「破壊されるべきオブジェ (Object to Be Destroyed)」(その3)
いつものことであるが、本土から隔離され最新技術が集約されるという性質上、この海上学園都市「扶桑」で起きる事件は否応なしに本土から注目される。
だが今回、事件の現場となった秘匿区域「一〇九区」の存在、その原因たる
一般に報道された「真相」は、最新鋭を誇る学園都市内の通信設備が起こした障害、火災の鎮静後に現場で復旧に携わった電気通信事業者達たちの姿であった。こうした大規模な事故では「奇蹟的な光景」は往々にしてある。
これには「
「この事故、ただの通信トラブルなんかじゃない… 絶対に」
その一方で、この扶桑には一人だけこの真実を見抜く「眼」が存在していた。
「近くにいるのに、二人の姿が見えない…」
時山にはそれが不思議だった。この二人とは
事故のあった当日は寮の自治会活動があったが、揃って欠席した。寮生たちの間でも「おや?」という様子だったが、翌日も姿がないということで皆がザワついてきていた。先の通信障害の余波で遠隔授業が中止となったため、校内は賑やかだったがこれに輪を掛けているように思える。
「何かあったのかな」
あの悪童の河上であっても、流石にこの事故に関与はしないだろうとか「まさか海藤と駆け落ちか」などと、笑うに笑えない冗談が飛び交っていた。
「まったく、あの二人ときたら…」
どうもその冗談は、かつて武道場で二人の「まさかの光景」を目の当たりにした
「大丈夫だよ。あの二人なら」
彼女の心境を見透かしたかどうか判らないが、時山はそんな風に山岡を宥めるのだった。
件の二人は
その最中に海藤は河上が語ったように、本流に合流するはずだった凍結された
「そろそろ、對爾核の
分岐の映像が消え、視界が開けた先には真紅の空間が広がっている。
その空間に姿を現した
「まさしく、王の貫禄ってやつだな」
王に従う
向こうが光の蝶ならば、こちらは鋼鉄の大蝙蝠といったところだろうか。随分と武骨で味気ない。
例の對爾核の影も形もないが、何か仕掛けがあるのはひしひしと伝わってくる。
迫る戦闘の昂りからか、海藤こと
「あら、もうおしまい? 綺麗な蝶々だったのに」
二人がそうしているところに、声が聞こえた。今更その声の主には驚くまい、
「久しぶりね
「今度は、こっちから強引に押しかけて申し訳ないね」
「構わないわ。ところで、そっちの黒兎は初めましてでいいのかしら?」
「黒兎?」
海藤が「はて」と思うと、ダンデライオンの髪飾りをしたほうが兎の耳の手真似をしてみせた。
それを見て視線を隣に映すと、黒鐵の近衛兵の鯰尾兜を思わせる頭部と紅い瞳からそう呼んでいるのかと納得した。
そして当の本人はというと「いらんこといいやがって」という仕草で頭を搔いている。
「それで、二人の探し物はこれかしら?」
姉と思しきほうがパチンと指を鳴らすと、例の對爾核が姿を現したがそれは前に海藤が見たそれとは大きく異なっている。
その大きさから断片であることは予想できた。更に血管や臓器を思わせる何かを覗かせるその断面、そんなグロテスクな
「對爾核の自己修復機能で、随分なものを造ってくれたじゃないか」
これには河上も、その視界を共有している「創造と混沌の裏庭」にいる
「黒兎は聡いのね。そう、これが私たちの新しい王… そうよねプラン?」
「そうよ。アリスと私でキキって名付けたの。これからが始まりよ」
「それ、中止してもらえると助かるかな…」
海藤も自らの役目を知っている。故にこの双子、アリスとプランの思惑が察知できた。やれやれ、その可愛らしい容姿や声や仕草とは裏腹にすることなすことはまったく可愛くない。
「そんな予定はないわ。そうよねプラン?」
「アリスの言う通りよ。その前に、貴方達を片づけないと」
對爾核の断片から漆黒の触手が幾筋も伸びるや、双子の体を絡めとり締め上げたではないか。
「一体何を…!?」
海藤が思わず声に出すのと同時に、触手で締め上げられた双子の骨が砕ける音や、臓腑が潰されるような音が響いた。
「アリス、ここから始まるのよね?」
「そうよ、私たちが始めるの…」
「私たちは創生と破壊」
「私たち始まりと終わり…」
「私たちは二人で一つ…」
河上の制止を振り切って海藤は二人を救わんと手を伸ばしたが、彼の手にはプランが付けていたダンデライオンの髪飾りがはらりと落ちた。
そしてその言葉を最後に絶命したと思しき彼女達は、對爾核に吸収されると同時に見覚えのあるまばゆい光がほとばしった。
「まさか…これは!?」
「どうやら、二人の能力炉心にして完全体に…」
この光に海藤は驚きを隠せず、それは河上の予想通りだった。
對爾核の断片から、真紅に輝く生体装甲に覆われた全身がゆらりと姿を現した。そのシルエットは女性的ではあるが「
「聡いのね黒兎、これが新しい王… いえ、女王というべきかしら?」
「そうだね。
戦闘能力については、その姿を見れば考えるまでもない。更にはあの双子のエネルギー操作能力で増幅されていることを考えれば、まさしくこの光景は戦慄の女王の戴冠式だ。栄誉ある恐怖の式典に参加した以上、することはただ一つだ。
「さぁて…?」
「残念だが二対一だ。卑怯とは言わせないぜ?」
海藤と河上は臨戦態勢だったが、それにキキはたじろぐ様子も見せない。
「ええ、それは貴方達がいうことだから」
「何だって?」
海藤が訝しんでいると、キキの背後から数体の影が見えた。
「
「ああ、見ての通り断片でもバッチリ起動してるみてぇだな」
それも相手の戦闘能力に応じた姿となって現れるという法則がある。
「ええと、あれはそっちの兄弟とか親戚?」
「まさか、法事なんかで会った記憶はねぇな」
兜を思わせる頭部の意匠は各々異なっており、蝶
何より驚くのは對爾核の防衛機構は本来であれば十三体であるはずだが、女王陛下の近衛兵たちはどんどんとその数を増やしており、大軍団となっている。
「成程… 他の
「こういう時、敵が七分にナントカが三分って言うんだっけ?」
「そうだな。最悪を絵に描いて額装したみたいな景色…」
「気分は絶体絶命以下次号…」
思わずそんなことを言いたくなるような、数えるのを止めた方が良さそうな数になった。二人は背中合わせになって周囲を警戒するが、どこを向いても敵ばかりとあっては無意味にさえ思えた。
二人が包囲されていく中、総大将のキキはというと大軍勢の頭上に浮遊してこちらを見下ろしていた。まるで、彼女の合図次第で全ては決まると言わんばかりだった。
「健の字、どうやら女王陛下はもう戦争に勝った積りでいるようだな?」
「それなら、一つ指導ってやつだね… 義の字」
その一言に、河上は思わず嬉しくなった。その気持ちは、海藤にも伝わっていた。
「ああ、本物の強さを見せてやろうじゃねえか」
流石というべきか、ここで心折れるような性格ではないというのは、お互いによくわかっている。今は全てが共有できた心地がする。
そう言った海藤は右手で拳銃のサインをして、キキのほうに向けて言い放った。
「
この一言には河上がたまらず声を挙げて笑うと同時に、取り囲んでいる真紅の近衛兵達が二人に殺到した。
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