第7話 お誘い


 彼女が色々とやってくれた後は、とんでもなく静かに実技試験が粛々と続いた。

 それはもう、非常に慎ましく。

 当たり前だ。

 誰しもがポコポコ魔法やら剣やらを当てては去っていく中、的半分を消し飛ばした金髪針金お嬢。

 そして更に三等分ぶった切ったチビッ子が居るのだから。

 誰も彼もが「私の攻撃、弱すぎ?」ってな雰囲気になってしまうのは仕方がない。


「アンタさ……マジで何? 実は超お金持ちで、あのお嬢と同じ様に魔道具大量に使ってたりする?」


「だから、普通の平民だってば。道具は武器だけだよ?」


「アンタも武器も普通じゃないから聞いている訳よ……」


 隣に座る小さいのに思いっきりため息を溢してみれば、相手は不思議そうに首を傾げている。

 多分、本人の中ではコレが普通なのだろう。

 ならば聞き方を変えるべきだ。


「アンタが今凄い事をやったってのは分ってる?」


「一応斬り飛ばしたからね、頑張ったよ! でもアレはブラックローダーがあったからだし」


「ブラック……なんて? あの武器の事? あんなの何処で手に入れたのよ……」


「お婆ちゃんからの誕生日プレゼント! あと入学祝い!」


「うん、もう良い。全然分からない」


 もはや理解しようとするだけ無駄なのだろう。

 ぶはぁぁと大きなため息を吐いて項垂れてみると。


「隣、良いだろうか?」


 やけに体のデカい男子が話しかけて来た。

 確か……最初に攻撃した人だった気がする。

 同世代だよね? と言う事は十五歳なんだよね?

 ホントに? なんて思ってしまう程、体が大きいんだが。


「どぞー」


 アリスの馬鹿が軽い返事を返せば、彼は静かに頭を下げて隣に座って来た。

 威圧感が半端じゃない、身長とか2メートル近くありそう。

 というか何で私を挟んで座るのよ。

 大中小でバランスよくなってしまったけど、絶対アンタが用事あるのアリスの方でしょ。

 私は大した事無い平民なんだから、いちいち私を巻き込まないでくれると嬉しい。


「先程の攻撃、凄かった。正直、驚いた」


 彼がポツリと呟けば、私を挟んだ位置に座っているアリスがニヘッとばかりに表情筋を緩める。


「ねぇ、凄かったよね。あんなに綺麗に使う人、なかなか居ないよ」


 コイツは何を言っているんだ。

 それは自画自賛している感じなんだろうか? ちょっとイラッとするぞ?

 思わず眉を顰めながら、アリスの事を睨んでいると。


「ミリアは魔法の使い方が丁寧だね。私は全然だからさぁ……いつもお婆ちゃんに怒られてる」


「いや、今は私の話なんて……」


「見事だった。相手を倒すには強い力、強い魔法を。そんな事ばかり考えていた自分が情けない。君の魔法は、とても綺麗だ」


 何か、良く分からない追撃が反対側から迫って来たのだが。

 思わず目を見開いて、隣のデカいのを見上げてしまったではないか。


「い、いや、え? さっきからアリスの話をしてるんじゃないの? 何か私に矛先が向かってない?」


 おどおどしながら両サイドに視線をウロウロさせてみれば。

 一方からはニヤケ顔が、もう一方からは非常に真剣な顔が迫って来た。


「最初からミリアの話だよ?」


「その通りだ。そちらの小さい方の彼女にも度肝を抜かれたが、感動したのは間違いなく君の技だ。だからこそ、こうして勇気を振り絞って声を掛けている」


「うん、少し待とうか。そもそも勇気を振り絞りながら声を掛けているって何よ。貴方貴族でしょう? だったら女の子の扱いなんてお手の物でしょうに」


 とかなんとか、彼等の言葉に続いて声を返してみた結果。

 彼は、真っ赤になりながら顔を逸らしてしまった。

 そして、もにょもにょした小声で。


「俺は、女性が苦手なんだ。あぁいや、嫌っている訳ではない。だたその、なんだ。恥ずかしいんだ。男ばかりの家庭で育ったからな……母と年老いた専属メイドくらいとしか、ちゃんと話した事がない……」


 おい巨体、おい筋肉。

 見た目と言動が全く一致して無いぞ、大丈夫か?

 顔も厳ついし眼つきも鋭いから、むしろオラオラしてそうな雰囲気が漂って来ているのに。

 もはやデカいだけの小動物みたいな雰囲気が漂っているぞ。

 デカい小動物ってなんだって私自身も思ってしまうが、今はどうでも良い。


「あぁ~その、何と言えば良いのか。貴族にも貴方みたいな人居るんですね……皆威張り散らしているのかと思ってました」


「ソレが出来たら、どれ程よかったか……ウチは武闘派なんだ。家名を名乗っても苦笑いを浮かべられるか、怖がられる事の方が多い」


 率直な感想を述べてみれば、彼は急に落ち込んだ様子を見せる。

 不味い、良く分からないけど悪役になってしまった。

 反対側から小声で「フォロー! フォロー!」とか聞こえて来るし。

 あぁもう、うっさい。

 貴族の慰め方なんて知らないわよ、遠慮しないアンタの方が得意でしょうが。

 などと思いながら、改めて彼を覗き込んでみれば。

 まだ何か言いたそうにモニョモニョしておられる。


「そ、それで? 結局褒めに来てくれただけですか? だとしたらありがとう、これから一年よろしくお願いします。って所なんだけど……」


 ありがとうございました、で済むのかなと思っていれば。

 彼は全力で首を左右に振り始めた。

 凄いな、筋肉があるだけ首を振る速度も速いのか。

 もはや何かのトレーニングかって程に、勢いが凄い。


「野外訓練や実技試験の際、パーティを組む事があるそうだ。その時、是非俺と組んでもらえないだろうか? 俺は見ての通り体を張る事くらいしか出来ないが……君の様な術師が後ろに居てくれれば、心強い」


「はいはーい! 何それ面白そう! 私も混ぜて!」


 なんか、凄い事言い始めたぞ。

 しかも両サイドが。

 小さい方はコレと言って何も考えていない様子が見て取れるけど。


「え、あの。ちょっと待ちましょうか。それってまだまだ先ですよね? だというのに、今決めてしまって良いんですか? それに私なんかと組んだら、周りに何を言われるか分かったモノじゃありませんって。何考えてるんですか?」


 ちびっこの方は本当に何も考えていない御様子で、まん丸お眼目をクリクリさせながら首を傾げている。

 本当に猫みたいなヤツだなお前は、攻撃方法は全然可愛くないが。

 片方がデカい小動物なら、もう片方は小さな猛獣と言った所だ。

 なんだコイツ等、バランスってモノを知らないのか。


「君の魔法を見て感じた、君以外にパーティは考えられない。むしろ他にもスカウトが来るだろう、だからその前に……と思って」


「あ~はい?」


 やけに真っ赤な顔の男子生徒は、切羽詰まった様な顔で。

 というか真剣な顔でこちらを覗き込んでいた。

 これは、どう答えたら良いのだろう?

 しばらく迷ってから、口から零れた言葉は。


「か、考えさせてください?」


 とにかく答えを先延ばしに、なんて事を思っていたのに。


「ちゃんと実力を見せないとパーティ組んでくれないってさ」


「承知した。これからの授業で、相応しい実力があると証明しよう」


 なんか、二人で納得し合っていた。

 おいやめろ馬鹿、そもそも私はあまり貴族と関わりたくないんだ。

 だというのに、コイツは。


「アリス」


「あい」


 振り返ってみればそこには、餌を待つ猫みたいに嬉しそうな顔をしたちびっ子が座っていた。

 馬鹿野郎、お前はなんて事をしてくれたんだ。


「お前は本当に、本当にぃぃ!」


「ふぎゃぁぁぁ!」


 彼女の脇腹に手を突っ込んで、とにかくワシャワシャと手を動かした。

 力ではどう見ても敵いそうになかったので、全力でくすぐってやろう。

 自分でもどうかと思う攻撃だったが、しかし効果は絶大だったようで。


「反省しろ! 本当に反省しろ!」


「うぎゃぁぁぁ!」


 もだえ苦しむアリスにほくそ笑みながら、ひたすらワシャワシャと指を動かしていれば。


「仲が、良いんだな。二人は」


 ちょっと羨ましそうに、ガタイの良い男子生徒はポツリと声を洩らすのであった。

 私の周り、変な奴しか居ないんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る