第25話 集団戦闘
「アリス! 攻め込み過ぎ!」
ガウルに担がれたまま件の場所へと到着してみれば、アリスがたった一人でワーウルフと力比べしているではないか。
見てくれだけなら絶対勝てないであろう相手と、両手の武器を正面からぶつけ合っていた。
くそっ、周りに残っていた連中の援護のつもりが、今では敵のヘイトは完全にアリスのみに向かっている。
「ガウルはすぐ援護に入って! アリスじゃ力負けするわ! 私の方でも何か考える!」
「了解した!」
私を下ろしたガウルはすぐさまアリスの救援に入り、何とか二対一の状況に持ち込めた。
アリスだけなら不安しか無かった巨体からの一撃も、ガウルなら受け止められる。
よし、これでタンクとアタッカーの役割が分かれた。
そして何より、あの二人なら相手と互角に戦えている。
とかなんとか、楽観視出来れば良かったのだが。
想像していた以上に相手が大きい上に、間違いなく強い。
適当にあしらって逃げる、なんて甘い考えは捨てた方が良さそうだ。
そんな事を考えつつ、死角へと移動しながら詠唱を始めてみれば。
「貴女まで来てしまったの!? 何を考えているのですか! 平民の立場にあるのなら、こういう時こそ危ない橋を渡るべきではありませんわ!」
途中で声を掛けられ、思わず詠唱が止まってしまう。
あぁもう、忙しいのに!
キッと鋭い視線を向けてみると、そこにはクラスで最も会いたくない金髪針金貴族様が此方を睨んでいた。
「げっ……針金さん」
「針金言うな! 私はエターニアという名前がありましてよ!? いい加減覚えなさい!」
向こうは平民平民言って来る癖に、こっちには名前を呼べとは大したものだ。
思わず乾いた笑いを洩らしながら、再び走り出そうとしてみれば。
ガシッと腕を掴まれてしまった。
「邪魔です、戦えない人は下がって下さい。私は二人の援護に向かうので」
「今まで誰がこの戦線を支えて来たと思っているのかしら? 戦えない訳が無いでしょう? だから……」
あぁぁもう、くそ邪魔。
コイツの事だ、間違いなく「私の指揮下に入りなさい」とか言って来るのだろう。
はっきり言って御免だ。
こんなコテコテ御貴族様の指示の下、この状況を突破出来るとは到底思えない。
しかも上手く行っても、成果は全て向こうの手柄とか言い出すかもしれないのだ。
そんなもの、此方にとって何のメリットも無――
「これまでの行動、謝罪致しますわ。ですので、貴女の指揮下に入れて下さいませ、ミリア。どう見てもアリスは無茶しながら戦ってますわ、あれじゃ数分も保たない。ガウルだっていつまでも防げる訳じゃない。だから、全部使って全員で生き残りましょう。今は戦闘中、それが最優先でしょう?」
「……頭でも打ちましたか?」
「うるっさいですわね! 私だって色々思う所があっての行動だって言っているんですわよ! 普段はごめんなさい! 謝ります! だから協力しようと言っているんですの! これで良いですか!?」
どう考えても正気じゃない針金お嬢に鳥肌を立てながら、ひとまず正面の戦闘を睨んだ。
確かに彼女の言う通り、ガウルだっていつまでもガード出来る訳ではない。
アリスも今は余裕そうに飛び回っているが、いつか限界が来る。
しかもあの子は“魔素中毒者”なのだ。
長期戦になればなるほど不利になる。
彼女の魔力が多いのは知っているが、無珍蔵という訳ではないのだから。
ならば、早期決戦を目指したい所。
この状況で、私が彼女達を使って良いと言うのなら……使わせてもらおう。
「そっちの編成は?」
「術師が五、前衛三。ですが此方の近接部隊はアレに押し負けてしまいますわ……正直な事を言ってしまうと、他の面々は撤退させた方がマシですわね」
「……もやし」
「いいから! 指揮! 私だけは残ると言ってますの! 前衛ばかりに戦わせる作戦ではないのでしょう!?」
アリスは滅茶苦茶だからアレだけど、ガウルだって相手の攻撃をちゃんと防いでいる。
しっかりと自らの役割を理解し、アリスに攻撃が向かわない様にヘイトを買っていた。
貴族様だからどうとか、そういう話は彼の前ではあまり口にしない様にしようと心に決めたのがコレだ。
彼は、強い。
とんでもなく強い。
その証明とばかりに、アリス同様ワーウルフと対等に渡り合っている姿が目の前にあるのだ。
「不要な攻撃は絶対止めて下さい、こっちに注意が向くと不味いです。基本は前衛にお願いしながら、私達はサポート。針金……じゃなかった、エターニアさんは私と一緒に前線に参加します。とは言え、近くでサポートって話ですけど。いけますか?」
「了解ですわ、此方の面々はもう下げてしまいたい所ですが……納得しない顔ぶれが多いですから、少しくらい仕事をさせて気持ち良く帰って頂きましょう」
「面倒くさ……なら、防壁。一瞬でも良い、私達が中距離に近づくまで守ってもらって。それ以降は邪魔、お引き取り願って」
「各員に伝達! 最後に補助をお願いしますわ! 私達付近に防御壁を作って、即離脱! 早く戦線を離れて下さいまし!」
それだけ言って、二人して走り出した。
その間他の面々による防壁で守られている訳だが、前衛が優秀な為相手は此方に注意を向ける事は無かった。
良かったか悪かったで言えば、間違いなく良い事なんだけど。
逆に此方のパーティメンバーが相手に張り付いてしまっている以上、やはり逃走は難しいという他無い。
あぁくそ、援護に来ただけなのにメイン戦力になってしまった。
アリスは勝つと言っていたが、生憎と私はそこまで自信過剰ではないのだ。
むしろ四人で残された場合、一番足を引っ張るのは私の存在。
一気に逃走する場合は、私が皆の足枷になってしまう。
だからこそ、ここで仕留めてしまうのが望ましい。
もしくは先生が到着するまで状況を引き延ばすのが最優先。
言うのは簡単だけど、正直キツイ。
「ガウル、まだいける!? そのまま注意を引いて! アリスは相手の脚に攻撃を集中して! 相手の機動力を奪えば随分と楽になるわ! 常に逃げ道を確保する事最優先で戦って! 今から援護する!」
「「了解ッ!」」
頼もしい二人は、自らよりもデカい相手に対して真正面からぶつかっていた。
私には、あんな度胸は無い。
アリスなんかと比べれば、三倍くらいデカいんじゃないかって程だし。
ガウルよりも身長が高い相手なのだ。
だと言うのに、相変わらず戦闘は拮抗している。
正面火力はガウルが大斧で押さえ、その隙にアリスがチェーンソーで傷を作る。
小さい方に注意が向きそうになれば、ガウルが攻め込み注意を引く。
前衛二人としては、完璧と言っても良い連携。
しかしこれまで相手して来た奴よりずっと強いのか、それともあの毛皮はアリスの武器でもなかなか刃が通らないのか。
未だ決め手に欠けている様だが。
でも、確実に相手に傷を負わせているのは確か。
「バインド!」
「駄目ですわ! 相手の身体に触れると魔力が一気に分散する。環境を変化させないと、むしろ前衛の邪魔になります!」
拘束魔法を使おうとした瞬間、そんなお言葉を貰ってしまった。
だがしかし、ここはダンジョン内。
しかも現在地面は岩の様に固いと来た。
あぁクソ、面倒くさい。
これじゃ十八番の足場を弄る魔法も即効性がない。
「針金お嬢! アイツの足元だけ吹っ飛ばせる!?」
「だ か ら! あぁもう良いですわ。けどそんな事したら前衛が!」
「二人なら問題ない! ガウルは私との対戦で常に足場が悪い状況で訓練してるし、アリスにはそもそも関係ない!」
「何がどうなってますの!? とりあえず、地面を吹き飛ばす事は可能ですわ!」
なら、こっちにも出来る事はありそうだ。
一瞬でも良いから相手の動きを止めさせ、前衛二人に全力攻撃に転じてもらう。
アリスには足を狙えと言ってあるのだ、きっとやってくれる筈。
「アリス! 一度ガウルの背後に隠れて! ガウルは合図と共に数歩だけ引いて! 間に防壁を張るわよ!」
「「了解っ!」」
「お嬢! 穴掘り開始!」
「ったくもう! 呼び方! 行きますわよ!」
針金お嬢がワーウルフの足元に魔弾を放てば、硬い地面は吹っ飛び相手もバランスを崩した。
当然そんな威力の魔法を地面に放てば、土煙が立ち込め、四方八方に石礫が飛んでいく事になるが……そちらは防壁を作り、前衛二人に当たらないよう防御。
そんでもって。
「二人共! 攻めて!」
「俺は正面から潰す!」
「私は足だね! 了っ解!」
防壁を解除した瞬間前衛二人は飛び出し、ガウルが正面から斧を振り下ろした。
相手は慌てて両手の武器を構えて防ごうとするが、このタイミングをもう一人が見逃すはずも無く。
敵の股下に滑り込む勢いで、アリスがワーウルフの足にチェーンソーを叩き込む。
今までは相手の機動力のせいでなかなか良い一撃が決まらなかったが、今回は違う。
完全に防御態勢。
つまり地面に足を踏ん張った所に、アリスの一撃が叩き込まれたのだ。
当然相手の踏ん張りは利かなくなり、正面から来たガウルの一撃を防ぎきれなくなる。
「うっしゃぁ! まともに入った! ガウルは一度距離をおいて! そこじゃ足場が悪い! アリスはガウルが引くまで場を荒らしなさい!」
「あいあいっ! 飛び回るよ!」
ガウルの一撃で肩に傷を負い、アリスの攻撃で片足が使い物にならなくなったワーウルフ。
随分とヨタヨタしながらも、攻めて来るアリスに向かって武器を構えるが。
「お嬢!」
「分かってますわ!」
先程よりも低威力の攻撃が、まだ生きている足の方の地面を粉砕した。
その為再びバランスを崩したワーウルフは、盛大にすっ転ぶ。
コレを繰り返せば、勝てる。
ウチの前衛なら、アイツの首を落とす事が出来る。
「やるじゃん、流石の威力と命中率」
「私を誰だと思っていまして? さぁ、反撃ですわ!」
いける、私達四人ならコイツだって狩れる。
そう、核心に近い何かを掴んだその瞬間。
「あ、あの二人にバフ魔法を掛けます! その方が一気に片が付きますよね!?」
「なっ!? まだ退避していなかったんですの!? お止めなさい! 別パーティである以上、勝手に補助魔法を掛ける行為は下手したら邪魔に――」
その声を聴いた瞬間、ゾッと背筋が冷えた。
この広間の入口近く。
そこには、お嬢のパーティメンバーが未だ滞在していた。
そして術師の一人が、こちらに向かって強化魔法を掛けようとしている。
普通に考えたら、助け合おうと努力している様に見えるのだろう。
でも全く知らない相手に対し、勝手に能力値を弄るような真似をしてみろ。
それは普段の感覚からズレを生じさせ、はっきりいって“邪魔”になる。
これくらいなら、まだ良かったのだが。
「今すぐ止めて! 特にアリスは! 絶対にバフなんか使っちゃ駄目!」
「え? ……えっと、あの」
術を行使していた女子が、青い顔を此方に向けていた。
もう、術が終わってしまっているかの様に。
不味い、不味い不味い。
だってあの子は、あの子の体質は。
体内の魔素や魔力濃度を変化させる事が、死に直結する可能性があるのだから。
しかもその問題解決の為、日頃から本人がバランスを取っている。
そんな所に、他者が勝手に魔力を叩き込んでみろ。
はっきりって、どうなるモノか分かったもんじゃない。
「アリス!」
叫んでから視線を戻してみれば、前線も前線。
その先っぽに立っていた筈の彼女が、地面に蹲っていた。
胸を押さえて、苦しそうな呼吸を繰り返しながら。
「ガウル! 突っ込んで全部の攻撃を防いで! エターニアと私で攻撃して注意を引く! それまで耐えて! その後はアリスを回収して撤退!」
「わかった!」
「どういう事ですの!? ミリア! 説明を!」
二人の声を聴きながら氷柱を空中に発生させ、相手の背中に叩きつけた。
魔術は軽減、分解され大した威力にはならなかったが。
それでも相手にとっては鬱陶しかったのか、此方にジロリと瞳を向けて来る。
「殆ど効かないとしても、しばらく二人で抑えるわよ……」
「正気ですの!? 私の攻撃魔法だって、たいして通らないんですわよ!? それにあの子、アリスには何が――」
「あの子は! アリスは魔素中毒者なのよ!」
叫んだ一言に、この場に居た全員が息を飲んだ。
魔素中毒者。
体内にある魔力の変動によって症状が発生する生まれつきの病気。
魔力を使い過ぎたり溜めすぎたり、変換前の魔素を吸収し過ぎたりすれば症状が発生する。
そして他者による支援。
バフ魔法なんかによっても、体内の魔力バランスが崩れる事も珍しくない。
だからこそ、本来は周りに守られるべき存在。
前線に立つ事が望まれない存在。
こんな事態が発生するからこそ、昔は“捨て駒”として使われていたのだろう。
「つまり……今、あの子は」
「発作が起きている状態。敵の目の前で、仲間からの支援によって……」
コレだから、決められたパーティ以外と組むのは嫌なんだ。
しかもこんな急ごしらえの合同パーティ、問題が起きる事は最初から予想出来ていた。
だがまさかピンポイントで間違いを起こされてしまうとは。
というか邪魔なんだよ! お前等は早く逃げろよ!
攻撃が通らない、自ら判断出来ない以上。
そこに居ても守る対象が増えるだけだ。
なのに、怯えながらもこの場に残る馬鹿共を見て。
思わず、ブチッ何かが切れた。
「全員聞け! もうこの場で立場の違いなんて関係ない! 生きて帰りたいんでしょう!? だったら私の言う事を聞け! 余計な事は一切するな! 知らない相手に“余計な善意”を振り撒くな! “自分は凄い”と勘違いするな! それじゃ戦場は生き抜けない! 死にたくないのなら、指示に従え! そしたら、全員生きて帰してやる!」
正直、全員を生きて帰す方法なんて私にも思いつかない。
でも、こうでも言わなきゃまた勝手な行動をする奴が出て来るのは確か。
だからこそ、強者を演じた。
私に従えば、生き残れると虚勢を張った。
だって、こんな事をしている間にもアリスはどんどんと弱っていくのだから。
「クソッ……本格的に時間無さそうじゃない、あの馬鹿! 私が突っ込んで、アリスに薬を打つ! エターニアは一旦囮を引き受けて! そっちのパーティの前衛! へっぴり腰になって無いでガウル到着まで自分達のリーダーを意地でも守りなさい! 後衛組は邪魔! とっととこの場から離れて! ガウル! 攻撃が始まったら大急ぎでエターニアの元へ! 可能な限りアリスから引き離すのと、もやし前衛だけじゃ多分突破される!」
思い切り叫んでから正面へと走った。
ガウルから離れ、無事な方の脚に力を入れて此方に飛び込もうとしているワーウルフ。
当然だ、私が注意を引いてしまったのだから。
とは言え、今は私がリーダーだ。
ビビるな、そして生き残れ。
指揮官を失った軍勢は、すぐさま壊滅する。
だったら意地でも、みっともないと罵られても最後まで生き残れ。
「私だってどっかの森で直接戦闘を経験してんのよ! 普段から魔女の孫と行動してる女舐めんな!」
自らに防御魔法を掛けてから、飛び掛かって来た相手の下へと体を滑り込ませた。
本当にギリギリ、すぐ目の前を巨体が通り抜けていくのは肝が冷えたが。
それでも、何とか回避出来た。
「攻撃開始! 間違ってもアリスにソイツを近づけないで!」
その一言と共に、私の上を通り抜けたワーウルフに対して多くの魔術が襲い掛かった。
攻撃が止めばすぐさま前衛が取り囲み、再び牽制が繰り返される状況に。
なら、今の内だ。
「アリス!」
声を掛けて抱き上げてみれば、彼女はヒューヒューと浅い呼吸を繰り返しながら虚ろな瞳を向けて来た。
不味い、これ不味い。
例え薬を打った所で、この後彼女が戦えないのなら勝ち筋が消えた事になる。
でも、それ以上に。
「こんな所で死ぬんじゃないわよ!? 馬鹿アリス! アンタが巻き込んだんでしょう!? アンタが私にくっ付いて来たんでしょう!? 勝手に居なくなったりしたら許さないからね!」
彼女の首に向かって、薬液を叩き込んだ。
魔女から預かった拳銃の様な形の道具、ソレを容赦なく押し付けて引き金を引いてみれば。
次の瞬間、ビクッと彼女の体が震え。
「……アリス?」
腕に抱いた彼女は、しばらく痙攣した後。
おもむろに、ニィッと口元を歪めるのであった。
あぁ、これ……不味いかも。
絶対この後、良くない事が起きる気がする。
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