第5話 強い力だけが強いとは限らない


「全員居るな? これより実技に移る。とはいえ腕試しの様なモノだ。肩肘張らずに、普段通りの全力を見せてみろ」


 鑑定の後、魔法適性なんかも色々と調べられ、その後訓練場に連れて来られた私達。

 今度は何ですかとばかりに疲れた表情を浮かべてみれば、会場の真ん中には鉄の塊が立っていた。

 うん、本当に何だ。

 鎧やら盾やら、そんな物を無理矢理圧縮してくっ付けた様な代物が鎮座しているが。

 普通に柱みたいな見た目しているけど、どうやったらあんなに圧縮できるの。


「アレを敵だと思って、戦闘不能にするつもりで攻撃しろ。手段は問わない」


 え、情報それだけ?

 思わずポカンと口を開けてしまったが、生徒たちは一列に並び始める。

 私も慌てて列に混じった訳だが、未だ状況が呑み込めないでいた。


「また一緒、頑張ろうねミリア!」


「またアンタか……」


 後ろにはさっきから纏わりついて来る黒髪の少女が。

 意外な事に、この子結構……というかホント小さい。

 私だって背が高い訳じゃないが、普通に見下ろせる感じだ。

 そんな小さい隣人にため息を溢している内に状況は進み。


「一番、俺が行く」


 クラスの中でも一番ガタイが良いんじゃないかって程の男子が、巨大な斧を取り出した。

 マジックバッグ持ち、と言う事は貴族か。

 なんて思ったが、後ろにいる小さいのを思い出して頭を軽く横に振った。

 決めつけは良くないな、こういう変なのもいる訳だし。

 などと思っている間に、先陣を切った彼は走り出し。


「うぉらぁぁ!」


 まさに圧巻、そういう他あるまい。

 力強い一撃、そしてビリビリと肌に感じる程の覇気。

 彼は、間違いなく強い。

 振りかぶる姿も、攻撃そのものも物凄く綺麗だ。

 多分昔から武術を教わって来た様な人間なのだろう。

 だが、しかし。


「グッ!」


 鉄の塊に斧を叩きつけたまでは良かったのだが、予想以上に固かったのだろう。

 叩きつけた衝撃がそのまま返って来たかのように、ビリビリと腕を振るわせる男子。

 しかし、くっ付いていた盾が一枚剥がれた。

 凄そうな一撃に見えたけど、あれでもろくに削れないのか。

 思わず口を開けて呆けてしまった。


「良い一撃だ、下がれ」


「……はい」


 少々不満そうにしながら、巨大な斧を担いだ男子は会場の隅へと移動していく。

 そして次に登場したのが。


「私の出番ですわね」


「……げ」


 あの金髪針金お嬢だった。

 その手に持っているのはレバーアクションライフル……で良いのか?

 銃には詳しくない為、正確な名称は知らないが。

 とにかく、こう……カシャッてやってリロードする奴。

 過去、“異世界”から人を呼び寄せるという技法があったそうだ。

 今では禁止されているが、彼らは多くの知識を“こちらの世界”に持ち込んだと言う。

 その一辺たる、“銃”という武器。

 あまりにも部品が細かすぎるのと、銃弾さえ高価な為平民ならまず手に取れないソレ。

 流石は貴族様、と言いたい所だが。

 彼女の武器は些か趣が違う様だ。


「魔術展開、バフ魔法を同時発動」


 アレは普通の武器ではなく、魔道具。

 恐らく術師にとっての杖の代わりなのだろう。

 しかし……見事だ、そういう他ない。

 彼女の周りにはいくつもの魔法陣が同時に展開されており、とてもでは無いが同世代とは思えない。

 但し、金にモノを言わせている攻撃とも言える。

 そういう意味で、見事だ。

 道具は一流、腕輪や指輪に付与された魔法を使う事により、自らの一撃をひたすらに強化している。

 所詮は道具頼りか、なんて言ってやりたい所だが。

 こういうのも、“アリ”なのだ。

 結局は結果が全て。

 持続的にその魔道具が用意出来るのであれば、それは彼女の“実力”となる。

 何処までもいっても、貴族は有利。

 思わず舌打ちを溢しそうな光景の先で。


「放て!」


 彼女はトリガーを引き絞り、やけに輝きを放つ“ソレ”は目標に叩きつけられた。

 やはり威力が違う。

 先程の重量の乗った重い一撃でも大して削れなかった鉄の塊が、横半分ほど抉れているのだ。


「あら……思った以上に固いのね」


 そんな声を上げながら、彼女は自信満々な笑みを浮かべて列を離れた。

 アレが、あの人の実力。

 とてもでは無いが、先程の攻撃を越える成果を出せる生徒が居るとは思えない程。

 悔しいけど……あの人、私なんかより数段上の術師だ。

 そして何より、術師とは前衛が出せない威力を叩き出す存在。

 そこが一番の存在価値と言って良いだろう。

 しかし攻撃までに掛かる時間や、現場に対応出来る速度の違いによって、両者を同等に見る事は間違い。

 前衛が攻めて時間を稼ぎ、後衛の術師が時間を掛けて特大の一撃をお見舞いする。

 それが、現代における“パーティ”なのだ。

 そういう意味で、彼女はパーティにとっての“切り札”と言えるであろう実力を周囲に見せつけた事になる訳だ。


「では、次」


「先生! 的を交換しなくて良いのですか!?」


「この残骸でも、壊せるなら壊してみろ」


 そう言い放って、試験は続けられる。

 ある者は魔法で、ある者剣で。

 半分に抉れたソレに攻撃を続けた。

 しかし、最初の二人以上に削れる実力者が現れぬまま私の番が回って来てしまった。


「次!」


「は、はい!」


 先生の声にビクッと背筋を伸ばし、慌てて皆の前に駆け出した。

 もう残りの生徒の方が少ない。

 周りには、多くの生徒が興味深そうにこちらに視線を送っていた。

 ヤバイ、吐きそうなくらいに緊張する。


「い、いきます!」


 ガタガタと震える手で杖を構え、詠唱を口にする。

 しかし緊張のせいで詠唱を噛んでしまって、中々魔法が発動しない。

 あぁくそ、普段はこんな事無いのに。

 なんて事を思いながら、必死で呪文を唱えていると。

 クスクスという笑い声が周囲から聞こえて来た。


「くっ」


「どうした? 止めるか?」


「い、いえ!」


 再び詠唱を始めるものの、周囲からの小さな笑い声が止まない。

 止めろ、笑うな。

 これでも必死で勉強して来たんだ。

 村の中では一番と呼ばれるくらいに、努力して来たんだ。

 お金もなく、勉強できる環境も少ない中。

 私は誰よりも努力してきた、“つもり”だったのだ。

 だというのに。


「なんで……」


 私が使える最大威力の攻撃魔法が、発動しないのだ。

 こんな事、今までに無かったのに。

 時間が掛かっても、これまではちゃんと攻撃出来た筈なのに。

 悔しい、これ程までに悔しいと思った事がこれまであっただろうか?

 それでもやはり、気持ちだけでは魔法は発動してくれない。


「ミリアと言ったな、終わりか?」


 先生の言葉に何も返せず俯いて、そのまま会場の隅に移動しようとした瞬間。


「頑張れミリア! 壊す必要なんかないんだよ! “戦闘不能”にすれば良いだけ! “強い魔法”だけが強い訳じゃないよ! 難しい魔法が使える人だけが凄い訳じゃない、どんな魔法でも使い方次第だって、お婆ちゃんが言ってた!」


 後ろから、そんな大声が響いた。

 振り返ってみれば、小さな黒髪の少女が思いっきり叫んでいた。


「なに、それ」


 意味が分からない。

 アレは鉄の固まりだ、そもそも戦闘不能の概念が分からない。

 もはや乾いた笑みを溢して、無視してその場を去ろうとしてみれば。


「生き物は、普通“地に足を付けて”いるんだよ!」


「アンタさっきから何を言って……」


 そこまで言ってから、気付いた。

 あぁ、なるほどそういう事か。

 それなら確かに、“戦闘不能”だ。


「続けるか?」


「もう一度だけ、お願いします!」


「いいだろう、やってみろ」


 先生の承諾を得てから、もう一度杖を構えた。

 そしてさっきとは違う短い詠唱を口にしてから、魔法を発動した。

 先程放とうとしていた攻撃魔法よりも簡単で、私の得意分野。

 村で暮していると、難しい攻撃魔法の方が使う機会の方が少ないのだ。


「“アースシェイク”! ついでに“泥水”!」


「……見事だ」


 私が攻撃したのは、地面。

 普段は畑などで使われる、地面を柔らかくする魔法。

 更には、無理矢理土に大量の水を含ませた。

 その結果やけに重い鉄の塊は、沼の様になった地面にズブズブと沈んでいく。


「これで、戦闘不能です」


「次からは、アドバイスを受ける前に思いつく様に」


「は、はいっ!」


 思いっ切り頭を下げてから、私も皆が待機している場所へと移動した。

 地面に沈めちゃったけど、コレからどうするんだろう?

 なんて事を考えていれば。


「次っ!」


 その声と共に先生がパチンッと指を鳴らせば、“的”は再び姿を現しぬかるんだ地面は乾いたモノへと変わった。

 うっわぁ……やばぁ。

 やはり教師になる為には、相当な魔術師になる必要があるのだろう。

 そんな風に思えるくらいに、平気でそんな事をやってみせた。

 それだけでも驚きだったと言うのに。


「待ってました!」


 私の後ろに並んでいた少女、アリス。

 彼女はバッグから赤い外套を取り出して頭から被り、そして。


「なに? アレ」


「異世界の技術を使った道具かしら?」


 周囲からそんな声が上がる程、彼女の構えた武器は異様だった。

 禍々しい形、そして漆黒に染まる武装。

 それだけでも異常だと言うのに。


「絶対、ぶった切ります!」


 彼女が叫んだ瞬間、“ソレ”はとんでもない音を立てながら刃が回転し始めるのであった。

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