「破壊されるべきオブジェ (Object to Be Destroyed)」(その2)

 特別秘匿区域「一〇九区」に展開するG.F.O関連拠点、および本部を標的とした青騎士ブラウエ・ライターと新個体、蜂の巣ラ・リーシュの再来はなかった。


 既に二十四時間が経過し、非常緊急体制はレベルが一段階引き下げられたが間借人LODGERの異能は予断を許さない。


 そんな状況であるので、現地即応班は言うに及ばず監視班から整備班も抜かりなく各々の所掌に向き合っている。


 特に甚大な被害を受けた整備班は、襲撃の跡が生々しい第一格納庫へ本部の予備部品で修繕完了した機動戦闘車両の一部を班員たちが搬入しており、警備班もまた一応の現状復旧となった。


 G.F.O本部と監視班は、破壊されつくした関連拠点の通信網修繕と導通確認を続けていたが幸いにも復旧は八割完遂、今回は海上学園都市「扶桑」で運用されている変形菌の自己組織化を応用したという独自通信網構築・保守AIシステムが大いに活躍した。


 トラフィックの経路振り分けや輻輳解消は無論、物理網の再構築最適ルートの再設定はほぼ完了、残るは火災等の被害が大きかった箇所の現地対応オンサイトということで、完了報告を待っていた。

 

 「現地、有井と童友どうゆう両班、導通試験完了です」

 「これで一〇九区全域の復旧完了ですね… 青島班長」


 やっと終わったと脱力する田宮と沙魚川はせがわの表情に、青島はクスと笑ってしまう。


 「そうだね。ありがとう… 有井班も、こういう時は助かるわ」


 この班は「兵は拙速を聞くも未だ巧久しきを云々」を地で行くところがあり、普段はその作業の荒さが悩みどころだったが、今日ばかりは役に立った。


 今回の襲撃による秘匿エリアの露呈に加えて施設の物理的破壊活動、これは通信回線にも影響を与えていた。G.F.O本部と本土の警察や自衛隊との専用線のみならず、海上学園都市「扶桑」の一般区域でも一部通信断などの影響が確認されている。


 「次の相手は人間かぁ…」


 間借人LODGERよりも恐ろしい本土の隣人たち。先ずは事件に関する電気通信事業者の総務省報告への協力は絶対として、続いては本事件に関する報道機関からの追及があることは想像に難くない。

 

 「こればっかりは、光の男マン・レイには頼めませんよね」

 「第一、未帰還じゃないですか…」

 「まさか、戦い敗れて光の国へ?」

 「冗談にしては古い上に不謹慎ですよ」

 

 あの二体からの再襲撃がないということは、何らかの形で光の男マン・レイこと海藤健輝が本件を収束させたものと予想できる。しかし、監視コンソールにはそれらしい兆候も光景は確認できなかった。更に現地即応班から安否確認と作戦行動完了連絡が速報されるはずだが、これも待ちの一手であった。


 「それにしても、遼太郎… もとい福田班長も遅いわね」

 「えっ?」


 青島も気を揉んで素が出たのか、とんだ言い間違いをした。


 無論、これを田宮と沙魚川が見逃すはずもなかった。その随分と親し気な呼び方には「ははァ~ん?」と二人そろって妙な表情で、真っ赤になって「ちがうの」と慌てふためく彼女を眺めるのだった。


 「これからは帰って来た光の男マン・レイいや、新・光の男マン・レイか… やっぱり全てのものの王レイ・ディ・トゥット二世か?」

 「何かどれも、しっくりこないかな…」

 「そうだ! 帰って来た新・光の男マン・レイ二世でどうだ!?」

 「いや、そういうことでもないんだけど…」


 噂の張本人、海藤は奇妙な場所で出くわした友人の河上義衛かわかみよしえとともに別の異空間でそんな雑談をしていた。


 個人の経験上、不思議ではない異空間などは一つもなかった。


 だが今回は、大図書館を思わせる空間が広がっており人間味がある。書棚に収まる背表紙には明らかに現実世界に存在しない言語で記載されており、手ずれした跡などから何者かが常駐、例えば仕事をしているとかそんな血の通った気配があるのだ。


 「こうしてると、普段の河上君と変わらないんだけれど…」


 あの異空間での光景を思い出すと、山ほど聞きたいことがある。そんな彼の表情から、河上は色々と察したようだった。


 「マァ何だ… 話すよりこうするほうがいいか」

 「えっ?」

 「ちょっと失礼」


 そう言って河上が海藤の額に指でスッと触れると、一気に情報が鮮やかな映像と共に流れ込んでくる。


 「柔らかい機械ソフト・マシーン… 金属生命体!?」

 「ああ、本来は不定形。あの甲冑は能力を制限してる時の姿だ」


 自己修復、増殖を可能とし単体で種族を完結する究極生物であり、全てのものの王レイ・ディ・トゥットに準ずる戦闘力を保有する白兵戦特化型最終防衛機構である。

 外見は王が白銀の体表であることに対して、さながらその「影」であることを表すように漆黒一色だ。生体装甲ということは共通しているが、より機械的メカニカルで流線形の意匠となっていた。

 何よりその鯰尾兜を思わせる頭部、面頬フェイスガードのスリットから覗かせる紅い眼が印象的だった。更に背面にある翼のようなバインダには、得物と思しき五振の太刀が見える。


 「これが本当の姿…」 

 「王の隣に相応しい姿… ドレスコードってやつかな」


 そういうと河上の姿はなく映像の中で見た漆黒の近衛兵がこちらをじっと見ている。背丈は本人より遥かに高く、一九〇センチ以上はあるだろう。


 「それと分岐タイムラインの文明成熟度に応じた擬態、潜伏監視も主な任務だが… マァ何だ。公儀隠密ってところかな」

 「ということは、その姿も? でも、どうやって…」

 

 河上義衛という人間に擬態したのであれば、本人はどこかにいるはずだと海藤は不思議に思った。まさか始末したということはないだろう。


 「凍結した支流の分岐タイムラインを一部解凍してる」

 「ごめん、もっと簡単に」

 「元々あったものを、一時的に借りているってトコかな」


 言われてみれば道理であるように思われる。確かに、あれだけ個性というか癖の強い男子は日本に一人しかいないと納得することにした。

 

 「マァ何だ。その辺は禎の字の仕事だ。アイツから特別補習でも受けるこったな」

 「禎の字… えっ!? それなら斯波学長は…」

 「私は全てのものの王レイ・ディ・トゥット分岐タイムライン監視を輔弼する大監察だいかんさつ、大目付といったところだ」


 気が付けば、斯波が二人の前に姿を現していた。何だかさっきから驚いてばかりだなと海藤は思った。


 「するとここは…」

 「創造と混沌の裏庭、時間の干渉をすら寄せ付けない専用領域だ。ふたりとも無事の帰還で何より…」


 この空間の性質は、本来の大目付としての役割からくるものだろうが、海藤からすればいかにも仕事の虫な斯波らしい能力に思えた。

 

 「禎の字のほうは、無事じゃなさそうだな?」

 「G.F.Oは体制復旧したが、どうにも對自核たいじかくで異変があった」

 「マァ何だ。こっからは俺たちの仕事だな」

 「あの… 對自核たいじかくって?」

 「ああ、コイツは遍く分岐タイムラインに転送される審判の代行者、御代官ってとこだな」


 河上がそんな風にいうので人間的なフォルムを海藤が思い浮かべたが、空間に映されたのは一枚岩モノリスのような漆黒の金属板だった。


 「そして、これが情報集約の中核ハブとなる原子心母だ」


 斯波が補足すると、海藤の頭上にふっと影が差した。見上げてみるとこの白銀の鯨を思わせる巨大な物体が頭上に現れている。その表面には、彼方此方に入った金継ぎのようなラインが時折点滅しており、交信している様子が伺える。


 「不完全第四次幻想の分岐タイムラインで防衛反応があったのだが、これが扶桑でも確認された」

 「こういうのは素人ですけど、恐らく罠ですね」

 「双子の目的は判らねぇが、何か企んでるってとこか」


 既に全てのものの王レイ・ディ・トゥット、自分たちの主君であるはずの海藤が、相変わらずの様子なのは斯波と河上には少し可笑しかった。

 

 「残存戦力を考えれば、絶対防衛圏に仕掛けることになる」

 「マァ何だ… 要するに大団円はもうすぐってことか」

 「大団円、ね…」


 河上の言葉を、海藤はそんな風に反芻していた。ようやく訪れたこの日々の終わりと始まり、幸福な結末とはどう始めるかにある。


 今がその時だ。

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