第10話 初めてのご招待


 休日、ソレは大人になると非常に貴重な一日になるらしい。

 未だ学生である私には「今日は授業が無くて、あんまり友達と会えない日」くらいの認識でしかないが。

 という訳で、本日は休日。

 基本的に全寮制の為、家に帰るなら休日に帰るしかない。

 我が家はそう遠くない場所にあるので問題ないが、ミリアは国の外にお家がある為距離的に気軽に帰れないって言ってた。

 意外とそう言う人も多いらしく、寮には結構な人数が残っている様だ。

 そんな訳で。


「じゃぁウチに遊びにおいでよミリア!」


「えぇ~……どうしよっかな、手土産とか買える程お金に余裕ある訳じゃないし……」


「要らないよそんなの、遊びに来るだけだし」


 若干渋い顔をしていたミリアを何とか説得して、連れ出す事に成功。

 歳の近い友達とか居なかったから、ちょっと憧れていたのだ。

 誰かを家にご招待する事に。

 ルンルン気分でミリアを連れて、到着した我が家の扉をズバンッと勢い良く開いた。


「お母さんただいまぁ! お婆ちゃん帰って来てるー?」


「アリス……お母さんは悲しいわ。挨拶の二言目にはお婆ちゃんなのね?」


 よよよっと大袈裟に泣き崩れる演技を始めるお母さんを無視して、キョロキョロと周囲を見渡してみれば。

 なんかある。


「ねぇねぇお母さん、コレは?」


「あ、それね。お婆ちゃんがアリスに渡してくれって。試作品だから、気を付けて使ってねって言ってたわよ? あとは~何だったかしら? 何か言ってたけど忘れちゃった」


 玄関に置かれた黒い布の包みを開けてみれば、中から出て来たのはブーツ。

 ゴッツい、滅茶苦茶ごっつい。

 黒い革だけではなく、ガッツリベルトで固められている上に装飾が付いている。

 コレで蹴られただけでも怪我をしそうだ。


「なにこれ凄い! 履いて良い!?」


「いいわよぉ~? ところでアリス、そちらのお嬢さんは?」


「はっ! しまった!」


「お婆ちゃんの事になると、すぐ周りが見えなくなるんだからこの子は……」


 おっとりとした様子の母にチョップを頂いてしまい、慌ててミリアの手を引いて家の中に招いた。


「ミリア! 友達! 魔法が凄いんだよ!」


「そんな短縮呪文みたいな紹介しないの、お友達も困ってるじゃない」


 再びズビシッとチョップを頂いてしまったが、今度は結構威力が強い。

 これはしっかりと紹介しないのは失礼だって事なのだろう。

 ウチの母は笑いながら叱って来るので、こういう所で気付けないと後で痛い目にあうのだ。

 流石は魔女の娘、私と同じでとても物理。

 魔女って何だっけ。


「えぇと……初めまして、ミリアと申します。アリスさんには学園でお世話に……お世話に? なっております、はい」


「どちらかと言えばお世話してもらってる感じかしらね? ごめんなさいね、ミリアちゃん。ウチの子適当だから大変でしょう?」


「あぁ~いえ、その……まぁ、ははっ」


 先程から若干口籠るミリアと、やっぱりかと言わんばかりに呆れた瞳を向けて来る母。

 非常に遺憾である。

 確かにミリアにはいつも助けてもらっているけど、授業中に寝落ちした時とか。


「とにかくいらっしゃい、ゆっくりして行って下さいな。それとも二人でお出掛けでもするのかしら?」


「いえ、コレと言って予定は決めておりませんのでお邪魔する事になるかと。すみません、手土産の一つでも用意しようかと思ったのですが……ちょっと、手持ちが……」


「そんなの若い内から気にしないの、気軽にいつでも遊びにいらっしゃいな。どうぞどうぞ、すぐお茶を淹れるわね」


 そんな会話が繰り広げられ、そのまま室内へと案内されていくミリア。

 う~む、私としては早くお婆ちゃんがくれたブーツを試してみたかったのだが……まぁ、仕方ないか。

 とりあえずは、家にお招きした友人に楽しんでもらおうではないか。


 ※※※


「へぇ~あの学園も面白い所ね。専門知識を教える所は多いけど、そんなに色々教えてくれるんだ」


「はい、本当に誰でも入学出来るっていう謳い文句は嘘じゃないみたいで。でも貴族と平民が入り混じるのは……未だにちょっと慣れませんけど。あ、あの……お家も立派ですけど、本当に貴族階級の方ではないんですか?」


「ウチは貴族階級なんて持ってないわよ? 普通~の一般市民ですとも」


 お母さんがお茶とお菓子を用意してくれてから、ずっとこんな感じで二人は喋っていた。

 凄いなぁミリア。

 年代が違う上に、今日初めて会った相手に対して話題が尽きないって。

 こういうのをお喋り上手って言うのだろうか?

 私と喋る時と随分と態度が違うというか、物凄くしっかり者って感じで言葉を紡いでいるが。


「どうしたのよアリス、ボケッとしちゃって。久し振りの実家なんだから、アンタの方が色々報告する事あるでしょうに」


 あ、いつものミリアに戻った。

 その様子を見て、お母さんもクスクスと笑っているし。


「んー、報告……報告かぁ。授業が眠い、とか?」


「それは報告では無く個人的な感想ね……というかせっかく帰って来たのに、親御さん心配させる様な台詞吐くんじゃないわよ」


 ズビシッとチョップを頂いてしまう。

 おかしいな、母の癖がミリアに伝染してしまった気がする。

 そんな事を思いながら、一人ボケッとしながら二人の事を眺めていれば。


「ねぇアリス、お休みの間にお婆ちゃんの所に行く予定はあるかしら?」


 ニコニコと微笑む母が、何やら悪戯を思い付いた様な表情で此方を覗き込んで来た。


「うん、というかお茶が終わったら行ってみようかなって思ってる。このブーツの事も気になるし」


 貰ったばかりのブーツをベシベシと叩いてみれば、ミリアも興味深そうな視線を向けて来る訳だが。

 一見しただけでは普通の靴にしか見えない。

 些か派手だが、使い方が分からなければただのブーツ。

 が、しかし。

 あのお婆ちゃんがくれた物なのだ、ただの靴な訳が無い。

 きっと何か秘密がある筈なのだ。


「えぇと、お婆様は別居していらっしゃるのですか?」


「あの人変わり者だからねぇ。人が多いと新作の魔法が使えないとか言って、ほっとんど国の外。でも魔術の達人でもあるから、ミリアちゃんには良い刺激になるんじゃないかしら?」


 と、いう事らしく。

 私は再びお婆ちゃんの家へとお使いを頼まれてしまった。

 持って行くのは食料とお酒、とにかくお酒。

 好きだからなぁ、お婆ちゃん。

 なんて事を思いながら、マジックバッグに色々と物を詰め込んでいると。


「ねぇアリス、アンタの称号……魔女の孫とか書いてあったけど。それって比喩か何かよね?」


 そんな事を耳打ちされてしまった。

 コレはちょっと、お婆ちゃんに会わせたら面白い反応が見られるかもしれない。

 フッフッフと不敵に笑い、彼女の質問に答えぬまま家を飛び出してみれば。


「いってらっしゃい、二人共。道中気を付けるのよ? 狼とか熊とか、あ~最近は水辺に鰐も出るっていうから、いつもよりちょっとだけ気を付けるのよー?」


「らじゃー! いってきまーす! 食べたかったらその辺狩って来るよ! いつもの解体場に持って行けば、精肉作業もしてくれるし」


「じゃぁ熊と、出来れば鰐をお願い。あんまり食べた事ないのよねぇ」


 普段通りの言葉を交わす私達を他所目に、ミリアはペコッと頭を下げてから。


「え、えっと……行ってきます、お邪魔しました……ってちょっと待った、狼に熊に鰐って。アンタ今何処へ向かおうとしてんの?」


「行ってらっしゃい、ミリアちゃん。気を付けるのよぉ?」


「あ、あのぉ……」


 愉快な会話を繰り広げつつ、私達は街の外までズンズンと踏み出していくのであった。

 目指せ、お婆ちゃん家。

 ついでに水辺に寄って、鰐を狩って行こう。

 精肉所の人から、鰐はお腹とかの肩回りとか美味しいって聞いたし。

 お母さんが焼くと、炭になっちゃいそうだけど。


「アリス……その、本当に平気なのよね?」


「へーきへーき、いつも散歩がてら通ってる道だから」


 そんな事を言いながら、私達は山道を歩き始めるのであった。

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