第16話 魔素中毒者の今


「はぁ……もう学園に戻るのかぁ」


「たかが数日帰って来ただけでホームシックになってんじゃないわよ。というか十分過ぎる程“遊んだ”でしょ? これ以上は無理、私が死ぬ」


 二人揃って森の外までローズさんに送って貰った結果、行きよりも随分と楽に街に戻って来た私達。

 一度解体場により鰐と熊のバラし&買い取り。

 私達だけで全部解体とか正直無理、数が多すぎる。

 その後アリスの実家に顔を出してお土産を渡した後は、そのまま学園へと戻る手筈となった訳だ。

 此方としては随分貴重な経験……というか魔女から魔法を教わるという凄い体験が出来たし。

 更には魔獣の買い取り金の半分を貰ったので、臨時収入でホクホク。

 なのでもう満足です、さっさと帰ろう。


「だってぇ~」


「子供か、お前は。ほらシャキッとしなさい」


 しかしながら問題のちびっ子は、思っていた以上にお婆ちゃん子だったらしく。

 街に戻って来てからの元気の無さがヤバイ。

 しょぼくれながら、私の方が心配になってしまうくらいにトボトボと足を進めていた。


「また次の休みに会いに行けば良いじゃない」


「それは分かってるんだけども、なんかこう脱力感が」


「休み明けの仕事を嫌がる駄目な大人みたいね」


「学園自体が嫌だって訳じゃないよぉ……」


 まったく……こっちは色々と聞いてしまい、思う所も多いと言うのに。

 当の本人は飼い主から引き離された室内飼いの猫みたいになっている。

 学生寮には門限もあるから、あまり遅くまで出かけている訳にも行かないのだが……。


「アリス、何か食べてから帰りましょう。いつまでもしショボくれてて、鬱陶しいったらないわ」


「唐揚げ食べたい!」


「急に元気になったわね……まぁ良いか。私も久し振りのハードな日々でお腹空いたし……あれ? 休日って休むモノじゃなかったっけ?」


 とりあえず、この猫娘を餌付けしてから帰ろうと思う。

 明日からはまた授業が始まるのだ、つまりパーティ戦の訓練も始まる。

 だったら少しくらい、仲間の事を気遣ってもバチは当たらないだろう。

 今回は急に誘われたから二人だったが、今度はガウルの奴も連れて行こう。

 アイツにも、この苦労を経験してもらおうではないか。

 というか今後も一人で連れていかれたら、私の身が持たない……。


 ※※※


 そして翌日。

 私達のパーティは揃って席に着いていた。

 アリスは放っておいても付いて来るが、今ではガウルまで居る。

 貴族が隣に座っているというのには慣れないが、彼のお陰で他の鬱陶しいのが絡んでこないのは確か。

 ギブアンドテイクという事で、ここは戦闘でも対人関係でもタンクになって頂こう。

 何てことを思いながら、授業を聞いていれば。


「お前達も分かっているだろうが、基礎を学び終わった後は選択授業が増えて来る。昔は戦闘と言えば兵士や騎士、学園に通う術師は魔術研究などと言われていたが。知っての通り環境が変わり、人手も増えた事によって数々の仕事が次々生まれている。その代表と言っても良いのが“冒険者”、民間の業者が戦闘に担う様になった歴史は――」


 冒険者。

 誰でも就職する事が出来るが、全て自己責任の何でも屋。

 今では各地に展開している“ギルド”と呼ばれる冒険者管理組織に仲介をしてもらい、自己判断でクエストを受け、達成する事で金銭を得る。

 私が目指している先はソコだ。

 生憎と身分も何も無い村娘だし、知識と経験を学園で詰んでから村に帰って役に立つ事を望まれているのだ。

 だからこそ領主様も許可をくれたし、金銭的な協力もしてくれた。

 村の皆だってそうだ。

 私の為にと、お金をかき集めてくれたのだ。

 つまり、私は怠ける事など許されない。

 出来ませんでした、では済まない環境に置かれている。

 今一度気を引き締めながら、エルフの先生の話を聞いていると。


「この変化はかつての魔素中毒者達が、戦闘において大きな成果を残した事から始まった。今では考えられないであろう蔑称で呼ばれ、不要な存在として扱われていた彼らは過去“捨て駒”として使われて来た。しかし大きな成果を残し、認められた事によって民間でもこう言った仕事が可能なのでは? という疑問が生れた結果だ。要は一般人よりも下に見られていた面々が評価を受けた結果、その一つ上がやる気を出したと言う事だな。そして長い時を経て、今では冒険者と呼ばれる仕事も確立している訳だが……この魔素中毒者の特徴を答えてみろ、猫娘」


 急に先生からの御指名が入って、思わずいつも通り寝てるんじゃないかと慌てて隣を確認してみれば。

 アリスは、無表情のまま立ち上がって言葉を紡ぎ始めた。

 いつもみたいに眠そうだったり、緩い表情など浮かべていない。

 どこまでも冷たい顔のまま。


「“魔素”というモノを体内に取り入れてから“魔力”に変える、コレが生まれつき苦手とされる存在。全身の体毛は白、または灰色で統一されている特徴がある。魔力切れ、または溜めすぎても発作が起こる上に、急激に魔素を取り入れたり、バフやデバフと言った補助により中毒症状を起こす可能性がある。今は発作を抑える薬があるけど、魔力が安定するまでの間は様々な精神的な症状が見られる事が多い。そして当時は中毒症状が発生すれば、確実に死に至る病人と言われていた存在……です」


「いつも寝ている割に、よく勉強しているな。もう座って良いぞ」


 その一言により、ポスッと席に腰を下ろした彼女。

 ただ、その表情はいつも通りとはいかなかった。

 ガウルもそれに気が付いたらしく、心配そうな瞳を向けているが。


「アリス、前見なさい。気にしたって仕方ないでしょ」


「ん、へーき」


 弱々しい返事を頂いてから、私も正面を向き直ってみれば。

 エルフ先生はつらつらと黒板に長い文章を書いていく。

 その内容は、どう見ても“魔素中毒者”に関しての情報。

 正直、こんな授業を当人に聞いて欲しくない。

 そう思ってしまう程、症状や特徴を上げていく。

 今はこの国の歴史というか、今後の方向性を示す授業だった筈なのに……何でこんな。

 グッと奥歯を食いしばりながら黒板を眺めていれば。


「このように、魔素中毒者には様々な不利な条件が付いている。しかし今では非常に一般的な扱いを受けており、白色系統以外の毛髪を持つ者も確認されている。つまり珍しくない、持病を患っている程度の扱いと言う訳だ。今後どの様な仕事に就こうとも、彼らの様な存在が近くに居るかもしれない。なので、中毒症状が起きた時の対処方なども説明しておく。よく覚えておけ、仲間の一人が発作を起こしても、“知らなかった”では済まないからな」


「……え?」


 思わず、声が漏れてしまった。

 この先生、もしかして。


「いいか? 今でも有権者の中では彼等彼女等の事を、“出来損ない”だ何だという者も居るのは確かだ。しかし魔素中毒者も国に認められた人間、つまり少なくともこの学園においては位の違いは存在しない。よく覚えておけ? 学園の外では知らんが、内部で古臭い差別意識など持ち出さそうモノなら処罰の対象となる。では、症状のより詳しい内容から対処方の詳細な説明を――」


 とても鋭い視線を教室内に向ける先生を見て、思わず……安堵の息が漏れた。

 先生がこれだけ言ってくれたのだ。

 アリスがもしも中毒症状を起こしても、後ろ指を指す者は少なくなるだろう。

 彼の言葉が、今度アリスの学園生活の保険になる。

 警告というか、威嚇の様にも聞えるけど。


「良かったわね、アリス」


「ん、あの先生好き。ご飯くれるし」


「そこじゃ無いわよ……でも、本当に無理しないで。何かあったら私に言いなさい」


「ミリアは心配性だねぇ~」


「うるっさい、馬鹿」


 いつも通りの雰囲気に戻った友人に一安心、と言いたい所なのだが。

 相も変わらぬ気の抜けた発言に、思わずため息を溢してしまうのであった。

 というかお前、先生からもご飯貰ってるのか。

 ローズさんの話だと、自分でも結構料理出来るって話だったんだけどなぁ……。

 結局アレか、面倒くさがりっていう性格も遺伝してしまったのか。

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