第6話 物理


 トリガーを引き絞ってみれば、けたたましい音と共に刃が回転し始める。

 もうこの音と振動だけでテンションが上がる様だ。

 お婆ちゃんと、その友達が作ってくれた最高傑作。

 とてもではないが私が振り回して良いとは思えない程高価で、様々な技術と知識の結集体。

 思わず、口元が吊り上がってしまう。

 更にトリガーを強く押し込めば、ジュィィン! という音は大きくなり、振動も大きくなる。

 流石は魔女の贈り物。

 二本の異形の剣に視線を落とし、微笑みながら呟いた。


「“ブラックローダー”、頑張ろうね? ……アリス、行きます!」


 そう宣言してから、強く一歩を踏み出した。

 魔法使って体を強化し、全力以上の力を振り絞りながら。

 体勢を低く、とにかく低く。

 もっとだ、獣はもっと低く迫って来る。

 だからこそ可能な限り姿勢を下げて目の前の“的”に、全力で駆け寄った。

 その間、なんと何々秒! とか思っておくと、普段より速く走った気がして気分が良い。

 こういう自らを“勘違い”させる行為は、意図的にやるなら悪い事じゃないってお婆ちゃんも言ってたし。

 と言う訳で、滅茶苦茶速く駆け寄ったと言う事にしながら。


「ぜいやぁぁ!」


 跳び上がって横にグルッと一回転してから、両手の剣を鉄の塊に叩きつけた。

 全力全開、タイミングもばっちり踏み込めた筈。

 だがしかし。


「硬ったぁ!?」


 異様に固かった、この試験の“的”は。

 最初の一撃で一気に押し込もうと思ったのに、半分も切断出来ていない。

 鉄の塊に埋まってしまった私の剣は、苦しそうに唸りながらも徐々に刃を進めている。

 一応斬れる、歯が立たない訳じゃない。

 なので、普段以上に“魔力”を振り絞った。

 踏み込む足にも更に力を入れる。

 地面に足がベコッとめり込む勢いで踏ん張りながら、親指付近にあったボタンを強く押し込んだ。


「っけぇぇぇ! ブラックローダーァァァ!」


 ブロォン! と言う何かが始動した音が響いたと同時に、刃の回転が更に速くなる。

 その分魔力が吸われる量も大幅に増したが。

 でも、やるっきゃない。

 今後これくらい硬い魔獣が登場した時には、戦わなきゃいけないかもしれないのだから。

 諦めて食われる選択肢を取るくらいなら、全部出し切った後でも構わないだろう。

 という事で、この身に宿る魔力をこれまで以上に双剣へと注いだ。


「おりゃおりゃおりゃぁぁ!」


 鉄の塊に叩き込んでいる刃が回転しているのだ、火花だって凄い事になっている。

 それでも更に強く、更に奥へと刃を押し進めていく。

 もはや切断している鉄の断面が赤く染まる程に、とんでもない熱を肌で感じる。

 それでも、止められない。

 止まってなんかやるものか。

 この身にいくら火の粉が降りかかろうと、“コレ”を戦闘不能にしなければいけないのだ。

 コレは、そういう試験だ。

 学園で初めて出来た友達のミリアは、コレを完全に戦闘不能にしてみせた。

 だったら私だって格好良い所を見せなければ。

 私は彼女みたいに器用じゃない、術師でもない。

 だからこそ、魔法ではなく物理を叩きつける事しか出来ない。

 道具に頼る事しか出来ない。

 でも、道具使いこなして“戦う”事は出来る筈だ。


「どっせぇぇぃ!」


 掛け声と共に、魔力を振り絞りって全力でブラックローダーを振りぬいた結果。


「……見事だ」


 先生の声が聞こえて来ると同時に、私の背後で鉄の塊が崩れ落ちた。

 振り返ってみれば、間違いなく“的”の残骸。

 私の武器は、このくっそ硬い的を三等分に出来たのだ。


「いやったぁぁ! ぶった切ったぁぁ!」


 喜びの余りその場でピョンピョンと飛び跳ねていると、ガシッと外套を先生に捕まれて持ち上げられてしまった。

 野生動物の首元を掴んで大人しくさせるみたいに。


「あう」


「早くその凶器を仕舞え、周りが怯える。全く、とんでもない物を持っているな、お前は」


「らじゃ……」


 なんか納得いかない御言葉を頂きながら、マジックバッグにブラックローダーを仕舞うと、先生はため息を溢しながら私の事を放してくれた。

 ベチッと地面に捨てられる勢いで放り投げられたが……いいもんね、外套があるから制服は汚れてないもんね。

 フンスッ! と自慢げに見上げると。

 相手からは非常に呆れた視線が降って来るでは無いか。


「虫を獲って来た猫みたいな顔をしていないで、早く脇に避けろ。お前の出番は終わりだ」


「虫を捕まえて来た猫って……とりあえず了解です」


「本当に虫を獲って来ても私の元には持って来るなよ? 猫娘。私は虫が嫌いだ」


 せっかく滅茶苦茶硬い鉄塊をぶった切ったのに、あんまり褒めてくれない事に不満を覚えながらトボトボと会場の隅っこに移動してみれば。


「あっ、ミリア! 見てた!? 私も戦闘不能にしたよー!」


 視線の先に、友人の姿を見つけたので飛びついてみた。

 グリグリと顔を押し付けながら、うへへっとだらしない笑みを浮かべていれば。


「ねぇ、アンタ何者?」


「はい?」


 友人からは、ドン引きした反応が返って来てしまった。

 なんで? 言われた通りぶった切っただけなのに。

 しょぼんとしながら友人を見上げていれば、ミリアは大きなため息を溢した後グリグリと私の頭を撫でて来た。


「ほんと猫みたいね……貴女。そんな悲しそうな顔しないでよ、こっちが悪い事してるみたいじゃない」


 とりあえず、友達には褒めてもらえた。

 どんなもんだいっとばかりに鼻息荒く自慢げな表情をしてみれば、相手からはもう一度大きな溜息が返って来てしまうのであった。


 ※※※


「アリス……魔女の孫、ですか」


「生意気な平民が居たものですね、どうします? あまり大きな顔をされても目障りですし、この際知り合いの面々を集めてあの子を苛め抜くだとか。もしくは、どうせ道具頼りなのですから、あの剣を隠して――」


「なんの意味がありますの? 我々は“強くなる為”にこの学園に来て居る筈ですわ。それに学園のルールをご存じなくて? そんな事をすれば、処罰の対象は我々になりますのよ?」


「そ、そうですわね……」


 友人、というか家の関係で仲良くしている相手は気まずそうに視線を逸らした。

 全く……他の面々もそうだが、この学園に来たからには提示されたルールくらいは理解してほしいものだ。

 貴族らしいとも言える傲慢や……あのミリアと名乗った彼女も。

 あの子だって、身分の違いが存在しない場所に居るならもっと胸を張れば良いのに。

 私は術師だ、お前達に出来なかった成果を上げたんだと声を大にしても誰も怒らないのに。

 しかし当人は、位のある人間を前にすると気まずそうに視線を逸らし、身を縮める。

 それが普通の態度だと分かってはいても、少々癇に障るというのが正直なところだ。

 そして彼女の友人である、アリス。

 アレはこのクラスの中でも規格外の一員なのだろう。

 魔法ではなく、物理であの的を叩き切った。

 これがどれ程凄い事なのか、理解している人間の方が少なそうだが。

 私の放った魔法は、生身の人間なら数十人はまとめて焼き払える程の威力だったのだ。

 だというのに、半分しか削れなかった。

 だがその残り半分を、彼女は切断してみせた。

 道具が優れている、というのも確かなのだろう。

 しかしながら、優れた道具を正確に扱うには確かな技術がいる。

 どう見てもあの武器は、私なんかが振るってもあれ程の威力は出せないだろう。

 むしろ振り回せるかさえ分からない。


「なかなかどうして、楽しい学園生活になりそうではありませんか」


「あの……エターニアさん?」


 不安そうな顔をする彼女を尻目に、ニッと口元を吊り上げた。

 楽しい、私はこういうのを求めていたのだ。

 相手を褒め称えて、此方も褒められて、上辺ばかりの関係を築く間柄よりも。

 本気をぶつけ合って、殴り合って。

 切磋琢磨出来る環境というのを、ずっと追い求めて来た。

 そして、互いに高め合えそうな相手が。

 私の目の前に現れたのだから、楽しくない訳が無い。


「学園に居る間、身分の違いは存在しない。しかもこの学園は全寮制……楽しくなってきましたわ」


「えぇと……」


 クスクスと笑いながら目的の人物から視線を逸らし、再び続く授業を見つめるのであった。

 とはいえ、やはり彼女程の成果を上げる生徒は存在しない様だが。

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