第12話「青騎士(Blaue Reiter)」
「青騎士(Blaue Reiter)」(その1)
特別秘匿区域「一〇九区」に位置するG.F.Oの第一格納庫では、整備班たちが機動戦闘車両の緊急修繕に臨んでいた。
常日頃から駆動系試験といったハードウェア面は無論のこと、射撃統制システムのアップデートであるとか操縦系ソフトウェアの改良は常に本土の自衛隊駐屯地から共有されており、まさしく臨戦態勢であることをこの連中は誇りとしている。
だが今日ばかりは緊急も緊急、
今回の事案では、あの新鋭技術の結晶たるDALIを大破せしめる脅威の出現ということで、斯波局長および現地即応班の福田から追加注文があった。
「対主力戦車を想定とした一部装備の換装… 一体、相手はどんな奴なのか」
整備班主任の榎本は、即応班の福田と本部局長の斯波を思い浮かべていた。
要求事項の再確認と改修の対応状況の立ち合いで各班を見て回っていると、一人だけボーっと格納庫の外を眺めている技師を見つけた。
「大鳥ぃ、何をボーっとしてるんだよ」
「あっ、榎本
榎本の声に気付いたのは、自衛隊時代から先輩後輩であった大鳥技師であった。
「あれ、ちょっと見てくださいよ」
大鳥の視線の先には、格納庫秘匿用に人工植林された林がある。その少し開けたところに、黒髪の少女が立っているように見える。
年のころから言えば東京新区統合校の高等部くらいだろうが、この一〇九区に立ち入ることはまずありえないタイプだ。表情は読み取れないが、じっとこちらの方を見つめている。
「まさか迷子って訳じゃねえだろう」
「ええ、それにまだ
榎本がけげんな表情で眺めている傍らで、大鳥が情けない声で言うので「おいおい」と思ったが、ここで榎本に声を掛ける技師がいた。
返事をしてそちらのほうを向いた時、今度は素っ頓狂な声で大鳥が叫んだ。
「大鳥が鶏みてぇな声を出すんじゃねぇよ!?」
「き、消えました…」
「何だと?!」
再びその場所に視線をやると、確かに例の人影が忽然と消えている。一瞬の出来事ではあったが、榎本は躊躇うことなく専用携帯端末から監視班と現地即応班に連絡した。
「整備班主任の榎本、第一格納庫付近で民間人の侵入事案。監視班、確認を求む」
「
榎本の会話を聞きながら、ここで大鳥も真剣な表情になる。このタイミングでの侵入者、というよりもあれは
「大鳥、今すぐ格納庫と付近ゲート閉鎖と全班員の安否確認、それと全車両整備完了から即応班の引き渡しがあるまで一切の外出禁止を」
「ええ。既に班員の端末へ共有済みです」
「流石だ。それと、有事の際は各自発砲を許可すると頼んだ」
「承知しました」
二人の段取りによって、格納庫や周辺はすっかり閉鎖されて安全になった。リアルタイムで監視班からの施設内への侵入検知がないことが共有されており、自分たちの仕事も変わらず続いており、仕事の音と機械油のにおいが満ちている。
「あとは、現地即応班の合流待ちか…」
そう思った時、この職場には似つかわしくない香りが一瞬漂った。
はてと大鳥が振り返ると、そこには先ほどの少女が立っているではないか。二重瞼で艶やかな黒い長髪、血色の良い頬に柔らかな微笑みを浮かべているのがはっきりと目視できる。
「こんばんは」
「あ… ど、どうも、こんばんは…」
悲劇が来るときは単騎ではなくかならず軍団で押し寄せる。
このような一文をシェイクスピアという文豪は遺したが、まさにその軍団がG.F.Oの監視班に押し寄せてきており、
第一格納庫から「襲撃あり」というアラートを契機に、一〇九区に点在するG.F.Oの警備および防衛機能を有する要所が続々と襲撃が開始されたのだ。
「
「田宮班、現時刻にて周辺警備班との通信断、これで完全沈黙です」
第一格格納庫で機動戦闘車両は無惨にも輪切りにされており、第二格納庫で出動を待っていた新鋭の哨戒用武装
第三者の侵入の痕跡なく短期間かつ広範囲での連続襲撃、この襲撃パターンに監視班には緊張が走った。
「現地の電波干渉と磁場の乱れ、熱源発生、空間放射線量は通常…」
どうやら
「DALIに続いてまさか新鋭機まで…」
「
「間違いなく最後の攻勢でしょうね」
現在、ルシール・オックスブラッドを中心に
さらに襲撃者について、双子ではないとしてもこれまで分析した
難局を目の当たりにしている監視班に、緊急回線への入電があった。これを受けた田宮が飛び上らん勢いで叫んだ。
「警備班および整備班の全員無事を確認しました!」
これだけの襲撃と被害の中で、一つ奇跡を見つけることが出来た。ならば、ここからが勝負というものだ。
その襲撃者たちは第一波の攻撃を終えて、異空間に姿を隠していた。
「虎よ虎よ、明々と燃える…」
黒木環那は
「環那、それってまた妖怪かの何か?」
正体不明で神出鬼没の異能、まさしく自分が憧れた怪奇と幻想の住人のそれであると嬉々とする様子に、相棒で恋人の小原尚美は恐ろしいを通り越して呆れてしまう。
「ブレイクの詩よ。もっとも、今の私ならアルフレッド・べスターね」
「ごめん。やっぱり判んない」
ましてや、あれだけの大仕事を為した後の表情には見えない。まさしくその態度というか貫禄というものも、怪異の領域に近づいているのではないかと小原は思う。
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