「破壊されるべきオブジェ (Object to Be Destroyed)」(その4)

 押し寄せる真紅の近衛兵の得物は戦斧、片鎌槍、長巻と多種多様だが、繰り出すタイミングは規律がとれていた。


 海藤と河上の能力を熟知し、分断して各個撃破を狙っている。


 海藤が集団戦闘に不慣れであること、あの光芒の一撃も河上が傍にいるため自由には使えないという不利な状況を見逃すはずもなかった。


 いざ對爾核の自己防衛機構と対面してみると、その恐ろしさが理解できる。


 これまで戦った間借人LODGER、例えば青騎士ブラウエライターや、蜂の巣ラ・リーシュは、能力を発露する本人の意思があったが、こいつらにはそれがまったくない。戦闘への恐怖は無論、あらゆる感情を持ち合わせていない。


 「躊躇えば、こちらがやられる…!」


 排除と判断した相手が活動停止に陥るまで執拗に攻撃を続ける。こちらも、同じように向き合うほかは無い。


 そんな覚悟とともに徒手空拳の戦闘に持ち込んでいくが、流石は「全てのものの王レイ・ディ・トゥット」というべきか、その戦闘力は圧倒的であった。


 「光の男マン・レイ」としてナノ・マシンの硬化と帯電による打撃を使って来たが、こんな単純な攻撃でさえ最早比較にならない威力だ。


 帯電する電圧は落雷と同程度で、直撃すれば轟音とともに相手の身体を爆裂させる。


 これにはいかなる生物、身体構造変異ウンハイムリッヒもその変身後の形態を問わずに撃滅可能だ。拳打や蹴りを繰り出す度に頭蓋や胴を粉砕し、紅の近衛兵が宙を舞っては、鮮血の代わりに紅玉ルビーを砕いたような破片をまき散らしていく。


 そんな中で二刀を携える黒鉄の近衛兵こと河上は、迫りくる相手を猛全と斬り伏せていく。傍目には、切結ぶ真紅と漆黒の対比が美しく見えた。


 彼は「柔らかい機械ソフト・マシーン」という知的金属生命体であり、変幻自在の強固な身体構造に加えて自己修復機能を備える。


 だが、「光の男マン・レイ」のナノマシンより若干修復速度に劣り、連続で損傷を受けた場合は復元が不完全になる弱点を抱えている。


 故に、忙しなく動いて回避と反撃を同時に対応していく。これには各分岐タイムラインに伝わる名刀を写し、自らが特殊鍛造した愛刀は最適な得物だった。折れず曲がらず、斬るたびにその鋭さを増すようだった。


 そんな彼を四体が長槍で取り囲んで、時間差でその穂先を繰り出してきた。

 

 「腕が二本あるのは、お前らだけじゃないんだよ!」


 河上が繰り出した大小の二刀は、先ほどからしつこく絡んでくる二体の槍ふすまをすり抜けるようにして胴を払った。


 相手の得物を躱して一刀を浴びせる影抜きという技法だが、これだけの乱戦で動く相手に仕掛けられるのは、どんな分岐タイムラインの剣士であっても幾つと例はないだろう。種族特有の戦闘能力に加え、よく鍛錬してきたことが伺える。


 そして僅かにできた一瞬の隙を狙って更なる二体が迫ったが、すかさず刺突で喉元から頭蓋を貫いて仕留めた。


 包囲を解いたかと思った矢先、今度は頭上から人影が幾つも迫って来る。河上がしまったと思った所に、海藤は例の光芒、光の渦のような一閃を放つと、紅の近衛兵達はまとめて爆裂四散していった。


 「健の字、助かった」

 「兵隊が地面から生えるどころか、降って来るなんてね」

 「しかしこいつら… キリがねぇな」


 こんなやり取りをしていても、敵は押し寄せてくる。如何に二人が優れた戦闘能力を持っていても、無尽蔵の衛兵を相手にしてはその結末が見えない。


 「やはり大将首を…」


 そんなことを考えながら、高みの見物をしているキキに視線を向けると、忽然と姿を消していた。すると、一気に河上の間合いに入っているではないか。


 至近距離での空間移動、奇襲するものは勝利するという戦闘のセオリーだ。右から繰り出された強烈な拳打を左の小太刀でいなすつもりが、河上はそのまま体勢を崩されてしまった


 「うふふ、流石に本物は頑丈ね」

 「そいつはどうも…」


 強がって見せたが、近衛兵たちと違ってキキの戦闘能力は擬態や模倣ではない、全てのものの王レイ・ディ・トゥットと同等だと体感した。


 現に再生が追い付くどころか、ナノマシンによって生体装甲の表面を侵食、さらには十八番のエネルギー操作で自然発火、ジワジワと焼き焦がしているではないか。


 「こいつとやり合うには、少し難儀するなァ…」


 自分と差し違えるか、動きを止めたところでもろとも仕留めさせるか、何れにせよ二人での帰還は叶わないだろうと河上は考えていた。だが、それでいい。そのための存在が自分だと、遥か昔に全てのものの王レイ・ディ・トゥットと出会った時に誓った筈だ。


 「こいつ!」


 河上の窮地を見て、紅の近衛兵をなぎ倒して今度は海藤がキキに肉薄する。絶大な威力を持つ打撃の応酬、蹴りや拳打がかち合うたびに戦車砲のような轟音が空気を震わしている。


 「どうやら五分…というわけではなさそうね」


 キキの真紅の生体装甲に、打撃ではなく斬撃の跡がある。どうやら向こうも一工夫、おそらくは例の光芒を収束させて表面に展開したのだろう。


 「しかし、これで良し…!」


 再びキキが飛翔すると、海藤も追撃の機会を逃すものかと跳躍からナノ・マシン散布から力場を展開して飛翔するのだった。 


 「待て、健の字! 俺も…!」


 一騎討ちは危険すぎる。河上も漆黒の翼を展開して飛翔しようとするが、「そうはさせるか」と言わんばかりに真紅の紅衛兵たちがよってたかって四肢にしがみ付いたり、羽交い絞めにしてくる。


 それもこの数、だんだんと折り重なるとその重量で身動きが取れなくなる。


 「止めろ! 放せコノヤロー!」


 こんな真剣な時に何だってこんなことをと藻掻いていると、シンと静かになった連中の真意が判った。海藤に気を取られて動きを止めるのが目的だったのだ。過去の二人であれば王と近衛の完全な主従、そうした感情を見せた例はない。


 しかし、今の全てのものの王レイ・ディ・トゥットには海藤の意思があり、河上に対して特殊な感情が芽生えている。自己防衛機構にすれば、それは最も有用な脆弱性であった。


 「自爆か!?」


 河上がそう言うのと同時に、ぎちぎちと周囲を固めた近衛兵たちの体から真紅の光柱が幾筋も立ち上り、彼の漆黒の体を紅蓮の爆炎で包み込んでしまった。

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