ロングスリープフラワー を探す国王は伯爵の父と婚約者の私を国外追放した。

まとゆく

第1話 ロングスリープフラワー

 誰も知らないドラゴン山の山頂では100年ぶりにブラックドラゴンが羽化して今まさに母親の住む竜の谷に飛び立とうとしていた。


 100年分の竜の瘴気を吸った卵の殻は雨とともにシドレミ川に流されていく。土地にみこんだ瘴気しょうきは花や樹木の精霊により浄化されていたが、シドレミ川に流された卵の殻から出る瘴気はそのまま下流へと流された。




 私は貴族学校から帰ってメイドのシャトレが入れた紅茶を飲んでいる。


「ねえ、シャトレ今日運動会でオクラホマ・ミキサーを踊ったのだけど17人も交代したから指がボロボロよ」


「お嬢様は手が綺麗ですから誰もが握りたいのですよ」


 シャトレはヨルダ子爵家でお母様がなくなってから私の世話をしている。他にもメイドがいるのだけど他の子が私の担当になるとすぐに担当を辞めてしまうので結局シャトレが私の世話をしている。私、決して新人の担当メイドをいじめてないですわよ。


 実は3日前

 誰もがうらやむ婚約の申込みがナントカ・ドルンド国王から私アリナ・ヨルダにあったのよ。父には嫌だと言ったのだけど、国王に逆らえば反逆罪で絞首刑だから断れないと引き受けてしまった。


 だって私は9歳なのに国王は66歳よ。


 婚約を嫌々受入れたのに昨日私が浮気をしたからと婚約破棄の書状をギルド宰相が読み上げ父に渡した。


 私は結局国王に会うこともなく婚約をし、そして破棄された。


 書状の内容は

『昨日儂という婚約者があるのに他の男と手をつないでいたと報告があった。一人でも許されないのに18人と手を繋ぐとはけしからん。絞首刑にしてもいいが、まだ将来がある身ゆえドルンド王国を追放のうえヨルダ家を子爵位から平民に落とすことで刑を免除する。なお財産並びに所領地は王家が没収する』 


 ギルド宰相が

「お気の毒です。命が助かっただけでも運が良かったとあきらめてください。私も理不尽だとは思いますがあなたと同じ目にはあいたくないですからな。私が国境までの監視人に任命されましたからこれよりすぐに隣国シマリス王国に行く準備をしてください。なお金貨1万枚は残念ながら引き取らせていただきます」


「お父様どうしてこんなことになったの?」

「すまない。わなにはまった。

婚約が決まって国王から当家の蔵書ぞうしょをすべて王家に寄贈せよと言われ持参した。その代金として金貨1万枚をいただいたのだ」


「でも身分まで平民に落として国外追放までする必要はないのでは?」

「それは、本当の目的は我領の土地が欲しいのだ」

「でもこの土地にはなにもありませんよ」

「あるのだ。命の花ロングスリープフラワーが」


「あれは神話でしょ?」

「いや、本当に存在する。それを欲してこの土地を奪うために婚約したのだ。犯人は国王だ。だからどれほど強引な理由でも誰も反対しない」


 国王は昨年より健康を害していて今年あたり危ないのではないかと噂されている。そんなとき国立図書館で古文書が発見された。それには命の花ロングスリープフラワーがヨルダ子爵領で咲いた。と記載されていたから、わが家に詳しい書籍があると考えて急いで寄贈させた。だからロングスリープフラワーが今年咲くと予測できた。


「お父様、あれは私も読みました。でも今年咲くとは記載されていませんでしたよ」


「いや、今年咲くんだよ」


「どういうことですの」


「この国ドルンド王国と隣国シマリス王国は100年に一度奇病が流行するのだ。そのたびにヨルダ領にロングスリープフラワーが咲いて領民の病気を治癒したと古書には記載されている。今年がその100年目なのだ。それに気づいた国王がロングスリープフラワーを独占し自分の病気を治し、あわよくば永遠の命を手に入れようとしているのだ。バカな国王だ。運動もしないで油濃い物ばかり食べてぶくぶく太っているのが原因だというのに!!」


 父と私はギルド宰相に監視され、その日のうちに国境まで連れてこられた。二人だけの親子だ。母は私が生まれてまもなく病気で亡くなったと聞かされている。

 二人だけの旅だ。父は何かを悟っていたのか昨日メイドを全員解雇していた。


「ジャン・ヨルダ子爵、いや平民だったな。ジャン・ヨルダお前を国外追放のうえ財産没収の刑に処す。くれぐれも我国に戻らぬように。戻れば斬首刑だ」


 私は運動会でフォークダンスを踊ったから確かに17人の男の子と手を繋いだ。でもこれが浮気になるの?


 国境を越えてシマリス王国に入った。もう貴族ではないため入国手続は簡単に済んだ。古書によればこの国もいずれ奇病が流行するんだろう。でもロングスリープフラワーはこの国では咲かない。どうなるのだろう。私達も罹患りかんするのだろうか。


それよりも今はお金も土地も失ったからこれからの生活の方が心配だわ。



 運良くシマリス王国の牧場に住み込みで住まわせてもらいさく乳の仕事をしている。この牧場主は成功者のようで私の住んでた子爵領のお城よりりっぱな建物だった。

 私は父が仕事に出ている間に牧場主のダル・イエットの子ロゼッタに読み書きを教えて小遣いをもらっている。でもダルはいつも私にとても丁寧に接してくれる。


「本日もありがとうございました。ロゼッタも進んで勉強するようになりました。これからもどうぞよろしくお願いします。お嬢……。いえ、アリナ明日も頼む」


 私が家に戻るまでダルとロゼッタは頭を下げている。私のような平民にもったいない。


 この牧場に来て2月が過ぎた初夏、恐れていたことが起こってしまった。シマリス王国の北部で奇病が広がっているという。ここは西部だからまだいいがいずれここにもやってくるだろう。


 奇病はドルンド王国でも流行しているようだった。



 食事時、

「今日はロゼッタに足し算を教えたのですよ。この調子でいけばすぐに引き算も覚えますわ」

「そうか、ヨルダは先生に向いているかもしれないな」


「そう、うれしいわ」


 いつものたわいもない親子の会話をしていると隣のジャッジが戸を叩いて叫んでいた。


「大変だ!!国王の子が流行病で瀕死ひんしらしいぞ。ここも危ないかもしれないから気をつけろよ。俺は恋人のフーリーにも知らせてくる」


 とうとうここまできた。次は私かもしれない。

 しばらく沈黙が続いたのち父はポツリと話し始めた。


「お前には話していなかったが、お前の母さんは病気で死んだのではない。国王に殺されたのだ」


「え!どういうことです?」


「お前の母ロディには病を治す力があったからお前が生まれてまもなく国王から『儂の病を治せ』と命令されたが治すことができなかったため『偽善者を殺せ』と言って処刑されたのだ」


「お母様には本当にそんな能力があったの?」

「ああ、お前が生まれるまではな」

「?」

「国王に呼ばれたからお前にその能力を渡したのだ」




 ◆10年前◆


 ロディが国王に呼び出された日、近衛兵が来るまでのほんのわずかな時間


「あなた、お願いがあるの。生まれて間がないアリナに一子相伝の私の能力を渡します。強欲な国王ですから私の能力を知れば私をここに帰してもらえないでしょう。このまま別れるくらいなら死んだ方がましです。必ず10年間国王にこのことを隠してください。10年後もあの国王が生きていたらこの子が同じ目にあってしまいます。それまでできるだけ遠くに逃げてください」



「あれから儂はお前だけが心の頼りだった。

 アリナ、いよいよその時がきた。お前は今日10歳になった。10年間はロディによって能力が封印されているから儂は10年後来る今日のために準備をしていた。この牧場は儂の部下に運営させていたものだ。それにあの金貨1万枚はここにある。金庫に入れてあった金貨は鉛だ。苦労をかけた。宰相のスパイが放たれていたからお前には本当のことが言えなかった」


「そんな人いた?」


「お前のよく知っている人だ」


「カンナ来てくれ」


「あ!あなたは私の担当をしていたメイドのカンナね」 


「あなたをこれまで偽っていました申し訳ございません」 


「え、あなたがスパイなの?」

「いいえ、私はあなたの母の妹です」


「アリナすまない。これまで秘密にしていたが彼女はお前の母ロディの妹のマルセルだ」

「黙っていてごめんね。スパイを探っていたのよ。だから言えなくて」


「10年前にロディの衣類を彼女の生まれ故郷に帰すために準備をしていたら儂宛の手紙が書斎から見つかった。それには『私は国王に殺されるだろうからできれば私の代わりに妹を奥さんにしてアリナを守って欲しい』と書かれていた。


「だけどあなたが10歳になって家名を継ぐまではジャンは私と結婚しないと決めていたのよ。すこし嬉しかったわ。だから今日はあなたの10歳の誕生日だけど私とあなたが再び親子になった日なのよ」


 アリナは何が何だかわからない。まわりの展開があまりにも早すぎる。10歳の子には少々重たかった。


 マルセルは続けて話した。

「スパイはシャトレだったわ。前々から疑っていたのだけど尻尾を出さなかったの。だから3日前にあなた専属のメイドになることで揺さぶりをかけたのだけどまんまと引っかかったわ」


「尻尾?なにが?」


「あなたは17人と交代したといいましたよね」

「はい、17人の男の子と踊りました」

「そうよ。だから交代したのは16人よ。最初の男の子は入れてはいけないわ」

「あの?」

「そうね。もっと詳しく話さないと分からないわね。ジャンと私はあなたの運動会を見たわ。そのときジャンがさわいで、『おいこら離れろ。手を離せ。儂のアリナに引っ付くな。手を握るな』とまあ恥ずかしかったわ。そのおかげもあるのだけどジャンが『とうとう17人の男と踊りおった』と言ったのよ。だから16人と交代が正解なの、18人と国王が書いたのはシャトレが17人と交代したと報告したからだと分かったのよ」


「ねえ、シャトレはどうしたの?」

「ああ、やつは追放になった日に殺した。これまで10年間我家のことを国王に報告していたからな。だが一番許せないのはマルセルの耳元でしつこく『担当をやめろ、やめろ、やめろ、、やめろ、やめろ、やめろ』と言っていたことだ。マルセルの耳元でささやくことができるは儂だけだ」


「ジャンたらーそんなこと言って。恥ずかしいわ。いや~ん」


「でもなぜあなたがここにいるの?」


「解雇されたメイドは全員ここにいますよ。もともとここで働いていたメイドですからね」


 しばらくバカップルのいちゃいちゃが続く。アリナはまだ母親ができたことに理解が追いつかなかった。



「では王城まで行くことにしよう。アリナとマルセルも来てくれ」

「お父様、どこの王城に行くのです?」

「シマリス王国の王城だ」

「私達は平民です。門前払いになりますよ」

「心配するな。確かにドルンド王国では平民だ。だがお前はこの国の伯爵だ」


「何言ってるのですか。私は父さんの子だから平民ですよ」

「お前は母ロディのすべてを継承した。この国の伯爵だった地位もお前に承継された。だが10歳になるまではその地位を凍結されていたのだ。シマリス国王も了承済みだ」


 馬車を飛ばして王城に向かう。父からは母の手紙があるから王城に着くまで読んでおくように言われた。


 私はわざとらしく茶色に薄汚れた手紙を読んだ。


『あなたがこれを読んでいるということは10歳になったのですね。ああ私のアリナ。あなたの10歳の誕生日を一緒に祝いたかったわ。きっと綺麗になったのでしょうね。私は伯爵でありながら旅をしていたジャン・ヨルダを愛してしまいました。

 私の母はヨルダ子爵家の三女でした。そこに学生時代の父が卒業旅行で国外旅行をしているときにヨルダ領で重篤な病にかかったのですが母が治癒したことでシマリス国に嫁いだのです。ジャンは他領の伯爵の次男でしたが子のいないヨルダ子爵の養子となりました。運命でしょうか。

 ジャンと私は出会ってしまったのです。ジャンが私の地領で倒れていたので私の力で治癒したのですが私は彼の誠実さに惚れてしまいました。私には姉弟姉妹がいなかったので地領の運営を執事のダル・イエットに任せて私はジャンに嫁ぎました』


 すごい、お母さんは飛んでる。続きが早く読みたいのだけど、早馬車は揺れて字を見てる私はやや酔ってしまった。


 気を取り直して続きを見る。


『この手紙を読んでいるということはあなたの能力が必要とされているのでしょう。能力の発動は簡単です。怪我や病気の人がいればあなたのどちらの手でもいいですが、その人の額に当ててください。そうすれば自然に発生します。

 もう時間がありません。迎えがきます。私は天国からあなたのことをいつも見ています。私はアリナあなたを愛しています。母ロディより 追伸……』


「うえーーーーーーーん。お母さーーーーーん」と言って泣くと思った!!泣くわけないでしょ。さきほど書いたようなこのインクの臭いの残る手紙に私の心はおどらないわ。



 手紙の追伸を読む前に王城に着いた。門番が近寄ってくると父が

「アリナ伯爵だ。ここに王の相続を認める書状がある。至急取り次いでくれ」

「わかり申した。ですがこれが本物か私には判断できません。しばらくお待ちください」


 しばらくして門番と軍人らしき者がけ足でやってきた。


「来てくださったのか。急いでくだされ」


 国王の謁見えっけんの間に案内されると、グルンダ・シマリスⅢ世が待っていた。


「おお、あなたがアリナ殿か。ロディ殿にうり二つだ。挨拶もそこそこで済まないが息子が危ない。医師団も手の尽くしようがないと言っている。時間が無い、すぐに頼む」


 私は数人の医師が見守る中苦しみもだえる男の子の前に案内された。12~13歳だろうか。今にもお迎えがきそうな状態だ。私は自信がない。お母さんが嘘を言わないだろうが私にそのような能力があると思えない。だけど、ここまできてはもうやるしかない。


 私は男の子の額に右手を当てた。

「何の変化もない」


 えーーーー。どうしよう。なにも変化がないわ。それなのに父と国王の顔を見るとなにも疑っていない。やけくそだ。両手を額に当てる。


 そのとき突然七色の虹ができた。虹は真っ赤な薔薇に変化して黒い薔薇の花になり枯れるように消えた。


「あーよく寝た。あれ、みんなどうしたの?きれいな人だね。結婚してください」

「あのね。初対面の子にいきなりそれはないよ」


 グリッチはずっと夢を見ていた。夢の中で女の子に恋をした。寝起きに突然目の前に夢の子が現れたのだ。本人にとっては当然のことであった。


「グリッチ大丈夫か?」

「父さんどうしたの?涙が出てるよ」


「あーよかった!!」

 国王がグリッチを抱いて涙しているが、グリッチはアリナしか見ていない。



「すまない引き続きで悪いが王妃も頼みたい」


 隣の部屋に案内されたが医師団はいなかった。もう手の施しようがないから医師団は王子の治療に専念していた。


 私は呼吸も浅くなって死を待っているだけの王妃の額に両手を当てた。

 七色の虹ができた。そして紫紺のリンドウに変化した虹はまっ黒なリンドウの花になり枯れるように消えた。


「あーよく寝た。あれ、みんなどうしたの?」

「ああーーー!ジェーンよかった。儂のジェーーーーン」


 国王が涙をボロボロ流しながら王妃に抱きついた。


「あなた。何してるの。みんなが見てるわ。続きは寝室にしてよ!!」


 親子がよく似た反応をする。

 側近が王妃にこれまでのことを話しているが、私は次の部屋に向かう。


「母は年ゆえあきらめていたができれば助けて欲しい」


 私は呼吸もほぼ止まりかけた国王の母の額に両手を当てた。

 七色の虹ができた。そしピンクの紫陽花に変化した虹はまっ黒な紫陽花の花になり枯れるように消えた。


「あーよく寝た。あれ、みんなどうしたの?」


 国王の母マーガレッタはキョロキョロしているが国王を見るなり

「国王がそうそう泣くものではありません。グルンダ背を伸ばしなさい」

「……」

 国王になっても母親には頭が上がらないようだ。


 国王がジャンに「あれは何か?」と聞くと、

「あれはただの治療魔術です」

「皆黒い花になっていたぞ」

「色は黒に近いほど死が近かったことを表します。そして花は患者のもっている人柄を表しています。いわゆる花言葉ですな。当然人によって花の形は違います」

「そうか。だが助かった」


そうだ追伸を読むのを忘れていたわ。


『追伸:まだ10歳では手が小さいから額を埋めることはできないでしょうから両手を置きなさい』


 ああ、早く読むんだった。あせって損したわ。


 それから3日後、アリナとジャンは王城に再び呼ばれた。


 謁見の間にて

此度こたびの働きには感謝する。特にアリナ殿には感謝してもしきれない。此度のジャン・ヨルダ殿の働きに感謝し、伯爵に任ずる。ロディ殿の領地をマルセルとともに守ってくれ」


 父が呼ばれたのは伯爵位の任命のためだとわかったのだけど、私は何で呼ばれたの?


「ところでアリナ殿!」

「は、はい」

「あそこの柱の陰でこっちを見ているやつのことだが」

「は?柱?あ、いた。あの子元気になったのね」

「そこでもじもじしてないで、ここに来い」


 あのときの子が私の前に来て手を前に出した。


「早く言え。みんなが待っとるぞ」

「は、はい」

「?何がしたいのこの人達」

「私と結婚してください」

「は?」

「あなたにれました」

「は?」


確かに66歳の爺ちゃんよりいいけどなぜ?


「私はこれまで沢山の方から婚姻の申込みがありましたが、一人もいいとおもったことがありません。貴方を一目見たときから心が騒いで眠れないのです。私の病気は医者には治せません。あなただけです」


「はあ。そうですか二度目ですよね」


 父さんの方を見るとニコニコしている。でも私を見てるわけではない。マルセルを見てニコニコしている。私の心配をしてよ。まあ相手の顔は悪くないし結婚と言っても12歳にならないとできないから、婚約ということにしかできないから、あとで断ることもできるし、いっかーーーーー。


「わかりました。お受けします」

「そうか!それはありがたい。グリッチでかした」


 グリッチよりも国王の方が喜んでいる。でもそれは国王の偽ざる反応だった。ロディの治療魔術がアリナによりドルンド王国からシマリス王国に戻ってきたのだ。これほどめでたいことはない。


 それからグリッチは私を訪ねてきては甲斐甲斐かいがいしく尽くしてくれた。なんでもない人であっても、ここまで愛されると悪い気はしない。そのうち愛情というより母性のようなものが生まれた。

 頼りないけどいいかあ。


 さて、ドルンド王国だが、ナントカ・ドルンド国王の指示のもと古文献にロングスリープフラワーが咲いたと記録がある旧ヨルダ伯爵領を片っ端から掘っていた。だがどこを掘ってもそれらしいものは出なかった。記録によればロングスリープフラワーは百合のような形だが百合よりも長くそして大きく開くとされている。花は1つしか咲かず大きさは咲く度に違うようだ。色は白とも黒とも記述がある。


 王立図書研究員によれば古文献に記載されている記述はやや大げさではないかという結論に達していた。なぜならある年は人の大きさぐらいだ。ある年は子供の背丈くらいだ。またある年では城よりも大きいという記述があった。

 今年必ず咲くということだけは分かっているから旧ヨルダ伯爵領には5万人の兵士を駐在させていた。


 ドルンド王国は奇病が広がっているというのに国王は何ら手を打たずに自分の病気を治すことだけを考えていた。


 門番が交代する時間になった。

 シドレミ川から流れ出た瘴気は各支流にそして王城側のヤミ川にも達していた。


「おう、交代だ」

「もうそんな時間か?」

「最近の水が少し不味まずくないか?」

「そうなんだ。いくら煮沸しゃふつしても苦みが消えないんだ」

「まあ、そのうち元に戻るだろうよ」

「では交代の申し送り……」

「ドテッ」


「おい、どうした。しっかりしろ。大丈夫かしっ……」

「ドテッ」


 確実に王城も奇病に侵されていた。

 国王と上級貴族のまわりはバタバタ倒れていく。美食家の国王は国内産のものは食べず、水に至るまで世界の名水を輸入したものを使っていたから王家一族と上級貴族は奇病になっていない。それゆえ庶民の苦しみが全く理解できていない。自分たちは神に守られていると勘違いしていた。

 何もしない国王に対して国民は暴発寸前だったが、国王以下上級貴族は今日も美食を味わっている。



 アリナは新たにシマリス王国の伯爵となったジャン伯爵領に寝泊まりしてる。アリナはグリッチと婚約したことで準公爵扱いとなっているが領土がない。王城に住まうことができるのだが結婚までの2年間は自由でいたいので王城には住まない。

 それにグリッチは毎日通ってきては『愛している』を言ってから王城に帰る。耳にたこができるほど聞いたが悪い気はしていない。



 ジャンがマルセルと結婚したからロディ母さんが可哀想だと思っていたけど私に能力が発現して気づいたのよ。マルセルはロディ母さんだった。あの白々しく古ぼけたように見せていた手紙も全部お芝居だったのね。妹だったら悪いから王城に住むつもりだったけどロディ母さんとわかったのだからここにいるわよ。



 ◆10年前 ロディ視点◆


 我家は女子に治療魔術の能力が遺伝するようで私も使えた。治療魔術は相手のひたいに手を当てることで発動する。私は他の魔法も使える。変身魔術と一子相伝魔術だ。アリナが生まれてまもなくドルンド国王から病気を治せと呼出があった。あの男の病気は私では治せない。肥満病なのだから食事制限すればいいだけだ。王城に行く前に『妹にあなたの世話をするように言ってあるからできれば妹を私と思って結婚して一緒に暮してほしい! 』とジャンを洗脳しておいた。

 国王から処刑を言い渡された私は変身魔術で王の母に変身した。処刑されたのは私に変身していた王の母だ。この母は王よりも遥かに強欲で残忍だったから死んでも国民は困らない。その後兵士に変身して堂々と帰った。国王の母が失踪したと大騒ぎだったけどね。


 ジャンが頭がよくなくて助かったわ。私の手紙が書斎にあるわけないでしょ。それもあなたの机の上に見えるように置いたのよ。私が国王に呼ばれたときには無かったでしょ。


 それに10年もピッタリ魔力の発動をさせないようにできると思ってるの!!毎日アリナの寝室に忍び込んで魔力発動を制約していたのよ。


 一子相伝魔術は1度しか使えない魔術で、しかも15歳未満でないと発動しない。私はもう18歳だ。子供に託そう。一子相伝魔術が必要になるまでなるべく魔力を使わせないようにすることにしよう。副作用を少しでも緩和させたい。普通の病気であれば私が治せるのだから。



 ヨルダ伯爵領では一人も奇病に罹患していない。発病する前にマルセルが治療していた。マルセルの治療魔術は一子相伝魔術をアリナ移転したため花が咲かない。そのためアリナより威力が弱いがこの程度の瘴気しょうきによる病であれば造作ない。



 ドルンド国王はいつものように上級貴族とともに外国産の世界名水で作られた料理とお酒を飲みながら税率をあと何十パーセント上げるかという話をしていた。


 とうとう革命が起きた。王の首を落としたのは王を守るべき近衛兵だった。彼らの家族も奇病にかかり命を無くしていた。上級貴族もそれぞれの護衛から首を落とされていた。



 私とマルセルと名乗るロディは治療魔術でシマリス王国内の人々を治療している。だけどあまりにも急速に広がる奇病に間に合わない。すでに国内の死者はシマリス王国総人口の4分の1に達している。隣のドルンド王国は2分の1に達していた。


 マルセルが私に声をかけた。

「このままではらちがあきません。人がいなくなってしまいます。もうあれを使うしかないでしょうね」

「いいよ。ロディお母さん」


「知っていたのですか?」

「魔術凍結が解除された日に見えるようになりました。でもドルンド国王のことがあったのでそのままのほうがいいと判断しました」


「ごめんね。私が若ければ私が使うのだけど、ごめんね」

「いいよ。死ぬわけではないのでしょ」


「これまでの最高は20年です。でも今回はシマリス王国だけではなく隣のドルンド王国まで助けるつもりでしょ。どれだけ長くなるかわからないわ」

「いいよ。でもお母さんは長生きしてよ。私を最初に出迎えるのはお母さんであってほしいもの」


「わかりました。その時まで長生きします」


 グリッチも私の元に来て『いつまでも待っています』と言った。


 私はいつのまにかこの一途なバカ王子を好きになっていたようだ。


 マルセルはマル秘古文書のとおり両手を空に掲げ魔力を放つ。体から全ての魔力絞り出すように空に放つ。空には大きな七色の虹が出来た。そして虹は大きな白い百合の花となった。百合はどんどん大きくなり、シマリス王国とドルンド王国を包むほど大きな大きな白百合となった。


 それから白百合はどんどん黒くなり、そして消えた。


 シマリス王国とドルンド王国では突然死にそうだった子供が『あ~よく寝た』と起き上がり、大人は『早く仕事に行かないとクビになる』『そうだわ。ご飯の支度しなくっちゃ』『君のことが好きだ結婚して欲しい』など時間の間隔がズレた人々が寝ぼけたように瘴気の苦しみと眠りから目覚めた。


 一人の少女を除き……。



「あ~よく寝たわ。体が少し重たいな」


 私はゆっくり起きる。私のまわりには知らない人ばかり。一人のお婆さんが近づいて

「あーよかった。生きているうちに会えた!!」


「誰?」


「わからない?」


「え、もしかしてお母さん?」

「そうね。あれから50年だものね」


「それじゃあ。お父さんは?」

「去年、亡くなったのよ。最後まであなたのことを心配していたわ。私はこんなに年老いて白髪でしわだらけだけどまだ生きているわ」


「だったら私の姿もお婆さんになったの?」


 お母さんは鏡を私に向けた。


 私の顔はあのときのまま子供の姿だった。大魔法ロングスリープフラワーの副作用で体が成長していない。


「それじゃあ。グリッチは?」


「現国王よ。あれからすぐに狂ったように奥さんをもらって今では30人も奥さんがいるわよ。しかも子供は40人よ。でもあなたを裏切ったわけではないのよ」


「子供同士で相続争いが起きそうね」


「そんなことないわ。あなたが目覚めたから、あなたと近い年齢の子が婚約者となるわ。ほかの子は全員女の子だからね。グリッチはあなたがいつ目覚めてもいように毎年奥さんをもらって子供を作っていたのよ。でも男の子は1人しか生まれなかったわ」


「だけど、その子が私との結婚を承知しないかも?」


「大丈夫よ。見てご覧。あの柱の陰でモジモジしている子。貴方をずっと見てるわ。あの子よ」


 男の子が私の前に来た。


「僕はダリッチといいます。僕と結婚してください」


 グリッチの遺伝子はこの子に引き継がれていた。



 ◆3日後◆


 グリッチ国王の告示により国民が知ることになりアリナの目覚めとグリッチにそっくりなダリッチ皇太子との結婚を祝って盛大な式典となった。


 王が宣言した。


「ダリッチ・シマリスとアリナ・ヨルダの結婚を宣言する。シマリスドルンド王国はこれよりアリナ王国と改名する」


 Fin

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