2章

第30話 おばーちゃんのお友達


「あ、ミリアおはよー! 相変らず早いねぇ」


 教室に飛び込んでみれば、疲れた顔のミリアがいつもの席に座っていた。

 何かあったのだろうか? それともまだ身体が本調子じゃないとか?

 とはいえ前回の一件は、ミリアもエターニアも魔力を使い過ぎて倒れただけって聞いたし。

 はて、と首を傾げてみれば。


「おはよ、アリス。あと私、もうアンタの家には行かない」


 ムスッとした表情の彼女が、急にそんな宣言をかまして来たではないか。


「えぇぇ!? なんでぇ!? 今度長いお休みになったら、また行こうって言ってたじゃん! お婆ちゃんともちゃんと仲良くなってたし!」


「そのお婆ちゃんが問題なのよ……今度行ったらアレが……アレが渡されてしまう……」


 何か良く分からないけど、本人的には何か問題があるらしく。

 再び頭を抱えて机に突っ伏してしまった。


「良く分かんないけど……昨日手紙が来てね? パーティの皆をご招待しなさいって」


「あの人結局アリスの部屋にも侵入してんじゃないのぉ……」


 侵入って、何の事だろう?

 朝起きたら机にお婆ちゃんからの手紙が置いてある事は結構多いので、あんまり気にした事が無かったが。

 魔女スゲーって流してたけど、もしかしてミリアの所にも何か来たのかな?

 流石に本人が学園に侵入してくるはずも無いし、伝書鳩とか荷物を届けるフクロウとか使ったんだろう。


「それで、何で急に行かないとか言い出すかなぁ。前みたいにまた魔法教えてもらえるチャンスだよ?」


「それだけなら喜んで行くわよ! それだけならね! アレでさえ金銭が発生してもおかしくない授業だってのに、あの人今度は――」


「何を朝から大声で叫んでいますの? ミリア、貴女には淑女として自覚はありません事?」


 ガウガウと吠えていたミリアに対して、そんな声を掛けるエターニア出現。

 前まではエターニア“さん”と呼んでいたが、病室暮らしの間にそのまま呼べと言ってくれたので。

 そんな彼女は本日も毛先までビシッと決まっている御様子だ。


「エターニアおはよー」


「ごきげんよう、アリス。もう体は大丈夫なん……何故毛先を触ってますの?」


「固いのかなぁって思って、一回触ってみたかったの」


 仲良くなった事で、今だったら許されると思ってしまった。

 という事で、エターニアのクルクルした毛先をいじいじしてみれば。

 何と言う事でしょう、ものっ凄く柔らかい。

 え、どうなってるの?

 なんでこんなにビシッ! てしてるのに柔らかいの?


「他人の体に無断で触れるものではありません、お止めなさい」


 呆れ顔で頭にチョップを叩き込まれてしまった。

 淑女がどうとか言っていたのに、チョップは有りなのか。

 そしてそのまま、私達の隣の席に腰を下ろし。


「ちょっと、針金お嬢様? アンタの席はこっちじゃないでしょうが」


 もの凄く顔を顰めたミリアに即ツッコミを入れられていた。

 この二人って、何だかんだ仲良いよね。

 今まではエターニアが一方的に絡んで来た印象だったけど、パーティを組んだ事によってミリアの方にも遠慮が無くなったみたいだ。


「パーティの面々が固まって授業を受けている事くらい知っているでしょうに。私は今、貴女のパーティに加入していますから。席も変わって当然ですわね」


「貴族様には色々付き合いがあるでしょうに……周りから陰口叩かれても知らないからね」


「そんなモノ言わせて置けば良いんです。それに家の繋がりでお飾りパーティを作って、一度死にかけた身の上ですから。二度目はゴメンですわ」


 いやはや、本当に仲良いね。

 私を挟んで、頭の上で口論し始めてしまった。

 ミリアがここまで貴族相手にガツガツ行くのも珍しいけど、エターニアの方もこれほど色々曝け出しながら話している姿は見たことが無い。

 やっぱり立場のある人間同士だと、色々と気を遣うのだろうか?

 ミリアじゃないけど、私も貴族の事とかよく分かんないし。


「朝から、随分仲が良いな。皆、おはよう」


 最後の一人であるガウルが姿を現し、私達の隣に腰を下ろした途端。


「ねぇガウル! この針金お嬢の相手はアンタがしてよ! 何か急に自由奔放な上に、いちいちお小言言って来るんだけど!」


「すまない、無理だ。前にも言ったが、俺は女子が苦手だからな」


「あらあら、ミリアだったら普通に喋れると言う事は……女として見られていないのかしら? もっと飾る事を覚えた方が良いのでは無くて? 我らのリーダーは」


「ぐぬっ! コ、コイツ……」


「二人共、喧嘩は止めろ」


 何と言うか本当に、一気に賑やかになった。

 凄い凄い、今私滅茶苦茶学生している気分だ。

 友達も増えて、ただ一緒に居るだけでも楽しい。

 そんな事を考えながら、ニコニコしていれば。


「ちょっとアリス、ニヤニヤしてないでアンタも何か言いなさいよ!」


「楽しいねぇ」


「どこがよ!?」


 ミリアからガシガシと頭を揺すられてしまった。

 いやぁ、平和だねぇ。


 ※※※


「それで、朝の話ですけども」


 午前の授業が終わり、皆揃って食堂に来たところで。

 エターニアがふとそんな事を言い始めた。


「なんだっけ?」


「アリスの御婆様がどうとか叫んでいましたわよね? 魔女だというのは、本当ですの?」


 あぁ、そう言えばそうだ。

 確かミリアがもうウチには遊びに来ないとか何とか言い始めて。


「そうだった! ミリア、何でそんな事言うのさ! 遊びにおいでよ!」


「思い出したかのように怒るな馬鹿アリス、うっさいわね」


 グリグリと頬に拳を当てられて、無理矢理距離を空けられてしまうが。

 諦めないもんね! 今度は皆パーティ皆を連れて行くって約束したし!


「むー!」


「むー、じゃない! 無理矢理引っ付いてくるな!」


 そのままミリアに突っ込んで、ガシッと抱き着いてみれば。

 力では勝てないと諦めたのか、彼女は大きな溜息を溢して腕の力を抜いた。


「まずエターニアの質問に答えると、コイツのお婆ちゃんは正真正銘の魔女。実際会ったけど半端じゃないわ。そんな人が……勝手に私の杖を新調しちゃったらしくて。とてもじゃないけど頂けないわよ、しかも一から作ってるみたいだし」


「それは、凄いな。魔女が作る武器なんて、普通だったらまず手に入らない」


「断る理由が分かりませんわね。普通なら大金を用意してでも欲しがりそうな物なのに」


「その大金が無いから貰えないって言ってんでしょうが、このボンボン共」


 ガルルッと思い切り唸っているミリアが二人の事を睨んでいるが……え、そう言う事?

 お婆ちゃんの事だから、金銭の類を要求したって事は無いだろうし。

 気が引けるから、貰わない様に家に近付かない様にしていると?


「ミリア、多分それ無理。お婆ちゃん諦めが悪いから、取りに行かないときっと学校まで届けに来るよ?」


「あ、アハハ……何か私もそんな気がしてたけど。やっぱりそうなっちゃうのね」


 ガクッと項垂れた、というか今にも倒れそうになっているミリアを支えながら、何とか励まそうと頭を捻っていれば。


「き、きっと想像以上の物が来るから楽しみにしててね!」


 ニコッと満面の笑みを浮かべてみたが、どうやら私は言葉を間違ったらしく。

 ミリアは更に顔色を悪くして、明後日の方向を向き始めてしまった。

 とはいえ、もう作り始めちゃってるんだろうし……今から止めても、中止する様な人達じゃないしなぁ。


「え~と、えーと……ホント、お金の事は気にしないで大丈夫だって! 皆趣味で作ってる様なモノだし! 新しい物を思い付いたら“男のロマンだ!”とか言って、色々作っちゃう人達なんだよ!」


 とか何とか、必死で言い訳してみたが。

 私の一言に、ミリアが急に此方を見つめて来た。


「待って、“男”のロマンだってどういう事? 作ってるの、ローズさんなのよね?」


 あ、そういえばあんまり道具に関しては説明してなかったっけ。

 ウチのお婆ちゃんは魔術師、つまり武器製造を専門としてないのだ。

 よって設計と物自体を作るのは別の人が担当している、という説明をしてみれば。


「待って待って待って。それ、余計にお金払わなくちゃいけないヤツ。まさかとは思うけど、設計者と作る人も名の知れた人達だったりしないわよね?」


「えぇ~と、“異世界”から来たって言ってる“タマキ”って設計者と、“ロイヤルブラックスミス”ってお店のドワーフのおっちゃんが作ってる。それで、お婆ちゃんが魔術回路と道具自体の付与魔法担当、かな?」


 そう言った瞬間、ミリアが固まった。

 そんでもって、私の後ろに居た二人も完全に止まった。


「ごめんね、なんて? 私の聞き間違いかしら? 異世界人がどうとか、ロイヤルブラックスミスがどうとか聞こえた気がしたんだけど」


「言ったよ?」


「ああぁぁぁぁ! もういや! 聞きたくない!」


「だから皆知り合いで、趣味で作ってるだけなんだってば! お婆ちゃんも仕事以外では二人からお金取られてないっていってもん! 二人共普通に良い人だよ!?」


 再び暴れ出したミリアに必死で抱き着いて、どうにか抑え込もうとしていれば。

 背後の二人も固まったまま、口をパクパクと開閉していた。

 お願い、お願いだから手伝って。

 ウチのリーダー、壊れちゃったから。

 あと食堂内で騒いでいる為、周りから凄く迷惑そうな瞳を向けられているから。


「それは……払わないと不味いかもな」


 ガウルが余計な事を言い出して、ミリアが更に暴れはじめる。

 お願い、止める方に手伝って。

 これ以上暴れてたら、ミリアが自壊しかねないから。


「アリス……貴女本当に何者なんですの? 異世界人のタマキと言えば、たった十数年で魔道具の技術革命を起こした生きた偉人ではありませんか。それに、ロイヤルブラックスミス。これは店の名前では無く、その名の通り王宮に品を卸している鍛冶師を差すのですわよ? つまり、超一流……」


「いやぁぁぁ! それ以上聞かせないでぇぇぇ! 破産どころじゃないわよぉぉ!」


 ミリアが、完全に壊れた。

 ガックンガックン体を揺らして泣き叫びながら、必死で私の拘束を逃れようと藻掻いている。


「だ、大丈夫だって! 私のブラックローダーも、その人達に作って貰ったし!」


「そんなもん私に渡されても使いこなせる訳無いでしょうが! 代金払えない上に宝の持ち腐れとか、死んで償っても足りないわよ!」


 という事で、ミリアの暴走は教師から注意を受けるまで止まらなかったのであった。

 あの人達、そんなに凄い人だったのか。

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