第14話 知識と理解
「それからもう一つ、ミリアさんは魔力レベルがこの子より低かったって聞いたけど」
「お、お恥ずかしながら……凡人レベルです」
私の魔力レベルは、アリスよりずっと低い。
それこそローズさんと比べれば、もはや目が当てられないくらいの差がある事だろう。
そんな私が術師を目指しているなんて口にするのは、達人とも呼べる彼女の前ではおこがましいって言葉を十乗しても足りない気がして来るのだが。
「あんなもの、本当に数字でしかないの。魔力総数を表示するなんて言われているけど、正確に測れる訳でも無いし。それに数字が大きければ絶対偉大な存在になれる、という訳でもないわ」
「アリスも確か、そんな事を言っていました……けど、どういう事なんですか? 魔力量が多いって事は、それだけ才能に恵まれて、その分強い魔法が使えると思うんですけど」
実際この数字は、仕事に就く上でも重要になって来る事が多い。
あまり数字が低すぎれば、面接前にお断りされてしまう職場なんて所もあるくらいなのだから。
そう思って、格上の“魔女”に質問してみれば。
「そうね、魔力総数が多いと言う事は良い事よ。でも、多ければ良いってだけではない。使い手が優れていないと、意味が無いの」
「と、いいますと?」
話の意図が良く分からず、堪らず疑問を返してみれば。
彼女はクスクスと笑いながら私の前にマグカップを一つ置いた。
その隣に、彼女が呑んでいた酒瓶を置いてから。
「このカップに、このお酒。何回くらい注げば無くなるかしら?」
「えぇと……二回、三回目もいけるかもしれませんが、カップいっぱいにはならないと思います」
思ったままを答えてみると、彼女はウンウンと頷いて違う物を用意する。
とは言え膝の上にはアリスが寝ているのだ、彼女自身が動く訳にはいかず魔法でキッチンから取り寄せていたが。
凄い、こう言う所でも魔女だ。
生活魔法の類でさえ、私では考えられない程卓越している。
「じゃぁこっちの小さなグラス、これだったら何杯注げるかしら?」
「えぇ~と……すみません、正確な数は分かりません。でも玩具みたいに小さいですから、少なくとも十回以上は注げるのかな、と」
強いお酒なんかを飲むときに、やけに小さいグラスと飲む事があるという。
今目の前に登場したのは、まさにそう言うサイズのグラス。
いったい何に使うのかと疑問に思ってしまう訳だが、彼女はソレにお酒を注ぎ始める。
「この小さいグラスが、貴方の実力……一番火力の高い魔法だったとしましょう」
そんな事を言って、クイッと小さいカップを傾ける魔女。
ゴクリと音を立てながら飲み干すその姿でさえ、色っぽく感じてしまうが。
話の本筋はそこではない。
だからこそ、静かに次の言葉を待っていると。
「あなたの魔力レベル、つまり総量と予想される魔力がこの瓶に残ったお酒。でも実力がこのグラス、これがどういうことか分かるかしら?」
「あの、えと……もしかして、アリスが言っていた“レベルなんて魔力総量が足りなくなった時に考えれば良い”って……」
「その通り。結局は数字なんてモノより、実力をつける事が大事。いくら総量があろうと、一度に注げる器が未熟であれば意味が無い。数を打てるだけであって、大きな何かが出来る訳じゃない。だから知見を広げ、勉強して、鍛えなさい。それ次第で貴女の実力は小さなグラスどころでは無くなっていくわ。あんな数字、自らの器に対して注ぐものが無くなってから考えれば良いの。一日の内に、何度も小さい魔法を連発して魔力切れを起こす様な状況なら、そっちを気に掛けるのも分かるけどね?」
お酒を飲み干した小さなグラスを目の前に置かれ、その後ろに今まで使っていたカップ。
更には、その後ろに随分と大きなジョッキが現れた。
そして、最後の物にドバドバとお酒を注いでいき。
「ホラ、この通り。大きなものだと魔力総量が足りなくなる、でもこれだけの技量を持っている事が“最低条件”になるの。あんな数字を気にするのは、注げる器を大きくしてからでも構わないわ。逆に言えば、そっちは後でいくらでも鍛えられるって事ね。もっと言うなら……貴女の実力次第で、魔法に使う魔力量をいくらでも抑えられる。つまり注ぐ量は同じでも、必要な器の大きさを変える事が出来る。この小さなグラス一つの量で、後ろのジョッキと同じ結果を出せる様になったら、どう? 魔法とは量では無く、質なのよ」
何か、物凄くしっくり来た気がする。
確かに今の私の最高火力の魔法を撃ったところで、魔力切れにはならない。
一日に何発も打つって事態に発生しない限りは。
とはいえ、それは“打てる状況”が整っていないとそもそも始まらない。
自身の最大火力の魔法、アレを私は未だ“難しい”と感じている。
だからこそ実技の時にも失敗して、普段から使い慣れた魔法へとシフトした。
つまり、そう言う事なんだ。
私には、器としての実力がそもそも足りてない。
これが一つの魔法で魔力切れになったり、ほんの数回使うと魔力が無くなってしまう程の実力を得た時初めて。
“魔力の総量”を増やそうと努力する訳だ。
今この状態で魔力レベルを上げようと努力しても、私にとっては宝の持ち腐れ。
はっきりいれば不要な努力。
そんな事をしている暇があるのなら、器を……つまり私自身を強くしろという事なのだろう。
「ちなみに、私が見て来た“お高く留まった術師”みたいなのは……総量が多くとも器が大した事無いのばかりだったわね。小さな器でも質が良いなら話は別だけど、魔力レベルばかり気にする連中はてんで駄目。そんな術師じゃ、格好悪いでしょう?」
「まぁ……そうかもしれませんけど。常人で“小さな器で質を上げる”って、どうすれば出来るんですか? やっぱり勉強と努力、しか無いんでしょうか?」
「それも大事ね、でも“今出来る事”に対して更に理解を深めるのが第一歩かしら? アリスが連れて来たお友達第一号だからね、ちょっとだけサービス」
そう言って彼女は、腰に付けたバッグから一つの箱を取り出した。
抱える程、ではないが。
それなりに大きな宝石箱の様な見た目。
私が触れてしまって良いのかと、少々気後れしていれば。
「色違いの弾丸が並んでいるでしょう? コレはそれぞれ適性が分かれているの、全て別々の魔法が付与されている。まずはソレを読み解き、この銃弾に魔力を蓄えて御覧なさい。それはきっと、貴女の魔術への理解に繋がるわ」
魔女が開け放った箱の中には、いくつもの銃弾が綺麗に並んでいた。
針金お嬢が使っていた様な、銃。
アレに使用されそうな、色彩豊かな弾丸が。
「まぁレベルが立場を左右する事態もあるでしょうからね、コレでそっちも解消出来ると思うわよ? ただし、本気でやりなさい。寝る前に、自らの残っている魔力を使ってこれ等に魔力を溜めていく。簡単でしょう? 適当に魔力を込めようとしても、なかなか溜まらないから覚悟してね? 大事なのは理解、そして自らの限界を知る事。それが出来て、繰り返す事が出来れば。貴女の実力はどんどん伸びていくわ」
そんな言葉と共に、私は魔女からお土産を貰ってしまうのであった。
ど、どうしよう……。
私、銃とか持ってないんだけど。
「えぇ~と、その。とにかく魔力を溜めて、ローズさんにお返しすれば良いんですかね?」
「あげるわよ? 魔術の練習道具だと思って、使ってみなさいな」
「銃なんて高い代物……買える気がしないので」
「あげましょうか?」
「いいえ結構です! 流石にそんな物貰えません!」
流石は魔女、すぐにとんでもない事を言い始める。
銃弾だって結構なお値段だろうに、本体など貰えるはずがない。
コレは私の訓練の為に貸してもらっただけ、そう言う事にしよう。
なので魔力が溜まって、訓練を終えた後にはお返ししよう。
私が持っていても仕方ないし、彼女に返した所で私の魔力程度じゃ足しにもならないかもしれないけど。
「ローズさんって、実は結構お金持ちなんですか?」
「歳を取ると、普通に働くのが面倒になっちゃってね。楽してお金を稼ぐ手段か、働かなくても良いくらいに一つのお仕事で稼ぐ様になるのよ」
「ひえぇ……」
もはや何を言っているのか分からないし、やっぱりこの人が自分を年寄り扱いしている姿には慣れないが。
でもやっぱりこの人、かなり貯蓄があるみたいだ。
「銃、本当に要らない? 私は基本的に杖だから、倉庫に幾つか余ってるわよ? 年寄りは物と知り合いばかり増えて駄目ね、捨てるのも面倒で放置しっぱなしよ」
「それはズボラなだけなんじゃ……」
「その辺りはアリスに引き継がれなくて良かったって思ってるわ」
凄いんだけど、物凄く生活感のある魔女。
ココへ足を運ぶたびに、アリスが掃除していたなんて話も昼間していたし。
そして何より、家ではこのちびっ子が食事を作っていたらしい。
もしかしてアリス、家事能力においては結構有能なのか?
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