第31話 “だけ”


「一回甘い物でも食べて落ち着こう! ね、そうしよう! 私奢るし!」


「もういやぁ……私村に帰るぅ……」


 授業が終わった後、ミリアを学園の外へと連れ出した。

 何かいつまで経っても悩んでいるみたいだし、ここは一つパアッと遊んで問題を忘れてしまおうという作戦である。

 だって多分、いくら悩んでもあの人達もう作ってるし。

 異世界人のお爺ちゃんとか、ロマンを追い求めすぎて良く分からない機能とか勝手に仕込むくらい気合いを入れて来るし。

 私のブラックローダーが合体したのが、まさにソレだ。

 合体と変形は最高だって、いつも言っている。


「だって頭のおかしい程高価な武器を貰うのに、ローズさんから出された課題まだ終わって無いし……」


「だ、大丈夫だよ! あんまりそういうの煩く言う人じゃないし。魔女はやっぱりアレなんだよ、時間の感覚が緩やかというか!」


 ひたすら慰めながらいつもの露店巡りを繰り広げている訳だが、気を抜くとすぐミリアがこの状態になってしまう。

 これはまた、参った……本来ならパーティの二人にも助けてもらいたかったのだが。


「すまない、先輩方と稽古の約束があってな」


「パーティとは言え、常に一緒に居ると言う訳ではありません事よ? とはいえ、今日は先約がありますの。ごめんなさいね」


 という事らしく、本日もまたミリアと二人きり。

 もう二人で出かける事は慣れ親しんでいる様に感じるのだが、本日は少々扱いに困ってしまう。

 何を言ってもすぐこんな感じに戻っちゃうし。

 この一件のせいで、私の家には行きたくないってずっと言って来るし。


「そんなに嫌だったら、私からも何か言ってみるから。ごめんねミリア、お婆ちゃんも困らせたくてやってる訳じゃ無くて……多分私の初めての友達だから、張り切っちゃって……」


 何かもう友達がずっとウチの事で頭を悩ませているのが申し訳なくなり、こっちまで悲しくなって来てしょんぼりと項垂れしまった。

 理由も分かるし、言っている事も理解出来るけど。

 あまり敬遠されてしまうと、泣きそうになる。

 前回はあんなに楽しかったから、余計に。


「なっ!? ちょっ! 違うから! ごめんってば! 嫌とかそう言うのじゃ無くて、申し訳ないって言うか……あぁもう、何でアンタがそんな泣きそうな顔してんのよ馬鹿。アリスが気にする事じゃないわ、ホント。ごめんって」


 少しだけいつもの調子を取り戻した様子で、私の頭をガシガシと撫でて来るミリア。

 それに対してニヘッと笑みを浮かべてみると、彼女は溜息を吐いてから。


「あぁもう……分かりました、分かりましたよ。大人しく受け取れば良いんでしょ? そんでもって、私がものっ凄く強くなって、出世後払いにしてもらえば良いだけ。そう言う事にしましょ」


「うへへ」


「うへへじゃないのよ、全く……子供みたいな奴だなぁホントに」


 ベシベシと頭を叩かれてから、ミリアは私の手を引いて歩き始めた。

 ちょっと申し訳ないけど、こういうのも憧れていたんだ。

 喧嘩……ではないか、でもそれっぽい事を経験して。

 仲直りして、友達と一緒に歩く。

 とても学生らしいというか、友達なんだなぁって思えて嬉しい。

 彼女にばかり迷惑を掛けてしまって、というかお婆ちゃんまで含めて悩ませてしまうのはちょっとアレだが。

 それでも、表情は緩んでしまうモノで。


「ホレ、ニヤニヤしてないで何か買いましょ? 今日はアンタの奢りなんでしょ? 容赦しないからね」


「えぇー私だってお財布が重い訳じゃないんだよ?」


 二人して、普段の空気に戻ってぶらぶらと街中を歩いていれば。

 ふと、眼に入った。

 というか、聞こえて来た。

 この国では有名な鎮魂歌。


「アリス、行こう」


「でも……」


「いいの。アンタが無理に関わる必要はない」


 ミリアは手を引っ張って来るけど、そこに居たのは……。

 白や灰色の髪の毛を生やした、子供達が道端で歌っていた。

 彼等彼女等もまた、私と同じ“魔素中毒者”。

 多分、近くの教会とかに住んでいる孤児達だろう。

 皆同じ恰好をしているし、とてもでは無いが裕福な暮らしをしている様には見えない。

 そして何より、私達みたいな存在は……先が短い事が分かっているから、“捨てる”親が多いのも確かだ。

 何より位を持つ家系などに生まれれば、ソレは目に見えて分かる“欠陥品”となる。

 そんな物を生み出してしまった家系に、今後どの様な目が向けられるのか。

 そう言った意味で、最初から“居なかった事”にされる魔素中毒者は多いのだとか。


「私、ちょっとだけでもお金渡して来たい……」


「止めなさい、アリス。本当に少しなら良いよ? でもアンタは、絶対大金渡す気でしょ。あの子達全員が、今日お腹いっぱい食べられるくらい渡す気でいるでしょ。そういうの、止めなさい。裕福なら止めない、お金が吐いて捨てる程あるなら良い。でもアンタは、“同情で動いて良い”立場に居ないの。私達は、全員を助けられる訳じゃないんだよ?」


 ミリアの言っている事も分かる。

 こんな所でお金を分けたって、少しだけしか彼等を救う事は出来ない。

 その場限りの自己満足だって、それも分かってる。

 でも私は、あの子達と同じ“筈”だったのだ。

 ただ魔女の血を受け継いだから、まだ普通に暮せているだけ。

 私の事を見捨てない親の元に生まれたから、一般人みたいに生きて来られただけ。

 本当に、運が良かった“だけ”なのだ。

 その“だけ”を、彼等は持っていない。


「本当に、少しだけだから……」


「……分かった、アンタの生活に影響が出ない程度だからね?」


 友人からも許可を貰い、謳っている子達の前に小走りで近寄ってから、地面に置かれていた器に多少のお金を入れた。

 ミリアに見えない様にして、一枚だけ金貨も混ぜて。


「ありがとうございます……貴女に、幸あらん事を」


 近くに居たシスターが、此方に向かって祈りを捧げてくれるが。


「いえ、十分過ぎるくらいですから……それに、私には祈る神様も居ませんので」


 それだけ言って、すぐにその場を離れた。

 ミリアに言われた通りだ。

 こんなの、やらない方が良かったかもしれない。

 あの子達への同情、少しでも皆の足しになればという偽善。

 本当に私の自己満足。

 ソレだけだったら良かったのに。

 凄く、苦しくなった。

 私が近寄った時、チラッとこっちを見た子達が何人も居た。

 その瞳が、とにかく怖かったのだ。

 まるで私の事を見抜いているかの様で、私も皆と同じ存在だと気づかれているみたいで。


『何でお前は、“そっち側”に居るんだ? 同じ存在の筈なのに』


 そう、責められている気がして。

 とにかく、胸が苦しくなった。


「アリス、平気?」


「はぁっ……はぁっ……へ、平気……」


「全然平気じゃないわよ馬鹿、だから言ったでしょ。アンタはあまり関わるべきじゃない。それは善意悪意の前に、自分で自分を傷付けてる様なもんよ。“アリスだって救われるべき存在だ”なんて、私は言ってあげないけど。でもアンタは、彼等との違いに責任を感じる必要なんか無いの。アリスはアリスだから、ココに居るのよ。それは誰かがアンタを責めて良い口実にはならないわ、アンタ自身も含めてね」


「ハ、ハハッ……ミリアは相変らず、厳しいねぇ」


「言ってろ、馬鹿。誰かを助けたのに、情けなくヘロヘロしてんじゃないわよ」


 それだけ言って、彼女は私と腕を組むみたいにして体重を支えてくれた。

 あぁもう、情けないなぁ。

 私がやりたくてやった事なのに、ミリアの言う通り酷い結果になっちゃった。

 普段私が動き回っている場所には、あぁいう子達は見かけなかったから。

 思わず……といった所なのだが。

 やはり人間、慣れない事はするものじゃない。


「発作とかは、大丈夫?」


「そっちは平気、魔力がどうとかじゃ無いし」


「なら良し。少し休んでから、今日は帰りましょ?」


「うぅぅ……ごめん」


「いちいち謝んな。友達なら、これくらい当然でしょ?」


 そんな訳で、ミリアを励ます為に街に連れ出した筈が。

 私がこんな状態になってしまった事により、大人しく学園へ戻る結果になってしまった。

 ごめんよぉ……今度はちゃんと何か奢るから。

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