第12話 魔女との遭遇


「ほんっと、意味分かんない」


「ごめんってばぁ、謝ってるじゃん~! 痛い痛い!」


 急に魔獣に襲われたかと思えば、馬鹿アリスがド派手にぶった切った為酷い事になってしまった。

 外套を貸してもらっていなかったら、制服から血生臭い匂いが抜けなかった事だろう。

 容易に想像出来てしまう程に、頭から獣の臓物と血液を被ってしまったのだ。

 これだけでも相当な出来事だというのに、こんな簡単に魔獣に遭遇する森の中で住んでいるコイツお婆ちゃんって何者なんだ。

 称号に魔女の孫とか書かれていたけど、本当にそう言う存在?

 そういう希少な存在は基本的に隠される為、噂程度にしか街中に広がらないのが常。

 しかも私はこの街の人間では無いので、詳しい事情など全く分からないのだ。

 だというのにほとんど説明も無しに急斜面は登らせるし、外套を貸してくれた瞬間に血塗れにされるし。

 その後も熊が出たり鹿が出たり、挙句の果てに解体までする事になるし。

 もう本当に散々だという他無い。

 あぁ~くそ、鼻が馬鹿になりそうなくらいに臭い。

 という事で、この鬱憤をアリスの頭にグリグリと拳をねじ込みながら発散していれば。


「聞き覚えのある派手な音が聞えたかと思ったのに、随分と遅いじゃないアリス。怪我でもしたのかと思って迎えに来ちゃったわよ?」


 フワリと、音もなく杖に腰かけた美女が空から舞い降りて来た。

 いや、うん。

 全然状況が把握出来ないんだけど。

 誰? というか今、普通に飛んでたよね?

 浮遊魔法なんて、相当な術者じゃないと完璧に扱えない筈。

 更に言うなら、彼女の姿だ。

 とても官能的、と言って間違い無い様なドレス。

 多分男なら視線を逸らせず、女なら大いに悔しがるであろう体型を惜しげも無く晒す彼女は……まさに魔女だった。

 妖艶の魔女、それ以外に言葉が見つからない。

 美しい顔と、長い黒髪。

 これでもかと言う程身体を強調している上に、まさに魔女ですと言わんばかりのとんがり帽子。

 そして何より彼女から向けられる赤い瞳は、此方の心の奥まで見据えているかの様。

 私は……ココまで美しくも“怖い”と思う存在に出合った事が無かった。


「ま、魔女……本物の?」


「えぇ、その通り。私は魔女、流れる時に囚われず永遠を生きる化け物。お嬢さん、貴女の眼にどう映るかしら?」


 そう言って微笑む彼女を見た瞬間、背筋が凍った。

 見た目が怖いとか、そう言う事は全然ないのに。

 むしろ目を奪われてしまいそうな程綺麗だと思えるのに。

 彼女を前にした瞬間、本能で感じ取ってしまったのだ。

 “格が違う”。

 凄い人達に出合っても、こんな事を思った事は無かった。

 頑張ってどうにかなるレベルじゃない、天と地程全く違う。

 それくらいに、根本から“何かが違う”のだ。

 だというのに。


「お婆ちゃん! 来たよ!」


「おっとっと……よく来たわね、アリス。私が作った外套が二つも見えたから、遂に可愛いアリスが二人に分裂してくれたのかと思っちゃった。そしたら一人はこっちでずっと預かるのに」


「分裂って……流石にソレは」


 とんでもなくヤバそうな存在にアリスが飛びついた瞬間、彼女はどっからどう見ても保護者の顔になってしまった。

 先程までまさに“魔女”だったはずが、今では立派な祖母……ではないな、うん。

 こう言っては何だが、見た目だってアリスのお母さんより若々しいんだが。

 もはや歳の離れた姉か何かに見える。

 そしてアリスが“お婆ちゃん”と呼ぶのが、物凄く違和感がある光景。

 とにかく頭を抱えてしまいそうな状況を見ながら、思わずため息を溢してみれば。


「学園に通い始めて、早速お友達が出来たのかしら? 初めましてお嬢さん、私はアリスの祖母“ローズ”と名乗ってるの。よろしくね?」


 小さいアリスを胸に抱いた、妖艶の魔女が微笑んでいる。

 何だろう、状況に着いて行けない。

 というか、ギャップが凄い。

 この人がお婆ちゃんとか呼ばれている状況に脳みそが追い付かない。


「は、はじめまして。アリスの学友の、ミリアと申します……」


 そんな訳で、頬をヒクヒクさせながら挨拶してみれば。

 彼女からは満面の笑みが返って来た。


「いらっしゃい、大変だったでしょう? こんな山奥まで」


 あ、間違いなくアリスのお婆ちゃんだ。

 警戒心ない感じに笑う所とかそっくり。

 しかも容姿が若々しいどころじゃない上に、ニッコニコで微笑を浮かべて来る程。

 将来アリスが成長したらこんな風に……なるか? いや、ならない気がする。

 コイツは絶対ちんちくりんのままだ、間違いない。


「とにかくお風呂にしましょうか。そんな血塗れじゃ気持ち悪いでしょ? 貴女は私が送るわね」


 そんな事を言いながら、腰掛けている杖の後ろをポンポンと叩いている。

 あの、もしかして、乗れって言ってますかね?

 普通に怖いんですけど、私空飛んだ事無いので。

 などと考えつつ、ハハハ……と乾いた笑い声を溢していれば。


「ちょっとお婆ちゃん! 私は!? 走るの!? 私も送ってよ!」


 胸に抱えられたアリスが、同い年とは思えない子供みたいな様子で不満の声を上げているではないか。

 コイツ、完全にお婆ちゃんっ子だ。

 普段なら飄々としながらヘラヘラしている彼女だが、お婆ちゃんの前では我儘っ子になるらしい。

 いつも以上に見た目の年齢が幼くなってしまった。


「何言ってるの、アリスには“翼”をあげたでしょ?」


「ほぇ?」


 魔女の言葉も理解出来ないが、アリスにも意味の分からない発言だったらしく。

 私もちびっ子も、はて? と首を傾げていると。


「あぁ、なるほど……ちゃんと説明しておいたのに、忘れたわねあの子。アリス、ブーツに魔力を込めなさい」


「らじゃ」


「そしたら、階段を上るイメージで踏みこみなさい」


「……ほい?」


 間抜けな言葉を残しながらアリスが一歩踏み出してみれば。

 何という事でしょう。

 コイツ、間抜け面晒しながら空中に立っているじゃありませんか。


「“エアーハイク”、便利でしょう? これなら魔法が苦手なアリスでも、立体的に戦える。全てが足場に変わるのよ?」


「お婆ちゃん大好き!」


 空中に居たアリスがローズさんに抱き着き、再び緩い空間が広がっていくが。


「いやいやいや……何で魔道具の革命みたいな装備がポンポン出て来る訳? 魔力が尽きない限り空を歩けるって事? 全然意味分からないんだけど」


 私の脳みそでは、とてもではないが着いて行ける状況ではなかったのは確かだ。


 ※※※


「ゆっくり飛ぶけど、ちゃんと座っていてね?」


「は、はい……」


 アリスの連れて来た女の子を杖の後ろに乗せてみれば、どうやら飛ぶのは初めてだったらしく、小動物か何かの様に震えていた。

 術師ならこれから浮遊魔法を覚える事もあるだろうから、今の内から経験しておくのは良い事だと思ったのだが……もしかして、今の術師は空を飛ばないのだろうか?


「怖かったら私に掴まっていなさいな。杖に触れている限り、落ちたりはしないから安心して良いのよ?」


「何かもう恐れ多いというか……むしろ私今血まみれなので、くっ付いたら汚れちゃいますけど……」


「別に気にしないわよ。こんな森の中で住んでいるんですから、服を汚す事なんて日常惨事よ」


 妙に遠慮がちな女の子に微笑んでみれば、彼女はおっかなびっくりと言う状態のまま、私の腰にしがみ付いて来た。

 アリスは最初から空を飛ぶのに抵抗が無かったから、こういう反応はある意味新鮮。

 随分と可愛らしい術師を仲間にした様で、祖母としては嬉しい限りだ。


「それじゃ、飛ぶわよ? アリスは先に飛び出しちゃったけど」


「アイツ……新しい玩具を手に入れた子供かっての」


 ムスッとした顔で、上空を飛び回っている孫娘を睨む少女。

 ミリアさん、と言っただろうか?

 二人で話している時は随分と砕けた様子だった事から、気の置けない関係というものを築けているのだろう。

 思わずクスクスと笑い声を溢してから、ゆっくりと杖を上昇させていく。

 地面から足が離れた事で、より一層此方にしがみ付いて来た彼女だったが。

 それでも。


「凄い……全然不安定な感じがしない」


「でしょ? 浮遊魔法というのは、杖だけを浮かせている訳じゃないの。そんな事をしていたら、ちょっとした不注意で落下事故が起きるからね。道具に術を掛け、ソレに触れている全てを浮かせる。つまり乗り物に乗っているのではなく、私達自身を飛ばしている訳ね」


 随分と感動した瞳を向けて来る彼女に、思わずうんちくを垂れてしまったが。

 ミリアさんはキラキラした瞳で話題に食いついて来た。

 若くとも術師、という事なのだろう。


「つまりこうして杖に座らなくても飛べるって事ですか? 例えば、杖を掴んでいるだけで体は外に出してしまっても……」


「大丈夫よ? 杖に触れてさえいれば、空を泳いでいるみたいに飛ぶ事も出来る。でも、疲れるからやらない方が良いわ」


「あぁ、そういう理由で座ってるんですね……杖とか、昔は箒とかに跨って飛ぶのが魔女ってイメージでしたけど、現状横向きに腰掛けてるだけですもんね。確かにコレなら道具にしがみ付く必要も無いのか……」


 なるほどとばかりに、ウンウン頷いている彼女だったが。

 あまりお堅い話ばかりでは、私に気を許してはくれないだろう。

 この子はアリスのお友達なのだ、だったら私だって気兼ねなく仲良くしてほしいというもの。


「杖に跨って飛ぶ方が、本来は一般的ね。何かに攻撃されたり、高速移動する時に道具から間違っても手を放さない為に、という理由があるけど。でも今の私や貴女は、やらない方が良いわよ?」


「それは何故です? 外敵が居ないからですか?」


「試しに跨って御覧なさい」


 ちょっとした悪戯心で、そんな事を促してみれば。

 彼女は結構好奇心が旺盛なのか、すぐさま体勢を変えて杖にまたがり始めた。

 もはや飛ぶ事に恐怖無いようで、知らない事に夢中になっている様だ。


「跨りましたけど……いや、特に変化無いですよね? 身体そのモノが飛んでいる訳だから、お尻が痛くなるって感じでもないですし」


 肝心な所に気が付いていないらしく、彼女は首を傾げたまま此方を覗き込んで来る。

 どうやらこの子、魔術の事になるとあまり周りが見えなくなるな?

 自らの状況をまるで理解していない様なので、クスクスと笑っていれば。


「ミリア! 下からパンツ丸見えだよ! その乗り方するならズボン履かないと!」


 私達の周りを飛び回っていたアリスからそんな声が上がってしまい、彼女は慌てて横座りに戻る。


「こういう事、街中で飛ぶ時は余計に気を付けてね?」


「そういうのは言葉で教えてください……」


「フフッ、ごめんなさい。でも見られたのなんて、アリスと森の獣くらいだから」


「そう言う問題じゃないです!」


 どうやら随分と距離が縮まったらしく、ミリアさんは真っ赤な顔で不満を口にする。

 いやはや、面白そうなお友達で何より。

 可愛い孫が連れて来たのだ、私にも気軽に絡んで来るくらいに仲良くなっておかなくては。

 それこそアリスとは普段会えないのだ、お休みの度にお友達を連れて来てくれるくらいはして欲しい。

 なら、この子もまたウチに来るのが楽しみになるくらいもてなしてやろうではないか。

 そんな事を考えながら、私達は揃って我が家へと向かうのであった。

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