「蛇使いの女(La charmeuse de Serpents)」その4

 潜在意識の中で目を覚ました海藤の前に、間借人LODGER案件の全ての原因となったあの双子が居る。潜在意識の中とは言え、これほど間近で自分たちの「脅威」とされる対象と接触しているというのに、不思議と恐怖は感じなかった。


 「一応、はじめまして…ということでいいのかな?」


 仄かに光る双子グリマー・ツインズ、この間借人LODGERと直に接触したのはこれが初めてだった。白い肌に紅い瞳、その長い銀髪には反射ではない発光の輝きが見られる。そして、片方が蒲公英ダンデライオンのような髪飾りを付けているのに気づいた。


 この双子が十年もの間どこへ姿を隠していたのか、それは人の潜在意識の中を行き来することを考えれば、どうやら双子は人の意識や記憶の中に存在ないし移動することができるのではないかと想像できる。


 「その通り。でも、私たちの目的も、正体も… あの男から聞いているわね?」

 「学長からの説明とか、割と真面目に聞く性格だからね」


 そして、双子がいうようにこの外次元の生命体、間借人LODGERの正体は別の分岐タイムラインの人類であることも、彼らがこの次元に登場したことは行き詰った進化を再開するためということも斯波禎一しばさだかずから聞かされている。


 「あの男の為に熱心に働いているようだけど、それももう終わり。今ここで手を引くなら…」

 「助けてあげるっていうつもりかもしれないけど… そうはいかないんだよ」


 間借人LODGERが目指すことは人類の再進化、それは侵略でも支配でもない「進歩と調和」であることは明確だった。


 彼らがもつ能力に関しては現在の人類にこの能力と共存するだけの度量がない。過ぎたるは猶及ばざるが如しという言葉と共に、斯波が語っていたのを思い出すが、海藤もまたそう思う。


 「仄かに光る双子グリマー・ツインズ」は、あらゆるエネルギーを自在に生み出し操作する自動作用オートマティズムということは、十年前の米国西海岸で発生した事故の被害状況の記録から分析されている。

 そこに先ほどの人の意識の中に存在・移動できるという新たな能力を加えれば、異環境展開デペイズマンも混合させた間借人LODGERの最上級格、刀剣で言えば最上大業物に格付けされるだろう。


 これだけの能力を人間の意志で管理することは不可能だ。


 この能力の独占を巡り国家間の争奪が始まれば、間違いなく過去の紛争と同等以上の惨劇が世界規模で発生、この性急な進化の前段階として有史以来の「退化と断絶」の時代を迎えることは避けられない。


 「ところで僕も、ここらで君たちが撤収するっていうのを提案したいんだけど、どうかな?」

 「うふふ。この潜在意識の世界では、そんな強がりが限度というところね」

 「悔しいけど、御名答…」

 

 どのみち、ここでは能力を使えない。その上にもうじきその能力が消失する。その時が光の男マン・レイの最後であることは、海藤も双子も十分に理解していた。現に彼には、さっきから双子の声も姿も途切れ途切れになってきていることで否応なく実感していた。


 「全てのものの王レイ・ディ・トゥットも、これで終わり…」

 「全てのものの王? 何だいそれは…?」

 「分岐タイムラインの… 進化の果てに… 我々が生成できない… 無限の創造と… 消滅の…」


 双子の声はさらに断片的となり音も掠れてきて聞き取れず、海藤の意識は暗転した。終わりの時が来たように思えたその一方で、双子の目の前に広がったのはあの光だった。


 「まさか…!そんな!?」


 ここでは見えるはずもない、光の男マン・レイが能力を動作させる時の光、それも以前よりも強烈で鮮やかな色彩を伴っているではないか。

 双子は直ぐにこれが、自分たちが「全てのものの王レイ・ディ・トゥット」と崇拝する存在が持つ光だと気づいた。おそらく斯波たちが自分たちの「記憶の固執」を使って回復を図ったのだろう。


 「なんとういうことを… しかし、あの男ならやりかねないこと」


 光の男マン・レイが復活する以上、これ以上の手は打てない。双子も今は退く他は無かった。その最中、件の斯波禎一しばさだかずはG.F.Oの監視班とルシール・オックスブラッドの前に再び姿を現した。


 「随分とお早い帰着ですが、いったいどちらへ?」

 「お見舞いですよ。監視班、海藤君の生体データはどうなっている?」


 ルシールの問いかけも余所に、斯波は自分の仕事の首尾を確認していた。


 彼と相棒が用いた「記憶の固執」は正常に作用し、複数の凍結された分岐タイムラインから光のマン・レイの能力に関する破片フラグメンツが集束された。


 この様子は斯波が「記憶の固執」の起動を確認するために分岐タイムライン外に展開される「混沌と創造の裏庭」と呼ばれる専用領域でも確認できるほどだった。いかなる分岐タイムラインからの干渉も受けず、時間の概念も斯波が操作できる空間である。故に、彼がここで数時間過ごしたところで実際には数秒しか経っていないという芸当も可能だった。


 「やはり、あの破片フラグメンツも含まれていたか」


 斯波もまた、別の分岐タイムラインから全てのものの王レイ・ディ・トゥット」に関する破片フラグメンツの流入を確認していた。本流への流入は前例がないが、今は自分たちの希望の光を絶やさないために致しかたがない。

 

 まさか、この背景を監視班やルシールに説明することはなかったが、その成果は傍目にも明らかな形になって表れていた。

 

 「全て数値が急変… 好転しております。しかし、これは一体…」


 監視班の青島文香あおしまふみかも、海藤の回復に安堵しつつ共有される数値に奇跡を見る眼差しでチェックしていた。


 「ルシール女史、光の男マン・レイの能力は二十四時間を待たずに完全回復します。本体の海藤健輝かいとうけんきも… 明日には意識を取り戻すでしょう」

 「万事解決のようですね」


 ルシールも自分の能力で医療班からのデータを逆解析したが、現地で海藤の身体に何が起きたのか解明することはできなかった。


 斯波がこの海上学園都市で実現できないことはないが、間借人LODGERの能力に匹敵するものではない。光の男マン・レイを救うことができるとすれば、同等以上の能力を有していることになる。それなのに彼は、世界中のどの電子情報にも当該の存在は記録されていない。そこが、彼女の能力を以てしても明かせない謎であった。


 「ところで、一体どんな魔法を使われたのですか?」

 「魔法と言うほどのことではありませんが、待ってはいられなかった。そう、私はせっかちなんです。ただそれだけですよ」

 

 当然、海藤はこの斯波による支援を知る由もなかった。やかましい河上のお見舞いの後、無事に退院して寮の自室に戻った。しかし気になることは、あの双子が語った「全てのものの王レイ・ディ・トゥット」という存在だ。「全ての王」ならアザトース、クトゥルフ神話にそんなのが居たと思うが、どうもそれではなさそうだ。


 「次の定期報告で確かめてみるか」


 確かめる機会は、目下作成している報告書を提出する時だろう。斯波のことだから、まだまだ自分の知らないことがある。それは確かなのだが、これまで共有しなかったということは、相当に秘匿レベルの高い内容になるのだろうか。


 「それに、例の先輩も何とかしないと…」


 今回の騒動の発端となった間借人LODGERの接触者、彌生武子はまだその能力を保持したままで活動を継続している。命の危機から脱したものの、その戦い自体は継続している。間違いなく海藤の回復を知って再度接触を試みるか、増援もありうる。

 これならば、大人しく病院で寝ていた方が良かったかもしれない。海藤は、全く忙しない連休になってしまったと思い天井を眺めていると、来訪者の通知が携帯端末に表示されている。さてはまた隣人の河上義衛かわかみよしえかと思ったが予想は外れた。


 「あれ、時山爾子ときやまにこ…?」


 あの奇妙な芸術家の訪問に、海藤は何事かと思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る