最終話「無頓着、しかし無関心ではなく(Unconcerned But Not Indifferent)」

「無頓着、しかし無関心ではなく(Unconcerned But Not Indifferent)」(その1)

 白い光の渦で永遠とも一瞬とも思えるような時を経た時、未知の大地が広がっていた。


 「ぼくら人間について、大地が万巻の書より多くを教える…」


 海藤健輝かいとうけんきは、古い物語の一節を思い浮かべながら、その大地を一人で何処へ向かうでもなく歩き始めた。周りには、河上の姿もなければ、あの原子心母の美しい白銀の姿も見つけることは出来なかった。


 紅の對爾核、あの巨大な眼に一撃を与えた時の衝撃がどれほどだったか知らないが、自分とて無事で済むはずもない。それなのに不思議と体に痛みもなければ、疲労もなかった。

 

 そこでじっと手を見ると、白銀の生体装甲は失せており身体構造変異前の姿になっていた。


 「理由は、大地が人間に抵抗するためだ。人間というのは、障害物に対して戦う場合には、はじめて実力を発揮する…」


 そんな一節の続きを思い出した時、頭上に気配を感じてふっと空を見上げた。そこには青空が広がっているというのに、太陽は見当たらなかった。


 「凄い、空が割れてる…」


 確かに空が割れている。厳密には、あの巨大な對爾核と呼ばれる一枚岩モノリスが浮遊しており、海の青を白銀の表面に反射してもう一つの空を創り出しているのだ。


 「きっと待ってるんだ。旅立つのを…」


 海藤が思った通りだった。


 對爾核に向けて一筋の光柱が立ち上ると、これを何機かで受けて編隊のようになった。その表面には、甲骨文字や紋章のようなものが表面に明滅して転送を開始している。その時、漆黒の一枚岩に変化する様子がまるで青い空を割るように見えるのだった。


 「この海が、新しい分岐タイムラインを生み出す源…」


 全てのものの王レイ・ディ・トゥットの裁定、円の理によって「時空の水」となった分岐タイムラインが満ちる可視海かしかい、その中で煌めくものは、何時か何処かの分岐タイムライン映像ヴィジョンだった。


 そして海藤はこの一連の仕組みメカニズムを、天を衝くような四本の柱がそびえる丘に立って眺めていた。

 柱は見たこともない草花で覆い隠されているが、この場所そのものが何らかの人工物であることは、さっきから自分の脳内に直接情報が入り込んでくることで判った。


 「これ、ひょっとして…」


 この巨大な遺構を見下ろすと何か人型のそれも、上半身を思わせる。さらにその意匠は自分と共に戦った河上義衛かわかみよしえ、彼の正体である「柔らかい機械ソフト・マシーン」が変化した黒鉄の近衛兵と似ているではないか。


 「鋼鉄の導師メタル・グルゥ、かつて第六分岐タイムラインで発生した特異点、平行同位の分岐タイムラインの氾濫を調停した最終防衛機構、彼はこれに擬態スキャンして、私の新たな近衛となった」

 「その声は…!?」


 聞き覚えのある声に海藤は振り返ると、そこには自分に「光の男マン・レイ」としての能力を与えたレイが発光とともに姿を表していた。


 「ここが時間の西方… 分岐タイムラインの終わりってところかな?」

 「その通りだ。あの暴走した對爾核を破壊した一撃で扉が開かれた」


 それは即ち海藤の能力が完全覚醒であり、このレイこと「全てのもののレイ・ディ・トゥット」の再誕を意味している。


 「これで終わり、いや… これから始まりだね」

 「そうだ。君は新たな全てのものの王レイ・ディ・トゥットとして君臨する」

 「全てのものの王レイ・ディ・トゥット…」

 

 海藤はその名を反芻しながら、一つ気が付いた。


 「レイはどうなる?」

 「一つは全て、全ては一つ、新旧の王は同時に存在しないのがことわりだ」

 「それはダメだ…!」


 思わずそんな言葉が出てしまった。彼は海藤にとって父の最期を知る唯一の存在であり、その記憶を繋いでくれた存在だ。彼もまたことわりに従って消滅するというのは、もう一度父を失うような心地がしたのだ。


 言い知れない感情を爆発させまいと、海藤はレイから視線を外した。そしてレイは彼の心を察するように言葉を掛けた。


 「私の力… いや、君の父が信じた力は見えなくとも何時でも共にある」

 「見えなくても、何時でも共にある…」


 あの事故の中で、父は彼の力に光を見出して未来を託したが、今度は自分が託されたのだ。一つは全て、全ては一つの円に還るというのなら、今度はそのことわりに自分が向き合わなければならない。


 「どんな困難であろうとも、全ては自分の気持ち一つで変えていくことが出来る」


 海藤の心が決まった時、父の声が聞こえた。これに驚いて顔を上げた時、そこにはレイの輝く姿はなかった。


 「ありがとう…」


 一人呟いていると、自分の周りを一羽のミナミアゲハがひらひらと舞っている。


 誘われるようにその後をついていってみると、この遺構の「掌」にあたるような場所で華に留まった。 花の下には、あの河上義衛かわかみよしえが自分と同じく変身を解いて突っ伏しているではないか。


 「義の字!」


 例の戦闘形態ではかなりの重傷を負っていたのをはっきりと覚えている。


 駆け寄って全身を見てみると、一切の外傷はなく無事だった。更にいつか道端でそうしていたように寝息を立てているで全く問題ないことが否応なしに判る。


 おそらくは、自己修復機能のフル回転で寝ているのだろう。あの時は断られたが、今ならばと海藤は彼の頬に触れると、自身のナノ・マシンを稼働させて回復を手伝ってやった。


 「ふふっ、何だよ。心配させて…」


 海藤は安堵とともに笑みが零れたが、自然と涙が頬を伝っていた。さて、この相棒を起こした後にすること、行くべきところは一つしかない。


 「一緒に帰ろう。扶桑に…」


 彼の一言に呼応するように、美しい白銀の姿を取り戻した原子心母が二人の頭上に現れた。極光のような光柱が幾筋も立ち上り、二人を包み込むと本流への転送を完了させた。


 その様子を見届けたように、ミナミアゲハは僅かに花を揺らして何処かへ飛び去るのだった。

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