第8話 不器用な男


「フンッ! せぃっ!」


 その夜、寮の中庭で大斧を振るっていた。

 周囲には俺と同じ前衛人が、自主訓練を繰り広げている。

 圧倒的に男性率が多く、非常に落ち着く。

 普段からこんな環境で生活していたからこそ、こういう場所の方が慣れているのだ。

 男女が入り混じるクラスに居るという環境の方が、俺にとっては落ち着かない。

 とはいえ……そんな感覚を持っていたからこそ、驚いたのも確かだ。

 アリスにミリア。

 あの二人は、凄い。

 小さい方の彼女は、挑んでも勝てるかどうかという圧倒的な攻撃を放って見せた。

 あんな存在、これまで見て来た戦士たちにも居ないタイプだ。

 猫みたいに素早く動いて、圧倒的な一撃を繰り出す。

 俺の家では魔法よりも武術を優先してきたからこそ、彼女は分かりやすかった。

 とにかく真っすぐで、何処までも実力を伸ばしていくタイプ。

 共感に近い何かを感じたし、本人の性格も竹を割ったかの様に一直線。

 何より、見た目と性格がアレなのであまり緊張しなくて済む。

 性格の事もあり、俺の見た目でも怖がらずに話しかけて来てくれる親戚の子供みたいだ。

 そして……問題はミリア嬢。

 彼女を思い出すと、カッと顔が熱くなる様だ。

 別に恋をしたとかそう言うのではない、同い年の女性に自分から声を掛けてしまったという羞恥心が思い出されるのだ。


「フンフンフンッ! せぇぇい!」


 その気持ちを心から追い出す為に、ひたすらに斧を振るった。

 ブンブンと風を切る音が鳴り響き、大袈裟に動き過ぎたのか周りかも注目を浴びてしまったが。


「すげぇなオイ……新入生か?」


「良い身体してんじゃねぇか、ウチの前衛にスカウトするか?」


 なんて声も聞こえて来たりするが、武器を振り回している為今の所声を掛けて来る者は皆無。

 それに例え男達でも、知らない者からすれば近付き辛いと感じる見た目をしているらしい、俺は。

 それは自覚している。

 身体はデカいし、眼つきも悪い。

 だというのに。

 本日、女性を誘ってしまった。

 共にパーティを組んで欲しいと。

 この見た目で。


「うぉぉぉぉっ!」


「おぉ、更に速くなった」


「鍛えてんなぁ……」


 今思い出しても、顔から火が出るかと思う程。

 でも、ちゃんと言えた。

 仲間になってくれと、しっかりと言葉に出来た。

 バクバクと煩い心臓を無視して、言いたい事を言葉に出来たのだ。

 良くやった、俺。

 頑張った、俺。

 普段だったら考えられない程の偉業だ。

 そして何故そこまで勇気を出したのかと言えば。


『良いですかお坊ちゃま。魔法は、綺麗に使ってあげないと可哀そうなんですよ? 強い魔法を使えても、雑に扱えば“汚く”なってしまうモノです』


 そう言って、俺の世話係のメイドは笑っていた。

 結構な高齢だというのに、綺麗な笑顔を向けて来る人だという印象しか残らない。


『坊ちゃまはあまり魔法が得意ではない御様子ですが、“身体強化”だって綺麗に使ってあげれば、もっともっと強くなります。ホラ、こんな風に。“眼が良い”坊ちゃまなら、どう違うのか見えるでしょう?』


 彼女が得意なのは、植物を操る魔法。

 その人が使う魔法は、とにかく綺麗だったのだ。

 放出する魔力、魔法として効果を発揮するまでの工程。

 そして、結果さえも。

 庭に咲いた花々に対して、彼女はよく魔法を使っていた。

 弱った花や、病気になってしまった植物。

 そう言った物に、彼女は“補助”として力を使っていた。

 彼女が術を行使した後の花は、すぐに満開の色取り取り元気な姿を見せる。


『魔法とは、技術です。叩きつければ、相手は痛がってしまう。優しく包み込む様に、促す様に使ってあげれば相手も答えてくれる。私は花々を傷付けない様に術を行使しますが、坊ちゃまは自らに術を使う。だったら、もっと優しく使いましょう? 自らの肉体でも、労わって使ってあげないと可哀そうですよ?』


 それが、彼女の教えだった。

 だからこそ、俺に出来る魔法は全て丁寧に扱う様心掛けた。

 その結果、適性のあった“身体強化”系の魔法はグングン成果を伸ばしたと言う訳だ。

 これが魔法の正しい使い方。

 メイドの彼女は決して凄い術師とか、魔術の教員という訳ではない。

 でもこの教えが間違っていないと思ったからこそ、続けて来た。

 そしてその最終系とも呼べる存在が、本日目の前に現れたのだ。

 同級生の、ミリア。

 彼女の使う魔法はとにかく“綺麗”だった。

 自らの持つ魔力を放出する姿も、周囲の魔素を操作する姿も。

 俺の目には、まるで精霊が彼女を祝福しているかの様に見えた程。

 大気を躍る魔力や魔素は優しく彼女を包み込み、指定された場所へとそよ風の様に注ぎ込まれる。

 成功するか、失敗するかなんて心配するよりも前に状況が整ってしまった。

 大地を震動によって柔らかくして、土に水分を大量に混ぜるという魔法のミックス。

 簡単な魔法と言われるソレだが、二つの魔法を混ぜ合わせた上にアレだけ自然と行使出来るモノは少ないだろう。

 簡単に見えて、極める者は少ない技法。

 初歩の初歩、どこまで“魔力の放出”を丁寧に扱うか。

 普通なら術が発動さえすれば成功とされ、既に使える魔法をより綺麗に扱えるよう何度も模索する者はほとんど居ない。

 そんな暇があるのなら、新しい魔法を覚えようと努力する事だろう。

 しかし彼女の魔法は、どれほど研究を重ねたのかと思ってしまう程“完成系”に近かった。

 まるで無駄な力を使っていないかの様に見える、どこまでも自然体で「魔法とはこういうモノだ」と見せつけられた気分だった。

 それは、ウチのメイドの微笑みを思い出させた。


「“ガウル”、お久し振りです。ちょっと良いかしら?」


 彼女の姿ばかり思い浮かべながら大斧を振るっていれば、背後からそんな声を掛けられた。

 誰かは分かっている。

 クラスでも一躍有名となっているエターニア嬢。

 家の付き合いもあり、昔から知っている彼女だが……学園に来てからは、少々印象が変わったのも確かだ。

 恐らく彼女なりに、この環境を利用しようとしているのだろう。


「……」


「率直にお尋ねしますね。私のパーティに入って貰えないかしら? 貴方程のタンクが居れば、安心感が桁違いです」


 夜会などで見た彼女は、とにかく雲の上の存在の様に思えた。

 誰から見ても優雅で、まさに貴族という立ち振る舞い。

 俺なんかと違って愛想も良く、誰とだって上手く話を合わせて敵を作らない女性。

 そんな彼女が、俺に声を掛けて来ている。


「……」


「貴方がかなりの武闘派で、我々の様な存在を毛嫌いしている事は知っております。しかし、私達のパーティには貴方の様な存在こそ必要なんですわ。どうか、共に戦っては頂けないかしら」


 違う、違うのだ。

 別に俺は貴族の事が嫌いとか、そういうのは無い。

 だがしかし、エターニア嬢は……とにかく綺麗なのだ。

 クラスの中では針金がどうとか言われているが、美貌と言う意味では群を抜いていると言う他無い。

 そんな女性と、面と向かって話が出来るだろうか?

 はっきり言おう、無理だ。


「……断る」


 申し訳ない、俺はもう他の人にパーティを申し込んでおり、貴女のお誘いをお受けする事は出来ません。

 非常に光栄ではあるのですが、多分緊張し過ぎて全然役に立たないと思いますので、他の方を誘ってください。

 そう言う意味を込めて、短い言葉で返事をしたのだが。


「そう言われるのは分かっていましたわ。でも、貴方でなければ駄目なのです。周りの面々を見たでしょう? 前衛を務めているのは、お飾り武術で“極めた”などと口にする連中ばかり。貴方の様な、“本物”が必要なのです」


 ありがとうございます。

 そこまで認めて貰えているとか、身に余る光栄な上に嬉し過ぎて泣きそうです。

 でも、俺は多分緊張し過ぎで吐きます。

 キラキラした人たちの中に、俺みたいな筋肉馬鹿を放り込まないで下さい。

 アリスなら特に気を使わないし、ミリアは俺が憧れて此方から声を掛けた様な存在。

 あの二人ならどうにか頑張って会話出来ますが、皆様とは無理です。


「……無理だ、死人が出る」


 主に俺が死ぬ。

 という事で、俺なりのお返事を返してみれば。


「やはり貴方も、貴族の面々の戦闘力不足を嘆いているのね……分かりました。ひとまず此方は此方のパーティを組んで、実力を証明致しますわ。そして、貴方のお眼鏡にかなったその時には……私と共に、戦ってくれますか?」


「……検討する」


 主に、面々を見てから。

 仲間が男だらけなら、まぁ……俺でも何とかなるかもしれない。

 とはいえ既にパーティを申請してしまっているので、そう簡単に移ったりは出来ないとは思うが。


「相変わらず貴族らしからぬ堅物ですわね、ガウル。そう言う所も、私は好ましいと思いますけれど」


「冗談でも、そういう事は言うモノじゃない……」


「そうですわね、誰が聞いているかも分かりませんから。では、本日はこれで。でも諦めませんからね? ガウル」


 それだけ言って、彼女は静かにその場から去って行った。

 その足音が遠ざかってから、思い切りブハァァっと息を吐き出してみれば。

 同時に全身から汗が噴き出した。

 め、滅茶苦茶緊張した……急に彼女から声を掛けられるって何だ。

 しかも向こうからパーティに誘って来るとか。

 もしかして、俺は夢を見ていたのか?

 そんな事を思いながら、再び斧を構えてみると。


「新入生、モテモテで羨ましいね」


「どうだい? 先輩達と一手、手合わせでもしてみないか? 気に入ったぜお前」


 カッカッカと軽快に笑う先輩達が、声を掛けて来てくれた。

 コレは有難い。

 女性と話すのは苦手だから、交友関係をどう広げようか悩んでいたのだ。

 でも、男性となら普通に話せる。

 だからこそ、深く頭を下げて彼等の誘いに乗った。


「是非、お願い致します先輩方。若輩者ですが、ご教授頂ければと思います」


「おっと、これはまた。思ってた以上にしっかりしてそうだ」


「んじゃ、やるか。俺等は二年だから、たまに合同授業とかあるかもな。よろしく! えぇと……ガウル、で良かったか?」


「はい! ガウルです! どうぞ、今後ともお見知りおきをお願い致します!」


 という訳で、俺の学園生活は順調にスタートしたのであった。

 先輩達とも刃を合わせ、互いに笑い合える程仲良くなったし。

 今までの俺では考えられなかったが、女子にも声を掛けた。

 更に言うなら、あのエターニア嬢にも声を掛けてもらった程だ。

 学園を経験して変わる者も多いと聞くが、きっと俺もここから変われる筈だ。

 そんな自信が、ちょっとだけ付いたのは確かだった。

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