「青騎士(Blaue Reiter)」(その2)

 現在、G.F.O本部では局長の斯波禎一しばさだかずが非常緊急体制を発令、現地即応班は本部にて完全装備の上臨戦体勢のまま待機、難を逃れた整備班一同は本部と秘匿工廠で保管していた余剰部品や研究用の車両を臨戦態勢に仕上げにかかる。

 

 この連中はバックヤードでありながら「なんのこれしき」という根性で仕事に臨んでおり、有事対応怯むどころか益々元気になるという面白い性格の職人集団だった。


 そして監視班および解析班には、光の男マン・レイの捜索にあたっていたルシール・オックスブラッドが連携し、米国のL.O.WLODGER Observe Workgroup と監視体制の同期共有を開始した。


 「事案発生後、一切の通信記録なし… またあの空間に」


 前回は異空間展開の瞬断を狙って彼の端末へアクセスしたが、向こうで端末が破壊されたと見るのが妥当だろう。無論、監禁の実行者も長々と留まっているはずもなく、全てのポートが閉鎖されているようなものだった。


 ルシールは自分の力が及ばなかったことが赦せない様子だが、同じく「偉大なる先人パスト・マスター」と呼ばれるナンシー・フェルジはこの有事にあっても落ち着いていた。


 「ルシール、我々の任務を完遂しましょう」

 「ええ、でもね…」

 「斯波局長に失望されるのが怖い?」

 「そんなんじゃないわよ」


 悲し気なルシールの表情は見ていて可愛い上に、少し虐めるのは楽しいのだ。だが、今はそんな性癖を出している場合ではないとナンシーは気持を入れ替える。


 「行きて汝のなすことをなせ、昔から言うでしょ?」

 

 それはある聖人が、去って行くはみ出し者あるいは裏切り者にかけた言葉ではないかとルシールは思ったが、今はその通りだと思う。

 

 「そうね。光の男マン・レイの消失を知って、連中が早まったことをしないように指導が必要ね」

 「あら、流石ルシールね。やっぱり仕事が早い」


 海藤の捜索をしている最中に本土からの出張者たち、警察や自衛隊の情報部隊の通信が活発になっていることをルシールは見逃していなかった。


 そしてアナログ情報の操作、解析に特化したナンシーなどは、出張してきている公安連中の御家芸、手書きのやり取りは、扶桑に来てから収集を開始しておりアーカイブしている。


 G.F.Oと政府の各機関は連携していても、各々の組織が一枚岩で間借人LODGERに対応しているかと言えばそうではない。男という生物は、いつの時代でも有事の際には功名を求める愚かな行動を止めることができない。


 「これだから男ってのは…」

 「ね?」

 「ね? じゃないわよ。それと何よその顔」


 ルシールは、ナンシーの妙な表情と視線が気になる。まるで「私は知っているんだ」という謎の確信に満ちた眼差しだ。さっきの真面目な空気はどこにいったというのだ。


 「大丈夫よ。私、判ってるから」

 「だから何を?!」


 そんなやり取りをしている二人に、監視班の青島から映像通話が入った。


 「文香、もしかして終わったのかしら?」

 「はい! 現地映像のノイズ除去完了、各班の報告内容と一致しています」


 共有された映像にはハッキリと青騎士ブラウエ・ライターともう一体が視認できた。


 こちらは随分と女性的なフォルムをしており、透明のボディから見える金色の金属骨格が美しく、さながら見た目は美術品のようであったが、散弾を射出しながら哨戒機を蹂躙していく様子はそれに反比例したような荒々しさだった。


 「攻撃手段から、DALIを破壊したのはこちらね」 

 「とんでもない攻撃力ですね… 新手の間借人LODGERでしょうか?」

 「新たな入居者は募集してないから、同居人かしら」

 

 ナンシーはそう言いながら、彼女の能力で取得した記憶の映像ヴィジョンを共有すると青騎士ブラウエ・ライターこと黒木環那と小原尚美が映っていた。


 「ところで、いつの間に現地調査を?」

 「学校、生徒会宛てに文化祭の写真を一枚寄贈したのよ」


 ルシールはなるほどと思った。連中がその写真を見ているとき、写真の中からナンシーもこの現場を見ていたということだ。


 その映像ヴィジョンで小原が左手を差し出した時、新手と思われる個体と同じ特徴がはっきりと確認できた。


 「彼女は異環境展開デペイズマンだったはず…」

 「未分化アンノウンだった能力を追加したと見るべきね」


 空間を操作する異環境展開デペイズマンと、現代兵器を凌駕する戦闘能力を得る身体構造変異ウンハイムリッヒのかけ合わせとなれば、異次元を自由に行き来する超獣ではないか。

 

 「でも、能力には何らかの制限がある様に見えます」

 「文香の言う通りね。でなければ最初から本部を狙うはずよ」


 瞬間移動なら目的地の座標情報、あるいは必要なエネルギー充填だろうか。ならば学園都市「扶桑」の内部に位置するこのG.F.O本部を特定できなかったことは合点がいく。成程、第一波でこちらの戦力を削ぎつつ、生かした人員たちの動きを観察しているのだろう。


 そして第二波の準備は完了しつつあった。


 黒木環那こと青騎士ブラウエ・ライターは潜伏している異空間を漂うエネルギーを吸収し、臨界となっており例の虎のような縞紋様が鮮やかになっている。


 「尚美、そっちはどう?」

 「ああ、今なら第七艦隊にだってかちこめるよ」


 一方で小原尚美もまた蜂の巣ラ・リーシュの再装填完了といったところだった。異空間操作からのエネルギー生成、二人の取り合わせは無尽蔵の戦力を得たに等しかった。


 「さて、問題は本丸の位置だけど…」

 「ええ、そろそろ見つかるわ」

 「ああ、そいつは良かった」


 聞き覚えのある声に二人が振り向くと、やはりあの時の黒糸縅の甲冑武者が居た。それも頬杖をついてゴロリと寝転んでいる。面頬と兜の隙間からは、相変わらず空っぽの中身が見えた。


 「ものはついでで何だが… 俺も友達を探しているんだ。何か知らないかい?」


 そう言ってひょいと起き上がったと同時に、小原が蜂の巣ラ・リーシュの散弾を頭上から降らせたが、貫いたものは甲冑武者の残像だった。


 「こいつはとんだご挨拶…」

 

 おいおいという調子で二人を眺めつつ、彼は身の丈ほどもある大太刀を空間から出現させた。どうやら本気だと二人は理解した。そして青騎士ブラウエ・ライターもまた、粟田口の短刀の如き鉤爪を引き出していた。


 「そういえば貴方の名前を聞いてなかったわね?」

 「ああ、名前か…」


 甲冑武者は青騎士ブラウエ・ライターからの問いかけに「さてどうしたものか」と少し考えた。

 

 「通りすがりの風来坊… 稼業駆け出しの未熟者ですが万事万端よろしくお願いなんして、ざっくばらんにお頼み申します」


 そう名乗りを上げると同時に大太刀が鞘走り、青騎士ブラウエ・ライターの鉤爪とかちあって火花が爆ぜて鍔迫り合いとなった。


 「毎度の仁義、御苦労さんです。それではざっくばらんに参りましょう」


 青騎士ブラウエ・ライターが体格に物言わせた突進で間合いの外に弾き飛ばしてやると、すかさず蜂の巣ラ・リーシュの散弾が絶対不可避の軌道を描いて降り注いできた。

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