第13話「破壊されるべきオブジェ (Object to Be Destroyed)」

「破壊されるべきオブジェ (Object to Be Destroyed)」(その1)

 「健輝、目を覚ませ…」


 幾度となく繰り返されるどこか懐かしい声に、海藤は意識を取り戻したが、異変はまだ終わっていないようだった。


 今度は小原尚美がエマク・バキアで展開した異空間ではない、別の空間が目の前に広がっている。


 「一難去ってまた一難… あり得なくはないか」

 

 まるで無という概念を具現化したような黒一色の空間、負傷した手足の痛みはなく戦闘の疲労も感じることもない。まさか、死後の世界とも考えたがそうではないようだ。


 「この景色、あの時の!?」


 黒一色だった周囲には、いつのまにか十年前に仄かに光る双子グリマー・ツインズが引き起こした風景が映し出されている。


 幼少の時分、間借人LODGERの接触者として米国の研究機関にいた頃、その能力の暴走や脅威として幾度となく見る機会はあったが、今までに見たどれとも違う視点からの映像だった。


 何れも双子の襲撃によって設備が破壊されていくが、そこにあるのは研究中の惑星間次世代ネットワーク機器群であり、なんと研究に参加していた海藤の父、健斗がはっきりと映っているではないか。


 「父さん!?」

 

 何やら負傷しているようだが足取りはしっかりとしており、現場から脱出している最中に見えた。そこに双子が爆炎を操り、超合金のセキュリティゲートを両断しながら迫っていくのだが、父の他にもう一つ人影がある。


 「あの光… まさか光の男マン・レイ!?」


 それは自分にこの能力を授けた光だったが、発光が段々と弱まっており双子に追い詰められているように見えた。そこに健斗が現われ何事か叫んだと同時に光の男マン・レイ光は輝きを取り戻し、六枚の翅を持つ白銀の人影のようなものが一瞬見えたが、双子と共に消失してしまった。

 

 「一体何が起きたんだ…」


 映像が消えると海藤の目の前には人の形をした光、紛れもない「光の男マン・レイ」が立っていた。

 

 「長い付き合いだけど、名前を聞いてなかったね」

 「本来の名はレイ… 全てのものの王レイ・ディ・トゥットだ」

 

 その一言には思わず固まってしまう。ナノ・マシンの機能停止で苦しんだ時、潜在意識の中に現れた仄かに光る双子グリマー・ツインズが語っていた名前ではないか。

  

 「それで、王の御用向きは何かな?」

 「君を助け出すには、今の能力では不十分だ。全ての能力を解放する必要がある」

 「それは… さっき見せてくれたやつかな」

 「そうだ。双子は私を討ち果たさんと機会を伺っていたのだ」

 「なんでそんなことを?」

 「私は全ての分岐タイムラインを統べる存在だ」

 「どういうこと?」


 海藤が尋ねると、全てのものの王レイ・ディ・トゥットはすっと手をかざした。すると周囲には分岐タイムラインが創生と消滅を幾度となく繰り返してきた光景が映し出された。全ての分岐タイムラインはそのサイクルを繰り返し、やがては一つの円環に帰結していく。 

 

 「あの双子はこのことわりから逸脱しようと、私の排除を試みている」

 「もし、逸脱すれば?」

 「全ては一つであり一つは全て… 逸脱の先にはいかなる創造や進化は存在しない」

 「なるほど、それで襲撃は成功したけれど、父さんが邪魔をした…」

 「彼の勇気がなければ、双子を撃退することは不可能だった」

 

 あの映像の意味が判って来た。能力を完全に発露させるには依り代が必要、それは全てのものの王レイ・ディ・トゥットも同じこと。父は最初の光の男マン・レイとなり戦ったのだ。


 あの時、父が現場から脱出しようと思えば、それだけの体力は確かにあっただろう。


 だが健斗は仄かに光る双子グリマー・ツインズに立ち向かう存在を知って、力を貸そうと決めた。傷ついた体での能力発露、あの事故の規模、最後の消失が意味するところは直ぐにわかった。

 

 「それはわかってる… わかってるけれど」

 

 事故に巻き込まれてただ犠牲になったのではない。圧倒的な絶望の中でも多数を護ろうとした示した勇気が起こした紛れもなき奇跡だ。それでも、残される自分たちを考えることはなかったのかという気持が海藤にはあった。


 一気に受け入れることの出来ないような余りに大きすぎる過去だったが、この過去を否定することは、父が護ろうとしたものを否定することだ。


 あの勇気がなければ、自分と同じような人間がもっと大勢いたはずだ。


 そして自分のように真実に辿り着くことも向き合うこともできないのだ。そんな苦しみを抱える未来を父が望まなかったのなら、自分が望むはずもない。

 

 「私は本来奪う必要のないものを奪ってしまったのだ」

 「レイ、それは違うよ…」

 「違う?」

 「父は君に託したんだ。そして君から僕が受け取った。一つは全て、全ては一つ… それがことわりだっていうなら、そうするだけだよ」


 誰かがそうしなければならないのなら、自分だってそうする。託された未来を投げ出すことも、この過去から逃れるつもりも全くない、その覚悟に対する全てのものの王レイ・ディ・トゥットの言葉は無かったが、彼が海藤を抱き寄せると強烈な光と共に温かいエネルギーが流れ込んでくるのが判った。


 そして今、その発動した力とともに海藤は戻って来たのだ。


 「桁違いってどころじゃない… この能力は…!」


 自分を散々に苦しめた小原の蜂の巣ラ・リーシュはおろか、その外見だけで身体構造変異ウンハイムリッヒの上位種と判る青騎士ブラウエ・ライターすら一撃で戦闘不能に陥れた。


 気を失っている二人に近づき、海藤はすっと手をかざした。ナノ・マシンによる生体スキャンを行うと元の身体には負傷がないことが判った。

 

 「良かった。無事だ」


 異空間すら貫通する光線の狙撃、何万ジュールの熱量と威力か判らないがどうやら加減はできているようだ。


 「光…? 一体何だ?」


 そこで意識を取り戻した小原はハッとするとや、蜂の巣ラ・リーシュとエマク・バキアも能力を未発露であるにもかかわらず、海藤に敢然と立ち向かって来た。


 「これ以上、やらせるかよ…!」


 圧倒的な格闘センスは健在だったが、ナノ・マシンにより保護される生体装甲に素手で適う訳もなく、打ち付けるたびに逆に彼女の拳からは血潮が滲んでいる。


 自分のエマク・バキアの異空間操作すら超越する攻撃が出来る相手、素手で適う相手ではないことはいやというほど判る。更にはあの光線で狙撃された時、青騎士ブラウエ・ライターが自分を庇った。


 能力でも敵わず、最愛の人まで傷つけられた。その無力さを振り払うような彼女の攻撃を、海藤は甘んじて受けていたが、腕を掴んで一喝した。


 「やめろ! 戦いはもう終わったんだ!」 

 「その声… まさかお前!?」


 二人の間に一瞬の沈黙があった。戦闘力も理解も追い付かないような圧倒的敗北、白銀戦士を、じっと見つめている姿が白銀の体に映っている。聞き覚えのある声、光の男マン・レイこと海藤の声に小原はようやく抵抗を止めた。


 「さっさと殺せよ…」

 「そんなつもりはない」

 「なら、どういうつもりだよ!?」

 「君はそうしなかった。僕は君達から力づくで奪うものなんて、何一つないんだ」

 「何だよそれ、本当に… 何だってんだよ」


 今や光の男マン・レイに向かっていくことはできない。自分たちの持つ力が何一つ及ばないことがわかった。そこに座り込んで、泣きだしたくなるような気分だった。


 「君の能力も、青騎士ブラウエ・ライター… 黒木さんも無事だ」

 「気安く呼んでくれるなよ…」


 小原はそう言いながら、黒木環那を助け起こすとエマク・バキアを展開して異空間へ撤退した。


 「そんな風にして相国入道清盛は佐殿、源頼朝を見逃して一族を滅ぼされたぜ?」


 海藤が声のした方を向くと、そこには黒糸縅の甲冑武者が横たわっている。


 不思議なことに中身が見えないが、装備の損傷からまさしく満身創痍、あたりに黒い液体が飛び散っている。

 

 「君は…」

 「初対面だが、知らない顔じゃない。そんな顔だな」

 「そうだね… 河上君がどうしてここに」

 

 まったく解せない状況だった。この武者は、海藤本人の感覚の眼で見れば隣人の河上義衛かわかみよしえに見えた。


 「マァ何だ… この続きは場所を改めよう」

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