第2話 新しい牙


「これはお母さんが作ったミートパイ!」


「今回は上手くいったようね。見た目に関しては、だけど」


「こっちは私が作ったピザ! お婆ちゃんが“付与魔法”付けてくれたバスケットに入れて来たから、まだあったかいよ!」


「美味しそうね、最初にこちらを頂きましょうか」


 二人して手を合わせてから、ピザに齧りついた。

 しかしながら、やはり時間が経つとチーズが固まり始めてしまう訳で。


「う~む」


「十分に美味しいわよ?」


「でも、焼き立てだったらもっと美味しいのに」


 悔しそうに唇を尖らせてみれば、お婆ちゃんは困った様に笑いながらスッと人差指をピザに向ける。

 すると。


「チーズが溶けた!」


「ちょっと温めただけよ。さ、食べましょうか」


 そんな会話をしながら二人してパクパクとピザを平らげていく。

 そして、次に。


「さぁお婆ちゃん、問題児だよ」


「そうねぇ……誰に似たんだか」


 やれやれと首を振りながら、お母さんのミートパイを切り分ける。

 見た目は非常に美味しそうだ。

 外側はしっかりと焼き目も付いているし、表面に包丁を入れる時はパリッと耳馴染みの良い音が聞こえる。

 ここまでは大成功だ。

 でも問題は、味なのだ。


「食べてみよっか」


「そうね」


 切り分けられたミートパイをそれぞれ手に取り、いざ……とばかりに口に運んでみれば。


「アリス! ちょっと待って! ペッしなさい! はやく!」


 やけに慌てた様子のお婆ちゃんに止められるが、その声にびっくりして思わず飲み込んでしまった。

 何かおかしい所があったのだろうか?

 ろくに噛まずに飲み込んだため、その違和感に気付けないで居たのだが。

 手元にあるミートパイに視線を向けた瞬間、お婆ちゃんが止めた理由が分かった。


「おぉっと、コレは……」


「ミートパイって、こうじゃなかったわよね」


 パイ生地の中には、ぎっしりと詰められた挽肉。

 むしろ良くこれだけ詰め込んだなって程の挽肉が、パイ生地の下に眠っていた。

 真ん中とかちょっと赤いし、火が通り切ってないし。

 あ、なんか気にし始めたらお腹の中から生臭い匂いがする気がする……気のせいなんだろうけど。


「いっつも適当に作るからね、あの子。見た目には拘る癖に」


「ごめんお婆ちゃん、もっと注意しておくべきだった」


「まぁ、いつもの事でしょ。一応治癒魔法掛けておくわね?」


 そう言って私のお腹に手を当てるお婆ちゃん。

 優しい光と温かさが身を包み、じんわりとお腹の奥が暖かくなっていく。

 お婆ちゃんの魔法は凄い。

 治癒魔法一つとっても、傷や病気を治せば良いという使い方では無く。

 相手の事を把握した上で、適切な魔法と魔力量で治療してくれる。


「お婆ちゃんは全部の魔法が使えるんだよね?」


「全部じゃないわ、“ほぼ”全属性っていうだけ。私なんかより凄い人はいっぱい居るのよ?」


 クスクスと笑うお婆ちゃんは、どこからどう見ても魔女だ。

 ウチのお母さんより見た目が若いけど、それでもそこらの老人よりも歳を取っているらしい。

 謎だ。

 そして街中に出れば普通にナンパされる美貌とスタイル。

 この遺伝子を受け継いでいるのに、私は未だちっこいしペッタンコ。

 ちなみにお母さんは綺麗な方だが、お婆ちゃん程スタイルは良くない。

 やはり謎だ。


「でも私はお婆ちゃん凄いと思うし、好きだよ? まだ街で暮さないの?」


「ありがと、嬉しいわ。アリスと一緒に暮らすのは魅力的だけど、森の中の方が何かと都合が良いのよ」


 そう言って微笑むお婆ちゃんは、知らない人が見たら一目惚れしそうな程美しい笑みを向けてくる。

 “魔女”というのは多すぎる魔力、魔素。

 ソレが普通より何倍も早い速度で循環する事で、老化という自然現象でさえ勝手に治癒してしまうそうな。

 詳しくは分からないが、とにかくお婆ちゃんは魔女だ。

 昔はかなり嫌われる様な存在だったらしいが、今では普通に受け入れられている。

 でも、やはり異端だといって声を上げる連中は居るみたいで。

 だからこそ私のお婆ちゃんは目立たない様に生活している訳だが。

 なんか悔しい。

 私のお婆ちゃんが異常だと言われているみたいで、とても嫌な気持ちになるのだ。

 とはいえ、それを本人に相談しても「気にするな」と笑われるのがオチなのだが。


「ねぇねぇお婆ちゃん、私の装備ってまだかな?」


 と言う訳で、ちょっと嫌な気持ちを振り切って話を変えてみた。

 すると。


「あぁ~そうね、ちょっと個性的になり過ぎたからどうしようかなって……もう少し掛かるかしらねぇ」


 お婆ちゃんは、気まずそうに視線を逸らしながらポリポリと頬を掻いている。

 この反応はアレだ、絶対もう出来ているヤツだ。

 思う所があって隠そうとしてるだけだ。


「もう出来てるんでしょ!? 絶対そうだ! 見せて!」


 お婆ちゃんは長い時を生きている。

 だからこそ、知り合いも多い。

 そんな訳で、私の装備を依頼したのは街一番の鍛冶師だった。

 原案と設計は、また別の人なのだが。

 そっちも普通じゃ会えないというか、とんでもない人な訳だが。

 やっぱりお婆ちゃんは凄い。

 そんな人達に、私の“入学祝い”を作らせてしまうんだから。


「あのね、アリス。コレは魔獣専用というか、趣味を詰め込んだ装備というか。対人戦では、本当に緊急時以外絶対に使ってはダメよ? 約束できるなら、貴方に贈る事にするわ。それくらいに、とんでもない代物が出来てしまったから」


「約束します!」


「誓いなさい、コレを人に向けないって。絶対にダメよ? 模擬戦とかで使うのも駄目、相手を殺す以外に選択肢が無い場合には絶対に人に向けない。いいわね?」


「誓います!」


「あと、アリスは今日で何歳になったのかしら?」


「十五歳です!」


「なら、誕生日プレゼントね。そのまま持ち歩くには大きいから、お婆ちゃんからはこのマジックバッグもあげる。大事に使うのよ?」


 元気よく返事を返してみれば、やや呆れたため息を溢したお婆ちゃんが黒い布に包まれた“何か”と、黒い腰下げのバッグを机の上に取り出した。


「良い? よく聞きなさい。使い方を間違えれば怪我では済まなくなる代物なの。貴方自身も、相手も。それでも、使う?」


「お婆ちゃん達が作ってくれた物なら、私は使うよ」


 静かに頷いてみれば、お婆ちゃんは真剣な瞳を此方に向けながら黒い布を取り去った。

 その中から現れたのは。


「“ブラックローダー”、という名前になったみたい。本当に、取り扱いには気を付けてね?」


 そこにあったのは、二本の剣。

 しかし異形、異色。

 それはまるで。


「チェーンソーだぁぁ!」


「そういうのは良く勉強しているのね……」


 ため息を溢すお婆ちゃんを他所に、私はそれらを手に取った。

 滅茶苦茶ゴツイ。

 そして、デカくて厳つい。

 良いじゃん良いじゃん、恰好良いじゃん!

 分厚くて真っ黒い剣に、細かい回転刃が輝いている。


「ありがとお婆ちゃん! 鍛冶師と“異世界人”のお爺ちゃんにもお礼言っておいて! 今度直接言いに行くけど!」


「ん、気に入ってくれて何よりよ……でも本当に気を付けてね?」


 呆れた顔を浮かべながらも、お婆ちゃんは数枚の用紙を差し出した。

 そこには、びっくりするくらいびっしりと文字が書き込まれていたが。


「取説、読破しない内は――」


「使っちゃ駄目、こういう道具はちゃんと理解して扱う事。分かってますとも!」


 胸に二振りのチェーンソーを抱えながら、お婆ちゃんの差し出して来た用紙を受け取った。

 凄い、凄いぞコレは。

 見た目だけでも絶対強いヤツだ。

 テンションが上がりっぱなしのまま渡された取説を上から読んでいく。


「座って読みなさい。あと結構音が出るから、練習するならウチの庭でね。街中だと驚かれちゃうわよ?」


「ありがとお婆ちゃん!」


「いえいえ。バッグも特殊な物だから、そっちが終わったら説明するわね」


 そんな訳で、私は取説を読み終わった後ひたすらにチェーンソーを振り回した。

 これから私は、これを携えて“学園”に通うのだ。

 十五歳から通う事が許される、魔法と戦闘を教えてくれる特殊な場所。

 その為に用意された贈り物、私のメイン武器となるであろうソレは。

 元気良くギュンギュンと轟音を轟かせるのであった。

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