第36話 世界樹の枝
「ねぇおっちゃん。私は結局この大剣使って良いの?」
「おう、構わねぇぞ。持ってみな」
そんな事を言ってから、ダッグスのおっちゃんが壁に掛けてあった大剣を降ろし、目の前に差し出して来た。
先程は止めに入ったミリアだったが、今では手に持った杖を見つめながら放心している。
という事で、遠慮なく大剣を掴んでみれば。
「ちょっ、うわっ! とっとと……」
「こらぁ! アリス! それ絶対落とすんじゃないわよ!?」
正気に戻ったらしいミリアに支えられ、なんとかコケずに済んだ。
大剣を渡された瞬間、あまりにも予想外な事が起きてバランスを崩してしまったのだ。
それが……。
「ったくもぉ……早く返しなさい。どう見てもこの中で一番高価じゃない、その武器。いくら何でも使っちゃ駄目でしょ」
コケそうになった私をそのまま抱えながら、多分私が抵抗出来ない様にするために持ち上げたのだろう。
実際今、私の脚は地についていない。
やっぱり変だ、この武器。
だって今ミリアは。
「重くないよね?」
「はぁ? 重いわよ、アンタがいくら小さいからって人間なんだから。そもそも私術師よ? ガウルみたいにアンタを振り回したりとか……」
言っている途中で気が付いたらしく、ミリアは口をパクパクさせながら大剣を眺めている。
それもその筈。
だって今、私が掴んだ大剣はどこも地面に触れていない。
つまり正真正銘、私と大剣をミリアは同時に持ち上げているのだ。
「え? どう言う事? 私今、身体強化とか使ってないんだけど……」
「おかしいよ、この武器。だってこんな見た目なのに……異常な程“軽い”」
工房で、ミスリルの武器というのも触った事がある。
確かに他の武器と違って軽いって感想にはなるが、この大剣程じゃない。
だって私の身体が全て隠れてしまいそうな程大きいのに、ミスリル以上に軽い。
なんだ、コレ。
素材は? もしくは中身が空っぽとか?
もはや疑問符しか浮かばず、困った顔をダッグスのおっちゃんへ向けてみると。
「ソイツはな、“
「木剣!? この見た目で!?」
怪しく光る黒……というより濃い紫色? で両刃の大剣。
そして刃に関しては普通の武器同様銀色をしている。
一般的な大剣というより、少々三角形に近い形はしているが。
「アリス、少しだけ魔力を込めてみろ。無理しない程度にな」
そう言われ、いつも通りに武器に魔力を通してみれば。
「何、コレ」
「それが本来のソイツの姿。見た目こそ竜でも殺せそうな見てくれだが、別名……“世界樹の枝”、非殺傷の武器だ」
大剣の側面には、不思議な文字が浮かび上がって来た。
黒っぽい両刃の大剣に、光る不思議な文字。
まるで遺跡の石板にでも見えそうな見た目になってしまったが……世界樹の枝?
「魔力を通した状態なら鋼やそこらの鉱石よりずっと固い、どうやったら刃こぼれさせられるのかって程にな。それで非殺傷を貫ける理由は……まぁ使ってみりゃ分かる。そんでもってコレは、俺が師匠から受け継いだ代物だ」
「いや、そんな大事な物だったら借りられないって!」
なんかとんでもない事を言いだしたおっちゃんに、ミリアに抱えられながらも思わず叫んでしまったが。
彼は、ニッと口元を吊り上げ。
「貸さねぇよ、くれてやる。ソイツを師匠から受け取った条件、それは“自分より必要な奴が居たらくれてやれ”だ。だから今度はお前が持って、次に必要な奴が居たら渡してやんな。それが出来るなら、お前が受け継いでくれよ」
そんな事を言って、彼は楽しそうに笑うのであった。
世界樹の枝、必要に応じて受け継がれていく木剣。
良く分かんないけど、凄そうな物を貰ってしまったのは確かだ。
思わずミリアと一緒に、手に持った大剣をマジマジと見つめていれば。
「他のもくれてやるだけじゃ面白くねぇからなぁ、少し条件を付けようか。お前等がやる対人戦、全部勝ってみせろ」
ダッグスのおっちゃんが、とんでもない事を言い始めた。
いやいやいや、相手にするの先輩達も居る訳だし。
流石に全勝ってのは難しいんじゃ……。
「そしたら色々と“サービス”してやるよ、いくつかは無償でくれてやっても良い。どうせ俺が遊びで作った様なもんだからな。長寿の奴らってのは大体娯楽に飢えてるんだよ、だからちっとくらい楽しませろ。だが、もしも負けた時には……」
「負けた、時には……?」
プルプルしながら、ミリアが震える声を上げてみると。
おっちゃんはニカッと微笑んでから、グッと親指を立て。
「武器は全部没収、修理代でも払って貰おうかな。もちろん、パーティ全員で分割して」
「お、押し売りだぁぁ!」
今日一番の悲鳴が、工房に響き渡ったのであった。
※※※
「気合い入れて! 今の内に戦術を増やしまくっていくわよ! 本番は絶対負けられないんだから!」
実戦形式の模擬訓練授業。
今度行われる行事の事前練習みたいなものだ。
という事で、現在は人を相手にしている訳ではない。
そんな授業の中、絶対武器の修理代を払いたくないミリアが、普段より一層気合いを入れながら私達に指示を出して来た。
エルフ先生の召喚した敵を相手に、私達はそれぞれ自分の役目をこなしている訳だ。
とはいえ、今回の相手は。
「なんか、質より数?」
「集中しろ、アリス」
勢いよく前に飛び出したガウルが正面から迫った泥人形を粉砕する。
流石、としか言いようがない。
結構デカい相手だったのに一歩も引かず、ミスリルの斧は簡単に相手を両断してみせる。
「やるぅ」
「細かいのが来るぞ、頼んだ。抜けても俺が対処する、心配するな」
それだけ言って武器を替え、両手に幅の広い長剣を構えた。
対人戦の練習という事で、本日の相手は人型ばかり。
しかも結構ちゃんと動いて人っぽいし。
あんまり良い気分では無いが、私も遊んでばかりもいられないので。
「うっしゃぁ! 行くよ!」
手に持った木剣に魔力を込めて、思い切り相手に叩きつけた。
なんというか、不思議な感触。
相手は粉砕出来たから、ちゃんと効いているのは確か。
でも武器自体が軽いし、木の棒で相手を叩いた様な気分なのだが……。
この手に残るのは、まるで空気の壁を叩いたかの様な柔らかい反動が返って来るのだ。
なんだこりゃ。
刃物の様に斬る訳でも、ブラックローダーの様に削ぐ訳でもない。
でも、相手にはしっかりダメージが通る。
此方としては楽、という他無いのだが。
理解出来ない状況に、とても変な武器を頂いてしまったらしいという感想しか残らない。
そんな訳で次々と泥人形を退治していけば、やがてまたデカいのが現れ。
剣を叩き込んでみたが、一撃では倒れてくれない。
「げっ」
思わず口元をヒクつかせてしまいそうな程、巨大な拳を構えた泥人形が私の事を狙っているではないか。
そして木剣は相手に叩き込んで刺さったまま。
こりゃ一旦剣を放すか、一発貰うしか無さそうだ。
なんて事を考えた瞬間。
私の目の前には魔術防壁が張られ、相手の拳を受けとめてみせた。
「アリス撤退! エアーハイク! 剣はそのまま放置! エターニアはアリスの撤退と合わせて追撃! そんな馬鹿みたいな高性能な武器使ってんだから、外さないでよ!?」
「いちいち一言余計ですわよ貴女!」
ミリアの指示の下、急いで上空へと逃げると。
此方が離れた瞬間射線が開いたのか、エターニアの攻撃が雨の様に降り注いだ。
こっちも凄い。
今まではとにかく大火力を叩きつける様な戦法だったのに、今では状況に合わせて“形”を変えて来るのだ。
「“連射式”を使いながら後衛も接近するわ! エターニア、合図と共に“拡散式”に変更! ガウルは細かいのを潰しながら前線を押し上げるわよ! 私達を守って! アリスは上空で留まりながら待機!」
止まる事無いリーダーの指示の下、ガウルが動き回って周囲の細かいのを潰し。
ミリアとエターニアが攻撃しながらどんどんと敵に近付いていく。
そして、さっきのデカい泥人形の所まで来た所で。
「エターニア、“拡散式”!」
「あぁもう忙しい、了解ですわよ!」
銃の先端に取り付けられた部品を取り換え、ガシャコッ! と凄い音を立てながら持ち手の部分を前後に動かしてから。
「消し飛びなさい!」
魔法を放ち、泥人形の頭を吹き飛ばした。
ゆっくりと倒れるソイツを、皆で視線に納めていれば。
「まだ終わってないわよ! 後続が来るわ! アリス!」
上空に居た私に向かって、木剣を投げつけて来た。
そっか、これ軽いからミリアでも扱えるのか。
とはいえ身体強化は使っているのだろうけど。
なんて事を思いつつ大剣をキャッチしてみると、彼女はニッと口元を歪め。
「先に突っ込んで場を荒らしなさい、すぐ行くわ。残りは私達が端から殲滅してあげるから、存分に暴れてこい」
「了っ解! そういう指示大好き!」
受け取った大剣を構え直し、上空から一気に降下した。
そのまま残る泥人形に剣を叩き込み、暴れ回っていると。
「アリス、空に向かって撤退! 平面にぶっ放すわよ!?」
「あいあいさー!」
エターニアとミリアの攻撃魔法が、私が退いた瞬間戦場を埋め尽くすのであった。
うひぃ、コワ。
新しい銃を貰ったエターニアは勿論の事、ミリアの方も杖を替えた事で威力が数段上がっているのだが。
そんな訳で、本日の相手を全て殲滅してみれば。
「相変わらずお前等は、実戦形式の授業だけは満点だな……まぁ良い、見事だ」
エルフ先生の呆れた声が、此方の耳に届くのであった。
やったぜ、満点貰っちゃった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます