「青騎士(Blaue Reiter)」(その3)

 「健の字は俺が探す。それと一発ぶちかましてくる」

 「友人を傷つけられた怒りは最もだが… その感情は足を掬われるぞ。光の男マン・レイの奪還が第一目的だ」

 「それはぶちかました後にする。でなけりゃ収まらねえ」


 極彩色の異空間に突如姿を現わした黒糸縅の甲冑武者、仮初の戦闘形態となった河上義衛かわかみよしえは、そんな風に斯波禎一しばさだかずに啖呵を切ったのを思い出す。


 「どのみち、あの階層防御を突破するには、エマク・バキアをどうにかしないとな…」

 

 健の字、海藤健輝が監禁されている異空間は、十重二十重の異空間の階層防御が施されている。無理やり突破すれば、奪還はおろか自分の帰還すらも覚束なくなる。


 「あら、こんな時に考え事?」


 すかさず斬り込んでくる青騎士ブラウエ・ライターと大太刀で切結んでいると、後方から蜂の巣ラ・リーシュの散弾が襲ってくる。厄介なのはその誘導性、飛び退いたところで躱しきるのは難しい。


 「危ねぇ、油断してるとコレだ… まったく忙しない!」


 この二体、完全第一次幻想の分岐タイムライン身体構造変異ウンハイムリッヒがフルパワーで暴れまわることを考えれば、主戦場が海上学園都市「扶桑」ではなく、この異空間に留まったのは幸いだった。


 それも能力強化を施した二人を相手にすることは大分難儀する。周囲の安全を気にかけて戦えるほどの余裕はない。


 「この連携、肌を重ねてる同士ってのなら納得だな」

 「あら、愛の力と言ってほしいわね。ねぇ、尚美?」

 「ああ、それとこないだのは帳消しにしてないからね?」


 青騎士ブラウエ・ライターは同族の蒼い馬ブラウス・フェアートが誇る機動力と攻撃力の連携で知られた存在だ。異なる身体構造変異ウンハイムリッヒとここまでの連携が可能とは驚かざるを得なかった。


 「マァ何だ。それにしたって、また侵入されるとは不用心じゃねぇかな?」

 「ふふ、逆だよ。空けておいたんだ。ハニーポットってやつだよ」

 「何だと?」

 「その通り。尚美のお陰で貴方がどの次元から現出したのか丸っと御見通し」


 全く頭を掻くしかない事態、侵入の検体検知にまんまと引っかかった。斯波に啖呵を切ったのはG.F.O本部の局長室、頭に血が上っていた。どうやら、あの堅物冷血漢の言うことも一回くらいは聞くものだと自嘲する。


 「さて、どうする?」

 「ああ、そんなら次はお前の蜜壺を試させてもらおうかな」

 「このクソオス… 殺すぞ」


 蜂の巣ラ・リーシュが得意の散弾ではなく、胴回し回転蹴りを喰らわせてきた。攻撃パターンとしては本体の小原自身の能力のそれなので、相当に怒ったのが判った。もともと強烈な一撃だが、身体構造変異ウンハイムリッヒの力もあってさらに強烈となっており、河上を後方に吹っ飛ばした。


 それを逃すものかと青騎士ブラウエ・ライターが肉薄して、例の粟田口を並べたような鉤爪の諸手突きを繰り出してきた。


 この一瞬で半身で躱しつつ、胴の隙を狙って河上は左手の一本突きを繰り出そうとしたが、右側面から強い衝撃を受けた。


 「何!?」


 何事かと眼をやると、蜂の巣ラ・リーシュが空間の隙間から半身を現わして、がら空きとなった側面から至近距離で散弾を浴びせていたのだ。


 もろに散弾を浴びた左腕は大太刀もろとも千切れ落ち、両脚も打ち抜かれているのが判った。体勢を崩して倒れたところに、容赦なく散弾が降り注いでくる。


 「これじゃ、再生が追い付かねぇ…」


 自分の再生能力に関しては前の接触で学習したと見える。単純だが休みなく攻撃を与え続けることで、その暇を与えない。真っ黒なコールタールのような液体をまき散らしながら、只管に耐える他はなかった。


 散弾の雨あられが止むと、二人がこちらを見下ろしている。


 「さっきは大層な名乗り口上だったけれど、これで御終いかしら?」

 「馬鹿野郎… まだ始まっちゃいねえよ」


 河上の一言に、青騎士ブラウエ・ライターは渾身の力で胴に踏みつけストンプを喰らわせて黙らせると、ずしと跨ってきた。


 「上に乗られるのはお好きかしら?!」


 馬乗りになった青騎士ブラウエ・ライターは、鉤爪を容赦なく急所に突き立てる。普段であればダメージにもならない筈のこの攻撃、弱体化した今となっては一突き毎に漆黒の血液が飛び、激痛が走る。

 

 「そんなに声を上げなくてもいいわ。優しくするから…」


 辛うじて動く右手でその鉤爪を押し返そうとしても、びくともしない。それどころか刺し貫かれてしまった。


 一方で青騎士ブラウエ・ライターこと黒木は、この暴力に一種の絶頂エクスタシーを感じており、その手は益々激しくなるばかりだった。


 「環那、もう止めな」

 「あら、今からが良いところだったのに」


 そういってゆっくりと立ち上がった姿、黒い血に濡れた姿が蜂の巣ラ・リーシュの透明なボディに映されるのを見ると「騎士ならばこの姿こそ美しい」と環那は思った。


 「ああ、そうだ… 死んでなけりゃ最後に一つだけ聞いておこうかな」


 本体が見えず、尚且つこれだけの攻撃を受けても死ぬ気配を見せない。斯波禎一の奥の手というが、どうもこの主従は謎が多すぎる。


 「お前や斯波は、人間でも間借人LODGERでもない… 一体何者なんだ?」

 「さっき言ったが風来坊… いや、恒点観測員三四〇号ってことにしておこうか」

 「ああ、そう。お前がムカつくやつだってのは判ったよ」


 そう小原が言い捨てると、蜂の巣ラ・リーシュの散弾が頭部を狙う。だが瞬間、突如として異空間を揺さぶるような轟音があり攻撃の手を止めた。少なくとも、このムカつくクソオスの仕業ではない。


 「何、今のは…」


 これには青騎士ブラウエ・ライターも思わずたじろいだが、段々とその音が高まるとともに異空間へ亀裂が広がっていき、徐々に崩壊を始めているではないか。


 そして浮遊していたエマク・バキアの半透明のボディが砕け散ると同時に、亀裂だらけとなった極彩色の異空間は消滅してしまった。


 「嘘だろ… 異空間を破壊するなんて」

 「尚美! 何か来るわ!?」


 果てしない真っ黒な異空間の先に、一条の光が見えた。

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