見出していない、ただ狩りをする獣の雰囲気。

 あぁいう目は、ちょっと嫌いだ。

 そんな事を思っている間にも、先生から試合開始の合図が告げられた。

 此方も警戒して姿勢を下げたその時、急に相手が語り掛けて来たではないか。


「エターニア様、私は前座です。分かっておりますよね?」


「フロスト、お久し振りですわね。分かっているとは、どういう意味でしょうか?」


 頬を引くつかせたエターニアが声を返すと、彼女は無表情のまま首を傾げ。


「私達のパーティは、ここで負けます。貴女様に恥をかかせる訳には参りませんので。そしてエターニア様には、必ず次の試合に参加して頂きます」


「あら、試合を投げると言う事でよろしいのかしら? であれば、我々の勝利という事で――」


「ただし、他の面々に関しては何も指示は受けておりません。今回の行事は、一人でも闘える状態で残っていれば次の試合に参加可能。この言葉の意味は、お分かりですよね?」


 それだけ言って、彼女は周囲に霧を発生させた。

 詰まる話、エターニア以外には容赦しないって事で良いんだろう。

 どんどんと会場が霧に包まれ、視界が悪くなっていく中。

 ウチのリーダーが、ニッと口元を吊り上げたのが見えた。


「御大層に会場を包んでくれちゃって。フロストねぇ……最後に霜が残るから、そんな呼び名なのかしら? けど……毎度手が同じってのは芸がないわね。こっちも行くわよ! “ホワイトアウト”!」


 ミリアもまた、会場全体に魔術を行使した。

 凄い、今までより威力も発動時間もずっと短い。

 相手の魔法と交じり合い、会場を霧と雪の嵐が包み込む。


「アンタ自身が作った霧の中を自由に動けるとしても、この吹雪の中はどうかしら? お互い、条件はフェアーに行きましょう? 掛かって来なさい、暗殺者」


 もはや視界は真っ白に染まり、仲間の姿さえ見えない状況の中。

 リーダーの声が、確かに耳に響いた。


「アリス! 耳になって! 作戦通り行くわよ!」


「了解! エターニアは九時方向に向けて攻撃! もう近くまで来てる! ガウルは正面から二人! あと一人は……ごめん! 音が無さ過ぎて分かんない!」


 ミリアの作戦。

 相手が霧を使って視界を遮る事は分かり切っていた。

 でも相手だって、霧の中では敵を目視出来ない筈。

 だからこそ、何かしらの魔術を使って仲間達だけは視界を確保しているのか。

 それとも元居る位置を記憶して攻め込んでいるのかと考えた訳だ。

 確かに視界を即座に奪われれば、誰しもすぐに動こうとしない。

 だが前者の場合、相手には見えていても私達には見えない。

 その状況でなぶり殺しにあってしまう。

 だからこそ、こちらも似た魔法を被せて保険を掛けた訳だ。

 見えないのなら、全員平等に全て見えなくなってしまえば良い。

 そして私は五感が強い上に、戦闘中は常に身体強化を使っているのだ。

 だったら、“音”で探せ。


「まったく見えませんわ! アリス! 当たりましたか!?」


 ズドンと物凄い音が響き、遠くで何かが落下する音が聞こえた。

 多分会場の外まで相手が吹っ飛ばされたのだろう。


「エターニアの方は撃破! ガウルは戦闘中で……もう一人は後ろ! 回り込んでる!」


「了解したっ!」


 猛吹雪の中、ガツンガツンと武器がぶつかる音が聞こえて来る。

 しかし奇襲のみを得意としているメンバーだったのか、正面戦闘は意外と脆いらしく。


「二人に武器を叩き込んだ感触はあった! どうだアリス! まだ動いているか!?」


「多分平気! 倒れた音がしてから大して動いてない!」


 耳を澄ませてみれば、ガウルの方から二人の呻き声が聞える。

 視界が悪いから、多分手加減無しの一撃を叩き込んだのだろう。

 教師の防御魔法があるとはいえ、怪我して無ければ良いけど。


「あと一人……あと一人は」


 ただでさえ暴風の中に居る為、音が拾いづらい。

 でもこれで、三人は撃退した筈。

 相手は此方と同じ四人パーティ、最後の一人が残っている。

 どこだ、どこに居る?

 視界は真っ白に染まっているので、視線を向けても意味は無いが。

 それでもキョロキョロと周囲を伺っていれば。


「んなっ!?」


「ほぉ……防ぎますか」


 急に近くに現れた“フロスト”。

 彼女が此方に向かって短い杖を向けた瞬間、盾の様に構えた大剣に鈍い衝撃を受けた。

 この剣は何かにぶつかった時、空気の壁みたいなものを作る筈だったのだ。

 攻撃の時は勿論、防御する時も。

 でも今の一撃は間違い無く、武器に直接叩き込まれた様な威力を感じた。

 つまり、剣に付与されている魔法を貫いて来た。

 エターニアが言っていた様に、“貫通魔法”の使い手って訳だ。


「私と同じ、“音”で捉えるタイプですか?」


「どう、だろうねっ!」


 相手が現れた方向に大剣を振ってみるが、すぐさま霧と吹雪に塗れて姿が見えなくなってしまった。

 ヤバイ、あの人めっちゃ強い。

 この状況で、此方との間合いを正確に掴んでいるのか。

 でも、“音”って言ってた。

 こっちの作戦同様、相手も見えない状態で戦っているのかもしれない。

 そうなって来ると、結構状況が変わって来るのだが。


「一度固まって! 残りは一人よ! 防御陣形!」


「ミリア! 駄目だよ! 相手は耳が良い!」


 ミリアが声を上げた瞬間、近くで何かが動く気配を感じた。

 間違いない、フロストが攻撃対象を変えたんだ。

 先程声を上げたミリアの位置は特定され、次の攻撃対象になることだろう。

 それだけは、駄目だ。

 貫通魔法と術師じゃ、相性が悪すぎる。


「こっちだよ! 私の相手をしろ!」


 ブンブンと大剣を振り回してみるが、何かに当たった感触はない。

 詰まる話、もう私の近くには居ないと言う事。


「アリス! どうしたの!? 報告して!」


 作戦では、ミリアは初期位置から移動しないって言ってた。

 彼女が軸になり、他の面々に方角を示す存在になると。

 その為に、声を上げるのだと。

 でもそれは、囮になると言う事。

 彼女だけは常に自らの位置を教える事になるのだから。

 そんな作戦だったからこそ、この状況でもミリアは声を上げている。

 他の皆程戦闘力が無いから、リーダーだからって言って囮役を買って出た。

 でも本当は怖い筈なのだ。

 暗殺者が相手だし、敵の魔法は防御を貫いてくるし。


「くそっ!」


 ガウルだったら鎧を着ているから、貫通攻撃を食らっても怪我まではしないかもしれない。

 少し怪我を負ったとしても、笑っている様な気がするけど。

 エターニアは、多分今回の相手からは狙われない。

 傷つける対象ではないみたいだから。

 でも、ミリアは?

 彼女があの魔法を受けた時、もしかしたら怪我では済まないかも。


「そんな事……絶対にさせない!」


 “大樹”を放り投げ、バッグからブラックローダーを取り出して。

 合体させた上で思い切りトリガーを引き絞った。

 この爆音なら、少しくらいは相手の妨害になってくれる事だろう。


「アリス!?」


「すぐ行くから! 声を上げないで!」


 こんな事をしてしまえば、私だって音を拾い辛くなる。

 けどミリアは、初期位置から動いていない。

 だからこそ、その場に向かって思い切り空中を駆けた。


「ミリア!」


「アリス、アンタ何でそっちの武器――」


 本当に近くまで寄らないと姿が見えない程の吹雪の中。

 ミリアを確認した瞬間、赤い外套を広げて彼女の前に躍り出た。

 結果は……何と言うか。

 ギリギリ間に合った、で良いのかな?

 背中からドスドスと強い衝撃を受け、思わず息が詰まった。

 あぁくそ、ホントこれ“貫通魔法”だ。

 学生同士の戦闘で使うなよ、先生が掛けてくれた防御普通に貫通しているし。

 こんなの、殺し合いの場で使う魔術だろうが。


「アリス!?」


「へ、へーき……私の外套、結構強いから……」


 実際私の赤い外套は、防御性能に優れている。

 魔獣の牙だって、簡単には通さない程。

 だからこそ相手の魔術に貫かれる事は無かったが……衝撃は来る訳で。


「ゲホッ……あちゃぁ、ごめんミリア。吐いちゃった……制服汚しちゃった」


「馬鹿ッ! んな事どうでも良いのよ!? 大丈夫なの!?」


「めっちゃ痛いけど……魔力干渉は無いから、平気」


 うへへっと緩い笑みを浮かべた瞬間、彼女にはガシッと抱きしめられてしまった。

 これでは、戦えないのだが。


「もう良い、アンタは大人しくしてなさい。治療せずに戦闘に参加するとか、私が許さないから」


「いや、でも……」


「うるさい、リーダー命令よ。少しくらい、私に頼りなさい。アリス」


 ウチのリーダーは随分と怖い顔をしながら、新しい術式を発動し始めるのであった。

 おかしいな、魔法は間違いなく発動しているのに……詠唱とかが、一切聞こえないんだけど。


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