第28話 魔女、再び
「聞いたわよ? 先生。ウチの孫が随分と活躍したそうじゃない」
「……相変わらず情報が早いな、魔女。それから貴様が私の事を“先生”などと呼ぶな、気味が悪い」
夜が更けて来た頃。
執務室で一人仕事をしていれば、学園内には居ない筈の人物が急に姿を現した。
かつての仲間でもあり、今は友人として接している魔女。
長い年月を生きるエルフの私から見ても、彼女の姿は昔から何も変わってはいない。
「使い魔をそこら中に放ってるからね。孫を心配するのは、祖母として当たり前でしょう?」
「過保護過ぎる、とは思うがな。それで、何の用だ?」
相手から視線を外し、再び書類に目を通し始めてみれば。
何を考えているのか、彼女は私の机に腰掛けて来るではないか。
相変らず……態度がデカいというか、自由過ぎる性格は直っていないらしい。
「仕事の邪魔だ、そのデカい尻を退かせ」
「今は仕事ではなく私の話を聞きなさい、“カリム”。どうにも今回の一件、引っかかるのよねぇ」
そんな事を言いながら、魔女は冷たい視線を此方に向けて来た。
普通なら、魔女から鋭い目で睨まれたりすれば縮み上がってしまいそうだが……生憎と、昔からの付き合いなのだ。
この程度で怯んだりはしないが。
「ダンジョンの話か? ただ“逸れ”が一匹出ただけだろう、珍しい事ではない。スタンピードの兆候も見られないとの報告も受けている」
「そうね、珍しい話じゃない。でも流石に、一層までワーウルフが単体で登って来るなんて聞いた事がないわ。更に言えば特殊個体、魔法が殆ど通用しなかったという話じゃない」
少々苛立たし気に、カツカツと机の上を爪で叩いている魔女。
此方から何かしらの情報提示を求めているのだろうが、全て自らの思い通りに行くとは思わない事だ。
森に引き籠って魔術の研究ばかりしている様な田舎者と違って、私は忙しいのだから。
そして部外者に早々情報を流せる程、軽い立場ではないのも確かなのだ。
「要件をさっさと済ませろ、お前と違って私は忙しい。事実物理的な攻撃で撃退している以上、何も問題がなかっただろうが」
「そこが問題なのよ。前衛や物理的な攻撃手段を持つ者しか倒せない存在、ダンジョンも進化している以上“あり得ない”とは言わない。けど先日まで潜っていた冒険者達が、そんな存在を一層へ上るまで見落とすかしら? しかも冒険者は物理職の方が多い、術師が希少とされているわ。なのに何故、アリス達と出会うまで討伐されなかったのかしら? まるで場所と時間を狙って出現した、“対術師”の為の実験体の様に思えない?」
「何を言い出すかと思えば……馬鹿馬鹿しい。ダンジョンが術師の評価を落とそうとしているとでも? 人間の事情を理解、把握して計画的に特殊個体を生み出したとでも言うつもりか?」
ため息を溢しながら相手の事を睨み返してみれば、彼女は更に目尻を吊り上げ。
「もしくは、物理でしか攻撃できない誰かさんを実力を測る為に“何者かが用意した”……とかね? 様々な魔法研究に取り組み“賢者”の称号まで手にした、そして“召喚魔法”が得意なエルフの教師とかが、案外黒幕だったりするのかしら?」
「あまり図に乗るなよ、魔女。私は貴様の孫の事を、そこまで高く評価している訳ではない。監視と協力も、我が学園の生徒だからこそ手を貸しているに過ぎない。戦闘で命を落とすならまだしも、学園生活中に発作で死なれては責任問題になるからな」
暫く両者共無言で睨み合い、冷たい空気が室内に充満し始めた頃。
急に執務室の扉が開き。
「おや、カリム先生。まだお仕事ですか? もう随分と遅いですよ」
教員の一人が、普段通りの様子で入って来た。
そして声を掛けて来るのは私にのみ。
机に腰掛けていた筈の魔女は、いつの間にか姿をくらませていた。
「えぇ、私もそろそろ部屋に戻ります。そちらは?」
「ハッハッハ、情けない事に明日の授業で使う教材を忘れてしまいましてね。ソレを取りに戻っただけですよ」
なんて会話をしながら、此方も部屋に戻る準備を始めてみれば。
『私の思い過ごしだったかしらね。まぁ、これからも頼むわよ? カリム』
姿は見えない癖に、彼女の声が頭の中に響いて来た。
念話か……そもそも先程まで目の前に居たのが、実体かどうかも怪しいが。
「チッ、喰えん奴だ」
「カリム先生?」
「いえ、何でもありません」
チラリと窓の外へ視線を向けてみれば、一羽のフクロウが飛び去って行くのが見えた。
定期的な連絡は手紙で済ませていた筈だが、今回は姿を現した。
つまり私に釘を刺しておきたかったのだろう。
全く……これだから、あの魔女は嫌いなんだ。
※※※
しばらくの間学園にある病棟暮らしとなった私達だが、やっと自分の部屋に戻って来る事が出来た。
アリスの馬鹿は一番重傷な癖に飽きた飽きたと煩いし、エターニアの方には貴族連中の見舞いが絶えないしで、とにかく疲れた。
やはり個室は良い、落ち着く。
という事で自分のベッドにダイブしてみれば。
「凄いわよねぇ、学園の寮って。こんなに生徒がいるのに、皆個室があるなんて」
「ふえっ!?」
急に人の声が聞こえて来て、思わずビクッと飛び起きてしまった。
周囲を見回してみたが、それらしい人影は見えず。
え、何? 幻聴?
ストレスの溜まり過ぎで、遂に自分がおかしくなってしまったのかと疑ったが。
「ミリアさーん、こっちよ~? 開けて~?」
声のする方へすぐさま視線を向けてみると、なんか窓の外に居る。
黒猫が、カリカリと窓に爪を立てているではないか。
それから、今の声って。
「も、もしかして……ローズさん、ですか?」
「えぇ、そうよ。この子は使い魔だけどね?」
まさに魔女、使い魔と来たか。
動物や魔獣を使役する様な使い方、それを今ではテイムと呼ぶ。
最近ではあまり聞かないその言葉に乾いた笑いを洩らしつつ、窓を開けるとすぐさま黒猫が室内へと飛び込んで来て。
「ふぅ、動物の姿って疲れるのよね」
軽い声を洩らしたかと思えば、黒猫はローズさんへと姿を変えてしまったではないか。
「テイムじゃない!?」
「だから使い魔って言ったでしょう? 本物の生物を従えている訳ではないの。今度教えましょうか?」
なんか根本から違ったらしく、猫から美女へと化けたローズさんに笑われてしまった。
え、えぇと? もしかして私、現代では失われた魔術とか見せられてる?
「変化、とかでも無いんですよね?」
「そうね、私自身の本体はあの森の中。こっちは分体とでも言うべきかしら、生物どころか実体すら無いのよ?」
試しに突いてみようか……なんて指先を伸ばしてみれば、彼女は笑いながら人差し指を合わせて来た。
うん、普通に指先どうしで触れ合っている感触があるんですけど。
どう言う事?
「使い魔って言うのは、環境に溶け込んで相手を騙す為にあるの。調査なんかに役立つのよ? でもさっきみたいな猫の姿、街中に居ても気にならないけど、触った時にすり抜けたら不味いでしょう? だからそう言う所まで再現してるっていう事ね」
「ほ、ほぇぇ……」
何かもう次元が違い過ぎて訳が分からないんですけど。
とりあえず今目の前に居るのはローズさんの分体って奴で、触ればそのまま感触が手に返って来る。
つまり実体は無いけど、ある……え、結局どう言う事?
ひたすらに首を傾げてしまう私に対し、彼女はクスクスと柔らかい笑みを浮かべてから。
「まぁこっちの授業はまた今度として、先にお話を進めちゃっても良いかしら」
「あ、はい! どうぞ! って、すみませんまずはお茶出しますね!」
そんな訳で彼女には席に座って頂き、すぐさま飲み物を準備してから向かいの席に腰を下ろしてみれば。
「今回の件、ミリアさんにも随分迷惑掛けちゃったみたいね。ごめんなさい、まずは謝罪をと思って」
静かに頭を下げるローズさんに向かって、ブンブンと両手を振り回しながら止めに入った。
待て待て待て、こんな大魔導士みたいな人の謝罪とか身が持たない。
むしろ友人として、私が彼女に謝らなければいけない立場だろう。
一番近くに居たのに何も出来ず、結局アリスは発作を起こしてしまったのだから。
なんて事を、急いで口にしてみれば。
「あの姿のアリスを見ても、“友人”と言ってくれるのね。ありがとう、ミリアさん」
彼女は、少しだけ寂しそうに笑っていた。
その表情は、魔女がどうとかそう言うのじゃ無くて。
本当に一人の保護者として、アリスの事を心配しているのが分かる。
きっと不安だったのだろう。
アリスの暴走を見て、私が拒絶してしまうのではないかと。
学園において、孫娘が孤立してしまうのではないかと心配していたのだろう。
でも。
「当然です。というかアリスは普段から違う意味で暴走してますから、もう慣れっこです。あ、それに私だけじゃないんですよ? もう一人の前衛の男子に、攻撃術師の女子。両方とも貴族ですけど、皆アリスの事を受け入れてます。あの症状を見ても、誰も離れて行ってません。だから、大丈夫です」
離れていても、親は子を心配するものだ。
村に居る時、散々教わったソレ。
むしろ見えない所に居るからこそ、余計に心配するんだって皆言ってくれた。
この人の場合は孫にあたる訳だけど、“魔素中毒者”と言う事もあり余計に不安が残るのは目に見えている。
だからこそ、ローズさんを安心させる為に満面の笑みで胸を張った。
アリスは大丈夫だって、そう伝える為に。
「本当にありがとう……あの子の友達が、貴女で良かったわ」
「そんな、恐れ多いです。戦闘ではアリスの方がずっと上ですし、私ももっと頑張らないと」
「あ、そうそう。その事なんだけどね?」
思い出したと言わんばかりに手を叩き、彼女はバッグから何やら設計図? の様な物を取り出した。
ソレを机の上に広げてみれば……何だコレ? 杖?
だとは思うのだが、なんか色々ゴテゴテしている。
いやホント何?
「こんなので良いかしら? 何か要望があるなら、先に聞いておいてくれって頼まれちゃって」
「……要望? 聞いておいてくれって、誰から? そして何故私に」
さっきから話がぶっ飛び過ぎて、まるで理解が追い付かないんだが。
何か凄そうな杖……というか武器を見せられ、要望を言えと言われましても。
「何故って、そりゃミリアさんの新しい武器だからね。本人が欲しい機能が無かったら困るでしょう?」
「はぁ!? いやいやいや、無理です! 私かなり貧乏なんで、こんなもの作って頂く訳にはいきません! 払えませんよ! 魔女に作ってもらった装備の代金なんて!」
思わず身を乗り出して叫んでみたが、彼女はニコニコ笑顔を崩す事無く。
「お金なんか要らないわよ? アリスのお友達にも、何かプレゼントしたいなぁって思っただけだから。ほら、孫と仲の良い子には色々してあげたくなるじゃない?」
「孫への愛と懐に入った財布が重すぎる!」
ウガァ! っと吠えてみるものの、ローズさんは勝手に話を進め始め。
こっちの装備はこういう事が出来て~、以前渡した弾丸をここへ入れて~みたいな軽いノリで装備の説明を始めているではないか。
是非とも待って頂きたい、こんな高価そうな物頂ける筈がない。
それにアレか? 魔女が作る装備って事は、アリスが持っている“ブラックローダー”に近いって事なのか?
無理無理無理、絶対使いこなせる気がしない。
私は凡人だし、こんなの貰っても宝の持ち腐れにしかならないのが目に見えている。
「まぁ、急に言われても困るわよね」
「そ、そうですね……ですからこの件は無かったことに……」
「一度作ってから、要望に合わせて改良する形にしましょうか。そっちの方が早そうだし」
「ローズさぁぁん!?」
それで決まり、とばかりに綺麗なウインクをかます魔女様がすぐさま設計図を仕舞い込み、代わりに以前貰ったアリスの薬を再度渡して来た。
思わず受け取ってしまったが、こっちの代物は助かる。
前回使っちゃったし、どうやら一回限りの使い切りだった様なので。
という事で、“薬に対して”お礼を伝えてみれば。
「いえいえ、これくらい何でも無いわ。ご迷惑掛けるとは思いますが、これからもアリスの事よろしくね? 杖も楽しみに待っててねぇ~? 次の休みにでも、今度は他の皆も連れていらっしゃいな」
そんな台詞と共に、黒猫に戻って窓から出て行ってしまった。
そのタイミングで自室のドアがノックされ、扉の向こうから。
「ミリア、今何時だと思っているのですか? 少し騒ぎ過ぎですよ?」
寮長のお叱りの声が聞えて来た。
とりあえず扉を開き、ひたすら謝ってから再び窓の外へ目を向けてみるが……当然、先程の黒猫の姿は無い。
あぁぁぁ……あぁぁもう!
「さっきの感じ、絶対お断りしたと思われてないじゃん! 魔女の装備とか、恐ろし過ぎて使えないってばぁ! ローズさん待ってぇぇ! 戻って来てぇぇ!」
「ミリア! いい加減になさい! 何度言えば分かるのですか貴女は!」
本日二度目のお説教を頂いた私は、寮長に対して反省文を書く事になったのであった。
大変、申し訳ありませんでした……。
納得いかねぇ。
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