第20話 実地訓練


「ちょっとアリス、しっかり起きなさいって。寝坊して来た癖に、まだ眠いの?」


「んぁ? うぅん……ごめん、起きる」


 ゴシゴシと目を擦っているアリスにため息を溢しながら、黒板に目を向けてみれば。

 そこには、“ダンジョン”と呼ばれるモノの基本情報が。

 ダンジョンボスを倒さない限り、無珍蔵とも呼べる程の魔獣を生み出す空間。

 普段は冒険者の管轄であり、トラブルが起きた時は兵士や騎士の管轄へと移る。

 階層ごとに敵の強さが変わっており、常人からすればとにかく魔獣を駆逐すればお金になる場所という訳だ。

 浅い層であれば、腕っぷしに自信がある新人冒険者ですら侵入する事がある程。

 成果さえ残せれば、お金になる。

 つまり学生の私達でも、奴らを倒せば収入になると言う事だ。

 しかも以前アリスの実家に行った時とは違い、相手は倒せば“魔石”と呼ばれるエネルギー源に変わる。

 簡単に言うと、死体の処理が必要無いのだ。

 当然危険はあるし、魔獣が発生し続けると聞けば悪い印象を受けるが。

 しかし同時に、枯渇しない資源を生み続ける場所とも言える。

 ひたすら狩って、魔石を持ち帰ってくれば良い。

 そんな校外授業が、始まろうとしているのだ。

 これだけは、絶対に見逃せない。

 私は学費などのお金の問題が、未だに色濃く残っているのだから。


「私が魔術で足止め、その間にアンタとガウルが掃討。簡単でしょ? だからダンジョンのルールとかをちゃんと覚えて。校外授業でも、ちゃんと報酬が支払われるんだから」


 ベシベシと引っ叩いてみれば、未だ眠そうにしてるアリスはフラフラと頭を揺らしていた。

 コイツ、本当に座学は受ける気ないな?

 しかし今後の私のお給金に変わるかもしれないのだ、しっかり聞いておいていただかないと。

 なんて思いながらアリスの首根っこを掴んで黒板に向き合わせてみれば。


「ダンジョンにおいて、何が一番重要か。答えてみろ、そうだな……アリス。今日は起きているか?」


 エルフ先生が、このタイミングで相棒に声を掛けて来たではないか。

 慌てて彼女を立ちあがらせ、しっかりと目を覚ます様に更にベシベシと叩いてやると。


「ふぇい?」


「聞いていなかったのか? ダンジョンにおいて、何が一番重要か。その答えだ」


 間抜けな声を上げてゆらゆらと揺れる彼女は、エルフ先生に鋭い視線を向けられていた。

 あっちゃぁ……これはまた減点か?

 あんまりこういう事が続くと、パーティ全体に響くんだけど。

 そんな事を思ってため息を溢していれば。


「どこへ行こうとも、一番重要な事は生き残る事。それ以外、無いと思います。ダンジョンで死ねば、死体さえ“ダンジョンそのもの”に食べられちゃいますし」


 寝ぼけた顔をしながらアリスがそんな事言い放ち、クラスの中ではクスクスと笑い声が漏れた。

 あぁもう、アンタもう少しマシな答えを――


「正解だ、猫娘。座って良いぞ」


 エルフ先生の声に、周囲の笑い声がピタリと止んだ。

 いや、え? だってコレ、授業だし。

 もう少しこう……ダンジョンならではの答えとか、そういうモノを求められているのかと思ったのだが。

 彼は普段通り冷静な様子で、コンコンッと黒板を叩いて生徒の注目を集めた後。


「全員、良く聞け。ダンジョンも戦地も変わらない、全て等しく命を掛ける戦場だ。しかしお前達は“ダンジョンに行く”と言えば喜び、戦地に行くと言えば欠席する理由を考えるだろう? それは何故か、分かるか? “死”というモノが、感覚的に近いかどうかだ」


 そう言い放って、エルフ先生黒板に二つの数字を書き綴った。

 そして、より多い数字に拳を叩きつけてから。


「コレは、実際に今年発生した戦場の死者とダンジョンの死者の数だ。見て分かる通り、ダンジョンの死者の方が圧倒的に多い。何故だと思う? 貴様等の様な生半可な気持ちで潜る者が多いからだ。では何故公表されていないか、分かるか? 入る者が怖気づかない様にする為だ。人死にが出ても、資源は欲しいと言う訳だな。これから数日後、貴様等はそう言う“戦場”に向かうのだ。いい加減理解しろ、学園の行事だとタカを括っていれば、半分以上は死ぬぞ?」


 私達を睨みながら、彼は迷うことなくそう言い放った。

 死ぬ。

 それは学生にとって程遠い言葉だとばかり認識していた。

 しかしながら、ここは実地訓練などを授業に取り入れている。

 学園案内を今思い出してみれば、身の安全は保障しかねるという様な言葉は、そこら中に散りばめられていた気がする。

 でも、平和ボケした私達はそれらを平気で見落としていたのだ。

 だからこそ、今改めて現実を突きつけられた。


「軽い気持ちで挑むなよ? 本当に死ぬぞ。そして何より……この学園は貴様等を強くする場を用意するが、死んだ場合の補償などは一切行わない。お前達は全員、身分云々関係なく。“強くなる為に”この学園に入学したんだ。今一度、その意味を頭に叩き込んでおけ。現代において人の命とは、お前達が思っている以上に軽いぞ」


 彼の言葉に対して、誰もが息を飲んだのが分かった。

 だって、学生生活なのだ。

 確かに兵士や冒険者と言った職業に就く為のノウハウも習うとは書いてあったが……まさか、学生の間に死と隣り合わせの環境を用意してくるとは思わないじゃないか。

 人によっては顔を青くしながら呼吸を浅くし、また別の者は諦めた様な顔で視線を逸らしている。

 そう、これが普通だ。

 一般人なら、そういう反応になる。

 だと言うのに。


「むしろ腕が鳴るというものですわ。ダンジョンがどの程度なのか、楽しみで仕方ありません」


「修行の場として、申し分ない」


 金髪針金お嬢やら、私達の隣に座るガウルやら。

 そう言った類は頼もしいお言葉を残しながら、強い眼差しをエルフ先生に向けているではないか。

 流石、貴族様の中でも戦闘特化。

 向上心と意地が半端じゃない。

 なんて事を思いつつ、引き攣った笑みを浮かべていると。


「ダンジョンボスってどんなのだろうねぇ? やっぱ強いのかな? 楽しみだねぇ」


 さっきまで眠そうにしていたアリスが、ウキウキした様子で体を揺らしているではないか。

 貴族達ならまだ分かる。

 自らの実績が、そのまま家の評価に繋がったりするのだから。

 でもこの子は違う筈だ、普通の庶民……と言って良いのか分からないが。

 それでも、そういう面倒くさい立場には居ない筈。

 だと言うのに、アリスは。

 私達とは違って、本当に遠足を心待ちにする子供の様な笑みを浮かべるのであった。

 そしてコイツの戦闘力を知っている私には、ダンジョンボスとか冗談で言っている訳ではないというのが分かる。

 鰐の時みたいに、相手を甘く見ている事が無ければ良いが……まぁ化け物みたいなのが出てこない限り、正面火力ならどうにかなりそうではあるけど。


「ダンジョンを進行する上での注意事項を伝える。各々しっかりと聞き、パーティごとに対策を立てる様に。進行度合いや相手を倒した数でも当然評価するが、相手に見つからずに先に進むと言った行動も高く評価される。それぞれの得意分野を見直し、どうすれば生き残れるのかよく考えろ。それが、今回の授業の目的だ」


 厳しい言葉を頂いた私達は、もはや生唾を飲み込む他無かった。

 今度の授業は、一味も二味も違う。

 本当に自らの命を懸けて、実力のみで評価を取りに行く実戦形式。

 もはや安全地帯でのんびり勉強するガキは要らないと言う事なのか。

 それとも、私達は既にそう言う世界に片足を突っ込んでいると認識させる為なのか。

 こればかりは分からないが、私達は……本物の戦地へと向かう事になった様だ。

 意識を改め、瞬きする間も惜しんで先生の言葉をノートに書き写していると。


「駄目だぁ……眠い……」


「起きろ馬鹿ぁ! アリス起きなさい! 聞いておかないとマジで死ぬわよ!?」


「おいソコ、煩いぞ」


 結局はいつも通り、コイツのオマケで私まで先生に怒られてしまうのであった。

 本気で、マジで。

 納得いかないんだけど、どこか他のパーティでコイツ貰ってよ。

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