赤ずきんは魔女の孫

くろぬか

1章

第1話 お婆ちゃんと赤ずきん


 とある深い森の中に、一軒の小さな家が建っていました。

 そこで暮しているのは、一人のお婆さん。

 変わり者のその人に対して、お使いを頼まれた少女が国の門を抜けて歩き出した。

 真っ赤で大きな外套を普段から羽織っている事から、彼女は“赤ずきん”なんて呼ばれる事もしばしば。

 被っているのは頭巾ではなくフードだが。

 やけに長い外套を風に揺らし、手にはお婆さんに届ける為のバスケットを持って。

 彼女は今日も、軽い足取りで森の中を歩いていく。

 コレは、普通ならあり得ない行為。

 国の外、特に普通の人が歩く街道を外れてしまえば。

 魔獣や魔物と呼ばれる肉食の生物が、数多く蔓延っているのだから。

 でも、彼女にとってはいつもの事。

 だから今日も、彼女は迷うことなく森の中を突き進む。

 虫の声も獣の声も響く森の中で、彼女は気にした様子も無くテクテクと歩いて行った。

 そして。


「ありゃ? 今日は随分とおっきいね、狼さん」


 目の前に巨大な狼が現れた。

 真っ黒い毛並みに、少女などペロリと簡単に食べられてしまいそうな程大きな身体。

 今にも飛び掛かって来そうな程、低い唸り声を上げながら牙を剝いている。

 だというのに、彼女は笑った。

 足元にお婆さんに渡すバスケットを置いて、両手を赤い外套の中に突っ込んでから。

 ニッと口元を吊り上げて、腰を落とした。


「怖い怖い狼さん、私の外套が何で赤いか知っていますか?」


 フードの奥から彼女の赤い瞳が怪しく光り、外套の外へと出て来た両腕には真っ黒い短剣が二本握られていた。


「貴方の血を浴びても、目立たない様にする為だよ?」


 ニコッと微笑んでから、彼女は自分の倍以上もありそうな狼に飛び込み。

獣の攻撃を避け、体の下に滑り込み“解体”した。

 戦闘は本当に一瞬。

 彼女が踏み込み、狼が少女を見失った次の瞬間には勝負がついた。

 一本目で相手の喉を切り裂き、二本目で傷口を広げる様にしてそのまま真っすぐ腹を裂く。

 その際に噴き出した血液を全身に浴びてしまう形になったが、少女は気にした様子も無く刃に着いた血液だけ綺麗に拭き取っていく。

 更にはまた別の刃物を取り出してから。


「傷まない内に解体するね? 売れる所も多いので、感謝感謝」


 死んだと気づく暇もなく命の灯を消した狼をロープで木に吊るし、血抜きを開始する。

 なかなかどうして時間は掛かるが、やらないと大変な事になるのだ。

 それが終われば、毛皮を綺麗に剥いでいく。

 獲物が大きい為、大の男でも苦労しそうなものだが。

 彼女は気にした風も無く、黙々と作業を続けた。

 肉はブロック状に、骨と内臓は取り出した傍からポイッと捨てる。

 やがて全ての作業が終わってから彼女は立ち上がり。


「ふぅ、こんなもんかな?」


 軽い声をあげてから、ふぅと息を溢して周囲を見渡すと。

 そこには内臓の類と、骨。

 その他の売れる箇所に関しては、少女の背負っているバッグに仕舞われてしまった。

 お残しである残骸に指先を向け、何やら詠唱し始めれば内臓類は炎に包まれて炭化していく。

 やる事はやったとばかりに、満足気に微笑んだ彼女は。


「またね、狼さん達。それともまだ掛かって来る?」


 そう言って彼女が手を振れば、周囲の草木の奥からは逃げていく足音が多数。

 獣とはいえ仲間が一瞬で片付けられた上、その場で解体されたとなれば恐怖を覚えたのだろう。

 十数秒も経てば、周囲から覗いている獣の気配は無くなっていた。

 コレだけ血生臭ければ、他の野生動物が寄って来てもおかしくはないというのに。

 そんな異常な状況を作り出した少女は、再び意気揚々と山道を歩き始めた。

 本当に散歩でもするかのように、険しい山道を楽しそうに突き進んで行くのであった


 ※※※


「お婆ちゃーん! 来たよー!」


 ガンガンとノッカーを叩いてみても、中からは何の反応も返ってこない。

 今日はまだ外に出ているのだろうか?

 なんて予想をしながら家の裏側に足を向けてみれば。

 そこには、先程の狼とは比べ物にならない程の大きな熊の魔獣が倒れていた。

 そしてその上に座る、とんがり帽子を被った際どいドレス姿の美女。


「あら、“アリス”。来てたの? ごめんなさいね、気付かなかったわ。丁度こっちも終わった所だから、お茶にしましょうか」


「相変わらずおっかねぇー。また新しい魔法の実験?」


「フフッ、アリスにもこれくらいすぐ出来るようになるわよ」


 獣の死体から下りて来た、“魔女”。

 それは歳を取らないと言われる異質の存在。

 エルフやドワーフと言った、長寿な者達に近い存在とも言われているが。

 でも彼女は間違いなく、ただの“元人間”。

 ただ、魔女という生物に進化してしまったというだけの個体。

 そんな彼女も孫の前では、ニコニコと微笑みを溢しているが。


「お婆ちゃんは相変わらず綺麗に狩るね、未だに真似できないや。さっきも血みどろになっちゃった」


「私は魔法がメインだからね、どうしてもアリスとは戦い方が違うのよ。でも、頑張ればこれくらい出来るようになるわ」


「頑張る!」


「そうね、でもまずは体を洗いましょうか。真っ赤っかじゃない、怪我はしてない?」


「全部返り血だから平気! というか、解体中に真っ赤になったというか……」


「年頃なんだから、見た目には気を遣わなきゃダメよ?」


「はーい」


 そんな緩い会話を続けながら、二人は手を繋いで小さな一軒家へと足を向けるのであった。

 これにてお使い完了、めでたしめでたし。


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