第10話「無垢と経験の歌(Songs of Innocence and of Experience)」

「無垢と経験の歌(Songs of Innocence and of Experience)」(その1)


 東京新区統合校の総合文化祭は、この海上学園都市「扶桑」の全体を巻き込むような祭典となると聞いていたが、二〇七九年度は例年にはない対応に迫られていた。


 何せここ数か月で珍事件が多発したせいか、本土からの見学希望者が殺到している。それで抽選になったのだが、それでも捌けないため日程の延長も検討されたが、この文化祭の翌週には本土でのインターハイとなるため後には伸ばせない都合がある。このため、前倒しで「前夜祭」ならぬ「前前夜祭」を一日設けるに至った。


 「ウッドストックじゃあるまいし、有料にするとか制限は他に何かあっただろ…」


 河上義衛かわかみよしえはそんな風にボヤキつつ、高等部男子寮一号棟寮長として寮生から提出された企画に眼を通していた。急な開催スケジュールの変更、それで候補を絞ったが同時に準備に走らねばらない。


 この勝手気ままをポリシーとする男子にとって、相手の勝手気ままは甚だ苦手なことであった。


 普段なら海藤に押し付けて逃走するところだが、これは前例があるのと腐れ縁の風紀委員副委員長こと山岡蓮やまおかれんが文化祭の実行委員を兼務するという不運から、監視の目はとてつもなく厳しいものになっている。

 

 「ウッドストック…一九九九年はそれで大失敗したんじゃなかったっけ?」

 

 その傍らで光の男マン・レイこと、副寮長の海藤健輝かいとうけんきが帰国子女らしく、この文化祭の準備という伝統的学校行事に眼をキラキラさせていた。

 

 東京新区統合校の学生たちの企画については「遥かな過去、現在、そして未来」をコンセプトに学生たちの研究成果展示、海上学園都市に支店を持つ企業との連携企画など真面目な部分は勿論だが、エンターテインメントは絶対に外せない。特にステージパフォーマンスや模擬店は、まさしくマンガやアニメでしか見たことのない代物だ。


 統合校の高等部では集客数および満足度のコンペティションが開催されており、来場者の順位予測などによって景品が出るなど大いに盛り上がる。

 

 「得はしないが、狙うなら一位だな」


 そんな風に悪態をつきながら、寮生たちの盛り上がりであるとかそういうのを無碍にしないところが河上の良いところだと海藤は思う。


 「このレトロ・ミレニアムっていうこの案、けっこう面白いと思うけど」

 「ああ、これか」


 二〇〇〇年代の学生文化およびサブカルチャーに関する研究と展示ということだが、要するにマニアの偏見という名のコレクションによる大展覧会、これをそれらしい言葉で実現させようというものだった。


 一見すれば「何だそれは」というところだが、本土では二〇〇〇年代のリバイバルブームの到来、携帯端末の外側だけをかつてガラケーと呼ばれる仕様にするのが流行るなど、十分に狙い目なテーマである。


 更に、こちらにはとっておきがある。


 「当時品の二つに折れる携帯電話、iMac…それも新品未開封品、博物館でしか見た事ないよ」

 「これじゃ、学生の展示なのか企業の展示なのか判らなくなるな」


 ある寮生から提出された 企画書のデータファイルに添付されたその電子目録は、八畳一間にどうやって収納しているのかと不思議に思うようなコレクションの数だった。


 「実機稼働展示と体験、ここがちょっと胆だな…」

 「そこは僕の方で伝手があるから、都合してみるよ」

 

 まさかルシール・オックスブラッドの能力を使う訳にはいかないが、G.F.Oの監視班のメンバーである青島文香の協力を得ようと思った。

 彼女は海藤の父と知己、情報通信や関連機器の取り扱いにかけては如才がない上に、この手の古いガジェットを触るのも好きであった。何よりこの期間はオフと重なるためか、つい先日「文化祭どうするの」と連絡が来ており渡りに船であった。


 「しかし、俺たちでもこんなの調子なら、プロの爾の字なんかもっと大変だろうな」

 「時山さん… ああ、そうだね」

 「締め切り変更、作品の追加で死にそうだなんて言ってたな」

 「時山さん… ああ、そうだね」

 「健の字、さっきからそればっかり繰り返してどうした?」


 河上が時山爾子を引き合いに出したせいか、海藤は彼女の製作助手アシスタントとして歩き回ったこと、あの騒動の顛末から、例の絵を観ようという約束が脳裏に甦って来た。彼女の「閉じられた眼レズィユ・クロ」の幻影は消えてしまったというのに。

 

 「なんか、こんな調子で文化祭前夜が増えていったら本当にループしそうだなって…」

 「なんだ健の字、ああいう映画好きなのか?」

 「まあ、ちょっと好き…いや、好きかな」


 そしてこの答えはどうにも、映画の事について言ったようであり、何か別の気持ちが顕れたような気もした。

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