「破壊されるべきオブジェ (Object to Be Destroyed)」(その6)

 巨大な瞳は、徐々にその全容を明らかにした。


 「あれは…!?」

 「紛れもなく對爾核だが… デカすぎる!」


 「全てのものの王レイ・ディ・トゥット」を独自に再生したのであれば、その母体とした「對爾核」にも何か仕掛けがあると思ったが、案の定だった。


 自分たちが知るよりも遥かに巨大であり、全高は百メートルを超えるだろう。


 それに、通常なら漆黒の一枚岩モノリスであるはずだが断片フラグメンツを集合させて構成したためか歪な金属単結晶のようになっており、真紅の表面が妖しい艶を放っていた。


 中心の平面部分には先ほどの巨大な眼があるのだが、その瞳孔がキュッと動いた。


 「何か来るぞ!」


 河上が叫んだのと同時に閃光が走ると、周囲の物音が一瞬消えた。すかさず真紅の地表がめくれ上がるほどの爆発とも何とも付かない破壊の波が押し寄せてきた。


 「これは…!」

 「分岐タイムラインを消滅させるアレってやつ!?」


 海藤の予想通りだった。通常であれば分岐タイムラインを崩壊させるだけの威力を持つ対爾核の全体攻撃だ。自分を巻き込まないために威力を抑えたのかもしれないが、これには流石の二人も、抉られる真紅の地表もろともに吹き飛ばされてしまった。


 「とんだ置き土産… あれが正真正銘の最終防衛機構…」

 「それも最強最大最悪の… まさに破壊されるべきオブジェだね…」


 軽口で強がって見ても、足取りはふらつく。まさに満身創痍、無類の防御力と再生能力を誇る生体装甲でさえ大破寸前、現に河上の漆黒の翼は折れ愛刀の全てを喪失し、両腕が千切れかかっている。


 また、海藤の白銀のそれも一部のナノマシンが完全に停止したのか、斑の灰色になっており再生不可になっていた。それでも、最大出力で光芒を放ってみても、紅の對爾核の表面で蒸散するように消えていく。


 「効いてない!?」

 「おそらく、別の分岐タイムラインへ受け流してやがる!」

 

 さっきの一撃は自分たちを狙ったのと同時に、この空間から分岐タイムライン間航行に至るための航路を拓いた。その証拠として、對爾核の頭上には空間に風穴を開けている。


 主君を失った最終防衛機構が遂行する任務は何か、行き先はどこかなど考えるまでもない。


 分岐タイムライン間航行に入られたら、次に攻撃できる機会は自分たちの世界、海上学園都市「扶桑」の頭上に姿を現す時だだろう。それは同時に、本流の分岐タイムラインが消滅する時だ。


 海藤と河上は、まさに万事休すだった。


 「健の字… 考えようによっちゃ、たかが石ころだ…」

 「先回りして、二人で押し返してみるとか?」

 「おいおい止せよ」


 こんな時にもこんなやり取りかと思うが、どうにかしなければならない。對爾核は既にその巨体の半分を分岐タイムライン間航行の航路へ転送しつつある。


 不完全な集合体であるゆえに、転送速度が不安定になっているのが唯一の救いだが、そんな僅かな時間で具体的解決策と行動を見出せるかと言えば絶望的だった。


 「せめてあと一人、まともに動けるのがいれば…」


 河上の呟きに海藤も同意見だったが、何かが衝突するような大きな音が響いた。すると、對爾核の転送が中断されるのと同時に、反対側から何かが押し返しているではないか


 「いるさ、ここに一人な!」 

 

 航路を拓くために開けた大穴が仇となった。双子が構築する完全独自領域の崩壊、直ぐに斯波は二人の信号ビーコンを感知して原子心母を転送、超次元の接舷攻撃アボルダージュを仕掛けて来たのだ。


 「やるじゃねぇか、禎の字!」

 

 對爾核をそのまま押し出して原子心母がのしかかる形となったが、その白銀の表面にぽつぽつと紅の斑点が現れると鋭利な突起が貫通してきた。行く手を阻むものは、何であっても破壊するつもりらしい。


 「遠隔操作では長くは持たない… 急げ!」

 

 残された武器は何だ。まさか「愛」などとはいうまい。あるとすればこの五体のみ。海藤の脳裏に浮かんだのは、分岐タイムライン間航行で経験したあの速度、アレを一撃必殺に転じることができるかということだった。


 迷っている場合ではないと、海藤は原子心母を駆け上がりそこから更に高く跳躍した。


 「おそらく、弱点は…」


 宙に舞うその影は、對爾核の表面に再び現れた巨大な眼に映っていた。だがその瞳に絶望の色は無く、完全に照準を合わせており、次の一撃で仕留めようとしているのは明白だった。


 だが、それはこちらも同じことだ。


 「今だ! 蹴りキックを使え! 眼だ!」


 河上の言葉が届くと同時に落下速度はさらに加速、即座に音速の壁を突破し、に至ると海藤が渾身の力で叫んだ。


 「これがご挨拶だ!Say Hello To My Little Friend!


 最強の生体装甲はその加速を妨げると分解吸収され、今は背に六枚の翅が美しい白銀一色の滑らかな身体に映えている。

 

 「完全覚醒… 紛れもない全てのものの王レイ・ディ・トゥットだ…」


 河上はその姿を知っている。生体装甲をも不要とする究極にして完全な白銀の肉体、今ここに全てのものの王レイ・ディ・トゥットに完全変態したのだ。


 そしてナノ・マシンの臨界点突破オーバードライブにより、極光オーロラを思わせる輝きは更に色彩を鮮やかにしている。音速を突破する衝撃波のように、光の壁を突き抜けては破片を散らし、まるで蝶が織り成す万華鏡のようだった。


 分岐タイムライン間航行に用いる亜光速すら超えた純光速、音速マッハ八十八万、秒速にして二十九万九七五二・四五八キロメートル、衝突の威力は超絶大、空気の分子すら核融合反応する究極のエネルギーを生成する。


 例えばこれは地球の重力すら超越する運動エネルギーであり、衝突しても消滅することなく無限に生成され続ける。


 あらゆる物理法則や単位が及ばないこの威力、一撃を受けて生存できる生物や原型を保つ物体は如何なる次元分岐タイムラインにも、過去にも現在にも、無論未来にも存在しない。


 自らを破壊と創造の中へ誘い、やがて太陽をも超越するその光は銀河の深淵まで至る。蹴りが對爾核の瞳を貫いた時、更に強烈な光が走る。


 「出たな一億ルクス…!」

 「宇宙の無限すら超越する光…!」


 間近で見る河上も、その視界を共有する斯波も固唾を飲んで見守った。


 全ての分岐タイムラインを統べる「王」が用いる最強最高の必殺技、その光が広がる中で遂に對爾核は爆散、この真紅の空間までも崩壊していく。


 やがてその真っ白な光の渦に海藤と河上たち、原子心母も呑み込まれていくのだった。

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