「ひとりにしてくれ(Emak Bakia)」(その3)
その日の放課後、海藤は気分転換に扶桑臨海公園をブラブラしていた。
ここ扶桑と同じ夕焼けを見ている人が大勢いるであろう本土の方角を、鉄柵にもたれつつ眺める。
「確かに帰っては来たけど、本土には行ってないなぁ」
そう思うと随分と遠い場所のような、更には本当に存在しているのかと感じられてしまうのは、この海上学園都市「扶桑」という人工の大地で過ごした日々が非現実だからだろうか。
米国から「
「それは大地が人間に抵抗するためだ。人間というのは障害物に対して戦う場合に、はじめて実力を発揮する... だったかな。続きは」
そして今は、その続きが自然と湧き上がってくる。この人工の大地で過ごした数ヶ月、人工の大地で
稀有な経験でありながら、十代相応に自分の経験と成長について考えていると、携帯端末に着信があった。映像メッセージで
「僕が至急って送っても、こっちは緊急だっていつも逃げるのに…」
海藤は極めて河上らしいメッセージにクスと笑うと、愛用の自転車に跨って帰路についた。
ここで異変が起こった。
間違えようもないのだが、臨海公園から寮の方向に向かっていたはずが、急に住宅地の中を走っている。
「ひょっとすると、これは…」
身に覚えのある異変に道を引き返すと、風景が変わって無人の校舎ををぐるぐると周っている。この異次元の迷子ともいうべき経験、こんな芸当ができるのは一人しか知らない。
「やぁ、色男。今日は後ろに爾子は乗っけてないのかい?」
聞き覚えのある声に海藤が振り向くと、やはりそこには小原尚美が居た。
彼女の能力はあの厄介極まりない
「男子三日会わざれば刮目して見よっていうけど… あんまり変わってないな」
「何だろう。あんまり嬉しい再会ではないね…」
「そうだろうな。これでキミとは長いお別れになるから」
「さよならを言うのは、僅かのあいだ死ぬことだってやつ?」
「何それ、意味わかんない」
「昔、そんな台詞きいたことがあったなって」
小原は「ふーん」という様子で何かを考えていたが、やがて「ははぁーん」という表情で何かに気付いた。
「さては、そういう風に爾子を口説いたな」
「えっ!? いや、時山さんとはそういう関係じゃないけど」
「まあいいや、前みたいに領域が瞬断する前に終わらせるから」
小原が言い終わるや否や、海藤の周囲に四体の漆黒の「何か」が現れた。
「まさか、あの時の?」
一瞬、そのカラーリングから
「今回は時山さんじゃなくて… こいつらが後ろに居たんだよ」
海藤の周囲には「攻防の
海藤がルシール・オックスブラッドに救助されたときのデータから、小原の異空間展開が有効範囲を分析したことが功を奏し、まんまと護衛までこの領域に取り込んでくれた。
「ふぅん、男子ってこういうの好きだよね」
「一体くらい、赤い機体がほしいかな」
「あとツノでもつけとけば? それに、なかなか物騒なモノまで揃えて…」
小原はこの四体の正体を知る由もないが、自分の格闘センスだけでどうにかなる相手ではないのは一目瞭然だ。
背部にかかるスリングベルトと銃床から自動小銃だとわかる。更に脚部ホルスターには同じく新鋭と思しき自動拳銃が収まっている。自衛隊のものでも、在日米軍の仕様とも異なるとなれば、彼の支援機関が開発したものと見ていいだろう。
「小原さん、手荒にはしない。投降してほしい…」
「素敵な提案をありがとう。でも、わたしは手荒にするからお構いなく」
小原の発言に反応して、DALIは一糸乱れぬ動作で警告として小銃を彼女に向ける。見ている海藤のほうがぎょっとしてしまうが、彼女はまるで気にしていない。
「そういえば、こういうとき何て言えばいいんだろ?」
肝心なところを黒木環那に聞きそびれたと思ったが、同時に彼女の体はフラクタル構造の結界のようなもので覆われた。これを見た海藤は、まさか別の異空間に逃走かと思ったが、結界が解除されるとそこには人影があった。
「変身バンクってやつかな… これは?」
「男子ってこういうのも好きだよね。さて、始めようか…
声こそは小原尚美だが、その姿は一体何だというのだ。
頭部は面頬を思わせるフェイスガードに覆われ、爬虫類のようなグリーンの瞳がこちらを捉えている。ボディは女性のシルエットだが硝子のように透明、その中には金色の機械的な骨格が見える。何より目を引くのは四肢に内蔵されているハニカム構造の物体だ。
「
「まさか
「ちょっと違うかな。あの双子、
「
海藤は双子の能力はエネルギー操作だと知っているが、
だが、ここ数日で接触した三人の男子は記憶とともに能力を収奪されているという推理は正しいと判った。
この間借人という呼び名になぞらえれば「引っ越し」と表現するのだろうかと海藤は考えたが、今はそれどころではない。
「エマク・バキアで異空間展開、この
「DCかマーベルに紹介状でも出そうか?」
「CG不要でスタッフがストを起こすよ。きっと…」
小原は軽口とともに海藤と間合いを詰めようとしたが、すかさずDALIが楯となって庇う。そこで七・六二ミリ無薬莢小銃弾の一斉射撃、つんざくような音に海藤は思わず耳を塞いだ。
通常の人間であればここで終わるが、相手は
「お前たちは、ちょっと退いてなよ!」
その刹那、
四体が同時にシステムダウンし、無惨な残骸がこれまた同時に倒れ込んでしまった。異空間とは言え、後者の廊下が半壊するほどの威力だった。
「さて、邪魔はいなくなった… あれ?」
小原が視線を海藤のほうに向けると、彼の姿は忽然と消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます