第26話 殴り合って、友達になろう


「ぐぅっ!?」


「皆ガウルの援護に回りなさい! 遅い! 前衛でしょ!? 早くなさい!」


 ミリアが相手に向かって飛び込んだその後、再び激しい攻防戦が繰り広げられた。

 しかしながら防御の主軸を、全てガウルに任せている様な戦闘。

 更には相手を引き離す為、攻撃を続けて私に注意を向けさせている。

 やはり魔法が利き辛い……思わず歯噛みする想いだったが、私を狙おうとする相手を防ぎ続けているガウルは、もっとやり辛いだろう。

 せめてもう少し離しておきたい、間違っても広間のど真ん中に残して来た二人に注意が向かない様に。


「こればかりは、致し方ありませんね……前衛組はもういいですわ! あの二人を回収して撤退してくださいませ! ガウル! ……申し訳ないですが、私に付き合って頂きますわよ」


「承知の上だ」


 囮役と防御役のみを残し、残る面々は救助へ。

 相手は負傷しているとはいえ、まだ片足は残っている上に力強い肉体は健在。

 どう考えても、二人だけでは押し切られる。

 ソレは分かっているのだが……戦場に負傷者を置いておくのが一番不味い。

 ならば早急にアリスを撤退させ、可能ならミリアにはここに残って貰う。

 それで防御一人に、術師が二人という構成が出来る。

 私が注意を引きつつ足場を壊し、ミリアが補助しながらフィールドの把握となれば……おそらく、時間が稼げる。


「アタッカーが居ない以上、貴方には無理をお願いする事になりますわ」


「上等だ」


「では……行きま――」


 喋っている途中に、ゾッと背筋が冷えた。

 なんだ? 何が起きた?

 まさか新たな強敵でも出現したのか?

 色々と疑問に思いながらも、怖気がする方向へと視線を向けてみれば。

 どうやらそれは相手も同じだった様で。

 此方と同じ様に、この気配を放つ者へと向かって瞳を向けている。

 その先に立っていたのは……小さな赤い人影。

 頭から真っ赤な外套を被り、両手に歪な双剣を掴んだその姿。

 起きたのか? 彼女が。

 魔素中毒を発症したあの子に対して、皆が静かに視線を向ける中。


「ケヒッ」


 おかしな、笑い声が聞こえた。

 耳を疑っている間にも彼女の姿は掻き消えて、この場で反応出来たのはワーウルフのみ。

 両手の武器を正面に持って来て、彼女の斬撃を受けとめていた。

 だと、いうのに。


「アハッ、アハハッ!」


 ケラケラと笑う少女が、これまでとは比べ物にならない程の速度で連撃を繰り出していく。

 身体強化の類なんだろうが、あそこまで強化出来るモノなのか?

 そもそもアレは肉体を補助するような魔術であり、限界を突破させる様なモノではない筈。

 だというのに、もはや自壊してしまいそうな動きを繰り返しているアリス。

 彼女は笑い声を上げながら思い切り黒い武器を振り抜き、それを防いだ相手の斧が首元から両断された。

 本当にポロッと、安物でも使っていたのかと思ってしまう程に。

 でもあれは、今まで仲間達が防ぎきれなかったほどの武装の筈。

 あんな簡単に壊れる代物ではないと断言できるのだが。

 それでも、一度距離を置いた小さな悪魔は邪悪な笑みを浮かべていた。


「楽しいねぇ……そうでしょ? だから君も戦うんだよね? いっぱい殺したんでしょ? 獣だけじゃ、そんな武器作れないもんね?」


 カカカッと、喉が枯れている様なおかしな笑い声を上げた彼女は、両方の剣を水平にぶつけて“合体”させた。

 おかしな機械音がこの場に鳴り響き、二振りの双剣が一つの武装へと変わっていく。

 いやいやいや、何だあれば。

 高価な魔道具だって、あそこまで変形する仕組みを取り入れていた道具は見た事が無い。

 だというのに彼女の持っているソレは、数秒間眺めている内に巨大な大剣に変形したではないか。

 更には今まで以上の騒音を立てながら、刃が勢いよく回り始め。


「狼さん狼さん、私の牙が何でこんなに大きいか分かりますか?」


 ニッと三日月の様に口元を歪めてから、彼女は一気に突進した。

 まさに猪突猛進。

 真正面から、フェイントも何も無い特攻。

 アレでは体格的に相手の方が有利になってしまう、そんな心配を浮かべたが。

 彼女は迷いなく、大剣の様になった武器を横に振りかぶり。


「お前を喰らう為だよ」


 横一線に、相手の胴体をぶった切った。

 ワーウルフだって棒立ちしていた訳じゃない。

 残った大剣を盾の様に構え、彼女の一撃に備えたのだ。

 だというのに、騒音を立てる大剣は呆気なく相手を武器もろとも両断してみせた。

 誰もが驚いた表情を浮かべる中、小さな悪魔は未だ笑っている。

 とても楽しそうに、嬉しそうに。

 普段の彼女からは想像も出来ない程歪んだ感情を浮かべながら。

 ワーウルフの血の雨が降り注ぐ中、彼女は笑い続けている。

 異常だ、こんなの。

 今の彼女には、人間にあるべき筈のリミッターが存在していない様に見える。

 例え自壊しようとも、きっとあのまま突っ込んで来る事だろう。


「まさかとは思いますが……正気じゃない、とか言いませんよね?」


 恐る恐る銃を構えてみれば、アリスは此方が引き金に指を掛けるより速く視線を向けて来た。

 間違い無い、“敵意”に反応している。

 しかも私に対して、というか学園の人間に対しても平気で“殺意”を放ってきている。

 コレはまた……ワーウルフ何かより厄介な相手が登場してしまったのでは?

 なんて事を考え、改めて銃を構えた次の瞬間。


「先生から聞いてるわ。“発散”が必要なんでしょう? これでも特別授業を受けてるからね、それに魔女からも色々聞いてる。発作が収まっても、正常値に戻るまで色々あるんですってね? 私が相手してあげるわよ、アリス」


 目の前の彼女に向かって水の弾がぶち当たった。

 まるで頭を冷やせと言っているかのように、勢いよく。

 その先に居るのは、ミリア。

 しかし、アリスは彼女の攻撃をその身で受けた。

 何故? 敵意に反応しているのでは?

 先程までの動きなら、今の攻撃だって平然と防ぎそうなものだが。


「喧嘩する相手になってあげるって言ってんのよ、馬鹿アリス。今は先生が居ないから、私で我慢してね」


「クッ、ククッ! ケヘッ!」


「その笑い方、気持ち悪いから今すぐ止めた方が良いわよ」


 小さな彼女が踏み込む瞬間、先程ぶっかけられた水が凍りついた。

 一瞬だけアリスの動きが止まった所でミリアは更に術を使い、地面には大量の水分が広がっていく。

 そしてそのまま、アリスの足元だけが凍り付いていく。

 攻撃魔法ではない、生活魔法と言われる様な代物の組み合わせ。

 しかし、術の発動までが早い。

 さぞかし普段からこういった魔法を連発していたのだろう。

 私だって一度攻撃を行えば、次の術を放つまでには時間が掛かる。

 だというのに彼女は、息をするかの様に次々と術を使い環境を変えていくではないか。


「チッ!」


「ホラ、どうするアリス? 足元が凍り付いたわよ? 砕いてから空でも飛ぶ? 良いわよ、掛かって来なさい。そっちも全部、対処してあげる」


 まるで煽るかの様に、ミリアが言葉を紡ぎながら詠唱を始めた。

 怖くないのか? 今の彼女が。

 だってどう見ても暴走しているのだ、仲間にさえ牙を向く程の異常事態なのだ。

 更に彼女が持っている武器は、触れるだけで手足を斬り飛ばしてしまいそうな程凶悪。

 もっと言うなら、さっきまで苦戦していた筈のワーウルフを一撃で両断した光景を見ていただろうに。

 しかし、ミリアは。

 普段貴族に対して嫌悪感を抱き、まるで隠れるみたいに体を丸めて私達を避けて来たその子は。

 キッと眉を顰めながらも、随分と落ち着いた様子で魔術を連射していた。

 この場の誰よりも冷静に、怪物を一瞬で討伐した新たな怪物を相手にしていた。


「どうしたの? 私を殺すんでしょう? やってみなさいよ馬鹿アリス! この程度!? 普段から言ってるでしょ! 動きが単純なのよアンタは!」


 氷から抜け出したアリスが飛び上がった先には、今度は氷の壁が立ちはだかり。

 ソレを避ければ不可視の魔術防壁にぶつかり、地面に下りれば足元を凍らせる。

 更に上からはひょうが降り、防ごうとしている間に地面には水分が追加されていた。

 凄い。

 魔術の連携と、発想。

 それから何と言っても……“無駄が無い”。

 こんな事私には出来ないし、何より相手はさっきから攻撃を全部受けている。

 つまりあの子は、アリスに対して全く“敵意”を放っていないと言う事になる。

 視界情報に頼りきって対処しているからこそ、アリスは視覚外からの攻撃に対処出来ない。

 でもそれって、非常に歪な光景じゃないか?

 相手を攻撃しているのに、敵意を持たない。

 じゃぁ何を思って彼女は魔法を放っているのか。

 とてもじゃないが、私には理解出来ない光景が繰り広げられていた。

 だが。


「くっそ……滅茶苦茶キツイ! いい加減戻って来なさいアリス! 存分に吐き出して良いから、アンタに頼り切ってた私も強くなるから! だから、“今度は無茶させない”から! いつもの猫娘に戻りなさいよバカタレ! アンタが私を頼るくらい、強くなるから! いい加減戻って来い! 魔力が足りなくなるでしょうが! 平然と魔法をぶった切ってんじゃないわよ! どうなってるんだお前の武器は!」


 続く攻撃の中、彼女は叫んだ。

 そうか、あの子は彼女を攻撃しているとは考えていないんだ。

 全てアリスが防いでくれるという自信を持った上で、魔法を行使している。

 いや、彼女に付き合っているだけという感覚なのかもしれない。

 敵意なんて、ある訳がない。

 害そうとしてもいない上、怯えてすらいない。

 ただあの子に帰って来てほしくて、助けたくて。

 仲間に対して魔法を繰り出して使っているだけ。

 だからこそ、アリスはミリアの“敵意”を感じ取れない。


「ズルいですわ……私の欲しかった物を、貴女達は全部手に入れているではありませんか……」


 二人の戦闘は、美しかった。

 生にしがみ付く獣の様な剣士は何処までも鋭い人生を歩み、全てに牙を向くかの様。

 対する術師は彼女を包み込むかのように魔法を展開しながら、吠える獣に愛を注ぐ。

 ただひたすらに、仲間を救う為に命を削っているのだ。

 仲間の事を理解しているからこそ、信じているからこそ出来る行為。

 片方は仲間を助ける為に牙を剥いたが、周りが見えなくなってしまった。

 もう片方はそんな相手に対して、自らの未熟さを抱えながら必死に抗っている。

 私だって、欲しかったのだ。

 ただ一人でも、“信じあえる仲間”が。

 権力だとか、家柄だとか気にせず。

 全てを打ち明けられる、全力でぶつかれる友人が。

 でも私は弱いから、周りに合わせて、家の教えに従って。

 これまでを“求められる形”に生きて来た。

 だがそんなモノを吹っ切る理由が、目の前にはあった。

 後ろ盾とかそういうのを一切気にせず、正面からぶつかり合っている友情を目にしたのだ。

 だったらちょっと……私も、仲間に入れてもらおうではないか。


「やっば、魔力切れそう……」


「ミリア! 手を貸しますわ! 魔術付与された道具も全て使います! アリス、ちょっとはこっちも見て下さいな! 私とも正面から殴り合いましょう!」


 本当に、全部使った。

 アクセサリーの類から、予備の道具まで全て。

 この全力に、この瞬間に全てを賭ける。

 当然敵意を向けずに攻撃するなんて器用な真似、私には出来ないので。

 相手は此方に向かって駆け出してしまったが。

 それでも、後悔はない。


「アリス、お友達になりましょう? だから……私の全力、受けとめて下さいませ!」


 全ての道具を使い切って放った一撃。

 本来なら人が死ぬ、それは間違いない。

 だと言うのに。


「ハハッ! 本当に……貴女は、不思議な女の子ですわね」


 私の攻撃を大剣で切断しながら迫る、小さな女の子の姿が見えた。

 全く、本当に。

 大したものだ、この同級生は。


「アリス、勝負ですわ! 私とも遊んでくださいな!」


 こればっかりは肩肘張っても居られないし、手を抜く訳にもいかない。

 だからこそ、“届け”。

 今の彼女を止めたいという、ミリアの想いに少しでも。

 私は、不器用だから。

 これしか出来ないから、真っすぐぶつかる事しか出来ないから。

 だからせめて。

 私の攻撃で、あの子を元に戻してみせる。

 それが責任を負った人間の仕事であり、友人の第一歩。

 ただただこの身が、彼女達と対等である為に。

 此方だって体を張る場面は必要だろう、だったら私が出来る事を考えろ。

 ミリアに出来なくて、私に出来る事。

 それは、大火力の魔法のみ。

 だからこそ、全部をぶつけるんだ。

 彼女ならきっとこの程度防ぎきって見せる、そう思えるからこそ。

 何たって私同様、あの鉄塊を破壊した少女なのだ。

 なればこそ、だからこそ!


「貴女だったら、私の全力にも耐えてくれると信じてますわ!」


 より一層、トリガーを引き絞るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る