「ひとりにしてくれ(Emak Bakia)」(その2)

 「こんな夢を見た」


 そんな風に、幼い時分から幾度となく夢の風景を両親に、時には友人に語ったことがある。その夢の世界には「赤の大きな室内ラ・グラン・アンテリユール・ルージュ」と呼ばれる空間が存在し、そこには奇妙な双子の少女がいる。


 それが実在する事は赤瀬川鈴寿あかせがわすずは自分の特異な感受性が仄かに光る双子グリマー・ツインズ共鳴反響エピフォノウスを引き起こしていたことで知った。


 「前に聞いていたけど、特異点といっても個体差は当然…」

 「そうよ鈴寿、だから未分化の三体はプランに任せたの」

 「異能力自体も操作できる…… まるで魔法ね」

 「魔法?」

 「ええ、私たち未進化の人類が理解の追いつかない時に使う比喩よ」


 十分に発達した科学は魔法と区別が付かないと誰かが言ったが、科学すら超越したこの双子たちの能力からすれば何と表現するべきだったろうか。


 「それで、この一枚岩モノリスがアリスの仕事なの?」

 「そうよ。これは對爾核たいじかく、順調に成長しているわ」

 

 回収当初は金属の断片のようでしかなかった對爾核だが、現在はアリスによる継続的なエネルギー転送と、分岐タイムラインからの断片フラグメンツの収集によって表面には血管や臓器のように見えるモノが現れ始めている。

 

 この漆黒の一枚岩モノリスは扉だ。以前に斯波禎一しばさだかずから聞いた双子の目指す「再進化」の扉というべきだろう。その扉を開くときが近づいている。


 「義は尊きわが造り主を動かし、聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛、我を造れり…」

 「永遠の物のほか、物として我よりさきに造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ」

 「あらアリス、これは知っているの?」

 「ええ、勿論。鈴寿、希望を捨てる必要はないわ。これが目覚めれば全てが終わる… いや、始まるのよ」

 「それまでに光の男マン・レイの能力凍結…」

 「ええ、あの二人ならきっとできる」

 

 その頃、時山爾子ときやまにこは、光の男マン・レイに対抗する同盟者である生徒会メンバーの黒木環那と小原尚美から役員室に呼び出されていた。


 そこで黒木はいつものように穏やかな表情だが、小原は一言ありそうな顔をしながら何かを眺めている。


 「知らないうちに、随分進んでたみたいね」

 「尚美、そういう言い方しないの」


 そういって小原が見ていたのは、総合文化祭で時山が海藤健輝かいとうけんきの自転車で二人乗りしている例の写真だった。彼女は海藤の体に手を回して歩行者天国の様子を眺めており、二人とも自然な笑顔をしている。


 これは来場者がアナログカメラで撮影した一枚で、まさに文化祭という青春の祭典ともいうべき一瞬を捉えていると生徒会に送付してきた。


 「ローマの休日だっけ、こういうシーンあるの?」

 「あれはヴェスパ、それに運転したのは王女よ」

 「いいんだよそんな細かいことは。そこで、うちの姫君にも言っておこうと思ってね」 


 ずいと小原が迫ると、時山はたじろいだ。


 この学園内でも屈指の戦闘力、それどころか本土でも知られた格闘家だ。えも言われぬ迫力には気圧されてしまう。


 普通の学生であればそんな風に交流するのは何ら不思議はない。だが自分たちは今、敵と味方になっている。そんな時に軽薄に接触を続けることは、自分たちを危険に晒すことになる。


 なるほど、二人に呼び出されたのは「そういうこと」だと時山は思った。仲間に対する裏切りには、常に粛正の二文字が付きまとうものだ。


 そして小原の表情もこの間合い、一発くらいは痛い指導が入るのかと思った。


 「こういう奴、ホントに気を付けた方がいいよ… いきなり豹変するから」

 「えっ…?」

 「文化祭の前にも、爾子が急に部屋からいなくなったって聞いたから、色々あるのかなて…」

 「そうね。光の男マン・レイだって、一応はオスだから心配してたのよ」

 「環那、そういう言い方しないほうがいいんじゃない?」


 祭典の熱気というものは古今東西、過去未来を問わずに人を浮足立たせる。生徒手帳などに記載されるような軽挙妄動などは、それこそ彼方此方で起きる。


 「いつでも駆けつけるなんて言ったのに、放っておいて悪かったね」

 「あっ、はい… 大丈夫です」

 「急に呼び出してゴメンね。色々あったから心配だったのよ。それに尚美、素直じゃないから」


 おいおいという小原を余所に、黒木が手を合わせて謝っている。時山は自分の誤解だったと安堵すると二人に促されて役員室を去って行った。


 「聞かなくてよかったの? 光の男マン・レイのこと」

 「聞いても答えないよ。それに最後の一戦なら… 正面から正々堂々とやる」

 「状況によっては、あの子と引き離すことになるけど?」

 「それだけは… しないかな」

 「素直じゃないのね」

 

  命を奪うつもりはない。光の男マン・レイとしてあの能力が二度と使えなくなればそれでいい、誰かがやるなら自分で良い。それは二人とも同じ気持ちだった。


 「あと、アレは殆どアドバイスなんかしてないけど、使えそう?」

 「ああ大丈夫。この通り」


 小原がすっと左手を差し出すと、そこには黒木が普段見慣れた腕ではなく、半透明の筋肉の下に金色の金属骨格があり、所々にハニカム構造の装甲のようなものが見える。


 「流石の順応速度… それに青騎士に劣らず素敵ね」

 「見たままだけど、蜂の巣ラ・リーシュって名付けた」

 「あら、素敵じゃない。ところで…」


 黒木がすっと小原に近づくと、そのまま役員室のデスクに押し倒した。彼女のうっとりとした表情に、小原は「来ると思った」という顔をする。


 「それは、左手だけっていうことはないでしょう?」

 「ふふふ…それは、環那の目で確かめてみたらどうかな?」


 小原は彼女の手を取り、ベルトのバックルに当てた。求めるものは、自分で確かめろと言わんばかりの態度だ。美しきこの恋人は、さらに美しくなった。そう、自分と同じ異形の美を手に入れた。


 この誘惑に昂った黒木はたまらず彼女の唇を吸った。

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