「無垢と経験の歌(Songs of Innocence and of Experience)」(その4)

 果てしなく続く真紅の空間に、真っ白なガーデンテーブルと椅子の色彩が映える。


 その椅子に双子の少女が腰かけており、双子故の共鳴か空中に浮く奇妙な額縁を眺めて時折「うふふ」と静かに、同じように笑う。


 額装されているのは時山爾子こと「閉じられた眼レズィユ・クロ」が生み出したファティマの聖母、太陽の奇跡の再現であり、既に世界中から消滅したはずの映像だった。


 「あのに見える光は、光の男マン・レイだけ… そうよねプラン?」

 「そうねアリス、もうわたしたちの光は見えない」

 「見えているのに見えない、不思議な感情ね」

 「そうよ。でも、見せる分は全て見せた。アリス、違って?」

 「その通りよ。ここからは、あいつらも知らないこと… そうよねプラン?」

 

 仄かに光る双子グリマー・ツインズこと、姉のアリスとダンデライオンの髪飾りをしたプランはいつもこんな調子であった。


 常に異環境展開デペイズマンにより発現させた「赤の大きな室内ラ・グラン・アンテリユール・ルージュ」に身を隠している。


 他の分岐タイムラインから侵入を防ぎつつ、無瞬断でこの空間を維持できるのは本来の能力である無尽蔵に生み出せるエネルギーの為せる技である。


 二人が表立った行動をしないのは、光の男マン・レイの排除とともに進めていたものがあるためだ。


 「プラン、そろそろ来るわ」

 「ええ、アリス。そろそろね」


 二人はこの空間に接近する存在を感知すると、扉が開くようにそこには古代神話に生きた半人半獣の種族を思わせる異形の戦士が三騎、並び立っていた。いずれも満身創痍でありながら、凛とした雰囲気を保つのは戦士の矜持というべきだろう。


 「無理難題を言って申し訳なかったわ… 蒼い馬ブラウス・フェアート」」

 「念もない事です。これは貴女達でなければ成し得ない…」


 三騎はその名の通り、双子が黒木環那に発現させた青騎士ブラウエ・ライターと同族である。こちらは堅牢な装甲を持つ人型の上半身に加え、四つ脚の下半身を持った高軌道戦闘に特化した個体となる。


 彼らは、全てのものの王レイディ・トゥットが最も忌み嫌い「永劫の戦乱」と呼称する分岐タイムラインに生きた人類だ。

 開戦の原因を知る人間はおろか情報記録も一切消滅しても継続される戦乱、科学の超発達により兵器と人間の境界を曖昧にした世界である。


 「不完全な第四次幻想の分岐タイムラインということで、活動停止していたと思いましたが…」

 

 蒼い馬ブラウス・フェアートが格納空間から取り出した物体は、アリスとプランを覆うほどの漆黒の金属片だった。


 破壊したと思しき断面には、所々に黒曜石のような花弁が花開いており、表面にはコールタールで出来た真正粘菌のようなものが根を張って脈打っている。


 「紛れもない對爾核たいじかくです。一部分を削ぎ落しましたが、超生産能力は健在… これでも稼働を続けています」


 この對爾核たいじかくとは、全てのものの王レイ・ディ・トゥットの「超生産能力」によって生成される分身であり遍く分岐タイムラインに転送配備される。


 目的は、完全第一次幻想の分岐タイムラインの向こう側ともいうべき「分岐タイムラインの終わり」と呼ばれる領域に君臨する王と共鳴反響エピフォノウスを行い、分岐の監視と生成と消滅を代行するためである。


 普段は秘匿されているが、時折発見されては別文明の遺跡であるとか一種の信仰を生み出す存在にもなっている。


 「その様子だと、自己防衛機能もまだ健在、といったところかしら?」

 「ええ、敵方に相当打撃を与えたるも壊滅するに至らず。現在、我が方は三騎です」

 「百騎の精鋭がそれだけに… ご健闘を感謝します」


 古今を問わず王に近衛兵ロイヤルガードがいるように、對爾核たいじかくもまた本体の一部を変形させた十三体の衛兵があり、害為すものを排除する自己防衛機能を持つ。それは時として人間大の兵士、時として天を衝くような巨獣の姿と多種多様である。

 

 「微力ながら、お二人の悲願成就の一助とならんことを…」

 「十分すぎるわ。ねぇ、そうでしょうアリス?」

 「そうねプラン、これを増殖炉にできれば…」

 「ええ、アリスの言う通り」


 これが一部でも手に入ったことは大戦果だった。


 對爾核たいじかくが、全てのものの王レイ・ディ・トゥットの分身であるならば、共鳴反響エピフォノウスの内容から王に関連する断片フラグメンツを収集できる。


 以前に斯波禎一しばさだかずが「記憶の固執」で見せた回復をヒントにしたもので、この断片フラグメンツに自分たちのエネルギー生成で以って強化・増幅を促進し、對爾核たいじかくを依り代として新たな創生を試みるというものだ。


 最終目的はもう一人の「全てのものの王レイ・ディ・トゥット」を生み出すことにある。二人は光の男マン・レイが完全覚醒の前に討ち、新しい王を擁立するという前代未聞の革命を実現しようとしていた。


 「新しい王とともに、分岐タイムラインを救済する… そうよねプラン?」

 「そうねアリス。新たな力を生み出しては滅ぼす… そんな暴君は排除しなければならない…」

 「忠誠と崇拝は違うわ… これは救済の技法、王もまた例外なく」

 

 蒼い馬ブラウス・フェアートたちは、双子の悲願を狂気とは思わない。ただ一つの無念は、あの創造と破壊を繰り返すだけの王が討たれた後の景色を見ることがかなわないことだけであった。


 「お二人とも、我々の役目は終わりました。これにて…」

 

 蒼い馬ブラウス・フェアートはそう言いながらも、徐々に迫る追手への殿軍となる積りなのが二人には判った。


 「ここに留まるつもりはないかしら?」

 「アリスの言う通り。生きながらえた命、むざむざ捨てることはないわ」

 「有難きお言葉ですが、我々は死ぬのではなく未来に向けて脱出するのです」

 「未来へ?」

 「はい。五十六億と七千万年の先で、新たな王の再臨と拝顔の栄を賜ることを…」


 そう言い残して蒼い馬ブラウス・フェアートたちは「赤の大きな室内ラ・グラン・アンテリユール・ルージュ」から姿を消した。


 「彼らと再会できるかしら。アリス?」

 「プラン、それは私たちの働き次第よ。そして…」

 「ええ、判ってるわアリス。青騎士ブラウエ・ライターとエマク・バキアには、少し強くなってもらうから」


 プランがそう言うと、未発現となっている三体の間借人LODGER映像ヴィジョンをアリスに見せた。


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