第15話 ワニ
「今日は、
「今度は鰐ですか、そうですか。もう私は突っ込まないからね」
お母さんから熊と鰐が食べたいって言われてしまったので、本日はお土産を狩りに来ました。
お婆ちゃんの家からそこまで離れていない河原にやって来たのだが……鰐って普通に泳いでいるものなんだろうか?
以前発見した時は、随分昔の事であまりよく覚えていないのだが。
前回は確か、お婆ちゃんに連れられて随分遠出した挙句。
「アリス、見てごらん? アレは鰐って言うのよー?」
「口、デカい!」
「そうねぇ~齧られたら大変だから、倒して行きましょうか」
ズドンッと、一撃でお婆ちゃんが倒していた気がする。
雷を落としたり、氷柱で頭を串刺しにしていた記憶がある。
かなり幼い頃の思い出なので、薄っすらとしか覚えてないが。
あんまり強いイメージが無いのは確かだ。
「本当にこの辺りに出るの? 全然そうは見えないんだけど……ていうか、作戦は? 鰐なんか相手にするんだから、何かしら考えてあるんでしょうね?」
やけに警戒した様子のミリアが、そわそわしながら私の後ろを付いて来る。
昨日もそうだけど、ちょっと警戒し過ぎな気がする。
実際狼や熊だって、彼女は戦えていたじゃないか。
だから鰐の一匹や二匹出て来た所で、普通に対処出来そうな気がするんだけど。
「鰐くらい大丈夫だって、動きも遅いし。前もお婆ちゃんが端から一撃で倒してたよ?」
不思議に思って首を傾げてみれば、相手は非常に険しい顔をしてから私の外套をガシッと掴んで来た。
「アリス、鰐との戦闘経験は?」
「ないよー」
「ないよーじゃないんだよ馬鹿! アイツ等がどう怖いのか教えてあげるから、とりえずまだ水辺に近付くな! いいわね!? 私も戦闘経験とか無いから資料による知識になるけど、無いよりかはマシ!」
という事で、ミリアの授業が始まった。
何でも鰐というのは、とても静かに泳ぐ生物の様で。
気が付いた時には既に時遅し、ガブリといかれれば決して放してくれない程顎の力が強んだとか。
そうだったのか。
確かに強そうなデカい口をしていたが、そこまで強いのか。
しかも獲物を狩る為に、齧りついた後は体を回転させて相手を殺す個体なんかも居るそうで。
そして何より速度。
水辺から急にとんでもない速さで突っ込んで来て、逃げる間もなくガブリ。
しかも、昔見た光景からは想像も出来ないが……走る速度も結構速いんだとか。
「そんなに強いの? 見た目は口がでっかいだけのトカゲだけど」
「アンタの感覚がバグってるのもあるけど、自然界を舐め過ぎだって……」
などとため息を溢されながら、引き続きミリアから鰐というモノについて教わった。
そうか、鰐は怖いのか。
噛まれたりなんかすれば、即命を落とす事もあるそうな。
おっかしぃなぁ……お婆ちゃん、鰐くらい何でもないって顔で殲滅していたんだけど。
「という事で、いつも以上に警戒。相手は水の中の生き物だからね? 陸も移動するけど、水の中なら私達よりもずっと強い、いいわね?」
「らじゃー!」
「本来は陸でも私達より強い筈なんだけどね……」
疲れた表情を浮かべるミリアの説明を受けてから、改めて水辺を確認してみれば。
バシャァッ! と大きな音が立ち事態が動いた。
私達の視界に収まる位置で水を飲んでいた小鹿が、水面から飛び出して来たデカい口に捕食されたではないか。
そのまま水の中に引き込まれていき、しばらくバシャバシャと暴れていたがジワァっと赤い色が広がって行った。
「え、怖っ」
「だから言ったでしょ……でもまぁ、鰐が実際にココに居る事は分かったわね」
さてどうしたものかとばかりに、ミリアは準備を始める訳だが。
実際これ、どうしよう?
私の攻撃手段とか物理だけだし、水辺に突っ立って飛び出して来た瞬間に撃退する?
いやぁ……不可能ではないけど、ちゃんと狩れるのだろうか?
手負いにしただけで逃がしてしまっては、相手は水の中。
いざ追いかけようとしても、水中に居るのがその一匹とは限らないのだから。
「どうしようコレ……鰐は諦めた方が良いかな?」
「正直に言うと、諦めてくれるのが一番早い。というか私もそうしたい」
でも、お使いというか。
お土産に鰐肉よろしくって言われちゃったしなぁ……何てことを考えながら、う~んう~んと唸っていれば。
「はぁぁ……なんでこう言う所だけ諦めが悪いかな、アンタは。分かった、分かりました。何かやってみるから、私の言う通り動く事。良いわね?」
「らじゃー!」
何やら思い付いたらしいミリアの指示の下、私達は準備を始めるのであった。
※※※
ミリアの作戦、内容は非常に簡単というか。
難しい事を考えなければ、ただの囮作戦だった。
まずミリアがゴーレムを作り出し、動物が水を飲んでいる様に見せかける。
本人がそういう魔法が得意ではないという事もあり、変な形の土人形が水面をちょんちょんする感じになると言っていたが。
とはいえ、私には出来ない事だ。
色々な魔法が使える事は知っていたが、こう言う事も出来るのか。
やっぱりミリアは凄い。
そんでもって、私の役目。
水面から相手が飛び出して来た瞬間に、一気に駆け寄って頭を落とす。
但し他にも鰐が潜んでいる可能性もあるので、一撃放ったら即撤退。
例えその一匹を狩れなかったとしても、絶対撤退。
狩れた場合には、しばらくして他の個体が姿を見せなければ死体の回収、解体という流れだ。
「いくわよー」
「あいあーい」
緩い声と共に始まった作戦。
ミリアが作ったゴーレムが水辺に近付いて行き、ひたすら水面をちょんちょんし始めた。
でもちゃんと動いている。
ハニワって言うんだっけ? お婆ちゃんがどっかの国に行った時、お土産にくれた人形に似てる。
目と口の所に穴が開いていて、ちょっと間抜けっぽい顔。
一見緩い見た目のソレだが、十分すぎる程にちゃんと動いていた。
ぬいぐるみみたいなサイズの土人形が水辺に歩いて行き、さっきの小鹿が水を飲んでいた時の波紋を真似しているのか。
川に手を突っ込んで、ちゃぽちゃぽと静かな水音を立てている。
とはいえ、この動作さえ結構苦労するのか。
ミリアは非常に険しい顔をしながら土人形を操作していたが。
「ん? 気のせいかな? 水の動きが変、あと水の中に影が見える気がする」
「多分来たわよ、準備しなさい」
という事で、此方はブラックローダーを準備して姿勢を下げた。
私の仕事は、とにかく反応速度が大事。
相手が出て来た瞬間接近、切断。
先程の捕食シーンを見た後では、私の速度で間に合うのか不安になってくるが。
でも、これだって練習だ。
もっともっと強くなる為に、私はいろんな状況を体験しなければならない。
というのもあるが、お母さんにお土産を約束してしまったのだ。
せめて一匹でも狩って、持ち帰ってあげないと。
視線を細め、土人形の周囲に集中していれば。
「来たっ!」
「行けアリス! 口を閉じた後なら暫く大丈夫よ! 口を開ける力は弱いから!」
水面から飛び出して来た相手に向かって、一直線に接近しながらトリガーを引き絞った。
ギュンギュンと唸るチェーンソーの音が響くが、土人形に噛みついた相手は既に水中へと帰ろうとしている。
ホント、獣の狩りは一瞬だ。
その隙を突こうとしているのだから、苦労するのは当然。
でも、絶対ココで狩る!
「逃がすかぁぁ!」
叫びながら振り下ろしたチェーンソーは、惜しくも相手の首には入らなかった。
遅かったか、そう思ったりもしたのだが。
「そのまま! 叩き切っちゃいなさい!」
「おりゃあぁぁ!」
私の両手に持った刃は、相手の頭……で良いと思うんだけど。
相手の目がある辺りに、真上から直撃した。
そのままギャリギャリと音を立てて斬り進めてみれば、やがて頭部を切断したのか。
河原にあった土や砂利を巻き込んで、そこら中に色んな物をまき散らし始めた。
「アリス! 一度撤退!」
「了解ッ! すぐ戻……どわぁぁっ!?」
やった、切断した! とか思っていて一瞬作戦を忘れてしまった影響か。
ミリアの声が聞こえて来るまで、すぐに下がれと言われていた事を失念していた。
その結果、水辺からは新たな鰐がワラワラと現れ私に噛みつこうとして来る。
「全力で避けなさい! ソイツ等魔獣よ! 嚙まられたら足でも腕でも持っていかれるわよ!?」
「ひぃぃ! 助けてミリア!」
バクンバクンと音を立てながら迫って来る鰐の口をひたすら回避していた訳だが、砂利で脚が滑った。
尻餅を着いた様な形になり、それでも迫る大きな口から四足状態でバタバタと逃げ回っていれば。
「“バインド”! “ストーンブラスト”、現地の物も使うわよ!」
口を閉じた鰐の鼻先に、光の拘束具が出現する。
更には相手の腹下にあった小石なんかが、上空に向けて物凄い勢いで射出されたではないか。
下手すれば、それだけで相手の命を奪ってしまえる程の威力。
でも個体によってはそれでも死ななかったのか、防いだのか。
未だにバタバタと迫って来る鰐たち。
「口が塞がれている奴らから首を落としなさい! ソイツ等なら楽に狩れる筈! 尻尾には気を付けて!」
「了っ解!」
彼女の声に従って体勢を立て直し、今一度ブラックローダーのトリガーを引いた。
大丈夫、こっちに寄って来ているのはほんの数匹。
しかも口が閉じていないのは一匹だけだ。
だったら、ソイツは後回し。
ミリアは口を閉じている奴から狩れって言ってたんだ。
だったら、その通りに動けば勝てる。
彼女は、私よりずっと頭が良いから。
「君の相手は最後! 他は貰うよぉ!」
突っ込んで来た鰐の顎を回避してから、口を塞がれている奴らの首目掛けて刃を振るった。
どの個体も慌てているのか、バタバタするだけで此方を見てもいない。
余裕、超余裕。
最初の襲撃の方が緊張したくらいだ。
今では、陸に上がっている動きの遅いトカゲの首を刎ねているのと変わらない。
「四、五!」
「後二匹! 最後の奴も口を塞いだ!」
「さっすが!」
「でも水辺には必要以上に近づかないでよ!? 最後まで油断しない!」
「了解!」
ミリアによって拘束された残り二匹の内一匹に、此方は迷うことなく接近して刃を振り下ろした。
最初感じた恐怖は何だったのかという程、あっさりと。
やっぱり鰐なんて大した事なかった。
そう言えれば良かったのだが、間違い無く私だけではこんなに上手く狩れなかっただろう。
この成果は、ミリアが居てくれたからこそ。
彼女の指示と魔法があったからこそ、私は安全に仕事がこなせたというモノだ。
やっぱり、凄い。
それに、パーティ戦って……凄く楽しい!
「ラスト一匹ぃぃ!」
「術式に問題無し! 一気に決めて!」
「どりゃぁぁ!」
残る最後の一匹に対し、全力でチェーンソーを叩き込んでみれば。
呆気なく、相手の首が落ちた。
「いやったぁぁ! 鰐倒したぁぁ!」
バッと両手を振り上げ、勝利を宣言したその瞬間。
「アリス退避! 何か来てる!」
ミリアの言葉で水辺に向かって視線を向けてみれば、バッシャァァン! と、随分派手な音を立てながら一匹の魔獣が姿を現した。
また、鰐。
でも今まで相手して来た奴より倍以上デカい。
「やっば!」
「デカすぎるでしょうが! とっとと退避! 私が魔術防壁を張るから、その後――」
二人して慌てた声を上げ、とにかく水辺から離れる為に跳躍してみれば。
ズドンッと、相手の身体に巨大な氷柱が突き刺さった。
は? と思わず声を上げてしまう程、急過ぎる戦闘終了。
突き刺さった氷柱は、傷口から相手の体を凍らせていく。
最初の一撃だけでもそうだが、アレではもはや生きてはいるまい。
「二人共~? そろそろお昼にしましょうか。鰐は狩れたかしらー?」
上空から、杖に腰掛けたお婆ちゃんが下りて来た。
もはやポカンと見つめる他無く、相手が目の前に来るまで口を開けたまま黙っていると。
「どうしたの? あ、もしかして倒しちゃ駄目だった? 二人の獲物だったかしら? あんまり大きかったから、邪魔だなぁって。ごめんね? 今度から声を掛ける様にするから」
何やら違う意味で慌てた様子を見せている。
やっぱり、ウチのお婆ちゃんは魔女だ。
すげぇや、全然敵う気がしない。
「ローズさん、ちなみに……さっきの魔法は」
「大した事ない簡単な魔法よ? ちょっとした組み合わせ、後で教えるわね?」
「あ、はい」
ミリアの方も私と同じような感想しか残らないらしく、二人揃って唖然としてしまった。
魔法使いは、なんというか……近接戦の面々からしたら本当に規格外なんだなぁって、改めて実感する事が出来た。
お婆ちゃんスゲーって今までは言っていたけど、ミリアという仲間を持って改め感じる事が出来た。
私からすればミリアも凄いって感じるのに、お婆ちゃんは規格外にも程がある。
これ、マジで頑張らないと私だけ力不足になっちゃうんじゃ……。
「もっと狩る! もっと強くなってから帰る!」
「アリス、勘弁して……私はもう疲れたよ……」
「あらあら、元気があって良いわねぇ」
三者三様の声を上げつつも、とりあえずお昼ご飯にする為お婆ちゃんの家に一度戻る事が決定したのであった。
もっともっと戦いたかったが……とりあえず、鰐肉ゲットだぜ!
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