第41話 膝


「両パーティ準備は良いな? 試合開始!」


 翌日、二戦目。

 流石にパーティの数が多いだけあって、この行事は数日で終わる様なモノではない。

 戦う事も、そして他人の戦闘を見る事すら勉強だという事だろう。

 結構な期間を使って開催される割に、個々の試合回数はそう多くない。

 つまり、“見る見られる事”が絶対条件。

 出来れば手の内は隠しておきたいので、暫くエターニアに頼った戦法を取りたかったが。

 流石に相手によってはそうもいかず。


「ガウル、全員の攻撃を防げる?」


「承知した」


 ウチの頼もしいタンクは両手に刃の幅が広い長剣を持ち、相手の前へと立ちはだかった。

 予想外だった。

 一戦目はアレだけの一方的に攻略したというのに、二戦目も同級生が来るとは。

 しかも、どう見ても……その、怯えているのだ。


「アリス、なるべく“普通に”木刀で対処して。エアーハイク禁止、大技禁止」


「らじゃー!」


 相手の攻撃を捌き続けるガウルに、間を縫う様にして走り込むアリス。

 正直、不安など全くと言って良いほどない。

 戦場では何が起こるか分からない、だからこそこんな感想は慢心に他ならないのだが。

 明らかに、相手は私達に対して怯えている。

 エターニアを見た瞬間ガクガクと震え始め、更にはアリスを見ても短い悲鳴を洩らしていた。

 恐らく、ダンジョンか何かの話を聞いている生徒達なんだろう。

 とてもでは無いが、戦える状態には見えなかった。


「よろしいんですの? 私が攻撃しなくて」


「止めておいた方が良いわ。いくら教師陣の防御魔法が張られているとはいえ、真正面から攻撃を受ければ怪我くらいする可能性がある。アレは防壁ではなく、保護する為の魔法みたいだから」


「つまり、壁ではなく“膜”に近い。当たり所が悪ければ死ぬ可能性もあると」


「そこまでは言わないけど、エターニアの攻撃魔法じゃ余計に心配なの。相手がある程度防いでくれるなら話は別……けどあの調子じゃ、多分無理。だから、アリスの木剣を使う。それに何の抵抗も出来ないまま降参させたら、流石に可哀そうでしょ?」


「先日はまさにソレだった気がしますけどもね」


 エターニアはそんな事を言ってため息を溢しているが、調子に乗った御貴族様なんぞ知らん。

 あんな奴等に戦ったという評価と得点をわざわざ与えてやる程、聖人でもない。

 という事で今回ガウルにやってもらうのは防御のみ、そしてアリスが動き回っている間ヘイトを買い続ける役。

 出来ればあまり能力を晒したくないので、ガウルにも地味に動いてもらおう。

 そして私も、怯えている相手に高火力を叩き込む程鬼じゃない。

 防御魔法を貫通……までは考えなくても良いかもしれないが、多分大火力の魔法を受けるとかトラウマものだろう。

 もっと言うなら、間違っても相手パーティ全員が病室送りになる事態は避けたい。

 その為に、余裕があるなら弱い攻撃で場を制する。

 本来であれば、アリス程の近接戦闘特化を相手にして怪我で済む筈がないのだが。

 そこはあの木剣、“大樹”の出番だ。

 あの武器、やっぱり普通じゃない。


「どりゃぁぁ!」


「ひぃっ!?」


 アリスが大剣を振るう度、相手が吹っ飛んでいく。

 そりゃもう盛大に、ポ~ンと効果音が着きそうな程。

 しかし、吹っ飛んだ先で相手は普通に起き上がるのだ。

 彼女が言っていた、あの大剣は殴った時に不思議な感触が残るのだと。

 まるで空気の壁でも殴っているかのような衝撃と言っていたが。

 色々試した結果、というかガウルとやり合って貰った結果。

 その理由が判明した。

 アレは、本当に非殺傷の武器。

 何かにぶつかったその瞬間、刃の前には空気を圧縮したような防壁が展開される。

 本来の木剣なら、思い切り頭でも叩かれれば普通は死ぬ。

 しかしながら、あの剣はその防壁のせいで相手を直接傷つける事が出来ない。

 だがしかし、柔らかい壁だろうと勢いよく吹っ飛ばされれば怪我くらいはするだろう。

 今みたいな使い方なら、吹っ飛んだ先で骨折くらいするかも知れない。

 戦闘の場に立っているのだ、それくらいは覚悟の上。

 そう切り捨ててやれば良いモノを、あの大剣は。


「どこまでも、非殺傷を貫きたかったのかしらね?」


「ある意味、訓練にはもってこいの武装だと思いますけれども。私の家にも一本欲しいですわ」


 攻撃の瞬間、相手に回復魔法を付与しているのだ。

 つまり、殴りながら治す。

 叩きのめしながら、治療する。

 しかも効果が持続する事から、吹っ飛ばされた所で大したダメージにはならないだろう。

 詰まる話、アレは訓練用の大剣。

 絶対に相手を殺さない為に作られた、模擬戦の為の武器。

 随分とお優しいというか、何を考えて使用者ばかりに負担を掛けているのか知らないが。

 アレでは、いつまで経っても相手が倒れないではないか。

 そんな風に思った事もあったのだが。


「ふいぃ……全員撃破!」


 アリスが、件の大剣を肩に担ぎながら此方に手を振って来た。

 今回の様に“場外へと押し出す”という戦法が可能な場合、とても有効的だ。

 更に言うなら、圧倒的な実力者を前にした時の精神的な負担。

 身体が動くならもっと掛かって来いと強者に言われて、どれ程の者が再び彼女に挑める事だろうか?

 それを体現するかの如く、怪我は無い筈なのに吹っ飛ばされた生徒達は誰一人として再び攻めようとはしなかった。

 訓練として使うなら最上位の武器。

 それ以外の意味で言えば、心を折りに行く武器とも言えるのかもしれない。

 いくらでも挑めるが、いくらでも叩きのめされる可能性がある武装と相手。

 あんな物に諦める事なく何度も突っ込んで行ける前衛は、私の記憶ではガウルくらいしか存在しないだろう。

 そのガウルも、自らの仕事を終え。

 満足気な笑みを浮かべながら武器を仕舞っている。

 今回も、私達の勝利だ。


 ※※※


「次の対戦って、明日あるの?」


「そうね、成績上位者とかは二~三試合とか発生するみたいだけど。一年の私達はそんなに忙しくなる事はないみたい」


 本日の試合も終わり、特に予定もないのでミリアの部屋へとお邪魔していた。

 他の人の試合を見ようかとも思ったんだけど、ミリアがさっさと部屋に戻ろうとしていたので付いて来てみた。

 結果。


「ねぇさっきから何やってるのぉー? 暇だよぉー」


「うっさいわね。そんなに暇なら、二人と一緒に上級生の戦闘でも見て来なさいよ」


 ミリアは、銃弾を握り締めながら何やら魔術を使っていた。

 エターニアみたいに銃を使う訳でも無いのに、何をしているのだろうか?

 不思議に思いながらも、ソファーに座った彼女の周りをウロウロ。

 本気でやる事が無いので、隣に座ったり彼女の膝に頭を乗せてみたりしたが。

 これといって反応してくれず。

 物凄く集中しているみたいだ。


「ねー、ミリア。それって大変?」


「ま、そりゃね。でも私の訓練にはもってこいって感じ。今日はこれ以上試合ないから、魔力使っちゃっても問題無いし。エルフ先生の特別授業までに、少し進めておきたいのよ」


「そっかー」


 真剣な眼差しを向ける彼女を、膝の上から見上げてみる。

 凄いなぁ、こんなに夢中になれる事があるんだから。

 私には、何かあるだろうか?

 考えてみても、あんまり思いつかない気がする。

 学園が楽しい、友達が出来て嬉しい。

 パーティが組めて、一緒に戦える事が楽しい。

 それで、私は満足してしまっている。

 今までに無かった事だから、学園に来なかったら得られないモノだったから。

 きっとココへ来ることを決意しなければ、私はまだあの森と実家を行き来していたのだろう。

 お婆ちゃんの家に行って、途中で魔獣を狩って。

 悪い日常だとは思わない、それが私だったのだから。

 でも、人間とは経験すると欲が出る物で。

 このまま学園に居る間は皆と一緒に居たいなぁとか。

卒業してからはバラバラになっちゃうけど、たまには皆で一緒に遊びたいなぁとか。

 そんな風に、考えてしまう様になったのだ。

 いつまで生きていられるか分からない、魔素中毒者の癖に。

 いつ死んだっておかしくない、それを受け入れていた筈なのに。

 私は今、未来を思い描いてしまっている。


「ねぇミリアー」


「何よ、今ちょっと集中してるんだけど」


 見つめる先に居る友人は、此方に視線を向けず真剣な表情で弾丸を睨んでいた。

 ほんと、凄いなぁ。

 これだけ一生懸命になれるって事は、それだけ本気だと言う事だ。

 私も、そういうのが欲しい。

 何だろうな、私が一生懸命になれる事って。

 強くなりたい、周りに心配掛けないくらい。

 それは昔からの願い。

 でもそう言うのじゃない。

 私自身が望んで、我儘に渇望する様な願い。

 そう言った物を、私は見つけられるんだろうか?


「ミリアはさ、私の事忘れないでいてくれる?」


 何故、そんな事を言ってしまったのか。

 自分でも良く分からない。

 生き物は、いつか死ぬ。

 当たり前のことだし、私はソレがちょっと早いだけ。

 だからこそ、残していく皆に対して後腐れ無いようにと生きて来たつもりだったのだ。

 多分学園に通わせてくれるのだって、私が生きている内に楽しい思い出を残そうと両親やお婆ちゃんが工面してくれた結果。

 だからこそ、私は私の人生を謳歌してスパッと逝くつもりでいたのだ。

 でも、なんでだろう。

 皆と出会ってから、というかミリアと一緒に居る様になってから。

 少しだけ、怖くなってしまったのだ。

 もっと一緒に居たいから、もっと笑っていたいから。

 “死”というモノが、私の中で重い物に変わり始めていた。


「何言ってんのアンタ」


「うへへ、ごめん。気にしないで」


 視線は弾丸から逸らさぬまま、ミリアは相変らずの言葉を返して来た。

 そうだよね、こんな話しても引かれるだけ。

 だから私は、今まで通り――


「忘れる訳無いでしょ、アンタみたいな奴」


「え?」


 彼女の片手が、ポスッと私の頭に乗っかって来た。

 そして。


「忘れられる訳がないでしょうが。というか、これからも一緒に居るんでしょ? アンタ、ずっとくっ付いてくるし。だったらウジウジしないの、“らしくない”わよ」


「ん……そだね」


 私の友達は、いつも通りの言葉をくれるのであった。

 そうか、コレで良いのか。

 未来がどうとか、寿命がどうとか言う前に。

 今、一緒に居れば良いんだ。


「ミリア大好き」


「あっそ、そりゃどうも。私も大好きよー、だから暫く大人しくしてなさい。こっちはこっちで結構忙しいの」


「あいあいさー」


 友人に膝を借りながら、私は大人しく瞼を閉じる。

 ワシャワシャと頭を撫でられつつも、どこか優しい雰囲気で。


「あんまり、無理するんじゃないわよ?」


「うい、なんかあったら相談します」


 そんな言葉を最後に、意識をゆっくりと手放していくのであった。

 お母さんとお婆ちゃん以外に膝枕されたのって、これが初めてかもしれない。

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