「破壊されるべきオブジェ (Object to Be Destroyed)」(その3)

 いつものことではあるが、最新鋭の技術が集結する本土から隔離された場所という性質上、この海上学園都市「扶桑」で起きる事件というものは、否応なしに本土から注目される。


 だが今回、事件の現場となった秘匿区域「一〇九区」の存在、その原因たる間借人LODGERの接触者たちが引き起こした一連の破壊活動とその被害状況については政府および防衛・警察機関へ秘密裏に共有される他は人目に触れることはなかった。


 一般に報道されたことと言えば、最新鋭を誇る学園都市内の通信設備が起こした障害、火災の鎮静後に現場で復旧に携わった電気通信事業者達たちの姿であり、こうした大規模な事故では「奇蹟的な光景」は自然と衆目を集める。


 これには「偉大なる先人パスト・マスター」こと、ルシール・オックスブラッドとナンシー・フェルジによるデジタルとアナログ両面での超常的情報偽装工作が奏功したのは言うまでもない。無論、この美談を伝える映像などは二人の仕事のほんの一部であった。


 「この事故、ただの通信トラブルなんかじゃない… 絶対に」


 その一方で、この扶桑には一人だけこの真実を見抜く「眼」が存在していた。

 

 時山爾子ときやまにこの「閉じられた眼レズィユ・クロ」は、既に海藤と河上の生体エネルギーが示す映像ヴィジョンが移動する様子も、波長が変調するのをオシロスコープを覗くようにしっかりと見えている。


 「二人は近くにいるのに、どこにも見えない…」


 時山にはそれが不思議だった。この二人とは海藤健輝かいとうけんき河上義衛かわかみよしえ、事故が発生した日からその姿を見た者はいなかった。


 事故のあった当日、寮の自治会活動と報告を揃って欠席しており、寮生たちの間でも「おや?」という様子だったが、翌日も姿がないということで皆がザワついてきていた。


 先の通信障害の余波で遠隔授業が中止となったため、校内は賑やかだったがこれに輪を掛けているように思える。


 「何かあったのかな」


 あの悪童の河上であっても、流石にこの事故に関与はしないだろうとか「まさか海藤と駆け落ちか」などと、笑うに笑えない冗談が飛び交っていた。


 「まったく、あの二人ときたら…」


 どうもその冗談は、かつて武道場で二人の「まさかの光景」を目の当たりにした山岡蓮やまおかれんとしては、極めて真面目に向き合わなければならなかった。


 「大丈夫だよ。あの二人なら」


 彼女の心境を見透かしたかどうか判らないが、時山はそんな風に山岡を宥めるのだった。 


 件の二人は分岐タイムラインをまたぐ異空間航行の真っ只中にあった。


 その最中に海藤は河上義衛かわかみよしえが語ったように、本流に合流するはずだった凍結された分岐タイムラインや途中で消滅したそれらが眼に入って来た。一種の銀河を思わせる光景が続いたが、やがてその映像も色褪せていった。


 「そろそろ、對爾核の信号ビーコンを拾った地点だな…」


 分岐の映像が消え、視界が開けた先には真紅の空間が広がっている。


 その空間に姿を現した光の男マン・レイ、今や「全てのものの王レイ・ディ・トゥット」の現出する姿は、その称号に違わぬものだった。


 白銀に輝く生体装甲の表面からは、結晶化したナノ・マシンがひらひらと舞い落ちており、その様子はさながら光の蝶が舞うように見えた。


 「まさしく、王の貫禄ってやつだな」


 これを河上義衛かわかみよしえ、この王を主君とする黒鐵くろがねの近衛兵はそんなことを思いながら眺めている。


 彼はその漆黒の体表を背面のバインダで体を保護しての航行形態となっていた。向こうが光の蝶ならば、こちらは鋼鉄の大蝙蝠といったところだろうか。随分と武骨で味気ない。


 例の對爾核の影も形もないが、何か仕掛けがあるのはひしひしと伝わってくる。


 迫る戦闘の昂りからか、海藤こと全てのものの王レイ・ディ・トゥットの白銀の体表には時折、黄緑色に発光する紋様が浮かび上がる。河上こと黒鐵の近衛兵も背面バインダを翼のように開き、そこには愛用の五振が収まっているのが見えた。


 「あら、もうおしまい? 綺麗な蝶々だったのに」


 二人がそうしているところに、声が聞こえた。今更その声の主には驚くまい、仄かに光る双子グリマー・ツインズが二人の前に突如姿を現した。


 「久しぶりね光の男マン・レイ、そして赤の大きな室内ラ・グラン・アンテリユール・ルージュにようこそ」

 「今度は、こっちから強引に押しかけて申し訳ないね」 

 「構わないわ。ところで、そっちの黒兎は初めましてでいいのかしら?」

 「黒兎?」


 海藤が「はて」と思うと、ダンデライオンの髪飾りをしたほうが兎の耳の手真似をしてみせた。

 それを見て視線を隣に映すと、黒鐵の近衛兵の鯰尾兜を思わせる頭部と紅い瞳からそう呼んでいるのかと納得した。


 そして当の本人はというと「いらんこといいやがって」という仕草で頭を搔いている。


 「それで、二人の探し物はこれかしら?」


 姉と思しきほうがパチンと指を鳴らすと、例の對爾核が姿を現したがそれは前に海藤が見たそれとは大きく異なっている。


 その大きさから断片であることは予想できた。更に血管や臓器を思わせる何かを覗かせるその断面、そんなグロテスクな一枚岩モノリスの中央には、なんと今の自分と瓜二つの赤黒い上半身が透けて見えた。


 「對爾核の自己修復機能で、随分なものを造ってくれたじゃないか」


 これには河上も、その視界を共有している「創造と混沌の裏庭」にいる斯波禎一しばさだかずも同意見だった。記憶の固執によって「全てのものの王」を複製、この先にあることはこれを担いだ反乱ないしは革命といったところだ。


 「黒兎は聡いのね。そう、これが私たちの新しい王… そうよねプラン?」

 「そうよ。アリスと私でキキって名付けたの。これからが始まりよ」

 「それ、中止してもらえると助かるかな…」


 海藤も自らの役目を知っている。故にこの双子、アリスとプランの思惑が察知できた。やれやれ、その可愛らしい容姿や声や仕草とは裏腹にすることなすことはまったく可愛くない。


 「そんな予定はないわ。そうよねプラン?」

 「アリスの言う通りよ。その前に、貴方達を片づけないと」

 

 對爾核の断片から漆黒の触手が幾筋も伸びるや、双子の体を絡めとり締め上げたではないか。


 「一体何を…!?」


 海藤が思わず声に出すのと同時に、触手で締め上げられた双子の骨が砕ける音や、臓腑が潰されるような音が響いた。


 「アリス、ここから始まるのよね?」

 「そうよ、私たちが始めるの…」

 「私たちは創生と破壊」

 「私たち始まりと終わり…」

 「私たちは二人で一つ…」


 河上の制止を振り切って海藤は二人を救わんと手を伸ばしたが、彼の手にはプランが付けていたダンデライオンの髪飾りがはらりと落ちた。

 そしてその言葉を最後に絶命したと思しき彼女達は、對爾核に吸収されると同時に見覚えのあるまばゆい光がほとばしった。


 「まさか…これは!?」

 「どうやら、二人の能力炉心にして完全体に…」

 

 この光に海藤は驚きを隠せず、それは河上の予想通りだった。


 對爾核の断片から、真紅に輝く生体装甲に覆われた全身がゆらりと姿を現した。そのシルエットは女性的ではあるが「全てのものの王レイ・ディ・トゥット」と似ており、左胸には蛇の環を思わせる金の刻印、頭部の銀色の仮面にはあの双子の面影があった。


 「聡いのね黒兎、これが新しい王… いえ、女王というべきかしら?」

 「そうだね。戦慄の女王Killer Queenってところかな?」


 戦闘能力については、その姿を見れば考えるまでもない。更にはあの双子のエネルギー操作能力で増幅されていることを考えれば、まさしくこの光景は戦慄の女王の戴冠式だ。栄誉ある恐怖の式典に参加した以上、することはただ一つだ。


 「さぁて…?」

 「残念だが二対一だ。卑怯とは言わせないぜ?」


 海藤と河上は臨戦態勢だったが、それにキキはたじろぐ様子も見せない。


 「ええ、それは貴方達がいうことだから」

 「何だって?」


 海藤が訝しんでいると、キキの背後から数体の影が見えた。


 「對爾核たいじかくには、防衛機構があるのは知ってるわね?」

 「ああ、見ての通り断片でもバッチリ起動してるみてぇだな」


 それも相手の戦闘能力に応じた姿となって現れるという法則がある。


 全てのものの王レイ・ディ・トゥット黒鐵くろがねの近衛兵がいるように、この戦慄の女王にも近衛兵がいるのだった。真紅で統一されているが、シルエットはこちらの近衛兵と瓜二つであった。


 「ええと、あれはそっちの兄弟とか親戚?」

 「まさか、法事なんかで会った記憶はねぇな」


 兜を思わせる頭部の意匠は各々異なっており、蝶なり、翅を広げる蟷螂、長烏帽子とこちらの鯰尾兜に敗けず劣らずの癖のある意匠で、変わり兜の大博覧会のようであった。


 何より驚くのは對爾核の防衛機構は本来であれば十三体であるはずだが、女王陛下の近衛兵たちはどんどんとその数を増やしており、大軍団となっている。


 「成程… 他の分岐タイムラインの對爾核と同期してやがるな…」

 「こういう時、敵が七分にナントカが三分って言うんだっけ?」

 「そうだな。最悪を絵に描いて額装したみたいな景色…」

 「気分は絶体絶命以下次号…」


 思わずそんなことを言いたくなるような、数えるのを止めた方が良さそうな数になった。二人は背中合わせになって周囲を警戒するが、どこを向いても敵ばかりとあっては無意味にさえ思えた。


 二人が包囲されていく中、総大将のキキはというと大軍勢の頭上に浮遊してこちらを見下ろしていた。まるで、彼女の合図次第で全ては決まると言わんばかりだった。


 「健の字、どうやら女王陛下はもう戦争に勝った積りでいるようだな?」

 「それなら、一つ指導ってやつだね… 義の字」


 その一言に、河上は思わず嬉しくなった。その気持ちは、海藤にも伝わっていた。


 「ああ、本物の強さを見せてやろうじゃねえか」


 流石というべきか、ここで心折れるような性格ではないというのは、お互いによくわかっている。今は全てが共有できた心地がする。


 そう言った海藤は右手で拳銃のサインをして、キキのほうに向けて言い放った。


 「やれよ、俺を楽しませろよGo ahead, make my day

 

 この一言には河上がたまらず声を挙げて笑うと同時に、取り囲んでいる真紅の近衛兵達が二人に殺到した。




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