「無垢と経験の歌(Songs of Innocence and of Experience)」(その2)
海上学園都市「扶桑」の総合文化祭が近づくにつれ、中心となる東京新区統合校の生徒たちの盛り上がりは居住区はもちろん、企業展示を行う特別区にも伝播している。
祭典の日はどんな時代、どんな場所でもそういうものだが、特別秘匿区域「一〇九区」はそんな空気と無縁だった。
G.F.O本部の局長室では
「世間は祭り一色だっていうのに、仕事の虫がいるもんだな」
「お前か、今日は随分静かなご登場だな」
斯波の目の前には、例の如くもう一人の
「まったく、華やか祭典の裏で仏頂面… 手許に猫がいたらマーロン・ブランドじゃねぇか」
「アレか… 生憎だが、あまり好きな作品ではない」
「何故? いい映画じゃないか」
「私は猫が嫌いなんだ」
「禎の字… 言うと思ったぜ」
もう一人の斯波は「にしし」と笑いながら、頭を掻いていた。相変わらずの神出鬼没だが用向きは判っている。
「それで、あの御姉様方の課題レポートはどんな仕上がりだ?」
「ああ、教育的見地から言えばA判定といったところだが… 念のため場所を変えよう」
「学長自らの解説は恐縮だが、手短に頼むぞ?」
斯波が「混沌と創造の裏庭」を展開するのを察知してか、そんな冗談が出た。
「安心しろ。すぐ終わる」
「これは中々…」
もう一人の斯波は、いつの間にか黒糸縅の当世具足の姿に変化しており、興味深く見入っていた。もっとも、この姿では中身が空洞なので表情が判らない。
「何だ、この間のは犬だったのか」
「ああ、アンダルシアの犬と時山爾子が命名した」
「爾の字がなぁ… 生徒会の三人には余り関わるなと言っておいたんだが」
時山の背後に生徒会三役こと赤瀬川鈴寿、黒木環那、小原尚美がいることがはっきりした。連中が
「ところで、こいつはどうする?」
「ああ、
斯波が拡大した人型のシルエット、それはまさしく異形の騎士というに相応しい。
甲冑を思わせる生物的な外骨格が青黒く金属光を放っており、頭部の逆立った様な蒼い
「中々の造形美、彼女の作品の中にあった
「そういうことじゃねぇよ。今の健の字… もとい
「オックスブラッド女史は、在日米軍と連携してDALIの強化装備案を出しているが…」
「現物を相手にすれば、ただの案山子だな」
斯波が見せたデータでは、人間の武装兵力を相手にするならば十分、装甲車両相手にもおくれをとることはなさそうだが、所詮は付け焼刃だ。
「小原が
「双子の能力を分散させた考えれば、
「容易に使わないところを見ると、例のアレか…」
あらゆるエネルギー生成と操作、十年前の米国西海岸の事件を思えば個人で大量破壊兵器を携行しているようなものだ。
「この扶桑が
「安全な大量破壊兵器など存在しない」
個人の感情や欲求、エゴに左右されてはならない能力であり、こればかりは
「無意識下で接触した時、自分たちは
「ははは、呆れるぜ。ものは言いようだな」
「仕掛ける側は必ずそうだ。文句だけは美しいが、ありもしない脅威と恐怖からの解放を大義名分に焚き付ける」
どの
「そして人知れず異能を授けられる
「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にありというところだろう」
「先兵を引き連れて、
この「
「全ての闘争、謀反は怨恨に根差したものだ」
「あれから
「まだ光の波長が変化した程度だが、これから覚醒は進んでいく」
「すると、まだ蛹の状態… 超力招来の時を待つだけか」
「その時が来れば全てが決着する。それまでは、頼むぞ」
「マァ何だ。俺とお前の仲だ。健の字とは最後まで付き合おうじゃないか」
斯波の目の前にはもう一人の自分ではなく、河上義衛が立っていた。
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