第37話 御褒美争奪戦


「さて、いよいよ行事が本格的に始まるが。皆準備は出来ているな? これは訓練であり、順位などは存在しない。その為、死ななければ負けた所でどうなるという訳ではない。各々自らの全力を用いて、よく勉強してくるように」


 いつも通り、エルフ先生が冷静な声をクラス中に響かせる訳だが。

 ウチのお馬鹿猫娘は、そんな彼の言葉に反論するべく手を上げて席を立ちあがった。


「先生ー! それじゃつまらないでーす! いっぱい勝った人には、御褒美とかないのー!?」


 ある訳が無いだろうが、お馬鹿。

 コレ一応授業だからね、お遊戯会じゃないんだから。

 トーナメント形式とかだったら、確かに何かしらあってもおかしくないけど。

 今回はそう言うの無しに戦績にあわせて組み合わせを決める、言わば当たり稽古の様なもの。

 成果を上げれば上げる程、強い人達と戦う事になるのだ。

 そして私達は全勝しなければ破産、という恐ろしい未来が待っている行事に変わってしまった訳だが。


「ふむ……確かにその方がやる気が出るか。学園の行事だからと、適当に手を抜いても実力は伸びんからな。少し待て」


 何やら悩み始めた先生が、パーティごとに一枚の用紙を配り始めた。

 私達もソレを受け取ってみたが、これと言って特徴も無ければ何も書かれていないただの紙。

 はて? と首を傾げていれば。


「各パーティ、話し合って願いを一つだけ書け。私に叶えられる事であれば、最も成績の良かった者達にはソレをやろう。但し、貴重な魔道具や金銭の直接要求は禁止とする。わかったな? 私が、叶えてやれる事柄だけだ。知識や技術、または個人として過剰ではない範囲であれば奢ってやる」


 ニッと口元を歪めて笑うエルフ先生。

 間違い無い、この人多分結構勝ち負けに拘るタイプだ。

 何かくれてやるから絶対勝ってこいと、無言の圧を掛けて来てるヤツだ。


「先生! 過剰で無い範囲って、その……武器の新調とかは、流石に無理だとしても……修理とかは……」


 教室の後ろの方に居た生徒、つまり私と同じく平民出身の一人が声を上げれば、他の面々も真剣な眼差しを向けているのが分かった。

 正直、物凄く気持ちは理解出来る。

 私達にとって金銭的な問題は物凄く身近であり、更には武器の消耗などは死活問題に繋がる。

 だからこそちょっとセコいというか、強欲にも聞えるかもしれないが。

 “誰かに何かを奢って貰える”という状況は、非常にレアであり貴重なのだ。

 その辺も汲み取ってくれたのか、エルフ先生はウンウンと頷いてから。


「修理くらいなら、請け負ってやろう。良い店を知っている。それから、貴様等よく覚えておけ。戦績の良かったクラスの担任には、特別な“ボーナス”が発生する。これがどういう意味か分かるな? 全員、手を抜く事無く“勝つ”つもりで挑め。相手の方が優れていたとしても、勝ち筋が無いわけではない。どんな知識でも、経験でも役に立つ。情けないと罵られても、泥にまみれても、勝ちを捥ぎ取って見せろ」


 つまり、教師に対してのボーナスとやらが発生する事が最低条件。

 先生にその金銭が支払われた場合に、私達にとってのボーナスが支給される訳だ。

 彼からの労いという形で、教師が自らの生徒に対して少々甘やかす程度の金銭は動かせるという。

 しかしながら、それすら発生しない戦果なら……私達にとっての“御褒美”は無し。


「やるぞ! 一戦でも多く勝つ! これまででボロボロになった武装を直すチャンスだ!」


「皆様! 勝ちますよ! エルフから特殊な魔術を習う絶好の機会です!」


 平民側も、貴族側も多いに盛り上がっていた。

 金銭的に助けてもらおうとする生徒と、技術的に新しい知識を欲しがっている生徒に分かれている様だが。

 この光景を見ると、弾丸を溜める為の特別授業を無償で受けている私の立場は……となってしまう訳だが。


「ミリア、私達は何を書くのですか?」


「新しい知識、というのも魅力的だが……俺達の場合はそれ以前に“全勝”が条件づけられているからな」


 エターニアとガウルが渋い顔を浮かべる中、なんか小っちゃいのが意気揚々と羽ペンを取り始めたではないか。

 ソイツの頭をガシッと掴んで、動きを止めてやれば。


「アリス、何書こうとしてんの?」


「だって、さっきから上がってる様な話私達はどっちでも良くない? 武装も新調しちゃったし、知識に関してはお婆ちゃんに相談すれば良いし」


「これだからボンボンでも無いのに環境が整ってる奴は。どんどん感覚が狂っていく……」


 思い切り溜息を溢しながらアリスを解放し、残る二人に視線を向けてみると。

 二人も苦笑いを浮かべて、アリスの事を見守っていた。

 装備に関してはこの子に頼り切りになってしまったから、そういう理由もあるが。

 自由にさせてみようって、最近思える様になったのだ。

 もう何度も考えている事だが、この子は魔素中毒者。

 その一生が私達よりも短いとされている存在。

 きっとアリスのお母さんも、祖母であるローズさんも。

 この子が生きている内に楽しい思い出を作ってあげたかったのだろう。

 そうじゃなきゃ、どうしても目を放してしまうこんな環境に放り込む訳がない。

 手元に置いておいた方が、ずっと安心する筈なのだ。

 でも、送り出した。

 それは多分、この子が生きている内に思い出を作る為。

 広い世界を見る為に、多少の危険を覚悟で送り出した。

 だったら、友達として。

 初めてコイツの友人になった者として、ちょっとくらい我儘を聞いてやってもバチは当たらないだろう。

 何てことを思いながら、アリスが何かを書き終わるのを待っていれば。


「猫娘、書き終わったか?」


「あいっ!」


 用紙を回収しに来たエルフ先生が、アリスから用紙を受け取り……眉をひそめた。

 おい、馬鹿アリス。

 お前はいったい何を書いた。


「本当にコレで良いのか?」


「うっす! 先生色々知ってそうだし!」


 元気な返事を浮かべるお馬鹿を尻目に、先生は呆れた視線を向けてから用紙を此方に見せてくれた。

 そこには。


「私の“お勧めの店”への招待と、腹いっぱい食わせろ。と来たか……お前等も、それで良いのか?」


 エルフ先生が一番気に入っている店に連れて行って下さい。

 そんでもって、お腹いっぱい食べたい!

 と、書かれていた。

 ……子供か!


「まぁ、アリスらしくてよろしいのでは?」


「だな。正直、先生の気に入っている店というのも興味がある」


 エターニアとガウルは、これと言って他に要望が無かったのか。

 それとも彼女の望みを優先するつもりだったのか、えらく緩い笑みを浮かべていた。

 そして、皆の視線は私に集まり。


「良いんだな? リーダーが決定すれば、コレに決まるぞ。正直、クラスの中で一番安い願いと言えるが」


 クックックと笑う先生に、呆れ顔で微笑んでいるパーティメンバー二人。

 更には、物凄く必死に私にくっ付いて来る猫娘が一人。


「先生下町に詳しそうだし、絶対美味しいお店知ってるって! ね? これで良いでしょ!? お願いミリアー!」


 お前はソレで良いのかと聞きたくなるが、結局はいつも通りのため息が出てしまうのであった。

 コイツは、本当に真っすぐでいつでも変わらない。

 こういう時くらい、もう少し頭を使って有利に事態を進めても良いと思うのに。

 それこそ、もしも負けてしまった場合に私達が支払う金銭を少しでも負担してもらうとか。

 とはいえ、コイツの事だ。

 難しく考える方が馬鹿らしいというモノ。


「良いわよ、それでいきましょ。どうせ私達は、全部勝つ訳だしね? アンタは負けるつもりとか無いんでしょ?」


「流石ミリア! 先生! とっておきだからね!? 超美味しい所だからね!?」


「分かった、分かったからくっ付くな猫娘」


 私から離れ、先生に引っ付いているお馬鹿を眺めながら。

 思わず呆れた笑みが零れてしまった。

 そうだ、この装備に対しての対価は私達に課せられた条件。

 もし発生しても私達が支払う責任があるし、そもそも負けなければ良いんだ。

 ロイヤルブラックスミスに武器を渡され、全部勝てと言われたのなら。

 私達は負けを心配するんじゃなくて、勝ちに行くべきだ。

 そんでもって、この対抗戦で一番を取れる程の成績を残せれば。

 このちびっ子は胸を張って家族に報告する事だろう。

 そうさせてあげたいと、私達は思ってしまっているのだ。

 これも“同情”というモノなのだろうが。

 その言葉は決して、悪い意味でばかり使う単語ではなかった筈だから。

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