「無垢と経験の歌(Songs of Innocence and of Experience)」(その5)
我々が生きる世界、完全第一次幻想の
支流は誕生と消滅を繰り返してはその漁火に似た輝きを放つ。その中に、一際鮮やかな光があれば、それは
王は銀色の本体と
王は最上位たる「
ルシール・オックスブラッドとナンシー・フェルジは、お互いが生きた
「
「
ルシールの言葉に、ナンシーも完全に同意する様子だったが、相変わらずの舌鋒というべきかさらりと毒気を帯びている。
「うふふふ…」
「急にどうしたのかしら?」
「貴女、古くから仕えている割に忠誠心は薄いのね」
「違うわ。王室は尊敬するけど崇拝はしていないの」
「あいにくどちらも、共和制の合衆国には馴染みのない概念ね」
「あらあら? 王といえば、合衆国皇帝ジョシュア・ノートンが居たじゃない」
「ナンシー… あれは皇帝を自称した変人よ」
あれは十九世紀の人物で、イングランド移民の投機家、事業失敗から正気を失って自らを「アメリカ合衆国皇帝」と名乗った男だ。
彼がしたことといえば、サンフランシスコの日刊紙に奇妙奇天烈な「勅令」を掲載することや、市内を自転車で巡回して臣民こと一般市民に笑いを提供させた奇人変人でしかない。
「いえ、立派な王よ。それも二人といない…」
ルシールは相変わらず辛辣な言い方だと思っていたが、どうやら彼女の言いたいことはそうではないようだった。
「誰も殺すことも、追放することも…ましてや何も奪わなかった。臨終には三万ものあらゆる階級の人間が葬列を成した。そんな王はどんな
ナンシーの一言に、ルシールは成程と思うばかりだった。
「なら、新しい
「それを見届けて伝えるのが、我々の最後の仕事といったところね」
「同意見だわ。星の光であれ誰かが見なければ、それが光かどうか判らない…」
「あらあら、貴女も案外ロマンチストなのね」
ルシールという女性が、合衆国政府に繋がる人間でありながら「勝つか負けるかが仕事だ」と豪語する連中とどこか違うと思うのは、そういうところだとナンシーは思った。
音楽が美しいのは、ただひたすらに終焉に向かうからだと古い文学者は言った。
ならば祭典も同じことが言えるのではないだろうか。海上学園都市「扶桑」で開催される総合文化祭も遂に終幕を迎えようとしていた。この祭典の中心に居た生徒たちの表情はもちろん、来場者たちもまたいい表情でその締め括りに立ち合っている。
東京新区統合校で開催される学生の展示に関するコンペティションも、電子投票数の中間発表から大きな乖離なく順当に決まっていった。
余談だが、ぶっちぎりの一位は文化祭運営委員会の有志によるメイド喫茶であった。天上の花園とまで讃えられて、何故か判らないが女性票が圧倒していた。
「同志諸君、我らが東京新区統合校高等部男子寮一号棟自治会の展示は耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、この度は特別賞の栄誉を賜った」
そうだ。彼らは耐えたのだ。あの前夜祭に経験した
「そうだ。我々は遥かな過去、現在、そして未来に至る道を見出したのだ!」
河上の暑苦しいアジテーションと寮生のさらに暑苦しい反応を見ていると、海藤は日本史の教科書とアーカイブで見た百年前の学生運動か何かに紛れ込んでしまったような気がするのだった。
「そして諸君、もう一つ思わぬ栄冠があった。なぁ、健の字」
「うーん。僕、何かやっちゃいました?」
「おい、随分と古臭い言い回しだな」
商業エリアの歩行者天国では、二〇〇〇年代さながらに
ここでなんと、海藤が特別賞を受賞していたのだ。
しかも何か特別なことをしたというわけでもなく、お互いに空き時間があったので時山爾子と合流してあちこちを見て回っていたのだがこの時、彼の自転車に二人乗りをしていた。
その様子を一般客が何かのアニメ作品か映画の再現と勘違いしたのが発端だった。そんな連中が投票を開始するや、正規に登録した連中にならぶ勢いで得票してしまった。
これに運営委員会の
さて、そんな栄冠を讃えられるのかと思いきや、河上をはじめとして寮生一同は妙な視線と怨霊の如き気配を漂わせて、自分を取り囲んでいる。
「健の字ぃ… お前という奴はどこまで抜け目のない奴なんだぁ…?」
「待って! 違う!」
一斉に襲いかかって来ると思いきや、全員が平服して海藤を拝みだした。
「海藤唯一神!来年…来年度の文化祭で我々にも、もう一度チャンスを!」
「我らに、我らに…
寮内でただ一人、圧倒的青春を見せつける海藤は今この時、信仰の対象になっていたのだった。そしてやはり、河上を筆頭に謎の真言のようなものを唱え始めており、不気味な声が寮の
「来年… 来年度があればだけど」
海藤がただの転校生であれば、そうできたかもしれない。こんな愉快な連中に囲まれる時間を、もう一度過ごすことができるのかもしれない。でも、今はそれ以上を考えないことにした。
今は笑って泣こう、叫ぼう。この仲間たちと。祭典は終わったが、十代の賑やかな魂の火は灯ったままだった。
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