「破壊されるべきオブジェ (Object to Be Destroyed)」(その5)

 この赤の大きな室内ラ・グラン・アンテリユール・ルージュを揺るがす轟音、立ち上る黒煙はさながら彼の墓標に見えた。


 「義の字…!?」


 そして動くもののいなくなった真紅の地表を見下ろすと、海藤は動揺を隠せなかった。しかし、その間にも今度はあの真紅の近衛兵たちが、それこそ雲霞の如く群がってきて空中戦を仕掛けてくる。


 すれ違いざまに何度か斬撃を受けて白銀の生体装甲を裂いたが、そんなものを意に介する前にこちらの怒りが大噴火した。


 すると白銀の生体装甲の表面に緑色に発光する真言のようなものが浮かび上がり、野太い何者かの咆哮とともに一撃必殺の光芒が炸裂、それも四肢、胸部、背面から全方位に拡散しての照射だ。


 取り囲んでいた真紅の近衛兵を瞬く間に撃滅、雲散霧消していった。


 「あの声は…」


 キキはあの咆哮に聞き覚えがある。 分岐タイムラインを超越しても聞こえる咆哮は、紛れもない「全てのものの王レイ・ディ・トゥット」のそれだった。完全体になりつつあるのならば、いくら数で勝ってはいても決定打を与えられない。


 それならばとキキは海藤に急接近すると、その体が真紅の光球に変化した。


 「何だ!?」


 その輝きに目がくらみ、海藤の体はその光球に呑み込まれていった。そこには何かの映像ヴィジョンが映し出されているではないか。


 「取り込まれた…!?」

 

 よくSFのアニメやマンガで見る光景だ。ならば、脱出をとさっきのように全方位に光芒を放っても、全て反射吸収されてまるで役に立たない。その上さらに、パワーダウンしているのが判った。


 「こっちの攻撃は無意味、だけどそれは恐らく向こうも同じ…」


 海藤は本体の気配はないかと周囲を警戒していると、周囲の映像が変わっていく。それはアリスとプランの精神を中心とした立体的な曼荼羅ダイアグラムだった。

 

 「どれだけのエネルギーがあるか知らないけれど、貴方もこの一部になってもらうわ」

 「何だって!?」


 二人の精神に共鳴反響 エピフォノウス した分岐タイムラインへの介入、全てのものの王レイ・ディ・トゥットの存在と行為を「脅威」として自分たちの領域へと組み込んでいく様子が見て取れる。


 無論、あの赤瀬川鈴寿の姿もまた、その中にあった。


 完全同位体の構成、その中心にある彼女たちだとすれば、無限ともいうべきエネルギー操作能力とは、吸収していった人類達から得られる生体エネルギーを根源としていることが判る。


 「そう、これが新しいことわり… 私たちと完全同位体となることで、命を長らえ平穏を得るの」


 海藤は成程とキキの話を聞いていた。今まで彼女達が発露させた間借人LODGERたちの能力は、ここから生成されたものだ。


 その源となった異なる分岐タイムラインの人類たちは、進歩と調和を彼女達に託したつもりが、遂には何処に向かうことも解放されることもなかった。


 穏やかで甘美な侵略或いは支配、彼女達は純粋にもこれをことわりということに、善悪で推し量ることのできない「歪さ」を感じずにはいられなかった。


 「違うんじゃないかな?」

 「何ですって…」

 「完全同位体? 全ての分岐タイムラインの人類を吸収して、永遠の孤独を君達だけで生きながらえることが新しいことわりだって?」


 海藤は嘲笑することもなく、極めて淡々と語っていく。


 「いいかい、君達が得るのは永遠の孤独、正真正銘の行き詰まりだよ。全てが一様で同じなら、誰にも君達の声は届かない、姿も見えない。この孤独から救い出してくれる奴だって、ただの一人もいなんだよ」

 「破壊と創生を繰り返すだけの暴君が、何を!?」


 映像が消えると、眼前にはキキの鮮やかな真紅の体が現れた。両腕が発光し、彼女の生体装甲には金色の真言が浮かび上がっており、海藤と同じく光芒の一撃を繰り出した。


 白銀の生体装甲は完全破壊、勝利を確信したがキキの視界は暗転した。


 彼女が撃ち抜いたものは質量を持った残像、肉眼や熱源反応を問わずに完全に誤認する幻影だった。海藤もまた光芒を収束させて光剣とし、さながら居合の逆抜きでキキの胴を裂いていた。


 「光の男マン・レイ… 貴様は、私たちの…」


 キキの断末魔とともに、彼女の本体と周囲の映像は紅と金の光を放って消えていく。そして真紅の空間に海藤はぽつんと一人、浮遊していた。


 「勝った… のかな?」



 そこで、微かな気配を感じてハッとした。動くものが何一つないと思われた紅の地表に、何やら黒い点が一つ見えた。


 何事かと思えば、親指を立てたサインをこちらに向けている。それを見て海藤は、あの黒鉄の城は落城しなかったと安堵した。


 「良かった…」


 地表に降りて近寄ってみると、無敵とも思えた漆黒の生体装甲もあちこちに亀裂が入り、あの鯰尾兜のような頭部も融解して歪んでいた。


 「分岐タイムライン間航行形態で何とか凌いだが… しばらくは」

 「大丈夫、これくらいなら僕が…」


 生体装甲の発光が弱まっているが、ナノ・マシンの回復機能は有効だ。海藤は河上の空にそっと触れた。


 「いや、いい」

 「ダメだよ」

 「いいんだ。お前も限界ギリギリじゃないか。向こうに戻ってからでいい…」


 河上はそういったものの、そんな優しさが急に気恥ずかしくなった。元来、涙すら流さない金属生命体だが、海藤の掌を通して気持がひしひしと伝わってくるように思えたのだ。

 

 「でも、爆発の後からひょっこりなんて… 筋書きシナリオとしては悪手だよ」

 「俺が自爆した訳じゃねえだろ?」

 

 二人ともその表情は判らないが、いつものように笑っているように思えた。遂に戦いは終わったのだ。ならば帰ろう、互いの顔がいつものように見えるあの場所へと二人は思った。


 だが、そうやすやすと帰還は叶いそうになかった。突如として、空間に嘆きの声のような不気味な音が反響し始めた。


 「どうやら、戦慄の女王陛下は退位するつもりはないらしい…」

 「そのようだね」


 地鳴りとともに地表は無論、この真紅の空間にさえも亀裂が入っていく。眼前の空間がばらばらと崩れ落ちると、そこからは、大きな獣のような瞳がこちらを見つめていた。

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