第13話 弱点


「はぁ……もう何が何だか」


 お婆ちゃんの家に到着した後皆揃ってお風呂に入り、全身に浴びてしまった獣の血を洗い流したその後。

 私はとにかく外に出てブーツを試した。

 コレは凄い。

 長距離移動の際に使えば、だいぶ時間短縮になる。

 しかも戦闘面においても、相手を立体的に捉えられるのは凄い事だ。

 なんて事を思いながらソレを使って飛び回って遊んでいたのだが、どうやらミリアはお婆ちゃんから魔法の教えを受けていた様で。

 思ったよりもハードだったのか、随分と疲れた様子を浮かべていた。

 生憎と私は魔法が苦手なので、しっかりとお婆ちゃんからそういう教えを授かった事は無いのだが。


「お疲れ様、ミリア。お婆ちゃんの魔法の授業、やっぱり厳しかった?」


「え? あぁ~、いえそうね。確かに難しい内容ではあったけど、今まで引っかかってた部分が納得できたと言うか。とにかく、分かりやすくて実のあるモノだったのは間違いないわ」


「その割には……何だか随分疲れてるね?」


 本日はお婆ちゃんの家にお泊りという事で、二人揃って寝間着に着替えている状態でソファーに腰かけている。

 マグカップを手に持ちながら、ズイッと身体を寄せてみれば。

 ミリアは呆れた顔を此方に向けてからため息を溢した。


「私が疲れたのはアンタの事に対してよ。ったく、聞けば聞く程とんでもない話を聞かされたわ」


「あっ! もしかして私が近くに居ないからって悪口言ってたなぁ!?」


「違うわよブワァカ。アンタの悪口を言うなら、目の前で言ってやるわ。そんな事したらローズさんが笑いながらブチギレそうだけど」


 ベシッとデコピンをされてしまったが、やはり疲れているのかやけに威力が弱い。

 しかもズズッと珈琲を啜ってから、ソファーに全体重を預けるかの様に脱力してしまったではないか。


「ミリア、本当に大丈夫?」


「そりゃこっちの台詞よ、馬鹿アリス。体調におかしな所は無い?」


「私? 何で私? いつも通りだよ?」


 はて? と首を傾げながら自らの身体に触れて確かめてみるが……やはりコレと言っておかしい所は無い気がする。

 お婆ちゃんから何を聞いたのか、ミリアは静かな瞳を此方に向けて来た。


「魔女、その血を強く引いている上に……アンタ、お母さん以上に才能を受け継いでるんでしょ? それに……もう一つあるんでしょ?」


「あぁ~なるほど、ソレかぁ。先祖返りってヤツだってね? その先祖がすぐ近くに居るから、あんまり実感ないけど」


 にへへっと笑って返しみれば、相手からは更にため息が。

 全く、ミリアは溜息ばっかりだ。


「本当に分かってるの? ローズさんが居るから、あまりこんな事は言いたくないけど。魔女ってのは人が“進化”した存在、普通とは違うという事なの。膨大な量の魔力を保有出来る上に、行使する魔術だって桁外れ。それこそ初級魔法でさえ人を殺せる程よ? しかも……今の所アンタは“魔女”に一番近い存在だと言われているらしいじゃない、更に“進化”も遂げていないのに、現状の魔力保有量が異常だっていう話を聞いたわよ?」


「全然実感ないけどねぇ、魔法自体得意じゃないし。ほら、魔力レベルだって針金お嬢様と一緒だったし」


「簡易の鑑定で見る事が出来るのは、“現在”保有してる魔力総量なんだってね? 普段から調整してるんでしょ? アンタがそんなだから“溜まり過ぎない”様に色々魔道具を作ってる上、魔法が少しでも使える様になる為に学園に出したんだって聞いたわよ? 物凄く心配してた」


「うぅ……これでも普段から、使える時には遠慮なく使ってるんだよ? だから“身体強化”とか使って、ずっと動き回ってる訳だし」


 何やらお婆ちゃんが心配させる様な事を話してしまったらしく、ミリアが妙に私の事を気遣って来る。

 こういうのが嫌だから、普段は気にしない様にしていたのだが。

 どうしたものかと、うむむと唸りながら首を傾げていれば。


「お二人さん、そろそろ寝る時間よ?」


 お酒を片手に持ったお婆ちゃんが、リビングに入って来た。

 本人はまだまだ起きている気満々の癖に、私の事はやけに早く寝かせようとするのだ。

 いつまで経っても子ども扱い。

 とはいえ、今日はそれどころでは無く。


「お婆ちゃん! ミリアに私の事話したでしょ! 心配されるのとか嫌だっていつも言ってるじゃん!」


 ウガーッと吠えてみれば、お婆ちゃんはクスクスと笑いながら隣に腰を下ろしてから、私の頭に手を置いた。


「ごめんねアリス。でも、必要な事なのよ? ミリアちゃんは貴女にとって大事なお友達なのでしょう? だったら、ちゃんとお話ししておかないと」


「でもさぁ……」


「貴女にも、いつか分かる時が来るわ」


 それだけ言って頭を膝に乗せられ、何かの魔法を掛けられてしまう。

 あ、ヤバイ。

 これ絶対強制的に眠らせるヤツだ、意思に反して瞼がどんどんと重くなっている。


「ちょ、おばあちゃ――」


「おやすみアリス、良い友達を持ったわね」


 その声を最後に、意識は夢の世界へと旅立ってしまうのであった。


 ※※※


「あの、昼間の話……本当なんですよね?」


「本当よ。この子を見ていると、とてもそうは見えないでしょうけど」


 そんな事を言いながら、魔女は膝に乗せたアリスを撫でてみせるが。

 アリスはちょっとだけくすぐったそうに身をよじっただけで、いつも通り緩い顔をして眠っている。

 本当に子供みたいだ。

 そういう感想しか残らない程、幸せそうな寝顔。

 でも。


「とてもこの子が、重度の“魔素中毒”だとは……凄く普通だし、髪の色だって……」


 魔素中毒者、それは珍しい話ではない。

 通常は空気中に漂っている“魔素”を取り入れ、体内で“魔力”に変える事で魔法を行使出来る様になる。

 しかし魔素中毒者はこの魔素から魔力に変える工程が、健常者よりも非常にゆっくりなんだとか。

 魔力を使い切ったり溜めすぎるのも毒となり、魔力に変換出来ぬまま大量の魔素を取り込んだ時に中毒症状が発生する。

 つまり魔力の取り扱いに細心の注意が必要となる上、外的要因にも気を配らなければいけない様な存在。

 そして彼等彼女等は……本当なら体毛が全て灰色、または白に染まっていると聞く。

 だと言うのに、アリスの髪色は闇夜の様な黒。

 私の様な何処にでも居る茶髪娘からすれば、羨ましいと思ってしまいそうな真っ黒で綺麗な髪の毛。


「そこだけは、“魔女”の血が色濃く残った事に感謝しないといけないわね」


「と、言うと?」


 ゆっくりとアリスの髪に指を通しながら、ローズさんは悲しそうに微笑んだ。


「この子は間違いなく“魔素中毒者”。でもここまで普通に生きていられるのは、魔女の血のお陰。一般的な彼等に比べて、キャパシティというか……許容できる容量が多いのよ。だから普段から体に異変が起きる程ではないし、魔力貯蔵の絶対量も多い事から急に発作が起きる事も少ない」


「危険に陥るまでのふり幅が大きいって事ですかね……でも魔素中毒って確か、保有魔力量が多い程発作の時に危険性が高いんじゃ……」


 呟いてみれば、彼女はクスッと微笑んでから私に小さな銃の様な物を差し出して来た。

 コレは、何だろう?

 武器という訳では無さそうだが……中心には何かの液体が入っているし。

 しげしげと眺めてから、とりあえず受け取ってみると。


「発作を抑える薬……しかもかなり強力な物よ。学園に居る間だけで良いの、もしもの時は貴女にお願い出来ないかしら?」


「えっと……」


「例え間に合わなくても、失敗しても。貴女に責任を負わせる様な真似はしないと約束するわ。学園の教師にも渡してある代物だから、本当に“もしも”程度に考えて良いのよ」


「はぁ、そう言う事なら……」


 何か、物凄い事をお願いされてしまったのだが。

 だってコレ……アリスの命を左右する代物なんじゃないのか?

 “もしも”の時に、私が失敗すれば。

 言葉通り、アリスが死ぬ可能性がある。

 いや、いやいや。

 全然分からない。

 だってコイツ、誰よりも元気だし。

 普段からヘラヘラしているし、病気とかには縁の無い人間なのかと思っていたのだが。


「魔素中毒者の寿命が短いって……本当なんですか?」


「そうね……普通の人と比べれば、ずっと短い。アレは病気云々では無く、元々の魔導回路の欠如だから。この子にとって、魔素が漂うこの世界は“常に毒を吸っている”以外の何者でもないのよ」


 彼女は、悲しい笑みを溢しながら孫の頭を撫で続けるのであった。

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