第38話 バディ


「ぶはぁぁ……終わったぁ。どうですか? 先生」


「うむ、悪くない」


 放課後、エルフ先生による魔術の特別授業。

 正直私だけこんな事してもらって良いのかとも思うが、今の所コレといって問題になっていないので良し。

 という事で、今回もローズさんから貰った弾丸に魔力を込め、先生に確認してもらっていると言う訳だ。


「まだ少し余分に魔力を消費している。術式を覚えるのは大事だが、それは先人の知恵でしかない。先人はお前より優れていたのだろうが、お前の方が優れている点もある。だからこそ、教科書を全て信じるな。自らの優れている点に関しては、教えを無視してお前なりに術式を改良しても構わない」


「相変わらず、教師の発言とは思えませんね……」


「全てを教え通りにこなすだけなら、ユニーク魔法など存在しない。アレは特殊ではあるが、特別ではないと覚えておけ。自ら新しい魔術を作る事はさほど難しくないが、それはこれまで汎用型とされて来た魔術を超える必要があると言う事。その一線を超えようと努力する事こそ、本来術師に必要な意志であり、魔法というモノに対しての理解だ」


「精進します……」


 相変らずお堅い言葉を放ってくる先生だったが、私の渡した弾丸を眺めながらニッと口元を吊り上げていた。

 どうやら、今日はいつも以上に上手く出来たみたいだ。

 火を灯す魔法があったとして、ソレを行使可能な術師は五万と居る。

 しかしながら、その術は火を放つまでに幾多の工程を通って“火を灯す”という結果に行きつくのだという。

 魔素から始まり、魔力とは万能物質。

 此方の技量次第とはなるが、数多の物質に姿を変えるエネルギー。

 魔法とは無から有を作るのではなく、魔力という有から別の何かに変換させる“技術”と言われている。

 つまり、本人が優れているかどうかで結果に大きな違いが出るのだ。

 そして今行っている“魔術の必要な部分だけを抜き取って放出する”という訓練。

 これは、ハッキリ言ってかなりの術式制御が必要となる訓練だった。


「やはり苦手な適性魔法だと、あまり溜まらないか?」


「そりゃそうですよ……先生の言う所の、“先人の教え”通りにやっても上手く行かないんですから……」


 はぁぁと大きな溜息を溢してしまうが、それでもここ数日で随分と変わって来たと自分でも思う。

 先程言った“火を灯す”という魔法を使うとして。

 本来なら自らの体内から魔力を放出、次に放出した魔力が霧散しない様に一か所に集める術式。

 更には魔力その物を引火出来る物質に変化させ、着火させる。

 燃料となる魔力が無くなればすぐさま火が消えてしまう為、魔力を燃料に変え続けるか周囲の引火物質を集める術が必要となる訳だ。

 要は、一つ火を灯す為にも様々な過程が必要になって来る。

 “これまでは”。


「今まで使っていた魔術が、どれ程術師の安全を考えて作られていたか……本当に良く理解出来ましたよ。一つの現状を起こすだけなら、本来は一つの道筋で十分な筈なのに」


「しかしソレを過信し過ぎれば必ず事故が起こる。そうならない為の保険を作り、他者にも扱えるようにしたのが……現代魔術という訳だ。悪い事ではない、むしろ多くの術師が生れる事となったきっかけではある。だが逆に、術師とは大いなる理解の末生まれるモノではなくなった訳だ」


「現代の術師は、量産型って訳ですか……そりゃ先生やローズさんから見れば、この程度で威張り散らしていれば三下以下に見えますよね」


 ハハッと、思わず乾いた笑いを溢してしまった。

 はっきり言おう、この人も“格が違う”。

 そもそも土台が違うのだ。

 私達はルールに従って“魔術”というモノを覚えて来たが、この人達はルールそのものを作った人間たちに近い存在。

 つまり、盤面上の駒とプレイヤーくらいの差があるのだ。

 その事を、彼の特別授業でよく理解させられた。


「何度でも言うが、過信するなよ? 現代の魔法は余分な魔力を必要とするが、その分安全だ。少し外れた道を知った所で、そちらに突き進めば怪我をするのはお前だ。怪我、程度で済めば良いがな」


「ですけど、昔は“それくらいが普通”だった。という訳ですよね?」


「その通りだ。一つの魔術に失敗して命を落とす者が居る、そんな事は日常茶飯事だった」


 それもその筈、安全策を講じない魔術はとにかく危険なのだ。

 今は弾丸に魔力を込めるだけだから、何も他の現象は発生しない。

 いや、言い方が違うか。

 発生する筈の現象を弾丸が吸ってくれているからこそ、私は無事で居られる。

 何も理解せぬまま、この“保険”を無視して魔法を使おうモノなら。

 恐らく私はその場で火だるまになっていた事だろう。

 余分な過程が無く、結果だけを出現させる。

 ソレはつまり、魔力放出からすぐ結果に繋がる事になる。

 現代の魔術師である私の様な存在にとっては、銃に込めた弾丸がどれ程の威力か、その弾で正解なのか把握出来ていない状態で引き金を引く様なモノ。

 昔の術師は、こんな事を何度も何度も試して来たのかと思うと……正直ゾッとする想いだ。


「身体強化なんかの、体の内部で完結する魔法。アレも昔はいっぱい犠牲者が出たって事ですか? 考えるだけで恐ろしいですけど」


「ふむ……それはそもそも認識の違いだな」


「と、言いますと?」


 身体強化、つまり魔力による身体への補助。

 あれらは詠唱を必要としない。

 だからこそ、体外に発生させる魔術とは“感覚の違い”的な物があるのかと思ったのだが。


「アレらは、体内に宿る魔力そのものをそのまま燃料として行使する技だ。ハッキリ言おう、身体強化は魔術ですら無い」


「え? はい? だって実際、アレだって魔術として登録されてますけど……」


「その通り。前にも授業で話したが、“魔素中毒者”が結果を残した戦。そこに使われたのが、身体強化。だからこそ、アレも“術”として言い伝えられている。そうでないと、健常者どころか貴族、または術者の立場が無いからな。特別な“魔術”を行使したとして記録に残された」


 そこから、先生の授業が始まった。

 曰く身体強化とは、そもそも魔力の活用法であり“魔術”ではないとの事。

 魔術を扱えない人間、しかし鍛え抜かれた身体を持っている人間の実力を十としよう。

 その人物が肉体労働で成果を残すのに対して、他の人物が七の実力しかないとする。

 当然成果の差が出る為、どうにか十の実力を持つ人間と同様に仕事をしようとすると……体内の魔力を消費して、“無理矢理”十の実力を発揮する。

 これが、身体強化。

 追加の燃料を入れ、無理矢理身体を強化する手法。


「あの、それって……負担が物凄く大きいんじゃ」


「その通りだ。しかしながら、必要とされれば答えようとする。それが人間というモノだ」


 元々は十の実力に合わせる為、補う形で使用されて来た技術。

 はっきり言おう、魔力を消費し続けるくらいなら身体を鍛えて十の実力にした方が安全だ。

 長期的に見るなら、鍛えた方が早い。

 もっと言うなら、十の肉体を鍛え上げ今まで使っていた魔力を他の魔法に使った方が効率的。

 そう言える事例ではあるのだが、身体強化を使う人間は減る事が無かったという。

 誰しもが、十の実力を手に入れられる程環境が整っていなかったから。


「もっと言うなら、十の実力を持つ者が身体強化を使ったらどうなる? 魔力消費効率が悪い、常にソレを使っている訳でもない。更にアレは肉体を保護する術を持っていない、つまり限界以上の力を発揮する。だが肉体能力“そのもの”を向上させる、この意味が分かるか?」


「更に上の目標が生れ、際限りなく肉体を削り始める……それなのに、身体の保護機能が無い。それでも肉体一部に何かを一時的に上乗せするのではなく、一時的に“そのもの”の能力を上げるという意味だとすれば……」


「当然壊れる、しかし修復する肉体本来の力も強化されている。人の筋肉は、壊れればより強い物へと修復される。この工程を繰り返してくと何が起こると思う? 人の行使して良い力加減の枠組みが壊れる、脳が勘違いし始めるんだ。この身体は、これくらいの負荷を掛けても大丈夫だという境目が曖昧になっていく」


「つまり、体外に発生させる魔術よりも……体内完結型の魔術の方が、深刻なダメージを体に与えている? しかも気づかぬ内に。理解ではなく、直感的に使えてしまう術だからこそ、余計に」


「自らの身体を治す肉体本来の力も強化されている事から、一概にそうとも言えないが、しかしそう言いたくはなる。多用した物は、死亡率が高いのは確かだ。本来は“補う為の力”だったそれが、十の実力を持つ者が使ったが故に“武器”として使われ始めた。だからこそ、身体強化さえ“魔術”として扱われている。今では身体強化と言えば、十以上の能力を求められるという訳だ」


 この会話で、私は自らの間違いに気が付いた。

 身体強化というのは、そもそも足りないモノを一時的に補うモノ。

 決して肉体能力の限界突破、常人では成し得ない力を発揮する魔術ではないと言う事。

 そしてエルフ先生は、コレは魔術ですらないと言った。

 これがどういうことか。

 つまり、未だに“保険”と呼べる余分な工程を有していないのではないか?

 昔ながらの方法で使われ、発動した人間に対しての保護が十分ではない技術ではないのか?

 そんな風に思えて、仕方が無かった。


「例えばガウル、彼は十分に肉体能力が卓越しています。でもそれ以上を求めて、彼は身体強化の魔法を使っています。あぁいった場合は……」


「先程も言ったように、肉体本来の“治す力”も強化されている。だからこそ、そこまで問題は無い。だが……身体と頭でソレを理解していなければ、何かの拍子で自壊する程の動きをしてもおかしくない。普通は十と評価出来る肉体を手に入れたのなら、他の魔術に魔力を使おうとする。その方が“早い”からだ」


「と、言いますと」


「何度でも言うが、身体強化は燃費が悪い。常に使い続けられる術ではない。十の実力から十五にしようと二十に出来ようと、制限時間が付くと言う事だ。普通よりずっと強化された相手から石を投げられるだけで致命傷になるとしよう、とても脅威だ。しかしながら、その程度なら弓矢の技術を鍛え、遠距離狙撃した方が早いと思わないか? 投げた石が当たるという技術は、また別に能力が必要となる」


「まぁ、確かに。そもそも魔術なら、投石や弓矢よりももっと正確に襲撃出来るでしょうし。眼で見て分かりやすい技術の方が、評価されるのも確かです」


「だからこそ、身体への影響を及ぼす魔術というのは低く見られるんだ。私からすれば、魔術ですらない一時的な増強。だがしかし、それには相応の技術が必要になって来る。五の力しかない人間が、急に十の力を手に入れて制御出来ると思うか? 積み荷を降ろす事くらいなら問題ないだろうな。だが力加減が出来ないからこそ、叩きつける他ない。技術の伴わない近接戦では、それでも効果的。だからこそ、学の無い者でさえもアレを武器として使用する」


 何となく、分かった気がする。

 私だって、通常時と疲れ果てた時で石を投げては命中精度が異なるだろう。

 その逆、本来は持っていない力を手に入れて、自らの技術が追い付くかどうか。

 はっきり言って、否という他無いだろう。

 投石の達人とかでない限り、多分明後日の方向に飛んでいく。

 それでは、意味が無い。

 分かりやすい例として、“遠距離攻撃”とは精度というモノがこの上なく重要になって来るのだから。

 そして話を戻せば、身体強化とは魔術ですらない魔力放出型の荒い技術という訳だ。

 魔術の失敗で死者が出るのが当たり前だった昔に比べて、今はセーフティが掛かっているからこそ術者が多く生まれる。

 しかしながら、身体強化に関しては恐らく。

 身体そのものが“制限”を掛けているのだろう。

 このまま行使したら死ぬ、これ以上やったら身体が壊れる。

 本能的にそう言った事例を読み取り、ざっくりとした古い術式のまま行使されてきている。

 つまり最初の質問、「身体強化でも昔は死者が出たのか?」という私に問いに対しての答えは、“今でも昔と変わらず死者が出ている”という事なのだろう。


「普段から身体強化を多用しているアリスは、かなり危ない綱渡りをしている状況って事ですよね?」


「むしろ本能的、肉体から来る直感に任せているからこそ、ギリギリバランスを取っているとも言えなくもない。自らの保有魔力を認識し、温存したり消費したり。しかしアイツは、普段から“身体強化”を間違いなく多用している。それ程使い続けなければ、消費しきれない程の魔力が溜まっていくのだろう。器用だとは思うが、常に危なっかしいのは確かだ。アレでは……寿命の前に脳か身体がイカれる可能性がある」


 あんの馬鹿、普段から器用な事しているなとは思っていたが。

 ブーストと呼べる身体強化を使って身体を酷使しているからこそ、確かに筋力は付いているのだろう。

 実際アイツが抱き着いて来た時、私には振り解けないし。

 もしかしたら、身体強化云々以前に筋力も結構強いのかも。

 そう、思った事もあるのだが。

 でもアイツの身体、凄く細いのだ。

 どうして私が振り解けないのか、不思議なくらいに。


「先生、率直な意見が欲しいんですけど……アリス。アイツ、どれくらい生きていられると思いますか?」


「魔女の血が混じっているからな、正確には分からん。しかし……貴様等の寿命と比べれば三分の一。それくらい生き残れれば良い方だろう。何と言ってもアイツは、死ぬ事を恐れていない……というより、“今を生きる”事に全力を出している様に思える。延命治療の様なモノがあったとしても、アレは自由を選ぶだろうさ」


 その言葉に、グッと拳を握り締めた。

 私は、何をやってるんだ?

 アイツは短い人生を理解して、認識して。

 ソレを受け入れた上で、更に上を目指そうとしているのに。

 私程度の一般人、これくらいが普通。

 そんな言い訳の述べながら、私はいつまで“逃げている”んだ?


「先生、今の銃弾が“武器”として使えるくらいには、どれくらい掛かりますか?」


「あと三ヶ月、と言った所か」


「あと一か月で、仕上げます」


 私は普通で、何処にでもいる村娘。

 だから何だ、それがどうした。

 たったそれだけで、“恵まれている”んだ。

 当然の様に明日が来ると思えてしまう私には、“余裕”があるんだ。

 だったらなんで、平然とアリスと隣に立てると思っているんだ。


「私は、アイツの隣に立つ為にもっともっと努力する必要があるんです。だから、負ける訳に行かないんです。アリスに、それ以前に他の連中になんか……絶対負けられない。私は、アイツと一緒に勝ちを拾わなきゃいけない。そんでもって、いつまでも“ミリアは凄い”って……そう言って貰える存在じゃなきゃいけないんです」


「苦労するな、相棒は」


「それが、友達ですから。私は、アイツと最後まで同等でありたい。だから、もっと教えてください。よろしくお願いします」


 彼から受け取った弾丸を握り締めながら、今一度決意をした。

 普段はあの子から絡んで来てくれるから、日常の一部になっていた。

 いつでもニコニコしていて、猫みたいに緩い笑みを向けて来てくれる彼女。

 しかしながらソレは、いつまで続くか分からない。

 どんな思いで、私と一緒にいるのかさえも分からない。

 だったら。


「例え実力不足だったとしても、私はアリスの“相棒”になります。共に立った時、私が居れば大丈夫だって思えるくらいに強い術師になります。これが普段から彼女に助けてもらっている私なりの礼であり、恩義であり……意地です。私は、“魔女の孫”に相応しい術師になる。普段から無理をしているなら、その無理をさせないパートナーに。共に生きていける様な、助け合える“バディ”に、私はなります。だから、教えてください。強くなる術を」


「良い覚悟だ、ミリア。お前の様な生徒を待っていた」


 今まで見たことも無い程口元を吊り上げた先生は、幾つもの魔導書を机の上に並べ始め。


「遼の門限はまだ先だったな? それまでに私の授業を全て理解しろ。明日はまた違う事を教えてやる」


 悪魔かって程の笑みを浮かべながら、彼は笑った。

 だが、コレで良い。

 これくらいじゃないと、追い付かない。

 私はただの術師だ、エターニアみたいに凄くない。

 ガウルみたいに、身体を張れる訳じゃない。

 そして何より、アリスの隣に立つには“普通”の存在じゃやっていけないのだ。

 だったら、私もそろそろ“一線を超える”必要があるのだろう。


「お願いします! 私は、普通ですけど……でも、“特別”になりたい」


「“特別”という存在は特殊ではない、その意味から教えようか……特別と呼ばれた偉人達は、特別ではない事をとにかく努力していたのだから。さぁミリア、教本を開け。授業を始める」


 そんな声を聴きながら、彼に預かった分厚い本を開くのであった。

 これが第一歩。

 普通から抜け出す為の、“普通”を学ぶ学習。

 ここにどれだけ違和感を抱けるか、どれだけ工夫できるかが肝になる。

 私は、そんじょそこらの術師に収まるつもりは無いんだ。

 何たってこちとら、魔女の孫と一緒に学園生活を送っているんだから。

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