第3話 初めてのお友達


 学園入学日。

 知り合いも居ないし、大した術師でもない私はビビっていた。

 十数年前に設立された、新しい制度を取り入れた珍しい学園。

 魔法や学問は勿論、武術や体術。

 そして兵士等に必要とされる警戒能力から、冒険者などに必要とされる野営能力まで教え込むという、非常に幅広い教育を取り扱う場所。

 異例だ、正直そう思う。

 本来学園に通えるのなんて、貴族の子供のみというのが普通。

 平民に教えを授けた所で金にならない可能性の方が高く、成果が伸びても嫌な言い方をすれば貴族の立場が危ぶまれるという一面だってある筈なのだ。

 しかしココはソレを押し通し、国に認めさせた。

 優秀な人材が増える事が、何故いけないのかと。

 数年学園に通うだけで貴族以上の能力を手に入れてしまうのなら、今の貴族など不要なのではないか?

 そんな脅し文句を言ったとか言わないとか。

 これだけでも凄い事なのに、もっとすごいのが。

 この学園、貴族でも平民でも入学試験に通れば入学できるのだ。

 入学費は庶民でも頑張れば払える程度、学費は成績さえ残せば奨学金で賄われ、卒業後に働きながら返す仕組みとなっている。

 その為私の様な辺境に住む村娘だって、こうして入学する事が出来ると言う訳である。

 更に、校則の一文には。


『この学園において、身分の違いは存在しない。全ては等しく生徒であり、身分の違いを主張、またはそれを悪用する行為を行った場合、厳罰処分に課す』


 つまりは、学園にさえ入ってしまえば身分の違いを気にしなくて済む。

 そういう事になっている。

 これも理念としては素晴らしい、そう思ったりもするのだが……とはいえ、やはり現実はそう綺麗事ばかりでは当然済まず。


「あらあら、ご覧になって“エターニア”さん。みすぼらしい人もいらっしゃいますのね。何とか制服を買えたという程度で、鞄などはボロボロの中古ではありませんか。身の程というモノを知らないのかしら?」


「……そうですわね、リボンの色からするに私達と同じ新入生。全く、入学を決めたのなら胸を張ればよろしいのに。あれでは質が落ちるというモノですわ」


 視界の端から、そんな声が聞こえて来る。

 こういう輩は、絶対に居るのだ。

 校則違反だと怒鳴りつけてやろうか。

 そんな事も思うが、学園の外で何をされるか分からない以上下手な真似は出来ない。

 貴族と平民では、住んでいる世界が違うのだ。

 だからこそ、耐えるしかない。

 ギュッとスカートを握りしめて屈辱に耐えていると、それすらも高い制服を皺にしてしまうと慌てて手を放した。

 その行為さえ、彼女達には笑いの種になってしまった様だが。

 悔しい。

 やはり私の様な平民が学園など通うべきでは無かったのだろうか?

 初日から、そんな事を思い浮かべてしまった訳だが。


「おいお前! そこの女子生徒! なんだそれは!」


「へ? 何か変ですか?」


 背後から、そんな怒鳴り声が聞こえて来た。

 振り返ってみると、入学して来た私達を見守っていた教師が一人の女子生徒に向かって走り寄っていた。


「……赤ずきん?」


 そこにはやけにデカい鞘に収まった長剣を二本腰に携え、頭の先から真っ赤な外套を被っている生徒が。

 外套の中にチラチラと制服が見える事から、多分この学園の生徒なのだろう。

 明らかに周りから変な目で見られているが。


「ソレ! その赤い外套! 遠征でも雨でもないのに、普段からそんなもの着るんじゃない!」


「あ、駄目なんですねコレ。気に入ってるのに……ちぇっ」


 そう言って外套を脱いでみれば、中からは美しい黒髪を揺らす少女が現れた。

 真っ黒な、それこその夜の帳を表現するかのような漆黒。

 肩の近くで切り揃えられてはいるが、その髪の毛は風に舞う様にサラサラと柔らかく揺れている。

 更には炎を思い描く様な赤く大きな瞳。

 目を奪われそうになる程の……というか、一見子供にしか見えなくて思わず注目してしまった。

 あの子、本当に同世代か?

 とてもじゃないが、入学する時期を早まったとしか思えない見た目をしているのだが。


「それじゃもう行って良いですか? 今日入学式なんで、ウキウキなんです!」


「ウキウキなのは分かった……しかしその剣を仕舞え、学園で通常時は帯剣禁止だ、使用して良いのは許可された場所のみ。持ち運ぶ際は布で隠すかバッグを用意しなさい」


「こっちも気に入ってるのに……駄目かぁ……」


 そんなセリフを吐きながら、彼女は腰につけたポーチに二振りの剣を鞘ごと仕舞っていく。

 間違いなく“マジックバッグ”。

 見た目に反して、多くの物を仕舞えるという魔法の鞄。

 平民ではとてもではないが手に入れられる物では無い。

 だからこそ、彼女も貴族か……なんて冷たい眼差しで見つめていれば。


「私平民なんですけど、入学式の会場分かれたりするんですか? もしくは会場の隅っことかで待機するんですかね?」


「いや、この学園では身分の違いは存在しない。学園案内を読まなかったのか?」


「違う取説に夢中だったもので……すみません、眼を通しましたが忘れました……」


「うん?」


「いえ、何でもないデス」


 そんなセリフを吐いた彼女は、教師から逃れるかのように風の様に走り去っていく。

 思わず、唖然としてしまった。

 あんな堂々としている人が、平民。

 私と同じ立場であり、周りから冷たい眼差しを向けられる筈の存在。

 だというのに、彼女はどこまでも自由だった。

 周りの事など知らんとばかりに、校舎に向かって突き進んでいった。

 どこまでも楽しそうに、コレからを楽しみにしているかの様な表情で。


「あんな人も居るんだ……」


 私同様、周囲も唖然と彼女の後ろ姿を眺める中。

 その背中を追いかける様にして、私も校舎に向かって走り出したのであった。

 入学者は案外平民も多いと聞く。

 だったら、初日から暗い思考を持たなくても良いのかもしれない。

 お高く留まった貴族様なんて相手にせず、私は私で似た立場の相手と友達になれば良いだけ。

 先程の彼女を見ていたら、何となく勇気が湧いて来たのは確かだ。


「せっかくの学園生活だもんね……楽しまなきゃ!」


 それだけ口にして、私もまた彼女同様。

 多くの人が行きかう中を走り抜けるのであった。


 ※※※


 入学式が終わり、各々指定されたクラスに足を向ける。

 私もまた、周りの人達に紛れる様にして自分の教室へと到着してみれば。


「あら、今朝の」


「うっ……」


 扉を開けた瞬間、先程こちらを見て笑っていた二人組と目が合ってしまった。

 早速ハズレクラスを引いてしまったらしい。

 この人達と一年同じクラスなのか……なんて事を思いながら視線を逸らし、足早にその隣を通り過ぎた。

 どうやら座席の指定は無いらしく、何処に座っても良いとの事。

 これだけは救いだ。

 出来るだけ貴族達とは遠い席に、それこそ階段教室の端っこの方へ。

 とか何とか思った訳だが、誰しも考える事は一緒だったようで。


「はぁ……ま、そうだよね」


 既に後ろの方の席は埋まっていた、多分私と同じ平民達によって。

 勝手なイメージだったが、貴族様なら他人より高い位置に座りたがるんじゃないかと思っていた。

 だがしかし、明らかに身なりの良い人たちは前方の席を好んでいる様に見える。

 よく考えれば、勉強する為に来ているんだ。

 そして教師達に顔を覚えてもらう為にも、こういう配置になっているのだろう。

 と言う訳で、結局余っているのは中途半端な真ん中辺りの席ばかり。

 貴族達と近い席……嫌だなぁ。

 なんて事を思ってもう一度ため息を溢していると。


「揃ったか? 全員早く座りなさい」


 教室の扉が再び開かれ、教師が姿を見せた。

 緑がかった長い金髪に、遠目から見ても分かる長い耳。

 エルフだ、初めて見た。

 とかなんとか、密かに感動していると。


「ちゃんと場所は覚えたか? お前が一年間世話になる教室だ」


「らじゃ! ありがとうございますエルフ先生!」


「もう迷わない様に。早く席に着け、空いている所ならどこでも良いぞ」


 彼と同時に、知っている顔が入って来た。

 間違いなく、さっき見た赤い外套の子だ。

 今では私と同じ制服姿だが。

 彼女は教師に促されると教室内を一眺めした後、軽快に走り始める。

 というか、こっちに向かって走って来る。

 え? なんて声を上げそうになるが、そりゃそうだ。

 空いている席なんて私の周辺しか残っていないのだから。


「お隣失礼~、よろしくお願いしまーす」


「え……あ、はい」


 満面の笑みを向けてくる彼女に、蚊の鳴く様な声で返す私。

 これが、本当の意味で彼女との最初の出会いだった。

 学園において初めての友達、そして後にパーティを組む事になる“アリス”と。

 ひねくれ者で根暗なこの私、“ミリア”との初対面だ。


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