第29話 パーティ


「もう身体は大丈夫なのか?」


「お? ガウルだ。もうへーきー、明日からは授業に出られるよ」


 訓練場でブラックローダーを振り回していれば、ガウルの声が聞えて来た。

 どうやら向こうも自主訓練の為に訪れたらしく、手にはいつもの大斧を掴んでいる。


「俺も訓練を……と思ったんだが、その前に少し聞いても良いか?」


「別に良いけど、どうしたの? なんか真剣な顔してるけど」


 普段から険しい顔というか、キッとした表情はしている訳だが。

 なんだか本日は趣が違う様で。

 私達が病室暮らしだった時の様な、少し心配そうな顔をしているではないか。


「答え辛い質問だったら、無理に答えなくても良い。アリスの“魔素中毒”に対して、詳しく教えて欲しい。今後とも仲間として共に居る時間が増える以上、俺もいざという時の為に知っておきたい」


「ガウルは相変らず真面目だねぇ……」


「俺に出来る事は少ないからな。であれば予め知識として記憶しておいて、事前に準備しておきたいんだ。その……今回の治療や検査でも、魔法の類ではなく薬品を使っていただろう? 今後俺達のパーティには、そういう医療品も必要になる筈だ」


 ホント、真面目ですわウチのタンクは。

 ミリアではないが、思わずため息を溢してしまう程真っすぐだ。

 それに本人だって、魔素中毒の症状を私から聞くのに抵抗があったのだろう。

 だからこそ少々渋い顔をしているが、それでも本人に聞きに来た。

 これって凄く勇気がいる行動だと思う。


「わかった、良いよ。それじゃちょっと場所を移そっか、ココで喋ってるだけってのもアレだし」


 そんな訳で、私達は二人揃って訓練場を後にするのであった。


 ※※※


「適当に飲み物を買って来た」


「うい、あんがとー」


 学園内の食堂にやって来た訳だが、食事の時間ではない為人はまばら。

 まぁこれなら、聞き耳を立ててない限り誰かに話を聞かれる事もないだろう。


「何から話したものかなぁ」


 彼から受け取った飲み物をチビチビと飲みながら、ふぅと息を吐き出してみれば。


「まず始めに、魔素中毒の症状の度合い。どの程度の魔力干渉が駄目なのか、環境的な要因はどの程度なのか。そして何より、あの“暴走”とも呼べる状態について教えて欲しい」


「まぁやっぱり、そこだよねぇ」


 なははっと困った様に笑ってみれば、相手からは真剣な眼差しが返って来た。

 これはもう包み隠さず話せと言う事なのだろうが……。


「安心しろ、俺達は仲間だ。アリスがどんな状態であろうと、それは変らない。ただ俺に出来た筈の事を、“無知だったから出来なかった”。それを無くしたいんだ……俺の我儘だ、すまない」


「ほんと、真面目だねぇ」


 以降はポツリポツリと私の事について話し始めた。

 魔素中毒の基本的な症状から始め、私の場合どの程度の中毒症状が出るのか。

 それは一般人からすれば異常であり、同じ症状の人間からしても“深刻”と評される程。

 魔力が溜まり過ぎても減り過ぎてもダメ。

 これはこの症状を持つ者からすれば当たり前だが、私の場合は振れ幅が大きい。

 全体のキャパシティが多い為、普段から気にし過ぎる程ではない。

 しかし総量が多いと言う事は、限界に達した時に溢れ出すモノや枯渇したソレを身体が欲する量が多いと言う事。

 だからこそ普段からセーフティラインに留めておく必要があり、普通なら戦闘などは避けて安全な場所で調整しながら暮らすべきなのだ。

 そして中毒症状。

 先程の状況以外にもバフやデバフの様な、体に作用する魔法は基本的に受け付けない。

 私みたいな存在は、体内の魔力操作が下手なのだ。

 だから安定する魔力量に保っていても、急に外部からバランスを変えられてしまうと身体が追い付かない。

 その結果が、前回のダンジョンでの一件。


「そこまでは普通の……と言って良いのか分からないが、魔素中毒者と一緒だな」


「そうだね、発作が起きた時に薬を使えば比較的安定するラインまで復活するっていうのも、普通と一緒。でもその後の症状は、人によって様々なんだよ。身体が安定するまで暗い気持ちになったり、逆に興奮しちゃって暴れたり叫んだりする人も居るみたい」


 私は、どちらかと言えば後者に近いのだろう。

 でも違うのだ。

 根本から、全く違う。

 発作が起きた後は苦しくて、何にも出来なくなっちゃうけど。

 あの薬は“身体”だけ無理矢理蘇生する様な感覚なのだ。

 中毒症状が起きているのに、苦しく無くて。

 ゆっくりと正常に戻って行く、その短い時間。

 頭が回らず、その人物の本能がむき出しになる。


「お婆ちゃんは、私のソレを“捕食本能”って呼んだ。生物は皆他のモノを捕食する為に、狩る為に。そういう本能を持っているから、気にする事じゃないって。でもアレは……多分そういうのじゃない」


「というと?」


 ガウルは不思議そうに首を傾げながら、此方の瞳を覗き込んで来た。

 とても真面目で、真っすぐなアタッカー兼タンク。

 こんな人に見つめられてしまうと……なんというか、“心苦しい”。

 まるで私の心の中を、頑張って覗こうとしてくれているみたいで。

 私の事を理解しようとする努力が感じられて、思わず目を逸らしたくなってしまう。

 だって私は、皆が思っている様な綺麗な人間じゃないから。


「グチャグチャなの。色んな思考が飛び交って、自分でも何を考えているのか分からないくらい混乱して。それでも、一つだけ思考が向かう先がある。それは……」


 正直、言いたくはない。

 でも彼は仲間で、私と同じ前衛で。

 此方の為に、私の話を聞こうとしている。

 だからこそ、伝えないと。

 もしも離れていく決断をするとしたら、多分早い方が良いから。


「戦う事……だけだったら良かったんだけど。私は中毒症状が緩和してくると、とにかく“殺したくなる”。私に敵意を向ける全てを倒すべき敵だと認識して、武器を振るって。それら全てを惨たらしく殺してやりたいと考え始める。これが私の本能……つまり、“殺戮衝動”だよ」


 その言葉に、彼は驚いた様子を見せた。

 当然の反応だろう。

 だって学園に通っているというのに、すぐ隣に殺人鬼みたいな奴がいるんだから。

 普通は引く、どころの話じゃないだろう。

 流石にその真っすぐな瞳を直視できなくて、視線を逸らしてみせれば。


「実際にその症状が発生した時、誰かを害した事は?」


「ない……はず。あの時ってあんまり記憶が無いというか、ぼんやりしてるから確証はないけど。でも学園に来る前は、お婆ちゃんが対処してくれてたから」


「魔女、だという話だったな?」


 静かに頷いてみれば、彼は大きなため息を溢す。

 もしもこの話が原因で、ガウルがパーティを抜けるなんて言い始めたらどうしよう。

 ミリアとエターニアに、私は何て説明すれば良いのだろうか?

 それとも同じ話をすれば、二人共私から離れていくのだろうか?

 そして、残るのは私一人。

 お婆ちゃんには“友達を作れ”って言われたけど、また振り出しに戻ってしまう訳だ。

 仕方がない事だとは分かっていても、それがとんでもなく怖い事に思えて身体が震えそうになってしまう。

 分かっている。

 こんな異常な存在を近くに置いておくのは、彼等の方が怖いんだって。

 だから何を言われても、私はその言葉を受け入れるしかない。

 そう、思っていたのだが。


「その症状は、時間が経てば収まるのか? お前の戦闘に付き合えれば、俺でも対処が可能という事か?」


 急に、ガウルがおかしな事を言い始めた。


「へ? あ、うん。身体の方が安定して来れば、勝手に収まるから。その間誰も近づけないっていうのも手だけど……」


「なら良かった、俺にも出来る事があるんだな。毎度エターニアに頼ってばかりでは、彼女の負担が大きくなってしまう。ならば俺が強くなり、アリスと一対一でも闘える様になれば良い。うん、“もしも”の事態が起きてもコレで解決だな」


 視線を戻してみれば、彼はウンウンと頷きながら一人納得していた。

 いや、待って? 私の話聞いてた?


「ガウル、私の事怖いって思わないの? 気持ち悪いって、そう思わないの?」


「何故だ? 何かを害したいという気持ちは、生物に多かれ少なかれあるものだ。別に不思議な事ではない。あぁそうだ、ミリアが持っていたお前の薬。アレは俺でも手に入れられる物なのか? 同じ前衛として、すぐ近くに居る俺が持っていた方が良いだろう」


 何か別の方向に話題が振れてしまい、やけにグイグイと来るガウル。

 その瞳に、恐怖とか嫌悪感の様なモノは感じられない。

 ただ普通の友人として扱ってくれているみたいに、隣に居るのが当たり前とでも言わんばかりの態度で、今後の事を考えていた。


「本気なの? ガウル」


「何がだ? パーティメンバーなのだから、仲間の事を考えて薬を持っていた方が良いだろう? 俺は今、何かおかしい事を言っているだろうか?」


 こういう人を、多分世間では馬鹿正直って言うのだろう。

 そしてこれだけ真っすぐ向かい合ってくれる人の事を、多分仲間って呼ぶんだと思う。


「ありがと……ガウル。ミリアもそうだけど、ガウルが一緒のパーティになってくれて良かった」


「そうか、そう言ってくれて俺も嬉しい。だから今後の対策と……それから、特訓に付き合ってくれ。特に、対アリス戦のな? 実は色々と武器を増やしてみたんだ、お前の相手をするのなら、何より速度が必要だと思ってな?」


 そんな事を言いながら、彼は新しく仕入れた武器の数々を見せてくれた。

 ここは食堂なので、当然途中で教師が駆け寄って来てお説教を受けてしまったが。

 でも、それでも。

 私は今、楽しいと感じている。

 良い仲間に恵まれたと、心から思う事が出来る。

 これがパーティ、これが仲間。

 そして、友達という存在なのだと理解出来た。

 私の事を知って、それでも一緒に居てくれる存在。

 変な目で見たり、恐れずに隣に並んでくれる人達。

 そういう繋がりを、私は手に入れたのだ。

 学園に来て良かったと、そう思えた。


「流石に食堂で武器は不味かったか……アリス、まだ時間は大丈夫か? もう一度訓練場に行こう。先程の武器、端から試してみようと思う」


「らじゃー! 私も昔の短剣とかも合わせて、戦術を増やしたい!」


「なら、一緒に強くなるぞ。後衛二人にばかり任せていては、前衛の名折れだからな」


「おうともさっ!」


 なんてやり取りをしてから、私達は再び訓練場に戻り武器を合わせた。

 楽しい、やっぱり戦う事は好きだ。

 でも“あの時”の私は、殺す事しか考えていない。

 だからこそ、もうあぁならないように。

 普段から気を付けて、安心して背中を預けてもらえるようになろう。

 また新しい目標が出来た。

 仲間たちに心配させない、頼られる存在になる。

 今の所私が目指すべき最初の目的は、コレしかないって思うのだ。

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