「無頓着、しかし無関心ではなく(Unconcerned But Not Indifferent)」(その2)

 遡ること二〇七九年二月三日、あの日から日本政府および防衛・警察機関とG.F.OGoing For The Oneは、「仄かに光る双子グリマー・ツインズ」の存在および間借人LODGERの存在と向き合うこととなった。

 この時と同じ顔ぶれが、再びG.F.Oの専用回線を介してオンライン会議に集結してる。またも匿名参加であったが、その表情や心情もよく似ていることは否応なしに判った。

 今、G.F.Oを取り巻く環境を考えれば自然な事だった。数日前はに本部が二体の身体構造変異ウンハイムリッヒに強襲され多大な被害を出している。その上、海藤健輝こと光の男マン・レイが未帰還となり継続監視中であることが共有されている。

「幾ら斯波とて、希望の光まで見失っては…」

 この状況下で局長の斯波禎一しばさだかずから語られることは何か、皆の考えは言葉にするまでもなく同じだったが、それはいともたやすく覆された。

「斯波君、それは確かか!?」

「はい、仄かに光る双子グリマー・ツインズの排除に成功、関連する脅威は再優先付けの最中にあります」

 参加者一同は堰を切ったように三者三様の質問を投げかけたが、要するに証拠を見せろということでこれも一致していた。そして、満を持して映像証跡が共有されると水を打ったように静かになった。

 「こちらはデジタルおよびアナログで永年保存。L.O.WLODGER Observe Workgroupのルシール・オックスブラッドを介して米国政府へ即時共有済みです」 

 斯波が共有した映像には、真紅の空間と仄かに光る双子グリマー・ツインズの出現、変身からの最後の抵抗、同じくそこには光の男マン・レイともう一体の姿があり、双子を撃退するまで一連の光景が記録されている。

「何だこれは!?」 

 そんな風に、あの仄かに光る双子グリマー・ツインズを初めて目の当たりにした以上の衝撃を与えていた。やはり、怪人や怪獣と言うものの類は輸入された映像よりも、国産のほうが衝撃が大きいようだ。

「敵が本丸を狙ったタイミングで反撃を仕掛けていたとは、本当に君と言う男は…」

「時機が味方しました。ご覧いただいた通り、これは光の男マン・レイの成果ですよ」

 これは無論、海藤の相棒として共に戦った河上の視界を共有して得たものと、斯波自らが遠隔転送した原子心母によって記録したものだが、これについては言及しなかった。

 仮に詳細を理解させるとすれば、このようなオンラインの匿名会議ではなく自身の「創造と混沌の裏庭」に招かねばならない。彼らがこれらを理解するには、それだけ膨大な時間を要する。第一、それは双子と同様にこの分岐タイムラインへの不当な介入を招くことになる。

 見せるべきものは、全て見せた。一同が脅威の排除と事件の収束に安堵しているように見えたが、こんな時にも決して気を抜かず手を抜かずというのが陸海空、自衛業の皆様だった。

光の男マン・レイは未帰還ということだが、本人の安否は?」

「無事です。明日早朝に扶桑への帰還を予定、成否の符号は『山頂晴れて』とします」

「符号は山頂晴れて… 承知した」 

 希望の光は失われていなかった。それどころか太陽の如き無限の光となって、再び射し込んできたのだ。


「貴女にあの光、どう見えたかしら?」 

 共に一仕事を終えたルシール・オックスブラッドに、ナンシー・フェルジはいつもの調子で尋ねた。自分たち間借人LODGERにすれば、斯波が共有したあの一連の映像を目の当たりにすることは単なる任務完了の証跡を確認、承諾することではない。

 そんなものは伝説だと思っていた王の存在、分岐タイムラインを遍く統治する「全てのものの王レイ・ディ・トゥット」の姿を目の当たりにすることは、神話の目撃者或いは歴史の記録者としての責務を負うことになるのだ。

「私たちにとって、希望の光であることは変わりない。けれど…」

 通常兵器で対応を困難と判断した仄かに光る双子グリマー・ツインズを凌ぐ存在が現れた。

 それも、自分たちがこれまで光の男マン・レイを監視研究することで得ることの出来なかった能力が発揮されている上に、今やその制御が日本側で掌握されようとしていることに危機感を抱いていることは明らかだった。

「進歩の度合いは二歩と半分… いつだって何かが及ばない」

 安全保障のバランスを揺るがしかねない事態であることは確かだが、この期に及んでよもやあの力を支配、制御しようとしていることに呆れてしまう。日米間の問題に託けて、国連ないしは各国へ共有するつもりは毛頭ないらしい。

 現に今、ルシールはトラヒックの流れから太平洋の第七艦隊や在日米軍駐屯地で警戒態勢が強化されたことを察知していた。

「望むものはいつも手に入らない。でも、必要なものを見つけることが出来るわ」

 相変わらずの言い回しだが、ナンシーの言うことは判る。過去に求めた新しい未来はそこになく、いつだってその代わりになるものをと、本当に必要だったものを未来で再発見することが常だ。

 歴史とは記録と記憶、忘却との戦いを常とするが、その点に対して人類は余りにも脆弱すぎる。自分たちの能力を考えれば、この分岐タイムラインの本流に出現した理由が自ずと判った。

「これも、全てのものの王レイ・ディ・トゥットの御意思かしら?」

「どちらかというと、斯波氏の差配というべきね」

「彼は間借人LODGERではなかった筈だけど」

「そうね。間借人よりも… 風来坊といったところかしら」

「風来坊?」

「そうね。歴史の始まりから終わりまでを見て来たとか…」

「そこで彼は、何を見たのかしら」

「恐らくは、私たちと同じ光を見たというのが妥当なところね」

 ナンシーの見解は道理だった。でなければ、この分岐タイムラインのために一命を賭するようなことはしない。全ては推測でしかないが、彼は全てのものの王レイ・ディ・トゥットに仕える存在と見るべきだろう。

「本当のところは、貴女が直接聞いてみたら? それに、一対一で会うには格好の口実よ」

「最後のは余計じゃないの?」

「あらあら、そうかしら?」

「あらあら、じゃないわよ。それと、何よその顔」

 ルシールは、彼女が時折見せる妙な表情と視線が気になる。相変わらず「私は知っている」という謎の確信に満ちた眼差しだ。

「大丈夫よ。判ってるから…」

「だから何を?!」

 やはり彼女の性格は読みづらいところがあるとルシールは思うのだった。

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