第42話 フロスト


「ミリア、相談がございますの」


「なんですのー? 私は今忙しいんですのー」


 先日からやけに引っ付いて来るアリスを相手にしながら、朝食を摂りつつ本日の対戦表を眺めていれば。

 随分と真剣な顔のエターニアが、此方を必要以上に覗き込んで来た。

 なんだよ鬱陶しい、まさかお前までくっ付いて来ないだろうな。

 いや、流石にそれは無いか。


「何ですかその口調は……ふざけていますの? 私は真面目な話があるのですけれども」


「いやアンタの口調でしょうに。まぁ良いや、それで? どうしたのよ」


 如何せん物申したくツッコミを頂きながら、ため息を溢して声を返せば。

 彼女はズバンッと音がする程の勢いで、私の前に本日の対戦表を叩きつけて来た。


「私も同じ物持ってるから二枚もいらないけど」


 先程から眺めていた用紙をヒラヒラと揺すってみれば、エターニアは大型犬かって程にガウガウと吠え始める。


「そうじゃありません! 本日の対戦相手、よくご覧になって下さいませ!」


「あーえぇと、上級生よね? メンバーも書いてあるけど……有名な人? アリス知ってる?」


「知らなーい」


 隣でもっくもっくとご飯にありついている小さいのは、特に興味無さそうに山盛りご飯を減らしていた。

 この小さい体の何処に入っているのだろう。

 不思議に思いながらも彼女のお腹を触ってみれば、やっぱり細い。

 というかちゃんと筋肉が付いている。

 おぉ、見た目に似合わずちゃんと前衛だ。


「どうしたの? ミリア」


「いや、どこに入ってるのかなぁって」


「お腹」


「だよね」


 普通の女子なら、同性とは言え急にお腹を触られたら嫌がりそうなものだが。

 アリスの場合は食事の方が優先だった御様子で、ペタペタ触ってもコレといって反応しない。


「ジャレてる場合ではありませんの! 今回の相手は私の関係者というか……少々面倒な相手でして」


 ほぉ、関係者と来たか。

 という事は、相手は貴族様という事か。

 もしかしてエターニアの兄弟姉妹だったりするのだろうか?

 そんな事を思いながら今一度対戦表を眺めてみるが……あれ?


「ねぇ本当に関係者なの? 名前の所、フルネーム書いてないけど」


「次に当たるパーティは全員、貴族身分は持っていませんわ。正確に言えば、私の直接的な関係者の使用人です」


「うはぁ……御貴族様はやることが違うわね。使用人まで学園に入学させてお世話してもらってる訳?」


「ミリア……真面目に聞いて下さいませ」


「分かった、ごめん。それで?」


 流石に話を逸らし過ぎたのか、次にふざけた事を言ったら噛みついてきそうな敵意を感じた。

 怖い怖い。

 私じゃエターニアの一撃を防げないからね、洒落にならない。


「ひとまず関係者の話は……とにかく変人だとでも記憶しておいて下さいませ。そしてその使用人、名は“キラーフロスト”。今回相手するパーティのリーダーを務めている女性ですわ」


「キラーって……随分と、その……格好良い名前ね? あ、おちょくってる訳じゃないからね? ちょっと、すごいなぁって」


「当然ですわ。ソレは“通称”というか、通り名ですもの。彼女には、本名がありませんの。普段はフロストとだけ名乗っているみたいですが」


 いや、どう言う事?

 孤児とかなら、確かに名前が無いって事もあるとは思うけど。

 通り名でキラーフロストって、物騒にも程があるでしょうが。

 思わず引き攣った笑い声を上げてみれば、エターニアは溜息を溢しながら。


「想像の通りですわ。彼女は本物の殺し屋に育てられた、暗殺技術に関しては相当な腕と聞き及んでおります」


「待って待って待って、あり得ないでしょ。だったら学園の前に牢獄送りでしょうが。何で暗殺者が普通に学生やってるの?」


 流石に冗談だと思いたい。

 いくらこの学園が身分の違いが存在しないと謳っているとはいえ、重犯罪者がすぐ近くに居るとなったら恐ろしいどころではないぞ。

 戦場での死、または決闘などなど。

 特殊な状態で誰かを死なせてしまった場合、罪にならない事もある。

 冒険者とかダンジョンで死んだら調べようがないし、今回の行事も決闘として扱わる事だろう。

 とはいえ通常時、明らかな殺人行為や暗殺などなど。

 そう言ったモノは法に触れる筈なんだが。


「彼女はそもそも居る筈の無い人間、国に登録されていなかった捨て子が暗殺者に育てられた。そんな彼女を拾い使用人に仕立て上げ、過去をもみ消した物好きが居るという事ですわ。それに、事実彼女自身が殺人を犯したという証拠は一切上がらなかった。協力した可能性は捨てきれませんが」


「そんなのを保護しちゃったのが、エターニアの関係者……」


「そうなりますわね」


 コレだから御貴族様は……と言いたい所だが。

 位があるからってやりたい放題が過ぎないか?

 更に言うなら、そんな事出来るのは相当高い地位に居る人間じゃないと不可能な気がするのだが。

 まぁ今は、そっちの物好き貴族より本日の相手だ。


「そのフロストって奴の詳細は? パーティメンバーの実力は?」


「本人に関しては未知数という他ありませんわ。先日の試合も見ましたが、私にも何が起きているのか分かりませんでした。開始直後会場がきりに包まれたかと思えば、晴れた時には相手が血を流して倒れていた。メンバーに関しては、棒立ちしていた……という印象でしたが、霧の中で何をしていたのか。残っていたのは流血しながら震える対戦相手としもだけですわ」


 間違い無く実力者、という事で良いのだろう。

 私自身、失念していた訳では無いが少々この行事を甘く見ていたのかもしれない。

 ガウルの防御力、エターニアの後衛火力。

 そして何より、魔女の孫たるアリスが居るのだからどうにかなると。

 この学園には、まだまだ底知れぬ実力者がゴロゴロ居るらしい。


「不味いわね……非殺傷を貫こうとしている私達とは真逆の存在。しかも正当方じゃない戦い方となると、余計に」


「その通りですわ。しかも今回の相手……もしかしたら“貫通魔法”を習得している可能性がありますわ」


 貫通魔法、その名の通り魔術防壁を貫いて相手を攻撃する魔法。

 名誉だ栄光だと騒ぐ偉い人達の中では、“下法”とも呼ばれる反則魔法。

 だが実際そんなモノがあるなら、魔術防壁は意味を為さなくなる。

 今の所確認されているのは、指先一つ分くらいの穴が開けられる魔法……なんて聞いた事はあるが。

 実際その大きさがあれば、いくらでも相手の命が奪えるのだ。

 そして何と言っても、先程エターニアは“霧が晴れた後、相手のパーティは血を流して倒れていた”と言ったのだ。

 つまり、教師陣が作った魔術的防御を貫いたという証明。


「今回ばかりは、殺すつもりで行かないとコッチが狩られるわね」


「その通りですわ。相手は私達よりも戦場に慣れている上に、手段を選ばない。更には貫通魔法を使用してくるとなると……それ相応の覚悟で挑まないと」


 二人揃って眉を顰めながら、対戦表に書かれている“フロスト”という名を睨んでいた訳だが……実際、どうする?

 ウチには高防御のタンク、高火力アタッカー、そして高火力の後衛アタッカーまで揃っているのだ。

 相手の事を考えず、初手から全力で攻めてしまえば抑え込めるかもしれない。

 しかしながら、当然私達には“殺し”の経験はない。

 相手が殺す事さえ厭わず攻めてきた場合、私達は対処出来るのか?

 そもそも今回の相手と比べると、こっちの組み合わせは些か“綺麗過ぎる”。

 理想的な形をしている様に見えて、ありきたりで対処しやすいパーティとも言えるだろう。

 更に言うなら、もう一つ問題が残っている。

 それは、不殺を絶対に貫く武器を使っている人物が前衛アタッカーに居る事。


「アリス。今回だけ……とはならないかもしれないけど。今日の試合は、ブラックローダーを使ってくれって言ったら……アンタは従ってくれる?」


 チラッと隣に視線を向けてみれば、ご飯の途中で止まってしまったアリスがジッと対戦表を見つめていた。

 今の表情からは、彼女の感情が読み取れない。

 それくらいに、無表情だった。


「それは、どうしても必要? 相手を殺さないと、私達が生き残れない状況?」


「そう……じゃないと思う、物騒な相手だけど死者は出さなかったみたいだし。でも、このままだと間違いなく誰かが怪我をする。これまでの戦闘結果がそうだったみたいだから。貫通魔法、アンタだって聞いた事くらいはあるでしょう?」


「アレは、術師を殺す為“だけ”にある魔法だってお婆ちゃんが言ってた……本当に学生が、そんなのを使ってるの?」


「結果からは、そう見えるわね」


 分かっていた事だ。

 アリスは、ブラックローダーを人に向けない。

 暴走した時には思いっきり向けられたけど、あんなのは事故みたいなものだ。

 彼女は基本的に、戦闘が終わればすぐに武器を仕舞う。

 あの狂暴な剣を、間違っても人に触れさせない様にするかのように。


「無理にとは言わないわ。でももし、相手が“そういう”魔法を使いながら本気で勝ちを取りに来た場合……多分私達が負ける」


「戦ってる訳だから、怪我するのも覚悟の上。負ける事だってあるのは仕方ない、私はそう思ってる。だけど……皆が怪我するのは、嫌だな」


 そんな事を言いながら、彼女はマジックバッグに手を置いて俯いた。

 今何を考えているのか、何を悩んでいるのかは正確には分からないが。

 誰かを殺してしまう事態を、アリスは人一倍恐れている気がする。


「分かった、さっきの話は無し。アンタは“大樹”で戦いなさい」


「え?」


「ちょっとミリア! 本気ですの!? 相手は暗殺術のプロですのよ!? 此方が制限を掛けながら戦ったら、間違いなく競り負けますわ!」


 両者から両極端な反応が返って来るが、それでもだ。


「私達は学生、相手も元何だろうが今は学生なんでしょ? だったら殺しまでは多分やらない、今後問題になるからね。だからこそ、今のまま全力でぶち当たって……負けたら負けたよ。ちょっと怪我する事くらい承知の上だし、ダッグスさんには頭下げて、お金は働いてどうにかしましょ」


 ヘッと笑い飛ばしてみれば、今度は二人とも驚いた表情を浮かべているではないか。

 ま、そうだよね。

 一番支払いを嫌がってた私が、こんな事言うはずないし。

 とはいえ、まぁ。


「負けるつもりなんて、毛頭ないけどね?」


 上等じゃないか、やってやる。

 本来の戦場に立てば、相手の実力はこうやって事前に知る事など出来ない。

 目の前に来てから、格上の相手だったと認識する事だってあるのだろう。

 だったら、私達は恵まれた環境に居るのだ。

 それら全てを使って、勝ちを取りに行こうではないか。


「何かしら考えがある、という事でよろしいのですわね?」


「ミリア……本当にいいの?」


 不安そうな二人に対して、此方はグッと親指を立てて返した。

 子供だましの様な作戦かもしれないが、それでも良い。

 本格的な対処など出来ないのなら、私なりに対処してやれば良いだけだ。


「相手が殺しのプロだってんなら、学生の内にそんなのと戦闘経験が詰めるチャンスよ。二人共、気合い入れなさい。それに本当にソイツが人を殺したって証拠は無いんでしょ? もしかしたらただのハッタリかもしれないわよ?」


 ニッと口元を上げて、自信満々に答えるのであった。

 正直、自信とか全然ないけど。


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