第11話 野生児


「ねぇ……何かの冗談よね? まだ歩く訳? この山道」


「もうちょっとー」


「その台詞もう何度も聞いたわよ! 何処にあるのよアンタのお婆ちゃんの家は! 何で私休日に登山させられてる訳!?」


 ミリアを連れて出かけたまでは良かったのだが、門を抜けていきなり森の中を突き進んだ辺りからドン引きされっぱなしだった。

 街の外とは予め言っていた筈なのだが、まさか徒歩で行くとは思わなかったらしい。

 まぁ普通だったら、街の外に出たら乗合馬車とか使うもんね。

 街道だったら魔除けとか獣除けとか張られているけど、今は完全に山道だし。

 道らしい道が無い所だってある、本当に獣道。

 むしろ私が道だと感じているだけで、一般的にはただの山なのだろう

 私は昔から通っているからなんともないけど、ミリアには少々辛そうだ。

 とはいえお婆ちゃんの家の近くには街道なんて無いので、歩き以外に訪れる手段が無いのだが。


「アリス、さっきからどんどん森の奥へ入ってるけど……その、魔獣とか大丈夫なの? 私まだ実戦経験とか無いんだけど。あと、実は迷いましたなんて事無いわよね?」


 周囲を警戒しながらキョロキョロしているミリアが、不安そうな顔を浮かべて私の外套を引っ張って来た。

 いつもだったら堂々としているのに、ちょっとビクビクしているのは珍しいというか。

 その姿を見て、今更ながら気が付いた。


「あっ、そっか。ミリア制服のままだもんね、私の外套の予備貸してあげる」


「へ? 外套? そのやけに真っ赤なヤツ、だよね? 何で?」


「汚れちゃうと困るでしょ?」


「あぁ、制服がって事? えぇと、ありがと」


 バッグから予備を引っ張り出して渡してみれば、彼女は一応納得したという様子で外套を羽織る。

 私の物なので些かサイズが小さいが、着られないという事は無さそうで良かった。

 よしよし、これで問題は無い筈と頷いていれば。


「で、結局魔獣とか大丈夫なの?」


「うん? その為の外套だよ?」


「ごめんねアリス、さっきから全然分からない。というか話が食い違ってる気がする」


 あれ? とばかりに二人揃って首を傾げてしまった瞬間、草木の影から数匹の狼が顔を覗かせた。

 随分とお腹を空かせているのか、ガルルッと物凄い声で唸っておられる。


「ちょっと!? 普通に魔獣出るじゃない! アレ暴食狼よ!?」


 慌てた様子のミリアが杖を構え、詠唱を開始した。

 やはり魔法の扱い方が上手いって、素直に思える。

 瞬く間に杖の先に魔力は集まり、とても綺麗に混ざり合って魔法というモノに変わっていく。

 思わず「おぉ~」なんて声を上げて拍手していれば、杖の先から水弾が打ち出され一匹の狼を仕留めた。

 やっぱり魔法使いは凄いなぁ。

 実戦が初めてと言っていたのに、正確に一撃で仕留めてしまうんだから。

 生物を仕留める様な水圧って何? この威力、私には真似できないねぇ。

 初級魔法くらいなら使えるけど、攻撃の役には立たない程度だし。


「アリス! 逃げるわよ! 私の魔法だけじゃ全部仕留めきれない!」


「いつもみたいに、足元を泥沼に変えるとかは?」


「こんな斜面だらけの山の中でそんな事したらどうなるか分からないわよ! 土砂崩れでも起こすつもり!? それにまだ隠れてるヤツが居るかもしれない! 私達の逃げ場が制限される事にもなる!」


 という事らしく、彼女は残る相手に杖を構えながらジリジリと後退していく。

 つまりはまぁ前衛が相手した方が、都合が良いということらしい。

 であれば、やりますか。

 いつもの事だし。


「ちゃんとフードまで被っておいてね、ミリア」


 それだけ言ってバッグから二本の長剣……今更だけど長剣って言って良いのかな、コレ。

 黒いチェーンソーを取り出し、魔力を流し込んでトリガーを引いた。

 すぐさま細かい刃が回転し始め、ギャリギャリと凄い音が上がれば狼達も此方に視線を向けて来る。


「ちょっと本気!? しかもそんなデカい音立てたら他の魔獣だって――」


「お久し振り、狼さん。今日も私のお小遣いになってね? 君達の毛皮は、結構良い値で売れるから」


 呟いた途端、一匹の狼が襲い掛かって来た。

 相変らず素早いし、フェイントまで入れて来る。

 でも、もう短剣じゃないからこっちも遠慮なく動けるもんね。


「どっせぃ!」


 大袈裟に振り回したブラックローダーに、チョロチョロと動き回っていた狼が巻き込まれた。

 物凄い勢いで回転している刃は相手の毛皮を簡単に引き裂き、肉と骨も呆気なく断ち切ってみせる。

 やっぱりこの武器は凄い、物凄く切れ味が良い。

 もはや切れないモノなんて無いんじゃないかと思ったりもするが。

 やはり、獲物に合った“斬り方”というモノがある訳で。


「あっちゃ、狼さんに使うには大袈裟すぎるのかな……グチャグチャになっちゃうね」


 相手の胴体を真っ二つにしてしまい、返り血を浴びるどころか血の雨が降って来たかの様。

 そもそもゴツイ刃のチェーンソーで切断したのだから、当然予想すべき事態ではあったのだが。

 残念な事に、毛皮なんかも無残な事になってしまった。

 内臓なんかもそこら中に飛び散っちゃって、えらい事になってるし。

 これではもう、とてもじゃないが良い金額にはなりそうにも無い。


「なっ、は? いや、あの……アリス? アンタ今狼より速く動いた?」


 更に悪い事は続くもので、斬り飛ばした狼の半身はミリアの近くに飛んで行ってしまったみたいだ。

 その身を真っ赤に染めながら、驚いた顔で口をパクパクさせている。

 いやはや、外套を渡しておいて良かった。

 制服のままだったら、とんでもない事になってしまっていただろう。

 とはいえそっちは後回し、あまりよそ見ばかりしていて齧られてしまっては元も子もないので。

 まだ残っている狼さん達を相手にしてあげないと。


「さてさて、残りの狼さんはどうするのかな? この剣じゃあんまり綺麗に狩れないみたいだから、正直どっちでも良いけど」


 言い放ちながら剣を向けてみれば、明らかに怯えた視線を向けて来る獣達。

 まぁ目の前で同族が真っ二つにされたら、普通ビビるよね。

 という事で……あえて大袈裟に剣を振って、付着した血液を振り払ってみれば。


「ありゃりゃ、逃げちゃった」


 残りの獣たちは一目散に草木の中へと走って行ってしまった。

 周りで此方を観察している気配も無いし、完全に戦意喪失かな?

 解体もあるから、あまり多くを狩ってしまっても作業量的に此方も困るので追うつもりは無い。

 とはいえ、今回は真っ二つになってしまった。

 血抜きは早く終わりそうだけど、問題なのは毛皮の買い取り価格。

 とんでもなく下がりそうだなぁ……というか売れるだろうか?

 肉なんかも普段は回収していたが、今回は内臓までばっさり両断してしまったのでどうする事も出来ないだろう。

 こればかりは、反省する他あるまい。

 はぁ……と大きな溜息を溢してみれば、ミリアからは普段以上の勢いで引っ叩かれてしまった。


「違う! そうじゃない! 確かに助かったけど、そうじゃないわよね!? 普通!」


「え、えぇ? それじゃどうすれば良いの?」


 ひたすら困惑しながらも、ブラックローダーをマジックバッグに仕舞い込んだ。

 だって、襲い掛かって来たら……ねぇ? 狩るしかないじゃん?

 後、鰐と熊も探さないと。

 という事で気持ちを切り替え、その後もズンズン進んでみれば。


「あ、熊発見。お肉ー!」


「だからさぁぁ! アレも魔獣! 魔獣なの! 普通は一人で突っ込んで行く相手じゃ無いの! 待てコラ馬鹿アリス!」


 そんな訳で、道中ミリアからはお説教を受け続ける事になってしまった。

 御小言を洩らしながらも、戦闘にも協力してくれたし。

 討伐が終われば解体も手伝ってくれるんだから、ミリアって本当に真面目だよねぇ。

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