「青騎士(Blaue Reiter)」(その4)

 眩いばかりの一条の光が、彗星の如き速度で二人に迫る。


 その光が眼前で更に弾け激しく瞬いたと思えば、その中心に人影のようなものが現れたではないか。その姿は黒木と小原の目にも、青騎士ブラウエ・ライター蜂の巣ラ・リーシュの体表にもはっきりと映った。


 「何だよコイツは…?」

 「見たところ、同じ身体構造変異ウンハイムリッヒってところかしら?」


 白銀一色で統一された全身に生体装甲ともいうべき外骨格を持っており、青騎士ブラウエ・ライターと同じく戦闘の様式と一目で判る。この白銀の来訪者は紛れもない戦士だが、頭部を覆う仮面は穏やかで女性的な表情が伺える。


 「そうだろうな。でも、味方ってことはないね」

 「同意見ね」


 構えることもなく、沈黙を保ちながら白銀の戦士はこちらを見ている。時折、緑色のラインがパターンを伴って浮かび上がるが、悠長に観察している暇はない。


 「いつまでそうしてるか知らないけど!」


 小原は躊躇うことなく蜂の巣ラ・リーシュのハニカム構造を展開、全周囲から散弾を射出したが、これに動じることなく直立不動のままであった。


 だが、不動のままである理由は直ぐに判った。よく見ると周囲が陽炎のように揺らいでおり、何かが周囲の空間を歪めており、散弾は着弾することなく消滅しているのだ。


 「まるで歯が立たない!?」

 「防壁があるなら…」


 黒木こと青騎士ブラウエ・ライターが、散弾が止むのと同時に肉薄し、粟田口の短刀のような鉤爪で刺突を繰り出した。


 そこで白銀の戦士は左手をかざすと、青騎士ブラウエ・ライターの腕がピタリと止まる。このまま押し込むことも、引くこともできないでいると、左手が閉じられるとともにぐにゃりと曲がり、その巨躯を吹き飛ばしてしまった。


 「遂に目覚めたか…」


 河上の声が届くはずもなかったが、この白銀の戦士は自動作用オートマティズム身体構造変異ウンハイムリッヒ異環境展開デペイズマンの全てを備える強烈無比の異能、何よりあの白銀の光を忘れるものか。


 「全てのものの王レイ・ディ・トゥット」は、あらゆる分岐タイムラインを統べる存在であり、河上と斯波禎一しばさだかずにとっては唯一無二の主君でもある。


 全てのものの王レイ・ディ・トゥットの能力は、現代科学であれば光の男マン・レイが持つ万能ナノ・マシンの究極発展系とカテゴライズされるだろう。


 ナノ・マシンによる超回復の応用から分子レベルでの身体構造変異、その堅牢な生体装甲はあらゆる兵器の攻撃を無効化するのみならず、異空間との境界をも超越することが可能である。


 さらに応用として空中に散布することで異空間の防壁を作るという応用性、これでもまだ能力の一部を発露にしたに過ぎない。


 「環那、大丈夫か!?」

 「ええ、でもまるっきり歯が立たないわね」

 「こんなのに構っていられるか。目的は済んだんだ、このまま本丸に転進しよう」

 「同意見ね」

 

 二人が異空間から脱出する瞬間、白銀の戦士に異変が起きた。その白銀の体表に極光オーロラのような光がほとばしり、ばっと突き出した右の拳打から渦のような光芒が稲光を伴いながら放出された。


 逃走する相手に一手遅かったように見えたが、これで十分だった。この一撃は異空間を貫通し、その先に逃走した二体を見事に狙撃していたのだ。


 異空間の中で、その直撃を受けた二人は再び姿を現した。


 回避はおろか予測不可能のこの一撃、青騎士ブラウエ・ライターの堅固な外骨格を融解、蜂の巣ラ・リーシュのボディは白濁化し、例のハニカム構造の散弾は射出不可能となっていた。


 「信じられない…」

 「空間を超越する攻撃…」


 小原と黒木は余りに強大な相手に為すすべなく元の姿となり、そのまま倒れ込んでしまった。


 「まだ光の翅が現れていないというのに…」


 覚醒から間もなく、本来備える六枚の「光の翅」がなくいわば蛹の状態であったが、これほど能力への順応と発露は驚く他はない。


 「健の字らしいな。まったく…」


 それでいてあの一撃ならば、二体を異空間もろともに消滅させることなどは容易いはずだが、そうしなかったということは光の男マン・レイこと、海藤健輝の意思がはっきりと存在している証だった。


 同時にそれは海藤が光の男マン・レイに至る過去と彼が向き合い、受け入れたことだということでもある。


 「そうか。彼は心を決めたか…」


 斯波禎一しばさだかずもまた、この事実を一つの覚悟とともに受け入れていた。いつか自分が語るべきと思っていたことを、海藤は自ら進んで向き合った。不覚悟であったのは、どうやら自分自身のようだ。


 「時は来た。ただそれだけだ…」


 彼はG.F.O本部襲撃の折りにはと、反撃のために「混沌と創造の裏庭」を展開していたが、そこからでも全てのものの王レイ・ディ・トゥットが出現した証である光柱がはっきりと確認できた。


 そして、この光柱は「赤の大きな室内ラ・グラン・アンテリユール・ルージュ」に潜む仄かに光る双子グリマー・ツインズこと、アリスとプランの瞳には忌々しげに映っていた。


 「プラン… もう、少しの猶予もない」

 「そうねアリス。もうここで終わりにしましょう」

 「そうよ。ねぇ、貴方もそう思うわよね?」


 彼女達が背後に視線をやると對爾核たいじかくの漆黒の表面から、何かがその光に誘われたように赤黒い上半身を現わしている。


 その姿は「全てのものの王レイ・ディ・トゥット」に瓜二つであった。

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