第24話 お嬢と赤ずきん


「やはり魔法が通り辛い……あの首飾りの影響かしら? 前衛をサポートする形に切り替えます! 後衛術師はバフを、遠距離攻撃の際には相手の注意を逸らす様に意識なさい!」


 指示を出せば、皆それぞれが自らに出来る最大限の事を成そうとしてくれる。

 だがしかし、足りない。

 此方のパーティは全部で八人。

 私を含めた半数以上が術師であり、残りは近接が三。

 家の都合と立場の事あり、皆貴族の面々で固めてある。

 が、しかし……少々前衛が華奢なのが不味い。

 ガウルの様にしっかりと鍛えている者がパーティに来てくれれば、頼もしいタンクが手に入ったのに。

 あの男、よりにもよってあの二人のパーティに入るなんて。


「なんて、泣き言を言っていても仕方ないですわね……徐々に撤退を始めます! このパーティとは相性が悪すぎますわ! 後衛が下がり切った所で前衛も撤退! 私が最後に残って弾幕を張りますわ! 尻尾撒いて逃げますわよ!」


 此方の指示に、皆が良くない感情を向けて来るのが分かった。

 普段の態度から、私が逃げるという選択肢を取ったのが気に入らないのだろう。

 確かにココでワーウルフを討伐できれば、多くの評価を得る事が出来る。

 しかし、無理なのだ。

 どう考えても火力不足。

 というか魔法への抵抗か、分解する力が強すぎる。

 もしかしたら首飾りさえ壊してしまえば攻撃が通る様になるのかもしれないが、確証はない。

 特殊個体であり、本体の能力だった場合は本格的に詰み。

 それが分からない以上、このまま長期戦に挑んでもジリ貧にしかならないのだ。

 そして何より、誰かを失う結果になるよりマシ。

 私がリーダーを務めている以上、その責任は私にある。

 だったら、後で何と言われようが全員の命を優先するのが先だ。


「前衛三人は戦線を下げなさい! タイミングを合わせて離脱を!」


「しかしっ! “逸れ”を倒したとなれば、我々のパーティにかなりの評価が――」


「黙りなさい! コレはリーダーからの命令ですわ! 家名の為、見栄の為に死にたいなら仲間に迷惑が掛からない所でご勝手に! 今は全員が生きて帰る事が最優先ですわ!」


 未だ残ろうとする前衛メンツに対し、思い切り怒鳴り散らした。

 あぁクソ、もううんざりだ。

 私だって、好きでこんな立場に居る訳じゃない。

 貴族の面々に受け入れられる為、家の評価を落とさぬ様にと言う意味もあって、普段から“それらしい態度”を取ってはいるが。

 実際戦地に立ってまで、こうも状況が理解出来ない相手ばかりだとイライラしてくるというモノ。

 はっきり言おう、プライドとかそういうのどうでも良い。

 このまま戦えば、確実に負けるのだ。

 だから逃げろと言っているのに、術師の面々さえ未だ迷いがあるのか行動が遅い。

 多分、このまま押さえれば教師が助けに来てくれるとタカを括っているのだろう。

 今の状況のまま数時間、下手したら十数時間戦い続ける事が可能だとでも思っているのか?

 ここまで到達するにも、随分な時間を要したと言うのに。

 それさえ忘れてしまった訳ではあるまい。


「逃げろと言っているのです! 何故分からないのですか!? この広間を抜ければアレが襲って来ないという訳ではないのですよ!? それとも救援が来るまで戦い続けられる実力があると勘違いしているのですか!? 本当に死にますわよ!?」


 いつまでも背後でグズグズしている後衛組に振り返ってから怒鳴り声を上げてみれば、皆揃ってビクッと震えた後下がり始めてくれたが……。


「ま、不味い! 抜けられた!」


 前衛組から、一番聞きたくない声が聞えて来た。

 視線を戻せば、一直線に此方へと向かって来るワーウルフの姿が。

 まさに獣。

 両手に武器を持っているというのに、まるで四足獣の様な低い姿勢。

 その頭から生えている長い耳は真っすぐ此方を向き、鋭い眼光は間違いなく私の事を捉えていた。


「クソッ! 間に合え!」


 慌てて銃を構えて、魔法陣を展開するが。

 駄目だ、このまま全力で攻撃しても魔法では相手を止められない。

 そうなってしまえば、奴の牙が私に突き刺さる未来しか残らないだろう。

 グッと奥歯を噛みしめ、覚悟を決めた。

 例え体を齧られようと、ゼロ距離で私の全てを叩き込んでやる。

 なんて、恰好良く死を覚悟出来れば良かったのだが。


「生憎と、私は意地汚い女でして。生きる為なら泥に塗れようと気にしませんわ」


 全力の大火力を、地面に向かって乱射した。

 敵に攻撃が通らないなら、それ以外を攻撃すれば良い。

 ワーウルフと私の間にあった地面は大きく削られ、相手は走って来た勢いのまま陥没した地面に足を滑らせた。

 盛大に土埃は舞ったし、砕けた地面があちこちにぶつかって身体が悲鳴を上げているが。

 それでも、“足止め”には成功した。


「今の内ですわ! 全員撤退!」


「この状況なら我々でも狩れるんじゃないか!? 相手は完全に陥没に巻き込まれてる、この隙に一気に攻めれば――」


「いい加減にしろ! 役に立たないからとっとと引けと言っているんですの!」


 未だしぶとく食い下がろうとする面々に対しいい加減頭に来て、喉が痛くなる程の叫び声を上げていれば。

 先程地面に埋めてやった筈の相手が、ズドンッと音がする勢いで此方の目の前に飛び出して来たではないか。

 随分と脱出が早い事で……というか、本当に頑丈な様で。

 あの勢いで崩れた足場に頭から落下したというのに、怪我一つないのか。

 “逸れ”と言うのは、本当に化け物らしい。


「流石に……ここまで強いとは予想外ですわね」


 もはや乾いた笑いしか零れて来ない。

 此方は術師だというのに、接近を許してしまったどころか相手は既に武器を振り上げている。

 こうならない為に前衛が居るんだろうと言いたくなるが、今更指示を出した所ですぐに動ける面々は揃っていないのが明らか。

 なら、自分で対処するしかない。


「全員目を瞑りなさい!」


 後ろへ跳躍しながら、相手に向かって一つの装飾品を投げつける。

 すぐさま追って来ようとしたワーウルフだったが、此方が何かを投げつけた事に警戒したのか、踏み込みが途中で止まった。

 この距離なら、相手の攻撃は届かない!

 そう思って目を瞑った瞬間、私の投げたイヤリングが瞼を閉じていても分かる程の光を放った。

 瞳を焼く程の光、即興で使える目つぶしの魔道具。

 両親からはこんな装飾品ばかりを選ぶなと怒られた事もあったが、やはりこういう緊急の事態には頼もしいという他無い。

 相手の視界が回復する前に、今度こそ撤退しなければ。

 そう思って光が収まってから瞼を開けてみると。


「目、目が……」


「このお馬鹿! だから目と閉じろと言ったではありませんか!」


 ウチの前衛三人中二人が、眼を抑えて蹲っているではないか。

 これが、学生。

 今まで本物の現場を経験した事が無いからこそ、こんなにもグダグダになる。

 それは理解しているつもりだったが、まさかここまで使えないとは。


「クッ……後衛組はそのまま撤退! 前衛は私が何とかします! 貴方は動けますわね!? 二人を連れて早く逃げ――」


「エターニアさん! 後ろ!」


 一人だけ無事だった前衛と共に、二人を担ぎ出そうとしてみれば。

 彼は、驚愕の声を上げながら私の後ろを指さしていた。

 そこには、再び武器を振り上げているワーウルフ。

 先程の閃光が効いていなかった訳じゃない、それは確かに確認した。

 でもまさか、もう回復したのか?

 それともさっきの魔道具も魔法だから、効果が薄かった?

 何てことを考えながら、振り下ろされる相手の武器を見つめていれば。


「おっまたせぇい!」


 目の前まで迫った斧を、隣から飛び込んで来た小さな影が力強く武器でぶん殴った。

 横に逸れた相手はバランスを崩し、私の横ギリギリを斧が通り抜けていく。

 ひとまず、助かった。

 なんて思っていれば、小さい影は空中で一回転しながらもう一度ワーウルフを引っ叩き距離を空けた。

 そして、その場に着地した人物は。


「貴女……どうしてここに?」


「助けてって言われて、ウチのリーダーが行って良いって言ってくれたから。来た!」


 両手に歪な双剣を携え、頭から真っ赤な外套を羽織る少女。

 フードが随分と大きい事から、まるで赤ずきんを被っているかの様。

 同い年とは思えぬ程の小さい体に、真っ黒い髪を揺らし、灼眼を真っすぐ此方に向けて来る女の子。

 アリス。

 平民の立場にありながら、私以上にクラスの注目を浴びている存在。

 そして何より、あのクラスで私が一番注目している実力の持ち主。


「貴女なら、アレを倒せますの?」


「さて、どうかなぁ。でも、やってみなきゃ分かんないでしょ!」


 此方の声に答えてすぐ、彼女は猫みたいに走り出した。

 低い、とにかく姿勢が低い。

 まるで地を這うかの様な勢いで、高速で魔物に接近していく。

 そのまま両手の剣を振りかぶりながら空中で回転し。


「どぉっせぃ!」


 起き上がったばかりのワーウルフに対して、ギャリギャリと凄い音を立てているソレを叩きつけた。

 あの小さい身体からは到底想像出来ない程、全身の力と体重を乗せた一撃。

 ウチのパーティの前衛と違って、全く“美しく戦おう”とはしていない。

 彼女は、まさに獣だ。

 獰猛な魔物を狩る、小型の肉食獣。

 その表現が、この子にはピッタリな気がする。

 そんな彼女が、両手の刃を掲げながらニコッを相手に対して微笑んだ。


「狼さん、何で私の牙がこんなに大きいか分かりますか?」


 ギャリギャリと煩い音を上げる彼女の双剣は、今まで以上に激しく振動し始める。

 そして。


「貴方みたいなデッカイ相手でも互角に戦える様にする為、だよ?」


 歪んだ笑みを浮かべた彼女は、たった一人。

 パーティでもどうしようもなかった相手に対して、果敢に攻め込んで行くのであった。


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