第19話 調整
「すぅぅ……はぁぁぁ……いよしっ! 問題無し!」
朝早くから訓練場を借りた私は、両手に持ったブラックローダーに魔力を込めた。
ギュンギュンと元気よく回り始める刃に口元を緩めながら、正面に視線を向けてみれば。
そこには、最初の授業で使われていた鉄の塊が。
鎧とか盾とか、そういうモノを圧縮した柱の様な見た目の鉄塊が立っている。
「ちょっと最近“溜まり過ぎてる”感じがあるから、発散しておかないとねぇ」
ニッと口元を吊り上げ、両手の剣を構えた。
訓練と言うより、魔力の発散。
魔素中毒者である私は、定期的にこうした“ガス抜き”が必要なのだ。
お婆ちゃんが言っていた。
私は魔術が上手じゃないから、道具に頼れって。
その方が、ずっと貯蔵魔力の調整が楽だから。
基本的に自身の限界まで魔力を溜めず、更には使い過ぎない様に。
自身にとって一番都合の良い貯蔵具合を見つけ、常にその水準を保つ事。
お婆ちゃん達が作ってくれる道具は、基本的に必要とする魔力が多い。
それもその筈、私は魔力を“吐き出す”のが苦手なのだ。
だからこそ、高火力の武装が遠慮なく作れると笑われた事もあったが。
以前は、森に入れば戦闘が出来たのだ。
戦っている間は、常に魔力を消費する。
でも学園に入ってから、そういう“日常”が無くなってしまった。
だからこそ、こうして“無意味な高火力”を放つ事が求められる。
そして何より、“他者からの魔術的な干渉”に気を付けろと言われていた。
つまり、バフやデバフ。
お婆ちゃんみたいに私の魔力量を完全に把握出来る様な相手ではない限り、回復術式を用いた治療でさえ、私には致命傷になりかねないのだ。
その為に私に求められる事、これからも仲間達と共にある為に必要な事。
発作を起こさない、怪我をしない、仲間からの支援魔法を必要としない程強くなる。
この三点。
相手の善意により強化魔法などを掛けられてしまっても、体内の魔力バランスは崩れる。
自ら魔力を上下させるだけならまだ良いが、他者からの急激な魔術干渉となると私の身体が付いていけない。
なので、基本的にそれらを必要としない動きをする事。
そして自身の魔力量も、普段から余裕が保てる程度のキャパシティは確保しておかなければいけないのだ。
「ブラックローダー……よろしくね。私の魔力、調整してね?」
親指付近にあったボタンを押し込み、トリガーを強く引き絞った。
聞きなれた音が鳴り響き、掌に伝わって来る振動もずっと強くなる。
もっと、もっとだ。
どんどん吸い上げろ、私にはまだ余裕があるのだから。
今の内に消費しておかないと、ギリギリのラインに近付いてしまう。
「君の本気は、そんなもんじゃないよね? いいよ、もっと使って。心配しないで、私はまだまだ余裕がある。だから、“本気”を見せて」
ここ最近で溜まってしまった魔力を今消費してしまわないと、多分後に響く。
今後はパーティ戦も増えて来るのだ、皆に迷惑を掛けない様にしなくては。
だからこそ、私の余った魔力を剣に全て差し出してみれば。
私の武器、ブラックローダーは新たな形を見せてくれた。
流石は“魔女”と、“異世界人”。
そしてドワーフの職人が作り上げた武装。
やっぱり、ただの武器って事は無さそうだ。
剣には赤い紋章が幾つも浮かび上がり、それはまるで魔法陣の様。
でもまだだ、まだこの子は本気を見せていない。
だって異世界人のお爺ちゃんは、武器のロマンは“変形と合体”にあるって言っていたのだから。
「大丈夫、まだ持って行って良いよ。どんどん吸って良い……ホラ、私の馬鹿みたいに貯蔵しちゃった魔力を使って良いから。見せてよ! ブラックローダー!」
ガツンと二振りのチェーンソーを合わせてみれば。
ほら、やっぱり。
“仕掛け”があった。
二振りの剣が妙な音を上げながら変形し、一本の大剣へと変化していく。
構造的に、そんな変形するの? とか言いたくなる程の合体技だったが。
そこら辺は凄い人達が作った魔道具、訳が分からない程ガッションガッション変形していく。
それでもブラックローダーは、本来の姿を私に見せてくれた。
私の身長と同じくらい長く分厚いチェーンソー。
どこがどう変形したらこうなるんだって聞きたくなるけど、それでも私の手にあるのは巨大な大剣。
トリガーを引き絞ってみれば、これまで以上の轟音を轟かせながらギャリギャリと刃が回転し始めた。
その速度も、熱量も。
これまでの二振りとは比べ物にならない。
「今なら、あの鉄の塊も簡単に両断できるかな? 相棒、行くよ……?」
身体強化を思い切り使いながら、全力で踏み込んだ。
すぐさま剣の間合いに収まる鉄塊。
身体がギシギシ言うくらいに全身に力を入れて、大剣へと変形したブラックローダーを振り抜いてみれば。
「は、ハハッ! すっご……まさに“魔剣”だね」
これまで以上に超高速回転していた刃は、あっさりと鉄塊を斬り裂いてみせた。
しかも合体してからは、切れ味が半端じゃないのだ。
恐らくこの形にすると何かしらの魔術が発動する様に、お婆ちゃんが仕込んでいたのだろう。
前回はギャリギャリしながら押し切ったと言うのに、今回は本当にズドンと刃が通る感覚を覚えた。
私は“魔素中毒者”だから、魔術が下手な癖に保有魔力量が多いから。
だからこそ、道具に頼る他無い。
私の体から魔力や魔素そのものを抜き取る為に設計された、特別な道具。
それが、お婆ちゃんが私に送ってくれる武具の数々。
本来なら、コレを使っていれば安定した数字に留めておく事が出来るのだろう。
普通に比べたら、あり得ないくらい魔力や魔素を喰らいつくす道具ばかりなのだから。
でもこの学園に来てから、皆と共に過ごす様になってから。
私は普段より戦わなくなったと同時に、向上心を覚えてしまった。
もっともっと強くなりたい、皆と肩を並べられる様になりたい。
その心に、身体が答えてしまったらしく。
「はぁ……はぁ……全然足りない。おかしいな、全力で振り抜いたしぶった切ったのに。まだ、余ってる……」
身体が、火照っている。
魔力が溜まり過ぎているのもあるけど、一気に発散した事もあってクラクラしている。
それに魔力に変換される前の魔素だって、多分異常に蓄積されているのだろう。
溜めすぎや枯渇は、“魔素中毒者”の命に関わる。
「全く厄介な身体だよ……ホント」
中毒症状が起こる前に薬を飲み込み、ふぅと息を吐き出すものの。
バクバクと煩い心臓が、未だ何かを求めていた。
発作に関しては薬で何とかなるけど、問題はその後。
薬によって抑えられた症状は、また別の形で襲ってくるのだ。
それは人によって様々。
命に関わる症状ではないにしろ、私の場合この微妙なバランスの時に訪れる現象が。
「敵が欲しいのか? 猫娘」
会場を貸し切ったと言うのに、そんな声が私の耳に届いてきた。
視線を向けてみれば、エルフ先生が此方に掌を向けている。
「いくらでもくれてやる。だから……朝礼の前に調整しておけ」
彼がそう呟けば、周囲からは巨大なゴーレムが出現し此方に襲い掛かって来た。
授業の時とは全く違う、私を殺そうとしている動き。
数体の巨体に迫られ、本来なら腰が引けそうになる光景だったのだが。
「ハ、ハハッ! キャハッ!」
「少し貯め込み過ぎた様だな……一限目は免除してやる、好きに暴れろ」
何か言われた気がしたが、私は目の前の“敵”に夢中になっていた。
倒して良い相手が、目の前に居る。
私が“普通”で居る為に、発散する為の相手がすぐそこに居る。
なら、倒さないと。
「アハハハハ!」
「苦労するな、魔女の孫は……付き合ってやるから、猫娘に戻れ。馬鹿者が」
迫って来るゴーレムに向かって、私と同じような大きさのチェーンソーをとにかく振り回した。
楽しい、スカッとする。
この馬鹿デカイ大剣を振り回す程に、私の中から悪い物が抜けていく。
そんな快楽を感じながらも、手に持ったブラックローダーは普段以上に唸るのであった。
「楽しいか? アリス」
「楽しい! 楽しいよ先生!」
「そうか、少しは戻って来た様だが……歪んでいるな、お前は」
結局その戦闘は、一限目の授業が終わってしまう程の時間を有した。
あぁ、駄目だな。
もっと効率的に魔力と魔素を抜かないと。
私はいつか、こんな姿を皆に見せてしまいそうだ。
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